抜かずの刃、鎮魂の祈り
第五話 とあるいつもの2(その1) カワウソ


「本当に、真雪さんには困ったものです」
 高町家前についた那美がそう愚痴をこぼす。
 対する恭也は無言だったが、思いは同じであった。
 八束神社で禊を終えた恭也と那美、そして久遠は三人そろってここにいた。
 というのも、リスティから何を聞いたのか、真雪が那美に「朝帰り命令」を電話で伝えてきたせいである。
 体力に余裕のある恭也はともかく、那美は除霊の上に銃撃戦を伴った捕り物にまで巻き込まれてしまい、かなり疲れていたため、恭也としてはすぐに那美を休 ませたかったのだが、直後にかかってきた耕介からの電話でさざなみ寮へ帰ると那美の負担が倍増すると判断し、高町家へ向かう事にしたのだ。
「でも、恭也さんのお家では、真雪さんになんと言われるか」
「大丈夫でしょう。『朝まで帰ってくるな』であって『ホテルへ泊まれ』ではないのですから」
 どう転んでもからかわれるだけと暗澹たる気分の那美に、恭也がとりなす。
 日ごろの行いもあるとはいえ、こういうことに関しては那美には信用の無い真雪であった。
 もっとも、真雪にラブホテルに行けと暗に言われた気分でいる二人だが、そんなところに行くはずが無いというのは真雪もよくわかっているし、もとより考え ていない。
 リスティから退魔の仕事があったということと、那美が恭也にひっつき放しで少々様子がおかしいと聞いたために心配になったのだ。
 退魔直後は薫ですらどこか暗い影を引きずるものである。
 さざなみ寮で一人寝るよりも今夜は恭也といた方が後々のためにもいいと思った真雪の親心であった。が、
「耕介さんも真雪さんが酒宴開く勢いだと言っていましたから、戻るわけにもいきませんし、美由希の部屋に泊まれば問題ありませんよ」
「でも、絶対後で根掘り葉掘り聞かれるんですよね……」
 多少、やり方に問題がある上に、本人達には伝わっていなかった。


「ただいま」
「お邪魔します」
 夜もだいぶ遅くなったため、静かに家に入る三人。
 遅いといっても、桃子が帰ってきて少したつくらいなので、なのは以外の家族はまだ起きている時間である。
 とはいえ、夜中に騒々しく帰宅するような恭也達ではなかった。
「あら、恭也おかえり……っと那美ちゃん?」
 玄関から上がった三人を桃子が驚いた様子で迎える。
 もともとがオープンな高町家だが、長男の恋人で、長女(あるいは次女的存在)の親友である那美は用が無くとも訪れる事もあるし、何度か泊まった事もあ る。
 それでも、こんな夜遅くに来る事は今までなかったし、夜遅くに押しかけるような娘でもないので桃子が驚くのも無理はなかった。
「ただいま。かーさん」
「夜分遅くにすいません……」
「あー、いいのいいの。ちょっと驚いただけだから。でも、どうしたの? 美由希が神社で二人に会ったって聞いたから、てっきりさざなみ寮まで行ったんだと 思ったんだけど」
 すまなそうに夜遅くの訪問の非礼を詫びる那美に、手をぱたたぱたと振って気にしないでと笑う桃子。
「それなんだが、神咲さんは今日、うちで泊まってもらう事になった」
 事情も説明せずに、結論だけ言う恭也。
 それに対して桃子は別段理由も聞かず、あっさり頷いて了承した。
「那美ちゃんなら理由が無くたってオッケーよ。で、恭也としてはどこで寝てもらうつもり?」
「今日は神咲さんも疲れているし、いつもどおり美由希の部屋に……」
「あれ? 那美さん?」
 どこかしらいたずらっぽい目で息子を見る桃子に、恭也は考えていた事を口に出そうとしたが、リビングに入ってきた美由希にさえぎられた。
「あ、美由希さん。あのあとちょっといろいろありましてさざなみ寮に入れなくなってしまったんです……」
 少し困ったように事情を説明する那美に美由希は納得したように頷く。
「あはは、真雪さんに締め出されちゃいましたか。じゃぁ、今夜は恭ちゃんと一緒ですね」
 美由希は笑顔で爆弾発言をした。


