抜かずの刃、鎮魂の祈り 第五話 とあるいつもの2(その3) カワウソ |
翌日早朝。 八束神社境内。 「ふっ」 「はぁっ!!」 恭也と美由希は朝の鍛錬を行っていた。 昨日の深夜鍛錬は桃子に止められてしまった恭也だが、朝はいつもどおりに起きて美由希とこうして打ち合っていた。 「う、うわわわっ」 恭也の右からの切り上げを流し損ねた美由希が体制を崩す。 それを機とばかりに恭也は容赦ない連撃を見舞った。 「うわ、ちょ、ちょっと……」 御神独特の手数とキレ。さらに全てに「徹」が込められているのではないのかと思える重い漸激の連発に美由希は防戦一方に回る。 攻撃に耐えかねた美由希は「神速」を発動し、一旦距離を開けようとする。が、 「せやっ!!」 その動きすら読んでいた恭也に「虎乱」で追撃され、美由希は木刀をへし折られた。 「いつつつつ、恭ちゃん、今日はなんか動きいいね」 折れた木刀を捨て、痺れた手を振りながら美由希が嬉しそうに笑う。 対する恭也は、自分のそれ以上の追撃を阻んだ飛針を木刀から抜き、苦笑いを浮かべた。 「そのいい動きで追い詰めたというのにこれだからな。五分五分か」 木刀を折られながらも放った美由希の飛針は恭也の正中線をきちんと捉えていた。 しかも、受けた木刀に深々と突き刺さっている。 体に当たれば致命傷間違いなしの威力である。これでは後数回打ち合えば折れてしまうだろう。 「投げ物は普段は牽制くらいにしか使わないけど、きちんと投げれば必殺の武器になる。師範代の教えどおりです」 どこか冗談めかしたふうに美由希がおどける。 実戦を経験してからの美由希は上達が著しく、恭也とも引き分けになることが多くなっていた。 美由希を導くことがそろそろ限界に来ていると判断した恭也は、いつしか自分と同じ位置にいる剣士として美由希を扱うようになっていた。 それは美由希にとって誇らしい事でもあるが、同時に負担が増すことでもある。 いままでは自分の最高の剣技をひたすら恭也にぶつけていればよかったのだが、最後の引き際を自分で見つけなければならない。 ほんの少しでも見誤れば容赦なく叩き伏せられるし、逆に命を奪う事にもなる。 稽古中も二人分の命を乗せて振るう事を否応なしに自覚させられた美由希は、軽口を叩く事によってその重圧を中和するようになっていた。 「……よく言った」 どこか不敵な笑みを浮かべ、恭也が構えなおす。 技量が拮抗してきているとはいえ、何かを背負って剣を振るった年季と場数は美由希の比ではない。 美由希の緊張を手にとるようにわかる自分と、美由希に対する優位性がそれくらいになりつつある自分に相反するものを感じつつ、 「ここまでにするか」 「――だね」 あっさりと二人は構えを解き、社の裏手に声をかけた。 「朝の稽古は終わりですので、見学はそこまでということで」 「ああ、やっぱりばれちょったか」 悪びれた様子も見せず、薫と薫に面差しが似た小柄な女性が現れた。 「いやー、海鳴についた早々いいもん見せてもろうたわ」 やや興奮気味に小柄な体によく動く目と表情で薫と一緒にいた女性――楓が話す。 朝の鍛錬を終えた恭也と美由希は、三人を高町家まで案内していた。 今回は、別段那美の除霊のために集まったわけではなく、薫と楓が珍しく同時に休みになり、結果さざなみ寮に来たと言う事らしい。 薫達は昨日の遅くに海鳴には入っていたが、那美は仕事に出ており、そのときにはもう、救霊は終わったはずとリスティから連絡を受けた真雪に説明されてい た。 そのときに、真雪が那美を締め出したことを意図的に教えなかったため、薫たちは那美を寮で待ってしまい、真相を教えられた時にはもう、深夜過ぎになっていた上に酒が入ってしまっていて、押しかけるわけにも行かなくなってしまっていた。 恭也が相手なのだからいまさら騒ぐ事ではないとは思いつつも、義妹が気になった薫(当然のごとく真雪が煽った)が起きてすぐに高町家へ行こうとし、面白がって付いてきた楓ともども高町家への近道である八束神社を通ったところ、恭也たちの稽古に遭遇したという事であった。 