遙けき過去 二幕
 

「獲物の分際で、我らの力を手に入れただけでは飽きたらず!!」

 食料を背負いエディフェルの待つ集落へと足を急がせていた次郎衛門は、山へ分け入った所で突然樹の影から現れたアズエルに行く手を阻まれ罵声を浴びせられた。

「よくもエディフェルを誑かしてくれたな!」

 いや、正確には罵声だと思うのだが。アズエルは次郎衛門には判らない言葉で一方的に捲し立てていた。

「申し訳ござらん。何を申されておるのやら、皆目見当もあいつかん。もしや、えでぃふぇるの姉君殿では?」

 服装とエディフェルと言う言葉を頼りに、次郎衛門は頭を下げてアズエルにそう尋ねた。

 エディフェルから自分が人間で言う姫君に当たる身分であり、二人の姉姫と妹の姫(実の所、エルクゥには姉や妹、姫君に相当する言語は無いようだった)の話を聞いていた次郎衛門は、想い人とどこか似ているアズエルの相貌から姉姫殿であれば、失礼があってはならんと思い丁重に問い掛けたのだが。

「ええい! 貴様、まともに喋れんのかっ!?」

 アズエルも次郎衛門が何を言っているか判らないらしく、更に激高して詰め寄ってくる。
 しかし残念ながら二度目に出会った時には、エディフェルが片言とはいえ自分達の言葉を使った為、次郎衛門は全くエルクゥの言葉を覚えてはいなかった。

「弱った。えでぃふぇるより言の葉を習い、修めておくべきであったか…お待ち下され!」

 己の不勉強を嘆いていた次郎衛門は、もはや問答無用と殴りかかってきたアズエルの拳をひょいと避け、戦意のない事を示す為に両手を高く翳して見せた。

 次郎衛門も追っ手が掛るのは予想していた。
 しかし連れ出した次郎衛門を罰そうとも、家臣がエディフェルに危害を加えるなど無いであろう。と、至極のんびりしたものだ。
 中期室町より戦国時代に入ったこの時代、姫は隣国と結縁を結ぶための貴重な道具でもあった。
 血により縁故を深める為、また体の良い人質として丁重に扱われる。
 で。あるからして姫を殺すなど世継ぎの問題でも起こらない限り、裏切りにより落城の憂き目を見るまでは考えられないことだった。
 エルクゥの力を与えられたと言っても彼は人間でしかなく、エルクゥの文化社会など知る由も無い。
 想い人との心の交流からエルクゥも人も違いはない。と思い込んでいても仕方がなかった。
 避けられた拳が次郎衛門の背後に在った巨木を幹からへし折っていたが、これはご愛敬だろう。

「お止め下され。身分違いは元より承知の上。しかしながら、えでぃふぇるも交え我らの胸の内をお聞き届け願えますれば、早晩姉君殿にも我らが想い心胆に留め置き願えまするものと……」

 更に二撃三撃と加えられる拳を剣先に見立てた次郎衛門は見切りの要領でかわし、へし折られた巨木がべきべきと音を立てて倒れるのを避けつつも言葉が通じないのを承知で説得を試みた。
 身に染み付いた身分制度の為か、かなり腰が低い。

 しかし激昂しているアズエルは更に拳を振るう。
 だが、やけに単調なアズエルの攻撃は冷静に裁く次郎衛門に掠りもしない。
 かわされた拳は、旋風を纏いながら次々と周囲の巨木をへし折っていく。
 やがて木々の間を縫うように続く獣道は次々と倒れる巨木に塞がれ。気付いた時には既に遅く、次郎衛門は追い込まれた獣のように倒れた巨木に四方を塞がれ、檻の中に閉じ込められたも同然となっていた。
 以前なら兎も角、倒れ幾重にも折り重なった巨木を足場に使えば、エルクゥの力を得た今では飛び越せぬ高さではない。
 しかし身体の自由が利かぬ空中では、アズエルの格好の的になってしまう。

