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  7月25日朝刊   消息欄

7月24日昼頃、隆山温泉の高級旅館「鶴来屋」の創業者で現会長である柏木耕平氏(77)が散歩中に心不全で死亡した。氏は「鶴来屋」を中心に観光レジャー産業をひろく手がけており、隆山温泉のオーナーと呼ばれている程の人物。葬儀は28日正午から鶴来屋旅館で行われる。喪主は長男の高志氏(47)
 

7月25日夕刊       三面記事(抜粋)

7月24日昼頃、隆山温泉の高級旅館「鶴来屋」の創業者で現会長である柏木耕平氏(77)が心不全で死亡した。さらに25日朝にはその長男で「鶴来屋」社長である高志氏(47)の遺体が国道沿いの崖下で発見された。高志氏は24日の父親の通夜を取り仕切っていたが夜半過ぎに席を外し、未明には捜索願いが家族から出された。日が明けてからドライバーの通報で発見された死体が同氏であることが確認された。
死因は全身打撲によるもので、県警では自殺と他殺の両方の線で捜査を開始した。経営者親子の相次ぐ死去に関係者は戸惑いを隠せない様子。
 
 
 
 
 

県警捜査一課長に提出された書類から抜粋

1.柏木耕平氏の死亡要因について

長男高志氏の死亡確認後改めて検死が行われた。直接の死因はやはり心不全だが内臓部に末期ガンをわずらっている。全身の筋肉、骨にかなりの疲労・損傷がみられる。

2.柏木高志氏の死亡要因について

全身のあちこちで骨折などの損傷が認められるが直接の要因は頚骨の骨折による。遺体の最も大きな傷は墜落の際についたと思われる頭部のもの(現場の岩石の傷と一致)である。頚部の骨折はこの時おこったと思われるが検証の結果頭部の傷と頚部の骨折の方向が多少ずれていることが判明した。従って墜落時には高志氏は既に死亡しており、何者かが遺体を崖下に投げ捨てた可能性がある。微量ではあるが被害者の衣服に近辺の土が付着していた。外傷を与えずに頚骨を一瞬で折るにはかなりの力が必要で特殊な機器を使用した可能性もある。
          
なお関係者から事情聴取したところ以下の事実が判明した。
  
25日午前1時頃、氏は疲れを感じたと席を外した。弔問客には弟の賢治氏(40)が代わって応待した。同時刻に弔問客の一人(駅前商店街会長)が門をゆっくりと出て行く氏の姿を確認、特に急いだ様子もなく気分転換に散歩にでも出るのだ思ったという。賢治氏は兄が席に戻らないので寝たのだと思った。午前2時頃、寝室にも夫の姿が見当たらないことに高志氏の妻、紀子さん(41)が気づく。その後数名で家中を探したが氏の姿は確認されなかった。その頃には前述の商店街会長は既に帰宅、家族は氏の外出を知らなかった。午前4時頃に捜索願いが出された。 午前6時半、長距離トラックの運転手によって遺体が発見され通報された。

高志氏は不眠症に悩まされており精神的に不安定であったことが複数の証言により判明しており、家族の反応から彼の自殺を意外な事だとは考えていないことが推察される。紀子氏のつぶやきに「なんでこんな時期に・・」というものがあった事を特筆しておく。また家族を中心とする関係者のほとんどに確実なアリバイが存在しており、容疑者の特定もできていない。

結局自殺にせよ他殺にせよ決定的な判断要素が無く捜査は進展していない。
なお一部のマスコミが活発な活動を開始しており、一方である政治家から捜査打ち切りの非公式な要請があったことを付記しておく。
 
 
 

保守党幹事長あてのレポート(抜粋)
 

我が党の有力な支持者の一人であった柏木耕平氏(鶴来屋創業者・会長)、さらにその後継者であった長男高志氏(鶴来屋社長)の相次ぐ死去は非常に大きな損失であるといえる。我々は重大な関心をもってその後の経過を見守ってきた。 

耕平氏の死去から一月近くたちそろそろ情勢も落ち着きつつある。そこで現在までの経緯をここに記し報告するものである。

調査によると耕平氏の財産は鶴来屋を中心とした株式、隆山市を中心とした不動産、及び現金、預金、債権から成り立っている。それらの財産は遺言状によって詳細にその処理方が記されていたことが判明している。その内、都市部(東京、及びその近郊)の不動産を物納、鶴来屋に賃貸していた土地を時価で同社に売却するなどの他、債権等の売却によって相続税を支払った。

(株)鶴来屋の株式は全体のほぼ7割を耕平氏、1割を高志氏、残りは地方銀行、従業員持ち株会等が所持していた。両氏の死去により次のように再配分された。

柏木千鶴(高志氏の長女、耕平氏の養子)   2割5分
柏木紀子(高志氏の妻)               2割
柏木賢治(耕平氏の次男)             1割
柏木耕一(賢治氏の長男、耕平氏の養子)   1割
その他、高志氏の次女、三女、四女に5分づつ

未成年の相続人が多く、実質的には紀子氏が6割、賢治氏が2割となる。

不動産についてもだいたい紀子氏寄りの配分がなされているが、その他の動産は法定相続人に均等に配分されたもよう。

経営陣は新会長に紀子氏(元 専業主婦)、新社長に賢治氏(元 電機メーカー営業部課長)が就任。両者とも従来は鶴来屋の経営にノータッチであったためこれからも多少の混乱が予想される。

紀子、賢治両氏の政治思想は特に感じらず、危険な兆候も特にない。我々は既に両氏と数次接触を持っており、従来どおり我が党の支持者にすることが可能と判断している。

なお賢治氏の社長就任に伴って彼とその妻子が柏木邸に同居する見込み。
 
警察は高志氏の死亡に不審な点を認め調査しているが現在のところほとんど手がかりを得ておらず迷宮入りが確実視されている。
 

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