抜かずの刃、鎮魂の祈り
第六話 心の一方(その6) カワウソ


「さて、と。では、わしはそろそろお暇(いとま)するとしますか」
 大方の事は聞き出せたと立ち上がる神主。
 八束神社の本来の管理者が言うのもなんだか妙な感じではあるが、別に指摘する事でもないので、恭也達もそのまま立ち上がり見送る態勢になる。
「はい。お疲れ様です」
「管理代行、頼みましたぞ。――ああ、そうだ。剣士殿」
 礼儀正しくお辞儀をした那美に八束神社の維持を頼み、神主は思い出したように恭也に向き直る。
「なにか?」
「いやなに。ふと思いついたことなのですがの。『心の一方』の引継ぎついでに、この神社の宮司も引き継いでいただけたらと思いましてな」
 考えてもらえませぬかな。と、神主は恭也を見やる。
「いい考えかもしれんね。那美を貰ってくれることじゃし、海鳴に本格的な神咲の基点ができる」
「恭也君と那美ちゃんで神咲新流派の創設とか?」
「ちょ、ちょっと二人ともやめて〜」
 唐突な神主の申し出に、未来予想図まで持ち出して乗り気になる薫と楓。
 そんな二人を慌てて止める那美を見ながら、恭也は困惑気味に首を傾げた。
「人づてに聞いた話ですが、正式に引き継ぐとなると、専門の教育機関を卒業しないとなれないのでは?」
「資格は必要ですが、ここでの実技と、通信教育でなんとかなりますわい。その気がおありでしたら、推薦状は書かさせていただきますので、特に問題はないですの」
 まぁ、進路の一つに考えてくだされ。と、恭也に笑いかけた後、他の面々に会釈して神主は階段を下りていった。


