抜かずの刃、鎮魂の祈り 第六話 心の一方(その7) カワウソ |
「工場での襲撃はそんなところ。んで、ここに押し掛けた方だけど」 恭也の腕の中でふにゃふにゃになっている那美を見て見ぬふりをして、リスティは八束神社へ押し掛けて来た理由へと話を続けようとする。 那美の体から緊張が取れ、落ち着いたと判断した恭也は那美の肩をそっと揺すった。 「那美。そろそろ」 「へ? え、あ、はい!!」 自分を抱きしめる恭也の腕の感触に酔っていた那美だが、恭也に促されてはっと我に帰る。 衆人環視の中、恭也に甘えまくっていた自分を自覚した那美は、真っ赤になって思わず恭也から飛び離れてしまった。 「あう、お恥ずかしいところをお見せしました……」 「別に謝る事じゃないよ。ボクもさっきストレートに言い過ぎた。不安になって当然だから、好きなだけ恭也に甘えていればいい」 赤くなって縮こまる那美に、リスティはもっとくっついていればいいのに。と真面目腐った顔で言う。 退魔士という職業は、人間の闇の面と常に相対している。 なにか心残りでもない限り、霊魂としてこの世に留まるということは無いのだから、霊のいるところには事件事故が必ずある。 女性が乱暴された挙句に殺害されて、霊になってしまったなどという話も、海鳴ですら存在するし、中には10歳前後の女の子の例まである。 日常の猥談とは話が違う。ここにいる誰もが霊や犯罪にかかわる者であり、気遣ってどうこうという話でもない。 とはいえ、自分が狙われたとなれば、退魔士としては割り切れても、女性として嫌悪感と不安はぬぐえるものではない。 気持ちが落ち着くまで恭也にくっついているくらいは、大目に見るべきであろう。 「ええと、もう大丈夫ですから……」 「そうかもしれないけど、話は終わってないぞ。どうせまた引っ付く事になるんだから、同じだって」 「那美ちゃん。遠慮せんでええよ」 「ああ。こういうときなら別にかまわんと思う」 恥ずかしいのも手伝ってそのまま話を進めてもらおうとする那美だが、リスティはそれを押し留める。 楓と薫も同意見のようだった。 「那美。こっちに」 恥ずかしがりまくる那美に対して、どうしたものかと思っていた恭也だが、女性陣の見解が一致しているのを見て自分の隣に座るように那美に示す。 「え、え〜っとぉ……はい」 さすがに、恭也にまで促されては従うしかないと思い、那美はおずおずと恭也の横に座る。 恥ずかしさで縮こまる那美が腰を落ち着けると、恭也は那美の肩に手を回し、そっと引き寄せて笑いかけた。 「んじゃ続き。さっきも言ったけど、ここで捕まった連中ね」 恭也の笑顔に那美が骨抜きにされたのを見届けて、リスティが話を戻す。 こんな風に甘えられる相手がいる那美を、若干羨ましそうに見ていた薫と楓も、那美に笑いかけていた恭也も、恭也に抱き寄せられている那美も表情を引き締めてリスティに注視した。 「結論から言うと、バカの一言に尽きるんだけど」 自分達がなにをやっているのか判っていないんだろうねと、心底あきれ返った口調でリスティが話す。 「曲がりなりにも警察に喧嘩売ろうってんだから、やる気を出すために色々やったんだろうけど、その中に、ボクと那美を好きにしていいってのがあったみたいだ」 結局それか。とげんなりする一同。 いくら犯罪者すら人命第一という方針である国家権力の末端機関が相手とは言え、自分のところに弾が飛んでくればびびりもする。 自分がなにをしているのかを判ってやっている者であろうが、銃を人に向けて撃つことがどういうことかわかっていない者であろうが、本体が最早壊滅状態に陥っている龍の構成員達はほとんどが素人であるのだから、戦意の高揚は必須である。 その中に、「敵の女は好きにしていい」というものがあるのは考えてみれば当然の事であった。 「でまぁ、ヤバイと思ってさっさと逃げ出したくせに、ヤリ損ねたなんてふざけたことを考えていたというわけだ」 人間ってどこまでも腐る事が出来るって改めて思い知ったよ。と、忌々しげに吐き捨てるリスティ。 那美に抱きついていた直後はイタズラ好きながら面倒見のいい、いつものリスティであったが、思い出しているうちに影響された気分が戻ってきたようだった。 