12月24日
 昼食後、屋敷を出てから街を一回り、帰って来たのは日も沈みかけた夕方。
 ベットへとぼふっ、と飛び込む。

「こんなもの……なのかな」

 思わずため息が漏れる。
 そりゃあ、期待してなかったと言えば嘘になる。
 けど、何か仰々しいのが必要だったわけじゃない。
 何もやらなくても良いんだけど、でも何かあって欲しかったわけで。
 

 それは今日が……クリスマス・イブだからだ。
 
 

月姫クリスマス競作
遠野家のクリスマスイブ(第2部)

〜特別ないつも通りの夜〜(しゃむてぃるさん)
 
 

 今まで毎年、有間家ではクリスマスパーティを行なってた。
 毎年恒例の家族全員での団欒の夜。
 ご馳走と飾り付けとプレゼントの夜。
 有馬のおじさんもおばさんも、ほんとに分け隔てないように、と気をつかってくれて。
 ご馳走が、プレゼントが、そしてその家族のひとときが楽しみで。
 でも、その一方で自分のどこかでそれを受け取るべき人間じゃない、とも思ってた。
 けど、夏休みや冬休みみたいに抜け出ることもなんとなく出来なくて。
 楽しくも、苦しいような……そんな夜だった。

 その違和感を感じない遠野家。
 あの特別な秋を過ぎ、始めての冬。始めての特別な日。
 そこに期待していたのは過剰なものだったのだろうか。

 アルクエイドも、シエル先輩も、秋葉も、琥珀さんも、翡翠も、どうも素っ気無かった。
 でも、いつも通りって言えばいつも通りで。
 自分の期待しすぎの思い過ごしとすれば、ちょっと情けなくなってくるけど……それもしょうがないだろう。
 

 有彦は「まあ、何にも無かったらこいや」と言ってくれたけど、その有彦も内心結構楽しみにしてたりする。
 それというのも、珍しく家族が揃う夜だから。
 「姉貴がきちっと帰ってきてメシ食うだけで、大したことやる訳じゃないんだけどよ」といいつつ、その顔は楽しそうにしてた。
 こっちも有間の家に毎年居たから行った事はないんだけど、きっと楽しい日なんだろう。

 アキラちゃんも「毎年、家族そろって迎える決まりになっているんです」って言ってた。
 厳しくも優しい父親とアキラちゃんだから、きっとささやかながら楽しいパーティなんだろう。
 

 しかし、他はというと……
 アルクエイドは「あ、志貴だー」の直後に「今日はちょっと用があるから、ごめんね」だし。
 シエル先輩はマンションにも居なかったし、街のどこにも見かけなかった。
 秋葉は、昼食時にそれと無く聞いてみたけど「今日ですか? 世間ではクリスマスといいますね」と平然としてたし。
 琥珀さん曰く「雅久様がお嫌いでしたので、私達はあまりそういうのやったこと無いんですよー」との事。
 翡翠も「はい、その通りです……」と、俺の期待を見透かしてか申し訳なさそうに言うだけだった。

 世俗的なものが嫌いだった親父だ。
 特にキリスト教的で菓子業界やホテル・レストラン業界の宣伝工作の日ともなれば、より一層嫌われてたのは想像だに固くない。
 となれば、遠野家では過去、全くなにも行なわれてなかったんだろう。

 でも、特にあの秋が終わってから。
 そういう慣例とかしきたりとか、理不尽な部分では無くなってたと思ってたんだけどな……
 
 

 と、思いふける部屋に、コンコン……と控えめなノック音が響き渡る。

「はい?」
「兄さん、ちょっと……いいですか?」

 秋葉か?
 でも部屋まで訪れてくるなんて珍しい。夕飯前の時間帯ともなれば尚更だ。

「うん、空いているけど」
「はい、あの……入ってもいいですか?」

 かちゃ……とやっぱり控えめに開かれた戸。
 そこから顔だけがぴょこりと先に入ってくる。
 僅かに染まった頬も、僅かな遅れを以ってさらりと流れる黒髪も麗しい。
 絵になるけど、秋葉らしくない仕草。

