抜かずの刃、鎮魂の祈り 第五話 とあるいつもの2(その5) カワウソ |
「早かったとね」 リビングに姿をあらわした恭也を見た薫の第一声がこれであった。 「起こしただけですから」 先ほど那美の甘えっぷりを目撃されたとはいえ、あんまりなせりふに、心の中で豪快につんのめりながらも外見だけは平静を保ち、そう答える恭也。 目下には優しいものの、基本的にはストイックで良識を重んじ、自分にも他人にも厳しい。ありていに言って「お堅い」人であるというのが恭也の薫への評価 である。 それでも、自分よりは大人であるのだから、いきなり大騒ぎしたりはしないと言う点については納得もいくのだが、ここまで捌けているとは思っていなかっ た。 「ふ〜ん……」 意外に思ったのは恭也だけではなかったらしく、楓もそんな薫をなにか見慣れないものを見る目で眺めている。 「楓、なんね?」 楓の視線を感じたのか、薫が胡乱(うろん)そうな目を楓に向けた。 「いや〜、薫もずいぶんオープンになったな〜って」 「那美は那美じゃ。うちがいくら色恋沙汰に疎かともそげなとこまで干渉せん」 ひょい、と肩を竦め、おどけたようにいってくる楓に気を悪くした風でもなく答える薫。 薫も自分が回りにどう見られているかはそれなりに承知している。 妹が彼氏の家に外泊し、その現場を押さえたわけである。展開的には高町家へ押しかけているのであるから、恭也に斬りかかっても周囲、特にさざなみ寮の面 々は不思議に思わないだろう。 「薫さんって大人なんですね。うちの兄なんか、なのはが男の子を連れてきたときなんてもう、落ち着きが無かったですから」 気にはしていないとはいっても、少々失礼な思われ方をしている薫を気遣ってか、美由希が兄を踏み台にしてフォローを入れる。 「へぇ、恭也君、なんかお父さんみたいだねぇ」 「ええ、これでなのはがお嫁に行く時なんて、どうなるか今から心配で……」 のってきた薫にわざとらしく溜息をついてさらに悪ノリ気味に話を続ける美由希。 頼もしい援軍を得、口にしろ、剣にしろ、大方負けが込んでいる美由希にとって昨晩に引き続いての反撃のチャンスかと思われたが、 「やかましい。ならお前が予行演習させろ」 「あう……」 言下に恭也に切り捨てられ、美由希は即座に言葉に詰まらされてしまう。 「うわ、きっつー」 「妹さんには容赦なかね……」 そして、フォローしたいのは山々だが、自分達の方がよほど自爆になるために何もいえずに美由希の援軍になれない薫と楓であった。 「お、お待たせしました〜」 なんとなく沈黙に支配されたリビングに、那美が駆け込んでくる。 美由希の室内着のため、少々丈が合っていないが、さすがに身だしなみは整えていた。 「おはよう那美。昨日はお疲れ様」 元気そうで安心した。と義妹の慌てた姿にも嬉しそうな薫。 「あ、うん。恭也さんに手伝っていただいたから……」 姉の心からの笑顔を見ながらも那美の返事は歯切れが悪い。 そんな様子を見て、那美もやはり気にしているのかと苦笑する薫だった。 「おはようございますー、ととと。薫さん、お久しぶりですー と、そちらの方は?」 「ああ、那美さん達の従姉妹で楓さんだよ」 ひょっこりと、リビングに顔を出したレンに楓を紹介する美由希。 晶と同じような反応をしたレンはこれまた同じように挨拶をする。 「さよですか。はじめまして。鳳蓮飛いいます。高町さん家でお世話になっとります。以後、よろしゅうに」 「こちらこそ。お邪魔しています…… ええと、蓮飛ちゃん?」 「あ、呼びにくい思うんで、レンと呼んだって下さい。皆さんそー呼んでいますんで」 「うん、じゃぁ、そう呼ばさせてもらうわ」 高町家の住人たちは親しみやすいが、礼儀は欠かさない。 形ではなく、心で接するその態度に、暖かいものを感じながらも心持ち背筋が伸びる楓だった。 「あ、ところでおししょー、お布団なんですけど」 「神咲さんがさっき起きたばかりだから、おそらくそのままだが?」 唐突に話題を変えたレンにそういえば上げていないなと思い、恭也は那美を見る。 視線を振られた那美はすこしすまなさなそうに頷いた。 「ごめんなさい。さっき慌てて出てきちゃったから……」 「ああ、ええですって。そのままにしたって下さい。シーツやカバーは洗いますし、お布団は干しますんで」 恭也と那美の答えを聞き、なら好都合と指示を出すレン。 それを聞いた恭也は言いつくろうのが下手な那美がなにかボロを出す前にと立ち上がった。 「好意はありがたいが、洗うのは俺がやろう。布団もいまのうちに干しておく」 「はぁ。さいですか」 「そういうことですので、失礼いたします」 言うが早いかレンに反論させる時間を与えずに部屋を出ていく恭也。 