見届ける者達(中編)  カワウソ


「なおくん」
 保奈美が、理事長室を出てから少し後の蓮美台学園カフェテリア。
 いつものようにカフェテリアの一角――通称、天文部席――に他の部員達と陣取っていた久住直樹は、恋人でもある幼馴染しか使わない愛称で呼びかけられ、 ゆっ くりと振り返った。
「保奈美。部活はいいのか?」
「あ、うん……」
「そっか。なら、こっち座れよ」
 保奈美が特に用事がなさそうであることを確認するなり自分の隣に座らせようとする直樹。
 他の面々の確認も取らないでいきなり誘う直樹に、保奈美は少し面食らった顔になり、残りの二名に「いいのかな?」と視線で問い掛ける。
「もっちろん!! 保奈美ならいつでも大歓迎だよ」
「餌付けされた身としては拒否なんて選択肢にないもんな」
 問われた天ヶ崎美琴と広瀬弘司は一も二もなく賛同する。
 満場一致の承諾に納得した保奈美は、少し遠慮がちに直樹の隣に座った。


「と、いうわけで、来年に向けてもう一回くらいは天文部としての活動をするべきだと美琴さんは思うのです」
 杏仁豆腐のスプーンを左右にぴこぴこと振りながら美琴が力説する。
 今日の天文部は若干ながらも普通の天文部らしい話題になっているようだった。
「流星群の観察なら、十二月にできるな」
「そうなのか?」
「ああ。もうすぐふたご座流星群ってのがある。一晩で観測できる流星数なら夏に観測したペルセウス座流星群より多いくらいだ」
 初めて知ったと驚く直樹に、懇切丁寧に説明する弘司。
 そして、天文部員やっているなら常識なんだが、直樹に言っても無駄かと一つ溜息をついて話を続ける。
「問題としては、極大夜が平日の夜になるって事だな。それに何より寒い」
 部活動のでせいで二人揃って眠りこけられるのは天文部部長として看過できんし、12月の寒空の下、屋上にいる根性はなかろうと
弘司は少 々ジト目で直樹と 美琴をみやった。
「あ、あはははははは……」
「うむ。頑張ってくれたまえ」
 部長の的確な突っ込みに、引きつり笑いを浮かべる美琴となぜかふんぞり返る直樹。
 そんな二人を見て、やっぱりと溜息をついて弘司もその場を流そうとする。
 が、そんないつものやり取りの中に、保奈美が異議を唱えた。
「なおくん。せっかくなんだし、頑張ってみたら?」
「保奈美?」
「寒いだろうけど、飲み物とか工夫してあったかくしていれば風邪を引いたりしないと思うし」
 私も協力するからと、いつになくに積極的な保奈美に直樹は目を白黒させる。
「おおっ、それはありがたい」
「保奈美が協力してくれるなら、やる価値ありだね」
 保奈美の勢いに押されて混乱している直樹を他所に、心強い援軍を得たとがぜん盛り上がる他二名。
「ほら、美琴も広瀬君もやる気になっているんだから、なおくんも」
「お、おう」
 どちらが正式な部員かわからないくらい押しの強い保奈美に、直樹も思わず頷く。
「直樹も藤枝にはかなわないな」
「尻に敷かれているねぇ」
「……お前らな」
 他人事と傍観者の笑顔で好き勝手な事を言い合っている美琴と弘司に、食ってかかろうとする直樹。
 が、保奈美の顔が視界に入る。
 笑顔ではあるのだが、僅かに翳りのある表情。
 そのまま抗議を続けようとした直樹だが、保奈美の表情を見てその後の言葉を飲み込んだ。
「よぉ〜っし、久住君もやる気になったし頑張るぞ〜」
「やる気だね。天ヶ崎さん。じゃぁ、候補日だけど……」
 沈黙は敗北と承諾の印とテンションを上げまくる美琴。
 部員のアグレッシブなリアクションに当てられたのか、弘司も満足そうに頷き、観測を行う日取りを告げる。
「待て、その時期って期末試験が近くないか?」
 ここまで来ては逆らうだけ無駄と流れに任せようとした直樹だが、候補日を聞いて思わず止めに入る。
「直樹はどうせ一夜漬けだろ」
「大丈夫!! なんとかなるって」
「いまから少しずつやっていけばいいんだよ。私が見てあげる」
「なーおーきー? 往生際が悪いっ!!」
 しかしながら冷静な切り返しと、楽天的かつ根拠のない保証に加え、ケアは万全と四倍のカウンターを貰い、あえなく撃沈する羽目になってしまった。
「……まいりましたって、なぜに茉理までっ!?」
 抵抗空しく瞬殺されました。とテーブルに突っ伏した直樹だが、会議への参加者が増殖していると気づき、オーバーアクションで上半身を起して茉理に詰め寄 る。
「こんだけおっきな声で話していれば筒抜けだっての」
 委員会活動中のためカフェテリアの制服に身を包んだ茉理は、毎回言っているのに全然学習しやがりませんねぇと腰に手を当てて呆れきった溜息をついた。
「茉理ちゃんごめん。真面目に活動する話になったもんだから嬉しくて、つい」
「いえいえいえ、聞こえているだけで迷惑ってほどじゃありませんから」
 実直に謝る弘司に営業スマイルプラスアルファの笑顔で応じると、各人の空いた器を下げる茉理。
 それを見た四人は頃合かと立ち上がった。
「じゃぁ、今日はここまでということで。結先生には俺から話しておくよ」
「部長。よろしくっす!! 保奈美も久住君のお世話、お願いね」
「うん。まかされちゃいました」
 各々のやることを確認しあい、和気藹々の三人。
「わかった。じゃぁ、そっちは任せたから」
 その横で、直樹と茉理はなにやらぼそぼそと相談していた。
「茉理ちゃん。どうしたの?」
「はい。カフェテリアが早番なので、ちひろのお手伝いをしようかなーって。で、帰りが遅くなると思うので……」
 その様子を不思議に思った保奈美に、茉理はこれから用事があると答えて意味ありげに直樹のほうを見る。
「うん。なおくんのお世話はおまかせ」
「よろしくです。やっぱ、直樹に全部任せるのは不安ですから」
 言うまでもないとばかりに快諾する保奈美に嬉しそうな茉理。
「久住君包囲網ですなぁ」
「天ヶ崎もその辺にしておきなよ。んじゃ、今日は解散だな」
 好き放題言われながらも何も反論できない直樹を尻目に、本日の天文部の活動は終了した。