「どうしたんだ? 別に遠慮しないで入っておいで」
「はい、では、失礼しますね」

 いつも凛、と身だしなみには気を使ってるというか、それが自然に出来ているのが秋葉なのに。
 と思う間に、おずおずと入ってきた秋葉の姿はというと……

「あ、秋葉、その…衣装は……」
「あの……変ですか? 琥珀に『女の子が着る時はこういうものなんです!』と教えてもらったのですけど……」

 変というよりなんというか。
 赤地に白の縁取り。いわゆるサンタ風ってとこなんだけど。
 帽子、ちょっと大きめのオーバー、そしてタイトっぽいミニスカート……そこから見えるすらりとした白い足。
 凶悪だ。凶悪すぎる。

「……とりあえず聞いておくけど、何故そんな格好しているんだ?」
「はい、サンタですから」
「サンタだから、って言われても」

 秋葉が不条理なこと言うとは思えない。
 屋敷に来た当初の「遠野家のしきたり」の押し付けってのは、結局のところ七夜のことを隠そうとしたのが理由の殆どなんだし。

 けど、理由が理解できない。
 サンタだからその格好なのは当たり前だが(ミニスカートはさておいて)秋葉がサンタな理由が何なんだか。
 逡巡する俺に対し、秋葉は頬を僅かに染めながら呟いた。

「あの……サンタなら、夜に兄さんの部屋に御邪魔しても良いですよね?」

 ………………だからさ、秋葉。
 そういうのは本っ当ぉーーに凶悪なんだって。

「ですから、あとで……」
『いかーーん、秋葉ぁっ!!』
「この声は……四季?」

 確かに四季の声だが……部屋の中には居ない。
 と、なると……

「外です! 兄さん!」

 と、秋葉の指差す外を見ると……いや、正確には外を見ようとしたんだけど。
 そこには窓を塞ぐ物体……窓枠に張り付いた四季が居た。

「いかん、いかんぞ秋葉。そのコスプレは俺だけのも…あべしっ!!」
「だれがコスプレですかっっ!」

 窓を開け部屋に入ろうとした四季は、僅か1.95秒で消えて行った。
 それは……まあ、髪まで真っ赤な秋葉を見れば聞くまでも無いけど。

「あの、ほんとにサンタなんです……駄目ですか?」
「いや、駄目なんて……ことは……」

 檻髪モードからあきはモードに一瞬で戻ってるあたり、お兄ちゃんとしてはその潤んだ瞳、従順素直の「あきはもーど」ですら疑ってしまいそうなんだけど。
 でも、この表情は……嫌とか駄目とか言えない……

「いや、サンタと認められるには不足だな」
「「わあああっ!!」」

 突如の声。それは招かれざる客……なのか?
 部屋の入り口、そこに立つのは……

「ネロ・カオス?!」
「いかにも」

 いや、あなたはいつも渋い声と顔です。それは認めましょう。
 どうやって入ったかも聞かないで置きましょう。
 それでも、やっぱり聞きたいことがあります。

「何故にあんたまでサンタ衣装なんだっ?!」
「今日のみはこれが正装らしいからな。礼を失さぬよう正装で訪れた次第だ」

 多分、アルクエイドだな……
  しかし、サンタ風でもやっぱりコート一枚。今日は辛うじて帽子もあるけど。 
  この渋い雰囲気でなければ、単なる変態だ。

「で、それはそれとして、なんでここに?」
「うむ、この者、我が一部と言った方が正確だが、言いたいことがあるとの事」
「一部?」

 と、ネロから一部、黒い固まりが切り離され、床で蠢きつつ立ちあがり、徐々に形を成していく。
 そして現れたのは……

「私です」
「なんだ、エトか」

 エトとは要するにネロの一部の鹿だ。
 ちなみに喋る。以上。

「それだけですかぁ?!」
「あーもう! 聞いてあげますから、終わったら直ぐに立ち去ってください」

 すがるエトに秋葉もご立腹の様子。
 まあ、当然と言えば当然だが。

「とりあえず一言聞いて頂ければよろしいですので」
「……ならば、話して下さい」

 しかしエトは落ち付いたもので、秋葉の剣幕にも全く動じてない。
 いや、立ち絵はどちらにせよ変わりようがないんだけど。

「はい、言いたいことはといいますと」
「言いますと?」
「サンタにはトナカイが付き物じゃないですか? だから私もっ!」

 場を白い空気と沈黙が覆う。
 その破壊力たるや、黒き混沌であるネロですら白く染めるほどだ。

「………………」

 暫くの後、なんとか回復した秋葉の視線が俺を見つめる。
 これは、誰かがいってやんないといけないよな。
 こほん、とわざとらしく咳をし、淡々と指摘をおこなう。

「エト、重大なミスが一つある」
「重大なミス? それは一体?!」

 エトの真剣な目が、自身では全く気付けていないことを物語る。
 ならば教えよう、根本にして絶対の差を。

「あんた、鹿じゃん」

 がーーーーーーーーーーーん!

