月姫クリスマス競作
遠野家のクリスマスイブ(第3部)

小さな暖かさ 小さな幸せ(冬御さん)
 
 

 混沌の限りを極める遠野家リビング。

 どこからか紛れ込んだお酒(ビールから始まってサワーにカクテル、ワイン、ウィスキー、テキーラ、ウォッカ、日本酒……その他なんでもありだ。おそらく琥珀さんだろう)も入って、もう手がつけられない状態になっていた。

「ふう……ちょっと暑いな。外に涼みにでも行ってくるか」

 かく言う俺も収拾つけるのを諦めた後はそれなりに楽しんでいるわけで。アルコールも少々入っていた。

 上着のボタンを1〜2個外して、テラスの方に向かう。

「志貴様ぁ?どこに行かれるのですかぁ〜?」

 グラスを手に赤い顔で瞳をとろんととろかしている翡翠が、目ざとく俺を呼び止めた。

「テラスに涼みに行ってくるだけだよ。翡翠は楽しんでおいで」

 ふぁ〜いと頼りなさげな返事を残して、翡翠は混沌の渦の中へ戻っていった。

 うーん、明日は早起きしなくてもよさそうだな。

 テラスに出ると、緩やかに風が吹いていた。火照った体を冷ますのにはちょうど良い。

 手すりにもたれかかるようにして、夜風に吹かれるに任せる。

「……ふう。予想はしてたけど、やっぱり全員揃ったなぁ。ま、騒がしいのもいいか」 

 昨日の琥珀さんの様子が少しおかしかったからまさかとは思ったけど。

 アルクェイドとシエル先輩はもはやお約束の域だな。暖炉の修理代ぐらいは出させるか。

 その他男連中はさすがに予想外だったが。鹿もな。

「夜風が気持ちいいな……あれ?」 
 
 
 
 
 
 

「楽しそうだな。やっぱりお邪魔は出来ない、かぁ」 

 管理者が几帳面なのか、しっかりと施錠された門の前にたたずむ少女が一人。

 せっかくの聖夜だというのに、暗色のセーター、ブリーツスカートにマフラーという夜の闇に溶け込んでしまいそうな服装をしている。

 その胸には、手製の包装と思われる包装紙の袋が抱かれていた。

「それにしても大きいお屋敷……遠野くんの家って言うことを抜きにしても、私には入れなさそう……」

 少女は、先ほどからこの寒空の下、インターホンの前でうろうろとまごついていた。 

「はぁ。せっかくここまで来て怖気づくなんて、情けないなぁ……」 

 束ねられた二つの髪房を揺らして頭を振る。

 そして、「うん!」と一呼吸置くと、決心したようにインターホンに指を伸ばし――
 
 
 
 
 
 

「弓塚?」

「ひゃあっ!?」

 弓塚のツインテールが一瞬だけ逆立った。

「弓塚、こんなところで何してるんだ?」

「えっえっ!?と、遠野くん、なんでここに?」

 門の前にいたのはクラスメートの弓塚さつきだった。

 俺の顔を見るなり、途端にあたふたし始める弓塚。 

「なんでって、ここは俺の家の前なんだけど。テラスに涼みに出たら門の前に誰かいるなぁと思って来てみたら、弓塚がいたんだよ」 

「あ、あー、そうだよね、うん……」 

「で?何してるんだ?」 

 うっ、とひるむ弓塚。

 胸に抱えるように持ってる袋の下で、モジモジと指を絡めていたりする。

「え、えっと、その……お、おさんぽっ!そう、散歩してたんだよ」

「散歩って……女の子が出歩く時間じゃないぞ。寒いし」 

「う、うん、そうなんだけどね。なんとなくしたかったんだ、あはは……」 

 まあ、俺も涼を取りにテラスへ出てたわけだから人の事は言えないかもしれないが。

「…………」

「…………」

 言葉が途切れる。普段あまり親しくないと、こういうときに困る。

 話題を探して軽く空を見上げた時、鼻先を何か白いものがかすめていった。

「あっ、冷た……」 

 弓塚が頬に手を当てる。

「あー、冷えると思ったらついに降り出したか」 

 朝の冷え込みから来るかなとは思ってたけど。

「雪……だね」 

 弓塚も空を見上げる。

「ホワイトクリスマス、か。っとと、冷て」 

 頬にじわりと冷たさが滲んだ。慌てて、あっという間に解けて水滴になってしまった雪を拭う。

「綺麗……」 

 弓塚はじっと空を見上げながらそう呟いた。

 俺ももう一度見上げてみる。藍色の空から静かに降る白い結晶。

 ゆっくりと降ってくるそれは、『降ってくる』と言うよりも、『下りてくる』と言ったほうがしっくりきそうだ。

「……そうだな。こうしてみると、綺麗かもな」 

「雪、嫌いなの?」 

 俺の言い方が気になったのか、弓塚がそう聞いてくる。

「いや、別にそうじゃないんだけど、積もると滑るだろ」 

「……え?」 

「だから……道路に積もるとつるっと。転んだりとか……」

 小さい頃に派手に転んで以来、どうにも苦手なのだ。雪道が。 

「ぷっ。あははははは!」 

「笑うなよ。転ぶと結構……大変なんだぞ」 

 転んだ拍子にメガネがとれた時はそりゃあ大変だったんだぞ。って言ってもわからないだろうけど。

「あははは……ご、ゴメン。なんかおかしくなっちゃって……」 

 俺はむう、と眉をしかめた。弓塚は滲んだ涙を拭いつつしばらく笑い続けていた。
 
 
 