 みごと獲物を追い込んだアズエルの方は、してやったりと小さくほくそ笑んでいる。
 狩りの基本は、上手く獲物をこちらの楽しめる状況に追い込むことだ。
 逃げ場を失った獲物は、敵わぬと判っていても死に物狂いになって向かってくる。
 次郎衛門から逃げ場を奪い、面倒な舞台作りは終わった。
 後は狩りを楽むだけだった。

「…やむを得ぬ…か」

 前後左右を倒れた樹の幹に閉ざされアズエルと正面から向き合った次郎衛門は、一つ息を吐いて背中から荷物を下ろすと手頃な枝を倒れた巨木より手刀で切り取った。
 足を止め枝から枝葉を払い落とした次郎衛門が青眼に構えを取ると、激昂していたアズエルの気がスッと変わった。

「やる気になったな」

 目を半眼に閉じたアズエルは、冷静に腰を落とし次郎衛門の隙を伺い拳を握り直した。
 次郎衛門は青眼に構えた切っ先をアズエルの中心線に合わせたまま、ジッと待つ。

 本来の次郎衛門の戦い方であれば、一気に仕掛けるところだった。
 借り集められた野武士など雇う側には消耗品でしかなかった。
 勝ち目のない戦の最前線に送られ、四方を敵に囲まれて戦うことも珍しくはない。
 そんな戦場で動きを止める事は、そく死を意味していた。
 一太刀の元に敵を倒し次の敵に向かう。
 倒せても倒せなくても、勢いを殺さず素早くその場を離れる。
 二合三合と切り結ぶなどという悠長な事をやっていたら、横合いからの敵に討ち取られるだけだ。
 そこには駆け引きも情も存在しない。
 初太刀に己の全てを賭け、気概で敵を切り伏せる。
 気概で負ければ、それは死を意味する。
 現在の示現流の教えと相通じる心得を、次郎衛門は戦場の中で身を持って会得していた。

 しかし次郎衛門は、アズエルを切り伏せる訳にはいかない。
 そんな事をすれば、想い人を悲しませる事にもなる。
 ここは相手の出方を待ち、拳と刀の間合いの違いを生かし程々に打ち据えた上、エディフェルの元に連れ帰るのが得策だろう。

「…クッ」

 アズエルは唇を噛みしめ、じりじりと間合いを詰めていた。

 エルクゥの力を得たと言っても、所詮獲物と次郎衛門を侮っていたアズエルだった。だが棒ッ切れを手にした次郎衛門からは、隙が全く窺えない。
 それどころか攻撃を仕掛けた瞬間、叩き伏せられる自分の姿までが脳裏に浮かぶ。
 まるで勝てる気がしない。
 多くの獲物を狩り同族の男達と狩りの訓練に明け暮れたアズエルにして、初めて味わう感覚だった。
 
 強い。

 それまでの生涯を狩りに明け暮れたアズエルは、素直に次郎衛門の強さを認めた。
 同族の男達を束ねるダリエリと対しても、こうも無力な気分を味わった事は一度としてなかった。

 だが、次郎衛門が手にしているのは棒だ。
 アズエルもいくたびかの狩りで、この地の獲物達が手にした武器や技を目にしていた。
 棒状の武器を使った技は、得物を失えば無力。
 棒をへし折れば、次郎衛門も容易く屠れる。

 そう考え拳を握り直したアズエルは、ふと思った。

 エディフェルを奪った憎い獲物だが。この男にまっとうな武器を与えれば、ダリエリと五分に戦うかも知れない。と。
 もしもこの男がダリエリに勝てるようであれば、強さを至高とする同族は掟を曲げて迎えるかも……。

 元よりアズエルには次郎衛門を殺す気はなかった。
 その気ならばとっくに二人が住む集落を襲い、エディフェルを取り戻している。
 情を通い合わせたエルクゥは心で繋がっていた。
 エディフェルに知られず次郎衛門を始末するなど無理な相談なのだ。
 自分達を捨ててまで選んだ男が殺されたとあっては、エディフェルは自分達の元に二度と帰っては来ないだろう。
 自分達を捨て獲物を選んだエディフェルには腹が立つが、こうまで強ければアズエルも認めるに吝(やぶさ)かではない。