 効果音もさりながら、それはもう心底驚いた表情で、相当のショックだったらしい。
 まあ、やっぱり立ち絵は1枚しか無いから見た目は全然変わらないんだけど。

 しかしこうなってくると、あの二人も多分既に……
 で、窓から入ってこないとなると、サンタだから、というところかな。

「あ、兄さん、どこへ?」
「うん、ちょっとお客さんを迎えにね」

 これから起ることは迷惑なんだろうけど、どうしても弾む自分の心を抑えられなくて。
 階段を降りる自分の足音すらリズムに聞こえてきたのは、幻聴なのか体が勝手に動いてたからなのだろうか。
 

 遠野家煙突内
 

 バクァアアアアッ!! ガラガラッ……ドスドスン!

「いっ……たぁ……」
「だから止めよう、と……」

 はあ……やれやれ。
 突然の騒音にも驚かないあたり、自分も慣れたな、と思う。
 更に目の前の暖炉内に煉瓦がばらばらと降り注ぎ、土煙と共に人が二人落ちてきても、それが想像の範囲内という素晴らしさだ。
 範囲限定なら予知能力者になれるんじゃないだろうか。
 役に立つのも限定されてるけど。

「こんばんわ、アルクエイド、シエル先輩」
「あ、こんばんわです、遠野くん」
「やっほぉ、志貴ぃ」

 暖炉に少し歩み寄る。離れておいたのは煙を避けるためだ。うん、想定通り。
 暖炉の中からようやく出てきたアルクエイドとシエル先輩は、やっぱりというかなんというか、サンタ衣装だった。
 シエル先輩がミニのワンピースタイプ、アルクエイドがミニのフレアスカート風という差異はあったけど。
 とりあえず、二人ともほこりだらけで煉瓦の欠片が沢山ついているのは聞かないでおこう。

「あ……落ちてきたんですか」
「秋葉さん、こんばんわ。御邪魔しますね」
「ええ、こんばんわシエル先輩。 でも遠野家では、突然の来訪者は客として扱いませんのよ?」
「いえいえ、秋葉さんも御迎えの準備に勤しんで頂いていたようですし」

 にこにこと殺気を放つシエル先輩。
 その原因はというと、秋葉が抱えている薪の束と灯油缶のせいだろう。
 何に使うつもりだったかは…………考えないでおこう。

「うふふふふふふ……」
「おほほほほほほ……」

 冷たい笑いが場に響く……
 誰か助けて……

 ドムッ! ムニュ……

 と硬直する俺に、不意の衝撃。そして直後からニの腕に感じらえる、柔らかくて暖かい感触。
 こんな不意打ちをやるのは……

「ねえねえ志貴、似合う?」

 それは腕に抱き付いたアルクエイド。
 いつもどおりの無邪気な笑み。でもそれがほんとに不意に目の前にあって。
 ……その……それにFカップが押し付けられてて、ボリュームと弾力性も申し分無く……って、何考えてんだ俺っ。

「あ、ああ、似合うよ」
「良かったあ。 変じゃない?」

 もっと言いまわしが効けばいいのに、と思うくらい素っ気無くしか返せない。
 その返事でも本当に嬉しそうに微笑み、すこし恥らうアルクエイド。

「うん、ほんとに似合っているけど」
「……ありがと。 でも、ほんとはね」

 その顔に余裕が戻ってくる俺とは対照的に、アルクエイドはもじもじ……っとますます赤くなる。
 その姿からは、「真祖の姫君」と呼ばれ、猛獣でも一撃で倒す凄まじさはかいまも見えない。
 そのギャップがなんとも良いんだけど。

「いつもと違う格好だから、志貴に変って言われるかなって、ちょっとだけ不安だったんだ」

 ……だからさ、アルクエイド。
 そういうのが俺を狂暴にさせるんだって、どうして解らないかなぁ。

「はい、もういいですよね」

 と引き剥がしたのはシエル先輩。
 普段通りに見えるけど、一瞬でアルクエイドが視界から消えた辺り、とてつもない力だったんじゃないだろうか。

「ひどいにゃー、横暴にゃー」
「メリークリスマスです、遠野くん」
「あ、うん、メリークリスマス、シエル先輩」
「シエルにクリスマスなんて似合わないにゃー。聖なるものなんて使える武器でしかないんだろにゃー」
「…………」

 パスパスパス!
 とサイレンサー付ハンドガンの音が響き、直後には静寂が残る。

「お邪魔しちゃいましたけど、迷惑じゃなかったですか?」
「あ、うん……欲を言えば、もうちょっと普通に来て欲しかったけど」

 シエル先輩。銃撃すら無かったことに出来るその笑顔、信じていいの?

