『月の裏側』しゃむてぃるさん
 

遠野家煙突内(『不幸の予知はアルピノ志貴?』の場面)

「だからあなたは下がってくださいっ」
「そっちこそ出てよ……ねっ」
「だからっ、入り込まないで下さいって言っているんです!」
「だって先に行きたいもん」

 御想像の通り、アルクエイドとシエルは煙突内部にいた。
 当然というかなんというか、やはり衣装はサンタ風ミニスカ仕様である。
 ただ、問題があるとすれば、二人して煙突内部で引っかかってしまったということだろう。
 いや、二人だから引っかかっているというべきか。

「ここはあなたが引き下がるべきです」
「あ、下がって良いの?」
「良い訳ないです!位置的には上がることになります、このぐらいも解らないんですか?」
「屋根に着いたのは私が早かったけど?」
「煙突に入ったのは私が先です」
「そうね、不意打ちで潜り込む、いかにもあなたらしいやり方だけど」
「あなたにはいかなる手段も正当化される、と言って置いたはずです」
「………………」
「………………」

 アルクエイドとシエルの目つきが明らかに変わる。
 そして二人から発せられる気勢は、その場を戦い場へと……

「やめましょう」
「そうね、この格好じゃ様にならないわ」

 変えなかった。
 シエルが先に足から、アルクエイドが直後に頭から入って追い付いた……というか、そのまま煙突内のシエルに突っ込んだため、御互いそのままの格好で身動きが取れなくなっていた。
 それでは戦う気勢など失せて当然、戦闘をやること自体が無理というもの。

「でも、とりあえず動かないとどうしようもないですね」
「そうね、まあ、大丈夫だとは思うけど」
「え? 上がってくれるんですか?」

 少々うんざりのシエルに対し、アルクエイドはいつもの明るい調子。
 真っ暗で非常に狭い上、ろくに動けない空間内であってもストレスを感じないのは、打開策あってか、それともいつもの考え無しか。
 単にいつもの能天気なんじゃないでしょうね、などと思いつつも前者の可能性を信じ、シエルは問うのであった……が。

「ううん、私、今上がれないよ。つっかえてるもん」
「では、どうするんですか?」
「シエルが下がればいいじゃん」
「下がれないです。 あなたが上がらないと全く身動きが取れません」
「でもシエルが下なんだよね。じゃあシエルが下がれないと……」
「はい、あなたが上ですね。ではあなたが上がれないと……」
「………………」
「………………」
「…………って、どうするんですかっ?!」

 シエルの憤慨、ごもっとも。
 このままずっと……というのは、あまりに御間抜けすぎる。
 かといって今更誰かというのも、呼ぶこと自体からして難しい。
 勿論余程切羽詰らない限りはこの格好はあまり人に見られたくもない。

「だから、大丈夫なんだってば」
「大丈夫って言っても、動けなくなっているんですよ?」

 しかしアルクエイドはいつも通りの調子のまま。
 シエルの反論にもやはりその表情は崩れない。正にいつもの屈託無い笑顔。
 上下逆ではあったが。

「どうするんですか、ほんとに何か手があるのならやって欲しいものです」
「だからー、こうすればぁ……」
「って、それは駄目で!」

 シエルの嫌な予感と静止も時、既に遅し。
 予測通りの事態は非情にも引き起こされるのであった。

「すぐに出られるでしょっ!!」

 増大したアルクエイドの力は、煙突を構成する煉瓦の壁にヒビを容易く入らせる。
 そして、煉瓦は瞬時にして崩壊し、戒めは解かれ自由となる。
 しかし、突然に全くの自由となると、どうなるかというと……

「だから駄目だってえぇぇぇ……」

 そう、重力に従うしかない。
 そして志貴の『不幸の予知』は成立するのだった。
 
 
 

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