 次郎衛門の命と引き替えにリズエルがエディフェルに帰るよう説得する間、アズエルは次郎衛門の足止めを任されていた。
 もちろんエルクゥの力を手にした次郎衛門を放置して、ダリエリらが黙っている筈がなかった。
 その為にもアズエルとリズエルは二手に分かれ、監視をリズエルが引き付けている間に適当な獲物を狩るつもりだった。
 死んだ獲物が次郎衛門かどうか判断できるのは、エディフェルしかいないのだ。
 死体さえあれば誤魔化すぐらいどうとでもなる。
 アズエルは次郎衛門を死なない程度にいたぶった後、どこかで身代わりを狩りリズエルと合流するつもりだった。

 しかし連れ帰っても、それで済むかは疑問だった。
 そして、いずれはエディフェルも男を選ばねばならなくなる。
 今は獲物の女達で満足させている男達が同族の女を欲するのは時間の問題だった。
 だが狩りの帰路、流刑同然にこの地に流れ着いたエルクゥ達は圧倒的に男の方が多かった。
 そんな男達の間で、いまだ特定の相手を選んではいない皇族の四姉妹は垂涎の的であった。
 皇族と呼ばれる貴種のアズエルら四人姉妹には、相手を選ぶ選択権が与えられている。
 しかし基本的により強い子孫を残すため、強い男を選ぶ事が暗黙の内に求められていた。
 この地に流れ着いた同族の内、もっとも強いのはダリエリだが。ダリエリは年齢が離れすぎて姉妹は誰一人伴侶として見ていない。
 他の同族の中にも、姉妹を引き付けるほど強い男はいなかった。
 だがヨークが翼を失い母星に帰れぬとなれば、例え意に染まぬ相手でも姉妹は誰かを選ぶしかない。
 そんな今の状況でもしもエルクゥの掟が効力を無くせば、母星では高嶺の花でしかない皇族姉妹を巡り、同族が血を血で洗う争いを繰り広げるのは目に見えていた。
 最悪の場合、同族の女達が少ないこの環境下で統率を失えば、自暴自棄となった遙かに数の多い男達を相手に、姉妹は子を成す道具として生涯を慰み者同然に過ごさなくてはならなくなる可能性すらあるのだ。
 
 アズエルは構えを解き、次郎衛門を矯めつ眇めつ値踏みしてみた。

 奇妙で粗末な服装と髪型を除けば、見た目はエルクゥと代わりない。
 次郎衛門を同族に迎え一緒にさせると言えば、エディフェルも素直に帰るだろう。
 ダリエリと戦わせ、勝てばエディフェルは想い人と一緒になれる。
 最強のダリエリに勝つ男に惹かれたのであれば、強者に惹かれるのはエルクゥの性というもの。
 エディフェルを咎め立てする者は、いなくなるだろう。
 負けても獲物が一匹死ぬだけ、それはそれでよい。
 次郎衛門が望んで戦い負けたのであれば、エディフェルも諦めが着くだろうし。ダリエリも自分の手で身の程をわきまえぬ獲物を始末出来て満足するだろう。
 もし諦めが着かなくとも、どうせ死んでしまえば諦めるしかない。

 構えを解いたアズエルを訝しげに見る次郎衛門を前に、アズエルは自分の思い付きに満足して大きく頷いた。

 この男と思いっきり戦いたい欲求に身体は疼くのだが。万が一にも殺して、獲物一匹の為に後々までエディフェルに睨まれるのも馬鹿馬鹿しい。
 恨まれるなら、ダリエリが恨まれればいい。

「おい…!?」

 次郎衛門に呼びかけてから、アズエルは両手で頭を抱え込んだ。

 アズエルは『ダリエリと戦い、勝てばエディフェルとの仲を認めてやる』そう言い放とうとしたのだ。
 だが、いかんせん言葉が通じないのをすっかり失念していた。

 先程の次郎衛門同様、アズエルは自分の不勉強を嘆いた。

 敵を知る為と称してこの地の言葉を覚えた姉や妹達と違い、アズエルは獲物の言葉など覚えるのは時間の無駄だと考えていた。
 精々抵抗して楽しませてくれれば、狩ってしまう相手の言葉などどうでも良かったのだ。
 それなのに、今になって悩むことになろうとは。