「で、どうするん?」
 神主を見送った後、興味津々(しんしん)な四人プラス一匹を代表して、楓がたずねる。
 なにかに期待するような五対の目を前に、恭也はおもむろに口を開いた。
「先生の言われた通り、選択肢の一つではありますが、すぐには結論は出せません。一生のことですので、しばらく考えたいと思います」
 いきなりな話だったため、正直ではあるが無難な回答をする恭也。
「そうですよ。大切な事なんですから、よぉ〜っく考えて……」
「ちわ〜っす。何の話?」
 恭也の考えに賛同した那美だが、横合いから話を中断されてしまう。
 声の方向を向くと、リスティが境内の石段を登ってきていた。
「あ、リスティさん。昨日はどうも……きゃあ!! ってどうしたんですか?」
 神主と入れ違いで現れたリスティに挨拶をしようとした那美だが、リスティがいきなり抱きついてきたため、またまた中断させられてしまう。
 真雪譲りのセクハラかとも思ったが、リスティはただ那美の胸に顔を埋めたまま、動こうともしない。
「あ、あの、リスティさん?」
 奇行に近いリスティの様子に、心配になった那美が声をかけるが、返事の代わりにちりちりと眼球の裏を静電気が走るような感覚が返ってくる。
「大丈夫。那美がなに考えているかなんて読んでいないから。ちょっとの間。こうさせて」
 心を読まれていると思わず身体を硬くした那美に、リスティは那美の胸から顔を上げようともせずに那美の行動を止める。
 リスティのいつもとは違う様子に、恭也や薫達も手を出しかねて見守る中、どうしたらいいかわからないまま那美はリスティの頭を撫でていた。
「……ん、何とか復活。那美、ありがと」
 そのままたっぷり五分は経ったであろう頃、ようやく那美の胸から顔を上げるリスティ。
「いえ、いいんですけど、理由くらい聞かせてくれますよね?」
 なんとなく、胸を隠すように体の前で腕を組み、心持ち恭也に隠れるように立つ那美。
 その那美と、那美の肩に手を置いて那美を宥めるべきか、リスティを咎めるべきか判断に迷っている恭也の顔を順繰りに眺め、リスティは軽く息を吐いた。
「いや、悪かった。悪かったけど今回は勘弁して欲しい。徹夜で馬鹿どものアタマ覗いていたんで、引きずられそうになっていたんだ」
「昨日の連中ですか?」
 その言葉から、彼女が一晩中何をしていたのか察した恭也の目が鋭くなる。
 リスティは、昨日捕らえた『龍』の構成員達の心を読んでいたのだ。
 彼らの狙いを調べるためであろうが、テレパスは他者の心を本を読むように眺めるものではなく、相手の心に侵入して同調する行為である。
 そのため、読み取った相手の心のありように影響される事もあるのだ。
 昔のリスティなら、思考を凍結し、自らを透明に保つ事でその影響から逃れていたが、今のリスティは感情豊かなイタズラ好きの女性である。
 一人二人ならともかく、十人以上もの思考を読めば、図らずとも毒されてしまう危険性は大いにあった。
「それで、何で那美に抱きつくと?」
「愛でもよかったんだけど」
 話の見えていない神咲の面々に説明を続ける。
 犯罪者の思考は、精神衛生上あまりよろしくなく、そういった連中の心を読むと、引きずられるとまではいかなくとも、リスティも思考回路がささくれ立ってしまう。
 そのため、普段は自分を包み込んでくれる義母である愛の心に触れ、いつもの自分を取り戻すのだ。
「それを、那美……さんを代わりにしたと」
「そういうこと。判った事を早く伝えたくて。耕介に聞いたらこっちにいるっていうから」
 恭也が、那美の事を名前で呼んでいることに一瞬目を見張ったリスティだが、からかうのは後と気持ちを切り替え話を続ける。
「しかし、那美の心も気持ちいいな。もしかしたら愛よりも癒されたような気がする」
「それは、まぁ、鎮魂は私の得意分野ですし」
 霊の無念を鎮めていますからそのせいでしょうか。という那美に。なるほどとリスティは納得した。
「まぁ、そういうことなんで、セクハラしているわけじゃないから、見逃してくれると嬉しい。OK?」
「そういうことでしたら」
「納得します。それよりも、何かわかったのですか?」
 魂の治療みたいなものですから気にしませんと笑う那美を横に、複雑な気持ちを押し殺して恭也が話を促す。
 協力的な那美にありがとと笑いかけていたリスティだが、恭也の問い掛けに表情を引き締め直した。
「ああ、昨日の連中の戦略と、八束に逃げ込んだヤツラの動機。どっちも読み取ってきたよ」
 順を追って話すよ。と前置きしてから、リスティは調べがついた内容を語りだした。
「まず、工場での襲撃。あれは、霊障の完成と、霊障が起きるまでの時間稼ぎが目的だった」
 元々は、一目につかない廃工場で霊障を練り上げ、周囲へ被害をもたらすつもりであったのであろうが、発見されてしまい完成する前に撤退せざるを得なかった。
 普通なら、拠点を破棄し逃げた者は地下に潜るのであるが、霊障が完成間近であったため、最後の一押しとその時間を稼ぐために、近辺で確保していた構成員から銃を撃てそうな者をかき集めて襲わせたのだ。
 奇襲をかけて、外にいる警察関係者を釘付けにし、隙を突いて数名が霊障を完成させるべく工場内に踏み込む。
 この時点で、本来の『龍』の構成員は参加しておらず、けしかけられた面々しかいなかった。
 そのため、陣地を入れ替えられるほどの錬度がなく、正面から構えて膠着状態になってしまった。
 また、国家権力に勝てる理由として、霊障の事が説明されていたため、建物に近づきたくなかったせいもあったようである。霊障が発現したら、まずは警察関係者たちがやられるはずなので、その間に逃げられると思ったのであろう。
「なるほど、一度放棄した拠点に再び攻勢を掛けるにしては、動機がないとは思いましたが、そういうことでしたか」
「でも、あのとき、霊能力のある人なんていませんでしたよ? それでどうやって霊障を発現させようとしたのでしょうか」
 襲撃の目的に得心が行った恭也の横で、那美が疑問を口にする。
 予定外の事態に対処するために、穴が多いのはわかるが、決定的な要因に欠けている気がしたのだ。
「ああ、それは連中も考えていたよ。はっきり言ってムカツク方法をね」
 とられようとしていた手段を思いつかず、首をかしげる那美に、明らかに腹を立てた表情でリスティが答える。
「どうやら、那美と恭也を使うつもりだったらしい」
「私達。ですか?」
「そう。連中、恭也を何が何でも殺そうとしなかったろ? 恭也を行動不能にして、その目の前で那美に乱暴しようと考えてた」
「なっ!!」
 利用されるはずだった恭也と那美だけでなく、黙って聞いていた薫達もその内容にいっせいに驚きの声を上げる。
 彼らは、那美と恭也に絶望を味あわせ、その感情を持って霊障を解き放とうとしたというのだ。
「アイツ等は警察に雇われた祓い師の巫女とその護衛くらいに考えていたみたいだけど、もし、目論見が成功していたら、大変なことになっていた」
 リスティの言うとおりである。
 巫女と護衛の間に特別な関係が無いにしても、その負の想いは相当なものがあるだろう。
 しかも、今回の場合は恋仲である。仮に、そのような事態になれば憎しみは相当なものになる。
 負に反転した那美の霊力と、恭也の意思力が霊障と混ざり合うような事になれば、海鳴近辺で大惨事になっていたであろうし、護り手であるはずの恭也と那美が霊障と化して自分達の近しい人たちを襲うという、これ以上ない復讐になっていたところであった。
「そんなことを……」
「大丈夫です。俺がいる限り、那美をそんな目に遭わせませんから」
 霊障を使ったテロとも言うべきものを引き起こすために、自分と恭也を最低の手段で利用して最悪の結果をもたらせようとしていたと聞き、顔を青褪めさせる那美。
 その那美の肩を抱いて、恭也は力強く保証する。そしてそのまま、片手で頭を胸に掻き抱き、空いている手で頭を撫でるようにそっと、柔らかな髪を梳いた。
「ま、そういうことだね。連中の誤算は、銃持ち三十人なんかじゃ歯が立たない恭也がいたことだ。なにしろ、文字通り指一本触れさせずに守りきったんだからね」
 そうだったろ? とリスティにウィンクされた那美は、ハイと頷いて力を抜くと、甘えるように自分を抱き寄せる恭也に身を預けた。

その7へ


ひとりごと

・引き続き言い訳タイム。
・ムナクソ悪い話になってもうた……
・ややこしい話は割愛していますが、神主になるのに資格が要るのも、通信教育があるのも本当です。

六話その5へ

六話その7へ

目次へ