落ち着いているように見えるが、実はかなり慌てている。 当然のことながら、昨晩はやる事をやっているので体液も付着しているだろうし、本人達はあまり気がつかないが臭いもあるだろう。 そんなものを年頃の娘に洗わせるのは抵抗があるし、何より恥ずかしい恭也だった。 「あ、洗うもんは汚れた部分に洗剤つけてたらいに水張ってつけといたってくださいー すぐに洗っても落ちませんからー」 「……承知した」 自分が何を思ったか、絶対にばれている。 周囲に聞かれれば「何をいまさら」と笑って指摘されそうなことを思い、恭也は自分の部屋へと向かった。 「せいが出るね」 レンに言われたとおり、洗濯物を水につけた後、庭で布団を干していた恭也に背中から声がかけられる。 「薫さん」 「ああ、邪魔をしに来たわけじゃないから続けて」 庭に出てきた薫に振り返って頭を下げる恭也に苦笑気味に返す薫。 「いえ、せっかく来られているのに相手もせずに申し訳ないですし」 「それをいうなら、朝はようから押しかけているうちらもいえた義理ではなか。家のことをやっちょるんから優先させてくれてかまわんよ」 あくまでも律儀に言ってくる恭也に作業を続けるように促す薫。 恭也も、それに従って残りの布団を干す事にした。 「恭也君は家事もするんね」 恭也の手際を見ていた薫が感心したようにそう漏らす。 「普段はレンと晶がたいていの事はやってくれますが、必要ならっと、終わリました」 全ての布団を干し終えて答える恭也。 恭也は家事は別段好きでも嫌いでもないが、家の中を保つのは住んでいるものが当然やる事だと思っている。 もっとも、剣にかまけているためにあまり家事には手を回していないため、黙っていても隅々まで清潔に保ち、食事も作ってくれるレンと晶にはかなり感謝を していた。 「あの二人が家事の中心とね。結構上手なん?」 「ええ、炊事にしろ、洗濯掃除にしろ、よくやってくれています」 高町家の家内のことは年少コンビがやっていると聞いた薫は、感心したような声をもらす。 「そうなんだ。それにしても、那美もそろそろ花嫁修業せんといかんかな?」 あの子は洗濯や掃除は好きだしできないわけじゃないけど、どうにも抜けてるから立場がなさそうだなと、少し意地の悪い笑い声を上げた。 「那美の、ことな」 ふと、笑いを止めた薫がポツリとつぶやく。 「……はい」 「恭也君も那美もちょっと構えちょるようやけど、恭也君が相手ならうちは那美の味方じゃ。那美がいいならそれでええし、恭也君のことは信頼しちょる」 うちとしても恭也君が義弟になるのなら嬉しいしな。と笑いながら言った薫はただな、と少し声を落として続ける。 「うちは恭也君がうらやましいんよ。那美は普段がアレだから気づきにくいんやけど、めったな事では家の者にすら甘えんのじゃ」 那美は普段非常にそそっかしく、何かに手間取っている事が多いので始終誰かの手を借りてはいるが、その実、自分から頼ろうとはあまりしない。 やはりは身寄りを無くして引き取られたせいか、「いい子」でいようとする傾向が非常に強く、神咲の家の者には砕けた言葉遣いはするものの、意図的に甘え る事はまずないといってよかった。 良家だけあって、神咲の家では子供は厳しく躾られ、育てられるが、その中でも那美は叱られる事はめったになく、むしろ周囲が心配して世話を焼くありさま であった。 実家では寝ぼけていても朝食の手伝いやら玄関前の掃除やらなにかしらをやろうとするし、誰かに抱きつくなど考えられない。 それが、寝ぼけていたとはいえ、恭也にはこれでもかというほどの甘えっぷりを発揮している。 幼い日に目の前で両親を殺され、人の領域を越えた戦いを目の当たりにしながらも、仇を許し、歪むことなく優しく育った義妹が手に入れた幸せ。 応援こそすれ、水を差すような真似はできるはずもなかった。 「まぁ、そういうことじゃ」 「……肝に銘じておきます」 薫が話を締めくくり、相槌を打つのも忘れて聞き入っていた恭也は誓いの言葉を口にする。 短いながらも、気持ちのこもった応えに満足して頷いた薫だが、ふと、イタズラっぽい笑みを浮かべた。 「とはいえ、不満がないというわけでもなかよ。誓ってくれるならしてもらいたい事がある」 「……なんでしょうか」 「なに、そんなに大げさな事ではなかよ」 思わず構えてしまった恭也に、もしかしたら恭也君には難しいかもしれんねと一言漏らしてから、薫はその内容を告げた。 その6へ |
|
ひとりごと ・散々お待たせしていますが(そもそも待っている人なんていなかったりして)今回これだけです…… 目次へ |