「なぜ、神咲さんを俺の部屋に泊めさせる?」
 リビングで恭也は美由希にことの真意を問いただす。
 あの後、美由希の「恭也と那美の同衾」発言は、高町家を震撼……させなかった。
 言われた張本人たち、というよりも恭也はパニック寸前になったが、那美は「二人の関係からいって、恋人の部屋に泊まるのって自然だと思いますよ」という 美由希の言葉に恥ずかしがりながらも納得し、桃子は桃子で「美由希が言わなければあたしが言った」と完全に同調していた。
 話が若干一名を除いてまとまると桃子はさっさと寝てしまい、那美は美由希に言われるままに風呂を借りることにした。
 そして、桃子に「恋人が泊まっていくんだから一緒にいなさい」と深夜鍛錬を禁止させられてしまった恭也は、一人鍛錬に向かおうとした美由希を捕まえて詰 問を始め、今にいたるというわけである。
「なぜって、そのまんま。恭ちゃんと那美さんの関係考えたらその方が自然かなと思って」
 恭也の追求に動じることなく平然と答える美由希。
 もっとも、眼鏡を光らせての怪しげな笑顔で言っているので説得力はかけらもないが。
「……何を考えている」
「ベツニナンニモタクランデイマセンヨ?」
 眼鏡を光らせたままわざとらしくカタコトになる美由希。
 ここにきてようやく、恭也は妹にからかわれていることに気がついた。
「……お前な」
「ふぅ、じゃ、恭ちゃんからかうのはこれくらいに……おっと」
 思わず殴りかかった恭也のこぶしを軽々とかわす美由希。
「……何かいいたそうだな」
 かわされたことを怒るでなく、恭也は冷静さを取り戻して美由希を促す。
 美由希の戦闘能力は、『心の一方』を除くと、純粋に技量の比較とすれば恭也に劣るものではない。
 神速の領域にいたっては、美由希のほうに性能的な分がある。
 いつも殴られているのは、幼いころからの力関係と、なんのかんのいってもそれが二人のやりとりであるために過ぎない。
 恭也のこぶしを避けるということは、美由希にとってはかなりの言い分があると見てよかった。
「まぁ、ね。さっきの神社でのお説教に繋がるんだけど」
「それは、反省した……」
 あまり蒸し返してほしくない話題を持ち出され、恭也が渋面になる。
「ううん、恭ちゃんたちがわかってくれているの疑ってなんかいないよ。そうじゃなくてね、その、お社でしなくなったらどこでするのかなって思って……」
「……気を使わせて、すまない」
 悪かったと恭也が謝る。
 要するに、美由希は家でするようにしろといいたかったのだ。
 恭也と那美が社でしていたのは、配慮が足りなかったのもあるが、条件的に他でできる場所がなかったせいでもある。
 那美の仕事とバイトの都合上、二人きりになれるのは神社くらいしかないし、二人とも「しよう」と思ってどこかにいくような性格ではない。
 二人きりになって気分が盛り上がってそのままなだれ込む場合がほとんどである。
 今後はひかえようと思っていたが、それならなおのこと、外でするよりも家でしてしまったほうが経済的にも助かるし、今夜はその手始めにするにはちょうど いい。
 美由希はわざわざ代替案を用意してお膳立てをしてくれたことになる。
「わかればよろしい。じゃ、私は一人寂しく鍛錬に行ってきます」
「ああ、気をつけていって来い……と、ちょっと待て。美由希」
 兄が自分の考えを察してくれたのに気をよくして玄関に向かおうとした美由希を恭也が引きとめる。
「ん? なに?」
「重要なことを聞くのを忘れていた。お前が捕まえた連中だが……俺たちのこと、どのくらい知っていた?」
 八束神社で美由希と別れてから、恭也には引っかかっていることがあった。
 いうまでもなく、「龍」の下部構成員たちのことであるが、美由希は彼らが八束神社に那美を狙って押しかけてきたと言った。
