抜かずの刃、鎮魂の祈り 第五話 とあるいつもの2(その6) カワウソ |
「では、こちらの妹と恭也君との仲は公認と思ってかまいませんね?」 「ええ。勿論ですわ。保護者として、どのような形であっても那美さんに対して不誠実な真似はいたしませんし、恭也にもさせませんから」 朝食前の高町家ダイニング。 薫と桃子は柔らかで、穏やか。それでいて真剣さを内包したやり取りをしていた。 その内容は勿論、恭也と那美のことである。 二人のことは二人が決めることであり、家族とはいえ、他のものが口を出すべきことではないが、共に学生であり、その上で二人ともそれぞれの家族に少なく ない役割を担っているし、家族たちに深く愛されている。 もはや概念でしか存在していないとは言え、それぞれの「家」としてのけじめは必要であろう。 「嫁に貰う準備は出来とると?」 「式などはすぐにとは行きませんが、実質的なことでしたら明日からこちらに住んで頂いても。うちとしては大歓迎ですから」 「なるほど、よくわかりました。実家のほうには私から伝えておきますのでご心配なく」 「お願いいたしますわ」 「……母よ。何か違うのではないか?」 保護者とその代理人としての会話だというので黙って聞いていたが、なし崩しに自分の人生設計まで決められてしまいそうな話の流れに、たまらず恭也が割り 込む。 「何? あんたまさかあそこまでして『付き合っても結婚しない』とか言い出すんじゃないでしょうね?」 話の腰を折った息子を桃子が半眼でにらむ。 「そういう話ではなくて……順序が違うのではないか?」 桃子の言っている事は昨日の同衾の事を指していると判断を下し、『あそこまで』させたのは母も同罪だと心の中で恭也は突っ込む。 「ふーん、順番ねぇ。じゃ、あんたはどうするつもり?」 割り込んだのなら言ってみなさい。と息子に発言を求める桃子。 「恭ちゃん、どうするの?」 「師匠?」 「おししょー、何ぞ表明されるんで?」 「にゃ? おにーちゃん、何か言うの?」 成り行きを黙ってみていた(一人はよくわかっていないようだが)周囲も恭也に注目する。 妹や妹分たちが好奇心からか身を乗り出す中、薫が真剣ながらも苦笑混じりの笑顔であるのを見て、恭也は桃子にはめられた事を悟った。 桃子と薫の間だけの話であればわざわざ他の面々の目があるダイニングでやる必要はない。 皆の前で、しかも、強引なまでに話を進めて恭也の表明を引き出す。 恭也は挑発にまんまと乗ってしまったわけである。 「恭也さん……」 どこか心配そうな那美に視線を向け、僅かに笑みを浮かべると、恭也は姿勢を正す。 今更覚悟が必要な事ではない。むしろ、自分が望む事を口にする。 照れくさいのは間違いないし、朝っぱらから、しかも準備のできた朝食を目の前にしてというのはどうかと思わなくもないが、自分を注視している面々を見回 し、恭也は口を開く。 「まずは『誓い』を形にしたい。それを――」 言いかけた言葉をいったん区切り、自分の隣をちらりと見やる恭也。 口に手をあて、目が潤み始めている那美が視界に入る。 ともすればひねくれた表現に走りそうな自分を叱咤し、恭也は残りを一口に言い切った。 「那美に承諾してもらってからご実家に挨拶に行くのが筋だと思う」 しばしの沈黙。そして、 「おおおおおおおおおおお」 「聞いたか、おさる。あの、超絶的照れ屋のお師匠が」 「聞いたぞカメ。いままで何度つつかれても言質を取らせなかった師匠が」 「みんなの前でプロポーズした!!」 「良くいってくれた。ありがとう、恭也君」 「恭也えらい!! しかも那美ちゃんのこと名前で呼んだし。桃子さん、感激!! あなた、恭也がここまで成長しましたよ」 「うーん、なかなか男らしい宣言とちゃうかな? 那美ちゃん、おめでとうな」 「おめでとうございます。那美さん。これからもよろしくお願いします」 「おめでとうございますー!!」 