 一瞬エディフェルの元へ赴き通訳させようかと考えたアズエルは、溜息を吐いて近くの倒れた巨木に腰を下ろした。

 あくまでエディフェルとの仲を認められたい次郎衛門が、自ら言い出した事にしないと。
 そうでなければ、次郎衛門が死んでエディフェルの不興を買うのはアズエルの方だ。

 何者をも恐れぬアズエルの唯一の泣き所。
 それが姉と二人の妹だった。
 優れた統率者であり同族からも畏怖の念を持って敬われる姉のリズエルは、アズエルの誇りでもあり畏怖の対象でもあった。
 アズエルと言えど一族を率いるリズエルには絶対の服従が求められ、リズエルが一度下した命には口を挟む余地がなかった。
 そしてアズエルが真に果たすべき使命は、レザムの分身たるヨークを司る二人の妹エディフェルとリネットの守護だった。
 だが使命の為と言うより、エルクゥとしては脆弱なリネットとエディフェルを、アズエルは心の底から可愛がっていた。

 強さを至高とするエルクゥの中で最強の力を持つ貴種とされる皇族。
 その中にあって、リネットとエディフェルは脆弱でありながら特別な存在だった。
 エルクゥには、正確には死というものが存在しない。
 エルクゥとは、種族の名であると同時に身に宿った魂の呼び名でもあった。
 母星に置いて死を迎えたエルクゥは、輪廻の輪たるレザムに回帰する。
 そして新たな肉体を得たエルクゥは、幾度もの転生を果たす。
 永遠の生と言っても良い。
 だが転生の際に起こる記憶の欠損の為、完全に同一の存在として生まれる訳ではなかった。
 生まれてから得た知識と経験を吸収したエルクゥは、転生前の記憶を残しながら別の存在でしかなかったからだ。
 しかし真に死の恐怖を知らぬエルクゥは、かっては母星に置いて己が欲望を満たす為、同族間で愚かな闘争を繰り返していた。
 幾度もの転生を繰り返したエルクゥは、やがて同族の血で血を洗う争いに個体数を激減させ滅亡に瀕する事になった。
 その時エルクゥの貴種の女性達は、宿る肉体すらなくなる愚かな同族狩りを繰り返す男達に見切りを付け、一つの試みを実行した。
 この試みは幾多の失敗を経て成功に至り、貴種の中でも特殊な力を有した女性達により、新たな生命を生み出すことに成功した。
 それがヨークを始めとする星間航行を可能とする生物だった。
 ヨーク達を得たエルクゥは、我先に星の海へと乗り出していった。
 彼らの意図はただ一つ。
 滅亡まで同族を狩る愚挙を避ける為、他の星へと獲物を求めたのだ。
 そしてヨークはまた、母星と同じくレザムをその身の内に内包していた。
 母星より遠く隔たった狩り場で命の炎を消したエルクゥはヨークのレザムへと導かれ、母星に帰還したヨークより真なるレザムへと回帰を果たす。
 しかし掟を破りヨークのレザムに拒否されたエルクゥの魂は、やがて力つき消滅する。
 それは死ですらもない。
 魂の完全な消滅を意味していた。

 恐れを知らぬエルクゥの唯一の恐怖はレザムに拒否される事であり。狩りを至上とするエルクゥは、みなヨークを司る女性達に魂の回帰を委ねるしかなかった。
 そして生命体であるヨークを司れるのは、それらを生み出した特別な力を有した女性達と同じ、貴種の一部の女性に限られていた。
 この事は、エルクゥを統率する貴種の女性達に絶大な権力を与え。それまで強い男に従うしかなかった女と男の立場を一変させ、やがてエルクゥは皇族と呼ばれる貴種の女性達を頂点とした社会を形成するに至った。
 その貴種の後裔がリズエル達四人であり、リネットとエディフェルはヨークを司れる希少な皇族だった。