「……これ以上『シエルだし』でシナリオ削られたりしたらたまりません」
「え? それ、なんのこと?」
「いえ、なんでもないですよ」

 だから、シエル先輩。その『なんでもありませんよ』っていう何かありそうなのが解る笑顔がなんだかなぁ……

「遠野くんは知ってますか、クリスマスの語源」
「うーん、良くは知らないけど」
「ええ、そうですね。一応はきちんとしたものがあったりするんですけど」
「へえ、そうなんだ」
「でも、この日には語源とかはどうでも良い、って思うんです」
「え? シエル先輩もそう思うの?」
「意外ですか?」

 露骨な話題振りとはちょっと思いつつも、意外性の方が先に立つ。

「うん、シエル先輩もそれなりに『聖なる日』とか言いそうだな、と思ってたんだけど」
「確かにそういう組織の一員ではありますけど、思想的には全然別です」

 その割にはアルクエイドを全然理解しようとしなかったような……
 まあ、それは過ぎたことだし。

「私、好きなんです」
「え……何が?」
「クリスマスイブですよ。もう、話聞いてなかったんですか?」

 ちょっとドキっとした俺に、ちょっと呆れ顔のシエル先輩。
 何にドキっとしたかを話したら、その顔も赤面へと変わるんだろうけど。

「この夜は特別、っていわれますね」
「うん、子供も大人も楽しみにしているとこあるよね」
「そういうの……いいな、って思うんです。 家族の団欒とか、子供の夢とか。そういうのがある夜って、それだけで素晴らしいじゃないですか」
「うん……そうだね」

 凄く解る。その気持ち。
 シエル先輩も、かつてそれがあって、でもそれを失って。
 そして、今は……

「シエル先輩にも、今ならあるよね。そういうの」
「そう……ですね。そうかも知れません。でも……」

 でも。と反語で終わったから、とシエルを見るとシエルもこっちを見つめてた。
 優しさと感謝と嬉しさの篭った瞳で、こう呟いた。

「それは全部、志貴くんのおかげです……」

 うーーーーーーーーーーっ! 可愛過ぎるって!
 年齢不祥だろうが正体不明なんだろうが、可愛いんだって。

「あの、一つだけ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「あ、え、何?」
「志貴くんは……クリスマスプレゼントが私……というの、いいんですか?」

 だから、シエル。そういうのが……

「「認められる訳ないでしょう!!」」

 寸分違わぬツッコミ。アルクエイドも秋葉も、実は結構気が合うんでなかろうか。
 ……という所感も吹っ飛ぶぐらいの怒気。というか、それを通り過ぎて殺気のような。
 二人の背景がゆらいで見えるのは、単なる幻覚と信じたい。

「へー、その割には御二人ともお荷物が無いようですね」

 全く動じないシエル先輩。
 やっぱり同類だ。

「………………」
「………………」

 どうやら図星だったようで、アルクエイドも秋葉も反論が出来ない。
 かといってシエルが優性という訳でもなく、戦況は五分五分での様子見といったところ。
 非常に拮抗した状態……一見安定しているようで、非常に不安定な状態だ。

 しかし、この状況はまずい。とにかくまずい。
 鬼の血も……って、それは違うけど、とにかく本能からしてマズイと感じる。
 なにがまずいって、その拮抗によって増幅されたエネルギーの矛先が……

「……となれば、決めるには一つしかありませんね」
「そうですね、それで決めるのが一番とおもいますわ」
「うん、あたしも異存は無いよ」

 いいんちょ……もとい、シエル議長の提案に、あっという間に合議が成立する。
 やっぱり君達、結構気が合ってるよ。
 そして逃げる間も無く、想定した最悪の事態は起るのだった。

「さあ、(志貴・志貴くん・兄さん)、誰を選ぶんですか?!」
 
 
 
 
 