「それはわかりましたが、何故、あいつ等はここに?」 この調子だと、何人かはこんがりと焦げ付いているかもしれない、と思いながら恭也が先を促す。 「ああ、どうやらボクよりも巫女さんがいるってのが印象に残っていたみたいだ。で、自分達が知っている巫女のいる神社ってのがここだったらしい」 夜にならいないのが普通なのに、当然のようにノリノリで向かうんだから脳内のご都合主義もいいところだと付け加える。 確かに、理解に苦しむ思考回路と行動様式ではある。 とはいえ、逃走経路を用意していなければ、普通はアジトに逃げ帰るか、自分の住処に閉じこもるのが普通であり、包囲網も、そういった考えに基づいて敷かれていた。 八束神社にまでたどり着けたのは、ひとえにその、あきれ果てた身勝手な行動の結果の賜物である。 もっとも、いたのは恭也とほぼ同等の戦闘能力を持つ美由希だったし、よしんばいなくともぐずぐずしていれば恭也と鉢合わせである。 八束に来ていなければとっくに捕まっていたであろうから、襲撃に加わった時点で、彼らの末路は決定していたのであろう。 「八束に巫女がいるって話は、正直。有名みたい。というか、クイズ大会のせいだね」 「ううっ、思い出したくないことを……」 覚えていたやつがいたんだよと笑われ、渋面になる那美。 以前に行われたクイズ大会で、那美は神社の名前がでかでかと背中に書かれた巫女装束で参加させられている。 しかも、ゆうひに負けてしまい、ステージ上でそのまま一曲披露する羽目に陥ってしまった上に、そのシーンがしっかりと放送されてしまったのだ。 アイリーンの言うとおり、観客も、視聴者からの評判もよく、神社の広告にもなったのであるが、あまり歌は上手でない自覚のある那美にとっては、今のところ人生最大の汚点となる出来事であった。 全くの余談であるが、そのときの優勝者は忍である。 「ゆうひさんに見せてもらったけど、那美ちゃん可愛かったよー」 「ま、歌は人様に聞かせるには、少々アレやったけど」 「那美は、あんまり歌は上手じゃないからなぁ」 「いい思い出ではないですか。那美、大事にしないといけませんよ」 ふて腐れる那美に、他の女性陣が次々と言い聞かせる。 からかっていたり、正直に評価したり、茶化したり、自分の心境を全然汲んでくれなかったりと勝手な周囲に那美はますますふて腐れ、恭也に強くしがみついてしまった。 「ま、まぁ、そのことはともかく、そういうことであれば、今後の方針も決まりますね」 ふて腐れてしまった那美をどうとりなせばいいかわからず、恭也が話を引き戻す。 「そうだね。『龍』はもう気にしなくていいと思うけど、ヘンタイを撲滅できるわけじゃないから」 「え? それってどういう……」 最低限の会話で通じてしまっている恭也とリスティに、何のことだかわからず身を起して聞き返す那美。 口には出さないが、他の三人も少々掴みかねていた。 「八束にきた連中はいわば、出来心で押しかけてきた連中です。そうそうはないと思いますが、腕に覚えがない限りはしばらくここには一人で来ないほうがいいかと」 「そういうこと。特に那美は仕事だから、来ない訳には行かない。だったら絶対、恭也についていてもらうべきだ」 何か起きてからでは遅い。と人に対する警備の強化を進言する恭也とリスティ。 主に自分が護衛対象であるといわれた那美は、すまなさそうな顔になった。 「それは、ありがたいですけど、絶対についていてもらうというのは恭也さんに申し訳ないですし」 「大切な人を守るのが、御神の剣士の役目です。俺が都合がつかなければ美由希にやらせます。俺も美由希も那美を守るためであれば労は惜しみませんし、惜しみたくなんか無い」 ですから、ここで一人にはならないで下さいと、両手を那美の肩に置いて真直ぐに頼み込む恭也。 その真剣な眼差しに、那美も少し顔を赤らめながらも、少しくすぐったそうに了承した。 「わかりました。必ず、誰かと一緒にいることにしますね」 「ボクも都合がつけば手伝うよ。要は一人ってのがマズいんだから、さざなみにいる暇な人間見繕って連れて来てもいいからね」 だろ? と話を振ってくるリスティに恭也も頷く。 