抜かずの刃、鎮魂の祈り
第六話 心の一方(その2) カワウソ


「しかし、凄か設術やね。術者の怨念が見えるようや」
 恭也君の話はこれくらいにしておこうと話を切り上げた薫は、改めてプレハブの内部を見渡す。
 文様の方式そのものは判らないが、その意図や込められた思いはうかがえる。
 己を冥府魔道に堕としめて敵に破壊と死を。
 呪(のろい)と呼ぶにふさわしい念がこれでもかと込められてた。
「こん真ん中で術者が自殺していたと?」
「うん。こう、うつぶせになって短剣が喉を貫いていた」
「なるほど、確実に死ねるように床を使ったんか」
 そのときの状況を聞いた楓が納得したように頷く。
 喉を突けば確かに人は死ねる。
 しかし、非力な者が幾ら突いても気管や頚椎を貫く事は難しく、何度もやり直す羽目になる。
 床に短剣を突き立て、体重を乗せて覆い被さる事によって一挙に自らの喉を貫いたのだ。
 頚動脈を切る方法もあるが、術者の目的は死ぬ事ではなく、死んで祟りの核となる霊障となる事。
 死の過程に手間取ることなく、貫いた時点で即死し、速やかに霊障とならん意思がそこからも感じられた。
「まったく、よくよく恭也君も恨まれたもんよ。ところで、この破邪印は誰が?」
 薫が床や四方の壁を指し示す。
 床と切り取られたものも含めての四方の壁、それと天井は大きく×型に切り裂かれている。
 それは文様自体を否定する印となっていた。
「あ、うん、恭也さんにやってもらったよ」
「もしかして、壁を切り取ったのも?」
 やや引きつり気味の薫と楓に頷く那美。
「見事な切り口やけど……」
「刀は缶切りじゃなかとね」
 切り口をもう一度確認し、二人は呆れたように笑った。
 プレハブの壁や床は薄手の鉄板で作られているので、斬る事自体はそんなに難しいわけではない。
 しかし、どの切り口も寸分の違いもなく、見事なまでに一撃で切られていた。
「うわ、壁も切り口の継ぎ目も綺麗に切れとる」
「うちらではここまで滑らかには斬れんね」
 壁のほうはさすがに一回でとは行かなかったようだが、それでも缶切りのようにぎざぎざにはならず、少しずれているくらいでほぼ一直線にきられている。
 恭也の腕の程に呆れていいやら感心していいやら判断に迷う二人だった。
「最初は、恭也さんも工具使って解体しようとしたんだけど」
 そんな二人を見て、那美も苦笑気味に割って入る。
 文様が落とせないなら、部屋自体を解体して術式の意味を無くそうとしたのであるが、手伝わさせられたリスティが短気を起して、フィンの力で壁を引き剥がそうとしたのだ。
 しかしながら、対人には強力なリスティの能力も純粋な力仕事には少々非力で、壁を引き剥がすことは出来なかった。
 思い通りに行かずにむくれだしたリスティをなだめるために、恭也は慌てて壁に切込みを入れて、引き剥がせるようにしたのだった。
「あの子は……まったく、真雪さんに似すぎと」
 そのときの様子が見えるようだと呆れていた薫は、目の端に動く影を認めて入り口のほうを向く。
「おやおや、これは神咲のお嬢ではないか」
「お久しぶりです。先生」
 しゃんと背筋の伸びた小柄な身体に見事なまでの白髪。
 八束神社の神主がそこにいた。


「祓い給え清め給え鎮め給え、かくも哀しき罪在の……」
 朗々と祝詞が読み上げられる。
 八束神社の神主が地鎮祭を行っていた。
 とはいえ、関係者も今回のお祓いの依頼者であるこの工場一帯の土地の持ち主と警察からは昨日の除霊の現場責任者のみであるし、用具もさほど用意されていない略式である。
 身も蓋も無いが、こういった「儀式」は霊能力を持ち、実在する霊障を祓う退魔士からすると、霊障に対する実質的な効力は無いに等しい。
 しかし、生きている者が「ここは安全です」と確信すれば、本当の霊障であろうがなかろうが人が感じ取る霊障は激減する。
 霊的な効力が無くとも決して無駄ではないのだ。
 また、世知辛い話ではあるが、こういった儀式的な「お祓い」や作り置きのお札やお守りの収入も決して少なくない。
 それゆえ、本物の霊能力者達はこういった儀式を軽視しない。自分達が暇ならそれに越した事はないと考え、真摯に祈りをささげる。
 現に供え物等々の不備を見て難色を示したのは薫だった。
 しかし、神主と土地の所有者が問題なしと言い切るため、押し切られていた。
「……恐み恐みも白す。と、こんなところですかな」
「そうですな。ありがとうございます」
 はい、終わりましたとあくまでも軽い神主と、それに調子を合わせているかのような依頼主。
「しかし、いいんですか?」
 手配が早いのはいいが、手を抜きすぎではないかと思う神咲の当代及び正統。
 なんとも対照的な光景である。
「そちらの可愛らしい神咲の正統の方がきちんと除霊してくださったのですから、大丈夫でしょうに。後は、『お祓い』をやりましたという事実があれば関わりになるものも安心します」
「それに、高名な退魔士の一族が三人も立会いにいたとなればこれ以上の保障はあるまいて。ま、祓いやった神主は社になにも奉つっとらん罰当たりもんですがの」
 ただの安心料なのだからと言い切る依頼主に加え、自分の神格性を完全に否定する神主。
 うちらがお供え物かと、あまりのいいかげんさに思わず眩暈を覚える当代達だった。
「さてと、私はこれにて。では、失礼いたします」
「それなら、お送りしましょう。それでは、われわれは先に」
「はいはい。帰り道、気をつけなされ」
「あ、はい。お疲れ様です」
 薫達が苦悩しているのをよそに、一同に頭を下げ、建物を出ていく依頼主と警察関係者。
 後には霊能力を持つ者達だけが残された。
「で、どういたしましたかの」
 退魔士しかいなくなったところでふ、神主が薫達に別段見るべき事はないでしょうにと不思議そうにたずねる。
「ああ、実は、心の一方の遣い手がここで霊を止めたり、切り裂いたりしたと聞いて気になりまして」
「心の一方の遣い手……もしや、御神の剣士殿ですかな?」
 ここに来た理由を手短に説明した薫に、神主は少し思案した後そう尋ね返す。
「え? あの。恭也さんのこと、ご存知なのですか?」
 心の一方の遣い手から恭也を割り出した神主に、那美が驚いて話に割って入る。
「うむ。彼にあの技を教えたのはこのワシだからの」
 身を乗り出して少し、足元がおぼつかなくなっている那美を目で抑え、神主はさらりと驚くべき事実を告げた。
「せ、先生。先生が『心の一方』を遣えたとですか?」
「一応は。ただ、そんなに強くはかけられないのであまり意味はないですがの」
 神主は那美以上に驚いた顔の薫に頷き返すと、立ち話するにしてもとりあえず場所を変えますかと三人を促し、出口へと向かった。

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ひとりごと

・またもや間が……
・言い訳できませんが、Fateに浸ってました。はい。
・しかし、やってしまいました。
・先生が遣い手というのはもちろんオリジナル設定です。ええもう、読者諸兄には寛大なる御心を←論外
・祝詞もいい加減です。また、儀式等の解釈はこのSS独自のものです。参考にはしないよう、お願いいたします。


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