 じりじり、と迫られる。
 じりじり、と下がる。

 一対複数の闘いでは、とにかく背後を取られてはいけない、とか何かで知った。
 前を見ながら下がるのはそれだけでも無く、油断すればその瞬間に終わるからだ。

「しーきー、どうして下がるのかなー」
「アルクエイドッ、そういいつつ目が金色になりかけてるぞ!」
「そうですね、たった一つ決めるだけです。とても簡単なことだと思いますが」
「シエル先輩、状況が簡単じゃなくしてると思うんですけど」
「兄さん……」
「秋葉、目が『あきは』でも髪が檻髪になりかけなんだけど?」

 じりっ、と迫られれば、じりっ、と下がり。
 じりっ、と下がるから、じりっ、と迫られ。

 俺はなんとか状況を拮抗させてたと思ってたけど、気を取られ過ぎて重大なことを忘れてたんだ。

 どん! と背中に固い感触。瞬時に気付く事実。
 ここは室内だ。確かめるでもない。壁だ。

 瞬間、3人とも邪悪な笑みを浮かべたような……いや、そんなことは後だ。
  ここは居間。 となれば、壁づたいに扉に行けるならまだ活路が……

「逃がさないよ、志貴っ!」

 と見た右はアルクエイドが回り込む。
 ならば元きた左なら……

「こっちも無理ですよ、志貴くん」

 シエルがあの身のこなしで回り込む。

「さあ、兄さん、もう後ろがありませんよ?」

 恍惚とも取れる表情を浮かべる正面の秋葉。
 最早、退路は無し、か……
 それでも、一つだけ言いたい。

「おまえたち、手段と目的とが反転してるだろっ!」

 そう、どう考えても獲物を狩る狩猟者のようだ。
 選ばれるという目的が、俺を追い詰めるという手段にすり替わってないか?

「兄さんがはっきりしないから悪いんです」
「そうですね、志貴くんは本当に悩ましい人ですから」
「そのくせ本人に全く自覚が無いのが、よりタチが悪いわね」

 最後の反論もあっさりと却下された。
 包囲し、確実に追い詰めているにも関わらず、3人ともゆっくりとしか迫ってこない。
 ここで先行すれば他の二人より先んじれるのに、3人の目は俺しか見てない。
 それは余裕を楽しむ貴族か、獲物を弄ぶ狩猟者か。
 やっぱ君達、とても気が合っているよ。

『お待ち下さい!』
「誰っ?!」

 不意に声が響く。
 だが室内には俺達以外、誰もいない。
 皆、見まわすが、何の影も……
 ……いや、チャンスだ!

「あっ!」
「志貴が逃げた!」

 アルクエイドの脇をすりぬけ、なんとか扉前まで逃げれた。
 ここまで来れば流石の3人でも、扉を開けるより早くは無理だ。

「おのれ……何奴?」
 一方、最早悪党一味と化した秋葉達が邪魔をした者を探す。

『はっはっは、仕方ありませんな、カクさん』
『……カクさんって、誰?』
『翡翠ちゃん、こーいうときは「解りました、御老公」っていうものなのよ』
『えっと……「解りました、御老公」?』
『そーそー。じゃ、も1回』
「……もういいわよ、琥珀、翡翠」

 一気に場の圧力が抜ける。
 声の元は、俺の直ぐ後ろ、扉の向こう側だ。
 そして言うまでもなく、その声の元は……

『………………』

 やや間があって、扉がばっ、と開かれて。
 そこに居たのは……

「サンタメイドさん’sでーす」
「こ、琥珀さんと翡翠!?」

 琥珀さんと翡翠が居たことに驚いた訳じゃない。
 その容姿に驚いたんだ。

「志貴さん、似合いますかー?」
「あ、うん、勿論」

 琥珀さんもやっぱりサンタガール。
 特徴づけはチャイナ風。ロングミドルぐらいの長さでありながら、すごく上まであるスリットがその……
 同じ太ももでもそのまま見えるより、スリットからだと遥かに色気があるのは何故なんだろう。

「志貴様……」

 翡翠は一番オードソックスなミニミドルってとこ。プリーツがちょっとポイントかな。
 でも、すごく新鮮に映る。

「あの……あまり見られますと……」
「うん、ごめん。 でも、翡翠はメイド服ぐらいしか見たことなかったし……」
「………………」(ぼっ)
「そうそう、どんどん見てくださいね、志貴さん。その為に着たんですからー」
「ね、姉さん」

