6.
 
  「隆山温泉がここまで大きくなったのもひとえに耕平さんののご功績です」

親父が死んだ。あっけないものだ。あと3ヶ月と聞いてはいたが一方でいつまでたっても死なないのではないか、とも思っていたのだ。
享年77歳。死因は心臓麻痺だという。

私と賢治が急いで家に帰った時親父は病院に運ばれていた。
病院で親父の主治医の原田先生にあった。

「お父様は特に心臓が弱いということはありませんでした。しかしあのお年ですし進行していたガンが悪影響を与えたことも考えられます」

鶴来屋で冠婚葬祭(当然ほとんどが結婚式だ)を担当している赤坂という男を責任者にしたところ、通夜の準備は手際よく進んだ。彼が言うには通夜は当日、つまり今現在だが、自宅で身内を中心にやや小規模で行い、葬式は3日後に鶴来屋の施設で盛大に行うのがいいでしょう、とのことである。

    暖カイ生キ血ヲススレ

先ほど一時来客が途絶えた時に赤坂と少し話をした。弔問客は予想以上に多いが今のところさしたる混乱はない。仕出しではなく近所の手を借りて作った料理は雰囲気的にも好評で分量的にも間に合っているらしい。「こういう時こそ近所付き合いを大切にするべきなのよ」紀子はそう言っていたがその辺の感覚が私にはわからない。

私が次々に来る来客の弔問を座敷で受け、賢治が隣の八畳間でフォローをする。
こちらの部屋には親父の遺体が横たわっている。あちらの部屋にはテーブルに酒と料理。賢治と静子さんがいてくれて助かった。精神的にも楽になったし、作業も私と紀子だけではてこずっただろう。せめて通夜ぐらい出来るだけ家族の手でやりたかった。葬式のほうはもう全部赤坂にまかせてしまおう。

娘達は皆寝てるだろう。耕一は何度か隣と台所を落ち着かなげに往復していたようだがしばらく前に姿を消した。さすがに眠くなったらしい。

「そしてようやく戦争が終わると私は大旦那様のご厚意でこちらに・・・」

夜もふけて日が替わったが弔問客はまだとぎれない。彼らも忙しいところを来てくれているのだ。人は打算だけで動いているわけではない。

   コノ世ニハ獲物ガ満チテイル

それにしても今夜が満月だというのは間が悪い。私は先程から語り掛けてくる声を必死で押さえつける。半開きになった襖の向こうでは賢治がたばこを吸いながら弔問客と話をしている。私の様子に気づいた様子はない。

  イズレオ前ハ欲望ニ屈スルコトニナル

「そのようなお言葉を頂いて、故人も喜んでいるでしょう」
内面の声を押さえつけて声をしぼりだす。

そう親父はまあ幸せな人生だっただろう。親父の気がかりはこの私ぐらいのものだ。

  オ前モ欲望ヲ開放スレバ幸セニナレル
  黙れ

俺は思わず奴の相手をしてしまう。そうすると奴がますます増長するのはわかっていたのに。

   コノ世ノ苦シミナド、トテモ及バナイ”チカラ”ヲ持ッテイルデハナイカ
    止めろ、お前の相手をしてる場合じゃない

来客の相手はすでにルーチンになっている。俺の神経は奴との争いに集中している。

   お前にこの体を渡すぐらいならば
   ククク、ドウスルトイウノダ、オ前ヲ苦シミカラ救エルノハ俺ダケダ

「苦しいの?」
その時どこからか声がした。俺は思わず周囲を見渡す。

「社長、どうしました?」  今の客は地元の商店街の会長だ。
「いや。ちょっと」  私は言葉を濁す。
「お疲れなんですよ。今日は特にお忙しいでしょうから」
私より一回り上の彼は私を気遣ってくれる。
「少しお休みになったほうがよろしいでしょう」

まさか来客中に中座することはできない。それにしても先程の声はなんだったのだろう。
「苦しいの?」
再び声がする。俺の頭に直接語り掛けてきたのがわかった。
誰だろう俺に話し掛けてくるのは。いずれにせよ鬼の力を持った者だ。
奴ではない。賢治か?弟の様子に変化はない。もしかしたら千鶴・・
その時奴が静かにつぶやいた。

   獲物ダ   

満月が近づいていたためここ2晩ほどは。ほとんど寝れなかった。
そのせいで疲れがたまっている。奴もうるさいし「声」も気になる。
少し気分を入れ替えた方がいいかもしれない。

一時的なものだろうが先程の会長の後、来客が途絶えたのはいい機会だ。
「賢治」
私が呼びかけると弟が襖の間から私を見る。向こうの部屋にはまだ何人か客が残っている。
「悪いがしばらくこちらでお客さんの相手をしてくれ、ちょっと気分を変えてくる」
「おう、兄貴は疲れてるんだよ。横になった方がいいのじゃないか」

私は庭に出て少し歩いた。月の光が体に痛い。

「楽になりたいの?」
私より奴の方が早く反応した。

  俺ヲ呼んでる   獲物ガ呼ンデル

俺は喪中とかかれた提灯がぶら下がった門を抜け歩き出す。なぜか俺は奴を留めようとはしなかった。気づいた時には裏山に向かって走り出していた。道に縛られず己が通りたいところを通る。けもののように木々の間を駆け抜け森よりも高く跳んだ。そう、それは確かに快感だった。

水門のそばの河原まできて立ち止まった。そう、先程の声はここから語り掛けていたのだ。俺は自分がまだ人としての姿を保っていることに気づいた。

月の光が冷たく俺を貫く。

そう、奴は知っているのだ。俺をここに呼び出したのは俺と同じ血を引く者。
賢治でないのならば恐らくは・・・
そう俺自身の血を受け継いだ者だろう。俺は千鶴に獣の姿を見せたくなかったし、奴はこの姿のままでも千鶴を倒す自信があるのだ。

千鶴を倒す? まだ中学生の娘をこの俺の手で?

 ソウダ   ソウスレバオ前モ決心ガツクダロウ  同族ヲ狩ルノハ最上ノ喜ビダ
 ソレニシテモドコニ隠レテイル

ばかな。そんな事ができるはずがない。ヤメロ、ヤメテクレ。

感覚が次第に研ぎ澄まされていく。力が体に満ちていく。

静寂と月光が辺りを包む。
 
それは感覚というよりも勘というべきものだろう。俺は思わず振り向いた。
何かが頭上から降ってくる。そして俺とその”何か”の鬼が一瞬にして発動するのが
わかった。が、俺は”誰か”の飛び降りざまの蹴りをよけることができず、不意打ちを
まともにくらってしまった。地面倒れ、転がり、うつむいた状態で止まる。

”誰か”はすかさず俺の背中に馬乗りになり、首にその細い、が力強い腕をまわしてきた。次の瞬間俺の意識は途絶えた。
 

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