 

 ひとしきり笑った頃には、あたりの道は既に白く薄化粧をされていた。

 弓塚がくしゅん!とひとつくしゃみをする。

「あ、とりあえずうちに寄ってく?ちょっと騒がしいけど、あったかいものくらいは出せると思うし」 

「あっ……」 

 言ってから一瞬、あの連中に弓塚を混ぜるのはいかがなものかと思ったが、まぁいいだろう。今は酔いどれ集団だし。

「……ううん、いいよ。家族の人とパーティしてるんでしょ?お邪魔になっちゃうよ」 

「そう?別に気にしなくてもいいんだけど……」 

 家族じゃないのもいろいろいるし。と心の中で付け加える。

「ううん、雪がひどくなる前に帰るから」 

 弓塚は笑顔でそう言った。

 それがひどく儚く見えたのは、少し量を増した降り積もる雪のせいか。

「そっか。お休み、弓塚」 

「うん。ばいばい……」 

 軽く手を振って、たったっ、と二歩ほど門を離れ、大きく白い息を吐き出す弓塚。

 そして、くるっと俺のほうに向き直ると、

「遠野くんっ」 

「ん?」 

「メリークリスマス。はい、これ」

 持っていた包装紙を渡される。 

「じゃあねっ!」 

「あ、弓塚!」

 弓塚はそのまま急ぎ足で坂を下っていった。

 なんだ?少し頬が赤かったけど……

 渡された包装紙を見てみる。手製らしく、決して派手ではないものの、丁寧に梱包されていた。 

「とりあえず包装を取って、と」

 なんとなく破らないように気を使いながら開けていく。 

「…………マフラー?」 

 中から出てきたのは茶色のシックなマフラーだった。

「なんか、これは……」 

 言っちゃ悪いが、ひどく不恰好だ。既製品とは到底思えない。

 色やデザインは俺の好みなんだが。

「うーん……」

  まぁ、雪も降ってるし、玄関まで巻いていこう。少しはマシになるだろう。

「あったかいな、うん」

 あたりまえだが、冷えていた首筋が暖かかった。

 生地自体は冷えているんだけど、なんか、不思議な暖かさがある。 

「……戻るか」 

 もう一度ホワイトクリスマスを見上げておいて、俺は家に戻った。
 
 
 
 
 
 

「あれあれ志貴さん、どうしたんですか、そのマフラー」

 リビングに戻るなり、琥珀さんが何事もないかのように傾けていたグラスを置いて出迎えてくれた。

 ちなみに入っているのはワインではなく、ネロ・カオスが持ち込んでいた日本酒だ。

「やはり酒は『美少年』だな。うむ」

 いや、聞いてないし。それにちょっと怖いぞ、そのチョイスは。

「ん、外に出てたらちょっと寒くてね。珍しいホワイトクリスマスだよ」

「あー、ホントだ。雪が降ってますねー」

 琥珀さんの声に、酔いどれサンタの集団が我先にと窓に突進していく。やれやれ。

 しかし、翡翠だけはソファーでぐったりとしていた。やれやれ……。

「で、どうしたんですか?その手編みのマフラー」

 え?

「…………手編み?」

 自分の首のマフラーを指差して聞いてみる。

 琥珀さんはにっこりといつもの笑みを浮かべて、

「そうですよ。編み目の粗さとか全体の歪みとか、手編みならではの味ですね。機械編みじゃ絶対に出ないものですから。うふふふ、志貴さんも隅に置けませんねー」

「いや、別に、そういうわけじゃ」

「いいですよ。秋葉様には内緒にしておきますから。うふふふふ……」

 琥珀さん、そのいつもの微笑みが今日は逆に怖いです。

「手編み、ね」

 首にかけたマフラーの端をつまみあげてみる。

 なんとなく、この不思議な暖かさの理由がわかったような、そんな気がした。
 
 
 
 
 
 

 しんしんと降る雪の中を歩く一人の少女。

「何とか渡せた、えへへっ」

 何か喜ばしいことでもあったのか、その顔は晴れ晴れとしている。

 くしゅん!と少女からくしゃみが出た。

「……えへへ」 

 それでも、彼女は笑っていた。彼女なりの幸せを目一杯噛みしめながら。
 
 
 
 
 
 

 少女の小さな幸せを、聖夜に舞い降りる雪に乗せて――メリー、クリスマス。 
 

 

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