 これが本当であれば、社での行為が噂になるのも世間体が悪いが、今後の那美の安全にかかわる。
 「龍」はほぼ壊滅状態に追い込んでいるとはいえ、いつなんどき襲われるか。少なくとも情報経路がはっきりしないことには八束神社は危険箇所になるのだ。
「ごめんなさい」
「は?」
 説明を聞いた美由希が深々と頭を下げる。
 予想外の美由希の態度に、恭也は訳がわからず間の抜けた声を出すことになった。
「ええとね。実は、あいつらが知っていたのって「八束神社に巫女さんがいる」ってだけだったんだよ」
「なに?」
 気まずそうに肩透かしな事実を告げる美由希に、恭也は本日何度目になるのかと自問しながら、またもや間の抜けた声を出すことになった。
「前から、さ。恭ちゃんと那美さんがその、そういうことするのってどこかなっておもっていたんだけど」
 美由希の話を総合するとこういうことになる。
 兄と親友の恋人としての語らいがどこで行われているのかが気になっていた美由希は二人をそれとなく観察していたらしい。
 恭也とは兄妹であり師弟、那美とは親友の美由希にとってそれはさほど難しいことでもなく、じきに大方の予測はつくようになっていた。
 読書家で、知識もある美由希からすれば、社でしてしまうのはかなり「とんでもないこと」なのでやめさせたかったのだが、あくまで推測段階であるし、現場 を押さえることなど生真面目な美由希にはできなかった。
 そのままずるずるといっているうちに今晩の襲撃である。
 これ以上あやふやなままにしておくと、いつ何時他の人にばれるかわからない。そのために思い切ってカマをかけてみた。ということであった。
「そうか……」
 気が抜けた。とばかりにどっかりとソファーに座りなおす恭也。
「ごめんなさい」
「いや、いい。お前に非はない。むしろ俺たちが世話をかけっぱなしだ。それで、あの連中は何も知らなかったんだな?」
「恭ちゃんが気にするようなことは何も知らないと思う。「人なんかまずいないって聞いていたけど、本当に巫女さんがいてラッキー」とか「さっきやり損ねた 分、取り戻せるじゃん」とか「彼氏いないんでしょ。だったら俺たちとイイコトしない?」とかそんな感じだったよ」
 念を押す恭也に美由希は改めて自分の知っていることを伝える。
 美由希のいうとおりならば、彼らは神社に那美がいるとわかって八束神社に来たわけでなく、おそらくは追っ手を逃れて八束神社に逃げ込んだのであろう。
 なぜ、八束神社を逃げ場としたか、また、なぜ巫女がいると知っていたのか疑問点は残るが、それは明日辺りリスティにでも頼んで調べてもらえばいいと恭也 は判断した。
「いいお湯でした〜」
 風呂から上がった那美がリビングに入ってくる。
「それじゃ、私はいくね。那美さん、お休みなさい」
 それを見た美由希は鍛錬用のバッグを片手にリビングを出て行く。
「はい。美由希さんもお疲れ様です」
 親友同士、にこやかに挨拶をかわし、那美は恭也の近くに来る。
「お風呂使えますけど、美由希さんと何をお話していたのですか?」
 少し気遣わしげな那美になんでもありませんと笑いかけ、恭也は風呂に向かった。

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ひとりごと

 「タネ明かし」期待されていた方々ごめんなさい。
 なにやら電波が届いてしまい、四話の直後からスタートです。タネ明かしは次話以降となります。
 なお、次回は作者視点で激甘のため、ここで「砂吐き警報」を出させていただきます(爆)


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