抜かずの刃、鎮魂の祈り 第六話 心の一方(その1) カワウソ |
「いやー、めでたいめでたい」 「も、もう、楓ちゃん……」 何度も同じことを繰り返す楓に、那美は恥ずかしがりながらもそのたびにまんざらでもない顔になる。 朝食が終わった後、恭也を含む学生達はそれぞれの学校に、桃子は翠屋へ向かい、神咲の三人+久遠は昨日の現場に赴くことにし、まずは準備のためさざなみ 寮に向かっていた。 現場に行くとはいっても、那美が昨日のうちに大部分は済ませてしまっているし、念のために清めの祓いを今日にでも行う予定でいる。 霊障の元を断っている以上、龍にとってもはや価値のない場所であり、襲撃も考えられないので事実上ただの見学である。 しかし、朝食の最中に恭也が霊力も使わずに霊を止め、切り裂いた事を聞いた薫が自分の目で現場を見ると言い出した。 恭也に実際に「心の一方」を使ってもらったほうが早いのだが、恭也は朝一から講義があり時間が取れなかった。 そのため、午後には時間が空く恭也と八束神社で待ち合わせをすることにし、それまでに昨日の現場を見学をすることにしたのだった。 「これから花嫁修業の特訓やねー」 「はい。頑張ります!!」 とはいえ、向かいながらの話題の中心は食事前の恭也の所信表明に集中していて、傍目にも浮かれた女性三人組にしか見えなかった。 「でも。ちょう、意外やったね。恭也君って人の前ではあんまりああいうこと言わない子だと思ったんやけど」 「うん。私もびっくり」 驚いた。とはいいながらも嬉しさが先の那美。 幸福感のあまり、いつもの三倍増にふやけている義妹をほほえましく――このままだと転ぼうがどぶに足を取られようが電柱とご対面しようが気がつかないのではないかと言う心配が頭をもたげてくるが――見ながら薫は庭での恭也とのやり取りを思い出していた。 薫は恭也に「那美を『自分のもの』くらいに思ってほしい」と言ったのだ。 たまの電話でののろけっぷりや、今朝の甘え方を見ると、どう考えても深い仲になっているはずなのだが、恭也は那美のことを「神咲さん」と呼んでいた。 他人行儀だし、名前で呼んであげてほしいと直接言ってしまうと、呼び始めたきっかけが「薫に言われたから」になってしまい、恭也の意思でないかのように なってしまう。それでは那美もあまりうれしくなかろうと具体的な指摘は避け、婉曲して伝えたのである。 かなり乱暴な言い方ではあるが、恭也ならば身内と思えばこそ大切にするであろうと信頼しての表現であった。 それに対して、恭也はしばし黙考した後「少し自惚れてみます」とだけ答えた。 そして、その結果が朝食前の表明である。 初対面のときから感じていた誠実さは間違いなかったと那美の幸多き将来(さき)を思い、口元が緩む薫だった。 「薫ちゃん、にやにやしてどうしたの?」 会話に加わらず、一人で笑顔になる薫の顔を那美が覗き込む。 「な、なんでもなかよ。それより、那美のドジの解消やけど」 那美に言われるほどにやけていたかと気恥ずかしくなった薫はごまかすために話題を転じる。 「うう、それは言わないで……」 一番触れてほしくない話題を持ち出されて落ち込む那美。 本人とて気にしているし、これでも気をつけている。 それでも一向に改善されないのであるから、こればかりはどうしようもなかった。 「ああ、あの時はああいったが、問題なか。恭也君があとで『フォロー出来るからお気になさらず』って」 さすがにもらう張本人がいいというなら引き下がるしかなかねと笑う薫。 もっとも、自分の妹も負けず劣らずのドジっぷりで慣れていたし、那美の場合は一生物だと思うから無理でしょうとまで言われて大いに納得したからである が、さすがにそれは口にしなかった。 「うううう、喜んでいいやら、旅だっていいやら……」 「というわけで、早速そのフォローだって」 はい。と今まで持っていたポーチを手渡す薫。 見覚えのあるようなその袋を受け取り、はてなと首をかしげながら那美は袋の口をあける。 「ええと、これって? ああああああっ……あいたっ!!」 中身を見て思わず大声を上げた那美だが、前方不注意になったため、思いっきり電柱にカウンターを食らってその場にうずくまる。 ポーチの中身は那美の携帯や財布。そのほか細々とした小物が入っていた。 「忘れ物やと。那美、いくら恭也君がしっかりしているというても、もちっとしゃんとせんとね」 「あううう……」 「くうん?」 うめき声を上げ、久遠に心配そうに覗き込まれている那美。 