 ちょっと遅れたけど、琥珀さんも思えばいつも割烹着なんだよな。
 正直なところ新鮮さでは翡翠ほどじゃないけど、それでも鮮烈というには十分だ。
 それに凄く楽しそうにはしゃいでいる子供っぽさが、狡猾老獪とも思える策略ぶりとのギャップがあって……

「へえ、琥珀、私に張り合うつもりかしら?」
「翡翠さんも、ああ見えて結構やりますねー」
「二人して美味しいとこどりよねー。『後から出した方が勝つ』の法則だっけ?」

 アルクエイド、それは『究極対至高』とか限定の法則だ。
 とかいうつっこみもさて置かれそうなほど、背後からの気配は厳しいものがある。

「いえいえ、そんなつもりはありませんよ、秋葉様」
「………………」

 全く平然としている琥珀さんと、萎縮してしまう翡翠。
 双子でもこういうとこは全く対照的だよな、と思う。

「はあ……ならば再度ですか」

 はい、秋葉、今、なんて?

「私は別にいいけど? どうせ選ばれるからねー」

 アルクエイド、何を納得してるんだ?

「はい、私が選ばれますからね」

 シエル先輩、だから何がなのっ?

「……5択、ですか」

 理解しているけど、理解したくない事実を呟く翡翠。

「逃がさないわよね、翡翠、こは……く?」

 秋葉の口調は明らかに戸惑いが含まれてきた。
 というのも、琥珀さんがすたすたと調理場へと歩いて行ったからだ。

「琥珀さんは棄権なんでしょうか?」
「いえ、琥珀はそれをやるくらいなら参戦しません」

 それには同意だが、あの琥珀さんだから何が隠されているか。
 皆が思案と解析をする中、戻ってきた琥珀さんはというと……

「ささ、皆様揃ったところで夕食にしましょう♪」

 大きな皿を抱えてた。そしてその上には大きなケーキが。

「翡翠ちゃん?」
「あ、うん」

 展開の突然さと早さに唖然としたままの俺達をさておき、琥珀さんと翡翠は調理場に出たり入ったり。
 白いテーブルクロスが引かれ、キャンドルがいならぶご馳走達をほのかに照らす。
 鳥モモ、サラダ、そして中央に鎮座しキャンドルを湛えるケーキ。
 あっというまにテーブルが「クリスマス色」に染められた。

「さあさ、皆様お座りくださいな」
「えっと……」
「いいのかな?」
「うん、アルクエイドもシエル先輩も座って」

 少しずつだけど事態が理解できてきた。
 全てはあの琥珀さんの笑顔にある。
 料理を運び終えたらしい琥珀さんと翡翠も含め、皆が席につく。

「では始まりの挨拶は秋葉様にお願いしますね〜」
「あ……はい、では失礼して」

 室内はキャンドルだけが照らす空間になってる。
 いつの間にかテーブルにはシャンパンやらワインやらも置いてあって。
 そして手元には口付けか、シャンパングラスが。
 ……完璧だ。

「えっと……」
「どうした、秋葉?」
「いえ、こういうのは始めてなので、どう挨拶すればいいのか……」

 秋葉の戸惑いが伝わってくる。
 始めてだから迷っても当然だし、でなくともこの展開には付いて行けないだろう。
 だけど、答えは決まってる。
 琥珀さんの異様な手際の良さはさておいて。

「クリスマスをこうやって、こういう気分で迎えるなんて、誰もが始めてなんだ。だから、型式とかそういうのはどうでもいい。気持ちそのままが一番良いと思うよ」
「……はい、解りました、兄さん」

 思いのまま語った俺を、なんだかまぶしそうに見つめる秋葉。
 いや、秋葉だけでなくて、アルクエイドも、シエルも、琥珀さんも、翡翠もそういう目で見つめているような。
 それは暗さゆえの気のせいだったのか、それとも……

「では……皆さんと」

 秋葉の声が静かに響き、差し出すグラスが光を湛えて。
 そして、始まりの声がかかった。

「……兄さんに!」
「え?」
「メリー・クリスマス!」
「「メリー・クリスマス!!」」
「メ、メリークリスマス」

 一瞬遅れてのとても間抜けなメリークリスマス。
 それも炎に照らし出される皆の笑顔に比べれば安いもんだ。
 
 