「で、どうしたんだ?」
 天文部の活動が終わった後、渋垣家に直行した二人は直樹のベットの上にいた。
 当然ながら、二人とも一糸纏わぬ姿である。
「やっぱり、わかっちゃうかな?」
「さすがにな。茉理も気にしていたぞ」
 表情を翳らせた保奈美に、これで気がつかないなら恋人も幼馴染も失格だと直樹が答える。
 実のところ、カフェテリアに保奈美が来た時点で直樹は保奈美がどこかおかしいと感じていた。
 ホームルームが終わった後、結に呼ばれてどこかへ向かったところまでは見ていた。
 そのため、用事が終わった直後に、部活にも行かず自分のところに来たのが見て取れた からである。
 その後の言動も、世話焼きといいながら押し付けがましくない保奈美らしからぬ押しの強さが散見された。
 どこか自分に無理やりに構おうとしている。そして、保奈美自信もそれを自覚している。
 そう判断した直樹は、同じく保奈美の様子に気がついていた茉理に頼んで帰宅時間をずらしてもらい、とりあえず二人きりになって落ち着かせようと保奈美を 自宅に連れて帰ったのだ。
 果たして、保奈美は帰宅途中もいつも以上に直樹に寄り添い、渋垣家に上がると直樹の部屋に真っ直ぐに向かい、直樹を求めてきた。
 祐介との融合前日を髣髴とさせる保奈美に、直樹も様子見を止めて直接聞くことにしたのだった。
「ごめん。なおくんに甘えちゃったね」
「そんなことはどうだっていい」
 心配をかけていたと項垂れる保奈美に、本題はそっちじゃないとわざとぶっきらぼうに言い捨てる直樹。
 直樹らしい、どこかひねくれた気遣いに暖かいものを感じた保奈美は、身体を摺り寄せると理事長室での顛末を包み隠さず直樹に話した。


「なんというか、災難だったな……」
 話を聞き終わった直樹が漏らした一言がこれであった。
「なおくんの事なんだよ」
「保奈美がちゃんと回答してくれたじゃないか」
 再度突っ込んでも全く気にしていない直樹に、それこそ問題が違うと保奈美は思う。
 直樹は自分自身の事に関して無関心なところがある。
 生活態度や成績がレッドゾーンギリギリだったり、バカをやるためあまり気づかれていないが、直樹が積極的に何かをするときは「誰かのため」である事が多 い。
 美琴の誕生日や、体育祭のお弁当作成には一所懸命になっても、祐介が暴れて直樹に嫌疑がかかった時は真相解明に消極的だったことからもそれがわかる。
 記憶を失ったため、自分自身が希薄なのかとも思っていたのだが、記憶を取り戻しても変わらぬその姿に改めて不安を覚える保奈美だった。
「大丈夫だって」
 不意に、暗い想いにとらわれた保奈美を直樹が強く抱きしめる。
「なおくん?」
「俺は、保奈美のこと欲しいと思っているぞ?」
 だから大丈夫と全てを見通したように笑いかける直樹の身体に、保奈美の腕が回される。
 胸に顔を押し付け、震える保奈美の背中を、直樹は撫でつづけていた。
「ありがとう、なおくん」
 しばらくしてからようやく落ち着き、いつもの笑顔を見せる保奈美。
 保奈美の復調を感じ取った直樹は、どういたしましてとおどけて見せる。
 直樹にとって全て片付いた事であることと、自分のことを必要としてくれている事。
 二つの確証を得て、保奈美は心が軽くなっているのを感じていた。
「と言っても、結先生をほっとくわけにも行かないか」
 そんな保奈美をどことなく嬉しそうに見ていた、直樹がふと、何かを思いついたように呟く。
「どうするの?」
 直樹は悪戯っぽい笑みを浮かべると、その内容を保奈美に耳打ちした。
 

つづく
 


あとがき 

・直樹、かっこよすぎだろ
・ファンBOXをぶっちぎり無視していますが、ミノガシテクダサイ……

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