「あ〜あ」 「はあ、まいったね」 楓と一緒にため息をつきながら、薫は早くも前言撤回をすべきかと頭を悩ませていた。 「どうぞ」 「ご苦労様です」 入り口で一応見張りとして立っている警察官に挨拶をし、立ち入り禁止のロープをくぐる三人と一匹。 高町家を出た後、那美達はいちどさざなみ寮に戻り、那美は着替え、薫と楓は念のためにとそれぞれの武具を持ち出すなど準備をし、愛に車を借りて昨日の現 場に到着していた。 「うん、きちんと対処したね」 「もちろん」 工場を一目見て、那美のお祓いがきちんと行われているのを満足げに見る薫と、誉められてうれしそうな那美。 工場の雰囲気は昨日と違い、何の変哲も無い景色となっている。 ただ、那美の指示で、入り口や窓が開けられ、風通しが非常によくなっていた。 「これなら、霊は溜まらんね。お清めすれば完璧や」 楓も感心したようにうなづく。 霊障のように「よくないもの」は澱んだところに溜まりやすい。 そうでなくても、祓い終わるまで霊を吸い寄せる器と化していた建物である。 放って置いたらまた霊が引き寄せられる可能性があった。 「建物も、四隅に施してあった仕掛を外しておいたから、霊が引き寄せられることも無いと思ったけど、念のために」 「出来ることならやっといた方がええよ。それで、呪術の中心は?」 「うん。あそこ」 奥まった部分にあるプレハブを指す那美。 そのプレハブはドアどころか壁が取り払われ、中が丸見えになっていた。 しかし、文様はほとんどそのままである。 現場の記録が終え、死体を片付けてから一回は消そうとしたのだが、非常に強力な染料で描かれていたために、その場にある溶剤などでは落とせなかった。 そこでしかたなく諦めて解体する事にし、とりあえず意味をなさないように一部を切り取る事にしたのだ。 「見たところ、日本の術式ではなかね。どこのやろ?」 「恭也さんが言うには中国じゃないかって」 ざっと中身を見て不思議そうに漏らす薫に、那美は昨日見たことと、昨夜恭也から聞いたこと――御神流と龍との確執――を説明する。 霊障を引き起こした術者と、その背景を聞くにつれて、薫の表情はこわばり、厳しさを増して行く。 話を聞いた限りでは恭也は犯罪者組織に狙われている事になる。 ニュースなどで取り上げられ、ほぼ、壊滅しているとは薫も聞いているが、あの悪名高き「龍」である。 恭也の側にいるということはそのとばっちりをいつ受けるか判らないということであった。 「那美。自分の置かれている状況がわかっとると?」 「大丈夫だよ。いままで高町さん家が襲われた事ないし、「御神の剣士」は目の敵にされているって言ってたけど、恭也さん個人が狙われているわけじゃないか ら」 御神を呪った術者ですら恭也の顔を知らなかった事を付け加えた上で、なにがあっても絶対守ってくれるから。と恭也を信頼しきった顔で那美は笑って姉の懸 念を否定する。 「それに、命がけなのは神咲も同じでしょ? 大切な人たちが危険だって言うなら自分だけそこから離れるなんてできないよ」 怒鳴るわけでも、言い方がきついわけでもない。 しかし、それだけに那美が恭也に降りかかる火の粉を――振り払うどころか足手まといにしかならないだろうが――かぶる覚悟を決めている事だけは薫にもわ かった。 「ふう、安心した。危ない事はわかっとるようね」 しばし、那美の顔をじっと見つめ、薫は表情を解きほぐす。 「え? 薫ちゃん?」 「いや、那美がのんきそうに見えたんで心配になっただけじゃ。恭也君と別れろなんて言わんよ」 姉の変化についていけず、困惑気味の那美に笑いかける薫。 危険などと言う話であれば、久遠の事だってあるし、薫自身もさざなみ寮に持ち込んでしまったことがある。意図的ではないが、かつての御架月などその典型 だろう。 恭也は家族に類を及ぼすまいと日夜戦っている。そして、家族を守る事に成功している。 他者を巻き込む事に関しては、自分たちのほうがよほど問題があるくらいかもしれない。 また、組織に狙われた例ならさざなみ寮にはリスティがいる。 家族同様と家族になるとでは、また意味合いが違うかもしれないが、もはやいまさらなはなしであった。 「ばってん、恭也君が危険にさらされているのを見過ごせないのはうちも同じと。何かあったら力になるから、きちんと言うんじゃぞ」 「うん、ありがとう」 どこまでも味方をしてくれる姉に那美は笑顔で礼を述べた。 その2へ |
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ひとりごと ・危機管理からすると甘すぎですわな。 |