「薫に引っ張られて朝はようから出かけたかいがあったってもんや」 「な……楓、あんただって仁村さんと一緒にうちを煽ったやろが!!」 「んー、うちは別におかしな事は言うてへんけど?」 どこかからかうような流し目をする楓に抗議する薫。 楓とはあまり面識のない恭也だったが、どうも楓ははしゃいでおり、その原因の一つに御神の打ち合いを見た事があるようであった。 「あまり、見て楽しいものではないと思うのですが」 そんなに喜ぶ事だろうかといぶかしく思いながら恭也が割り込む。 あまりに目的に特化した御神はその技はその場の「理」にかなった動きしかしない。 普通では剣術遣いと名乗る者にすら「汚い」といわれるような技の応酬がみれたところでどうなるものでもないと恭也は思っていた。 「なにゆうてんの。薫がべた褒めの剣士の稽古なんてめったに遭遇できへん。それにうちは二人にスタイルが似とるからずいぶん参考になったわ」 恭也の疑問に「いいもの見せてもらいました」と言わんばかりの楓。 そして、恭也が視線を転じた先の薫は多少苦いものが混ざった笑みで楓の補足をする。 「斬る対象が違うだけで、霊力を抜きにすれば振るう技は変わらんからね。楓のスタイルなら恭也君たちの動きはいいお手本になる」 薫は薫で恭也の剣に対する自分の認識の甘さを反省していた。 神咲は人は斬らないとはいえ、実際にその剣を振るうことを生業としている。 そう考えると経験する実戦数はおびただしい回数に上ることになり、文字通りの実戦剣術であるといえる。 その薫からしても、先ほどの恭也と美由希の打ち合いは下手な実戦の厳しさを上回る。 殺しあわない事が前提とはわかっていても、間違いなく命がけの打ち合いに、恭也にとって剣を抜くと言う事は人を斬る事であると薫は改めて確信していた。 「あ、そういえば恭也君たちは鋼糸も使うんやったね」 「え? そうなん? うわぁ、それも見たかったわぁ」 彼我の剣の質の差異に思いをはせつつも、何気ない風に続けた話題にさらに喚声を上げる楓。 その素直な反応を少しうらやましいと思いながら薫は先ほどの仕返しをすることにした。 「どうじゃ、楓。那美も稽古つけてもらっちょることだし。そこまで言うなら御神流に弟子入りしたらどげんね」 「ううっ、複雑だけどかなり魅力的……」 心底複雑です。と声音と表情にだして唸り声を上げる楓。 楓とてただ単に素直に恭也たちに対して感心していたわけではない。 自分と似通ったスタイルで自分のそれよりも高い戦闘技術を目の当たりにして多少動揺していたのだ。 相手が自分よりも若く、楓月流の当代という自負もあり、薫の一言は楓をプライドと向上心の板ばさみに放り込んでしまっていた。 「他流派の当代相手につけられるような稽古に心当たりはありませんから、とりあえず、後で一本やりましょう」 薫の意地の悪い提案に揺れる楓に恭也が助け舟を出す。 恭也の見立てでは楓の強さは薫にそう劣るものではない。つまりは神速抜きでなら自分とほぼ互角だと見ていた。 そして、自分に似ていると言う事は小太刀を使い、飛び道具も使用すると言う事。 恭也も楓の戦い方に興味を覚えていた。 「うん、それがいい。あとでやろう!!」 ぱぁっと顔を輝かせ、楓が勢いよく賛成する。 「できれば、美由希ともお願いします。こいつにもいい経験になると思いますから」 「それなら、美由希ちゃんはうちとやろうか。恭也君が手塩にかけて育てたというその剣技。うちもじっくり見てみたい」 「あ、あははは、お手柔らかにお願いします……」 「どうかな、うちは手加減できる余裕はなかと思うよ」 恭也の他流派への心遣いに感心し、美由希の謙虚過ぎる態度に少し苦笑して薫は恭也たちと歩を進めた。 その4へ |
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ひとりごと ・正中線:人体を左右に分けた場合の真ん中。この線に沿って多くの急所がある。でよかったはず(マテ)
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