「はあ……」

 テラスから見える夜空を眺める。
 アルコールと暖房と騒々しさで火照った体から、熱が星達へと奪われて行く。

 冬であることや遠野家が高台の上であることもあるんだろうけど、澄んだ夜空は綺麗すぎて自分には勿体無いようにも思える。
 勿論どちらにせよ長居するつもりはないけれど。

「はあ、ほんとに……騒々しいよな」

 料理の豪勢さと美味さはさすがだが、多種多様豊富な酒はどういうことなんだろ、琥珀さん。
 とまあ、酒が入ったせいか、凄まじい盛り上がりっぷりだった。
 あれだけ酔っ払いに囲まれたことは、多分俺の人生始めてだろうな。

「…………ふっ、ふふっ」

 そうは言いつつも心の奥からこみ上げてくるもののせいで、にやける顔を抑えられない。

 アルクエイドに、シエルに出会った。
 秋葉と、琥珀さんと、翡翠と、8年ぶりに再会した。
 殺されかけ、死にかけ、殺し、生き残れた。

 それらは自分にとってかけがえのない思い出だけど、良いことばっかりだった訳じゃない。
 でも、それらをひっくるめて過去のいろいろが、今の為にあったのなら……辛いことも、今でもふっきれてないことも、そう悪くもないのかな、と思えてくる。

 この夜、「クリスマスイブ」を家族と過ごす夜とか、恋人が過ごす夜とか、子供にプレゼントが運ばれる夜とか、その定義はいろいろあるかも知れないけれど、俺はこう思う。
 愛せる誰かと過ごせる夜があるってことは、凄く幸せなことなんだ。
 それをちょっとだけ特別な日にして、いつもの大切さを思い返せる日なんじゃないだろうか、って。

「さて、戻ろうかな……」

 俺は、戻る。
 光と暖かさが満ちた場所へと。
 自分を迎えてくれる場所へと。
 楽しさが、笑顔が、幸せがある場所へと。
 そして、最高のプレゼントを運んできてくれたサンタ達に感謝しに。
 

[終わり]
 

 あ、そうそう。
 可愛いサンタ達はそれとして、ほんとうのサンタはそれはそれで楽しみなんだけどね。
 な、レン?

 こくこく……
 
 

[でも、戻るからには終わってない]

「遅いですよ、兄さん」
「ごめんごめん。外が結構気持ち良くてさ」
「気をつけてください、冷えて風邪でもひいたらどうするんですか」
「ほんとですよ、志貴さん。 それに秋葉様が不機嫌になってしまったじゃないですかー」
「わ、私は別に普段通りです!」
「うん、でもほんとに大丈夫だから…あっ」
「ほんとー、志貴って冷たくて気持ち良い〜」
「うわっ! アルクエイド、酒臭いっ。 お前どんだけ飲んでいるんだ?」
「えーと、覚えてないぃーー」
「そうです! 酔っ払いは遠野くんから離れてください!」
「……あの、シエル先輩もかなり飲んでいるみたいなんですけど」
「この位は嗜みです。 呑まれるようでは飲むべからず、と言います」
「だからってワインが……えっと、何本空いているんだろ」
「しかしワインもですけど、料理も良いのを出されますね。さすが遠野くんのお家です」
「空いている皿が…………さすが底無し胃袋」
「志貴様」
「翡翠、なんかふらついてるみたいだけど、大丈夫か?」
「はい」
「うーん、ならいいけど」
「多分……」
「……誰がこんなに飲ませたんだ?」
「はーい、私でーす」
「琥珀さん……」
「ちょっとカクテルなど嗜んでみたんですよー。そうしたら翡翠ちゃん美味しいって」
「そうやって飲ませている訳ですね」
「もー、翡翠ちゃんったら『志貴様が飲まれるから……』って、自分も飲めるようになろうなんて思っているんですよー。いじらしいったら無いじゃないですかーー」
「痛い、痛いって琥珀さん」

 と、遠野家の聖夜は特別に騒がしく、とてもいつも通りな夜なのでした。
 

[ほんとに終わり]
 
 

 そして、遠野家の屋根上。
 中の騒動とは全く無縁の静寂の中、三つの影があった。

「……ふむ、まさしく混沌であるな」
「秋葉……(泣)」
「トナカイと鹿って、どれだけ違うんでしょう……」
 

[ほんとのほんとに終わり]
 
 
 
 
 
 
 
 

 …………って、さっちん忘れてたーーーーー!!(作者マジボケ)

「へぷしっ」
 
 

 

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