「あううう、あ、ありがとうございます……」 きっちりはもって叫ぶレンと晶。 手を叩き、満面の笑みを浮かべる薫。 どこからか位牌を取り出し、亡き夫に語りかける桃子。 なにやら感心している楓。 自分のことのように喜びながら、折り目正しく祝福する美由希。 素直に、真直ぐに那美に喜んでみせるなのは。 そして、周りの反応に押されながらもただただ嬉しそうな那美。 朝から大騒ぎである。 元々、レンと晶の喧嘩に恭也と美由希の稽古などでそこそこ騒がしい高町家ではあるが、ここまで騒がしいと近所から苦情の一つも来るであろう姦し(かしまし)さであった。 「あーその、ただ、なんだ。まだ、形にできる程の蓄えがあるわけではないので、まずはそのための準備をはじめるということになるのだが……」 このまま行くとどこまで盛り上がるかわからない騒ぎを沈静化するために、現実に立ち返る発言をする恭也。 「それはたしかに」 「あー、そりゃ、そうですよね」 「そうだね。仕方ないか」 「うーん、恭也の言いたい事もわかるけどなんなら貸すわよ?」 「おにーちゃん、大変だね」 「なるほど。那美ちゃん、もーちょっと辛抱が必要みたいやね」 「そうみたいですね。でも、待ちます。大丈夫です!!」 口々に納得するレン、晶、美由希、桃子、なのは、楓。 恭也が自分とのことを具体的に進展させるといってくれたのが嬉しかったのであろう。那美も気にした様子はなかった。 「わかっちょる。それに、準備が必要なんは那美も一緒じゃ」 すでに人数分の準備のできている食卓を指し示し、これから花嫁修行をせんといかんからなとからかい気味に那美に笑いかける薫。 今日は晶が作った朝食は、見ただけでもなかなかに理想的な食事である事が伺える。 家業があの翠屋ということも考えるに、ある程度はできないと高町家では立つ瀬がないと薫には思えた。 「う、それは、そうなんだけど……」 薫の指摘に青菜に塩とばかりにうなだれる那美。 那美とて、恭也とつきあうようになってからはさざなみ寮でも家事を積極的に覚えようとしている。 耕介の仕事の大幅増加という尊い犠牲の基、確かに上達してはいるが、レンや晶に匹敵するとなると那美には荷が重かった。 「それは気にしなくてもいいと思いますけど。俺たちがいますし」 「そですよ。那美さんはお仕事立派にされているんですから、家の中のことなど任せてくれれば」 「私も、実は二人に任せっぱなしですから、お気になさらず」 すこし元気を無くした那美にフォローを入れる晶、レン、桃子。 こと料理に関して立場のない美由希は沈黙を保っている。 「お言葉は嬉しいのですが、恥ずかしながら那美のドジっぷりではちょっと嫁に出すのはためらわれるとです」 少々沈黙が降りる。 薫の厳しいながらも的確な指摘に、フォローできる者はこの場にいなかった。 「そのことはおいおい相談するとして、食事にしましょう。このままでは冷めてしまいます」 「そうね、では、いただくとしますか」 「いただきまーす」 その沈黙を打ち破った恭也を受けて、桃子の音頭で朝食が始まる。 皆が朝食に手をつけたのを見て、那美も少しほっとしながら自分の分に手をつけた。 「やっぱり、美味しい……」 出来合いではありえない、下ごしらえから自分の手で作ったと判る料理の数々。 こんなものを作れたどんなにいいか。 「それで、おにーちゃん。くーちゃんが『お馬さんにけられて死んじゃう』ってお布団の中から出てこないんです」 「……そうか。なら、後で兄が様子を見てくる。何とかするから安心していい」 優しい兄の表情で末の妹と話す想い人を横目に、那美は自分の課題に思いを馳せていた。 五話 了 六話へ |
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ひとりごと ・や、やっと終わった…… |