 ヨークには通常四人の皇族の女性が乗り組む。
 四人の内一人は全体を統べる統率者として、一人はヨークの操縦者であり、今一人は不測の事態に備えヨークを司る予備人員である。
 そして通常特殊な力を有する女性には戦う力が殆どない為、最後の一人として彼女らを守るアズエルのような守護者が必要とされるのだ。
 ヨークに乗り込んだリネットにも戦う力は殆どない。
 だがエディフェルだけは、少々違っていた。
 リズエルやアズエルには及ばないものの、同族の雑兵以上の戦闘力があった。
 その代わりなのかヨークを司る能力ではリネットより遙かに劣り、リネットなしでヨークを操れるのか危ぶむ声さえあった。

 アズエルには中途半端な自分の力を恥じていたのか、エディフェルが同族に酷く気を使っていたように思えていた。
 そんなエディフェルが同族を捨ててまで選んだ男が自分の目に適うほど強いのならば、一緒にさせてやりたいのがアズエルの本音だ。
 しかしエディフェルが掟を破って脆弱な獲物に高貴な血を与えた挙げ句、獲物を狩るなと言い出した為に皇族の権威は大きく揺らぎ始めていた。
 エルクゥの糧とも言える狩りを否定し。
 あまつさえ獲物と情を交わしたエディフェルの血を求め、男達は皇族を敬う事も忘れ騒ぎ出し。
 ダリエリはリズエルの手によるエディフェルの処断を求めていた。
 エディフェルが素直に戻るなら、リズエルは男達を静めて見せると言っていたが。アズエルには、それだけで済むとはとても思えなかった。
 しかし、もしもエディフェルを放置し何ら手を打たないとなれば。
 ヨークが翼を失う前ならば考えられない事だが、リネットとヨークを切り離すだけならばダリエリにも不可能ではない。
 逆にヨークから切り離されれば、リネットがレザムを制御する事は不可能になる。
 後は欲望に任せリズエルやアズエル、リネットに出来るだけの子供を産ませ、輪廻の為の器を確保しようとするだろう。
 リズエルやアズエルならば、そんな不埒な輩は叩き伏せてくれるが。リネットではそうはいかない。
 リズエルとアズエルで守ろうにも、男達が揃って造反を起こせば数が違いすぎて守り切れる物ではない。

 考えただけでも身の毛が弥立つ想像にアズエルは頭を抱え、低くうめき声を洩らした。

「姉君殿? 如何致された?」

 一方の次郎衛門はアズエルの苦悩も知らず、急に戦意を無くし座り込んで頭を抱えたアズエルを心配そうに伺っている。
 急に座り込んで頭を抱えたまま呻かれては、次郎衛門の反応も理解出来るものだろう。

 アズエルは次郎衛門に目だけを上げ、はぁ〜と大きな溜息を吐いた。

 やはりこの男に賭けるしかない。
 ダリエリに勝てば男達を率いさせればいい。
 エディフェルに惚れ込んでいるようだし、いざと言う時の楯ぐらいには使える。
 殺されてもダリエリが納得する戦いをしてくれれば、他の男達もエディフェルが選んだ理由を納得するしかないだろう。
 だが、いくらアズエルが考えを巡らそうとも、最後の決断を下すのはリズエルなのだ。
 取りあえずリズエルと合流して相談しようと、アズエルは立ち上がって腰を伸ばすと次郎衛門に声を掛けた。

「精々頑張ってダリエリを楽しませてくれ」

 言葉が判らない次郎衛門は怒気も殺気の感じられないアズエルの声にキョトンとした顔をし、胸を走った鋭い痛みに胸を手で押さえ蹲った。
 アズエルも息を詰め表情に驚愕が走った。

 次の瞬間一瞥も交わさず同時に地を蹴った二人は、同じ方向へ巨木の間を吹き抜ける一陣の風となっていた。
 

                遙けき過去 三幕

一幕

目次