「話は決まりとね。恭也君。リスティ。すまんが、那美のこと、よろしく頼む」 「わたくしからもお願いいたします。那美。ちゃんと、お二方の言う事を聞くのですよ」 「よろしく。うちらはいつもってわけにも行かんからね」 話がまとまったところで、リスティと恭也に頭を下げる。薫、十六夜、楓。 「Yes. of course」 「微力ですが、全力で」 家族に頼まれれば、応えないわけには行かない。 恭也もリスティも、力強く那美の安全を保障した。 「ま、気合入れてみたけど、有名になってからだいぶ経つってのに今までそんなことなかったし、いかがわしい事を考えてこの石段上ってくるヤツは、まずいないと思うけどね」 念のためってヤツだと言ってから、リスティは思い出したように恭也に向き直る。 「本日ここに来た最後の用事。恭也、フィリスからのご指名だ。戦闘行為を行ったのであれば早急に診察に訪れるべし。だ、そうだ」 「定期的に診察を受けているので、今週中には、必ず」 悪戯っぽくフィリスからの伝言を伝えるリスティに、さらっと返す恭也。 いつもなら、ここで会話は終わるのであるが、今日は様子が違っていた。 「駄目ですよ。恭也さん。お医者さんにはきちんとお見せしないと」 これ以上診察に訪れる回数を増やすまいと、あやふやな回答をする恭也を心配そうに見つめる。 「いえ、行かないと言っている訳ではないのですが」 那美に詰め寄られ、しどろもどろになる恭也。 病院嫌いの恭也を診察に行かせる事が出来るのは、母親の桃子くらいであるが、那美の表情も恭也には非常に有効なようであった。 「んじゃぁ、那美ちゃん。恭也君に病院まで付いていったら? ここはウチと薫が引き受けっから」 いつもいるわけじゃないが、今日くらいはお役に立ちましょ。と、楓が援護射撃をする。 「いいね。恭也君。行って来るべきだよ」 「恭也様。お体は労わってくださいましね」 「きょうや。さぼるの、だめ……」 「諦めな。これで行かなかったらボクがフィリスにどやされるんだから」 そこに、全員が更なる援護を実施する。 援護射撃というよりは集中砲火を浴びた恭也は、抵抗は無意味と腰を上げた。 「わかりました。那美。付き添いよろしくお願いします」 「はいっ。では行きましょう」 早く早く。あ、でも病院行く前にお家寄って行かないといけませんねと駆け出しそうに恭也をせかす那美。 病院に行くだけだというのに、何故にそんなに嬉しそうなのかと思いつつ、恭也も那美の隣に立つ。 「今からでも間に合いますし、逃げたりしませんから、急がなくても」 「あはははは、はい……」 転んだら元も子もありませんとたしなめる恭也に、那美はちょっと困ったような笑みを浮かべると、大人しく恭也に従った。 「じゃあ、いってきますね、後、よろしくお願いします」 「うーす」 「いってらっしゃい」 「ああ、こっちはやっとくから」 「気を付けていくのですよ」 「くうん」 残りの面々に口々に見送られ、仲睦まじく石段を降りていく恭也と那美。 何時の間にか膝の上に乗っていた久遠をなでながら、リスティがくすっと笑った。 「那美ってホントに仔犬みたいだな。飼い主に散歩に連れていってもらうみたいだ」 しっぽがあったら、ちぎれんばかりに振っているぞというリスティに、薫もへたっとたれた耳と、小さな尻尾が見えそうだと笑って同意する。 「そうでしょうか?」 「そやね、飼い主とペットというよりも、早くも仲のいい夫婦って感じでない?」 確かに可愛いけどと反論する、十六夜と楓。 那美がそそっかしいために、恭也があれこれと世話を焼いているように見えるが、今のやり取りを見るに、言われてみれば那美がリードしている部分もあるように見受けられる。 それを、一言で表すなら。 「まあ――」 「――お似合い。ってことやね」 そう見えるなら二人は間違いなく幸せだろう。 暖かな気持ちに包まれた境内を、風が、木の葉を揺らして通り過ぎていった。 抜かずの刃、鎮魂の祈り 了 |
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ひとりごと ・言い訳タイム終了(爆) 目次へ |