抜かずの刃、鎮魂の祈り 第四話 抜かずの刃(その6) カワウソ |
それから数分後、すっかりもとの雰囲気に戻った三人は石段を上がりながら雑談をしていた。 「それに、リスティさんたらさっきなんて言っていたと思います?」 「さっき、とは?」 少々心当たりがあるためにぎくりとなる恭也。 「リスティさん、恭也さんを飛ばすたびに『体で払うよ』って言っているんですってね」 「リスティさんはタバコの臭いがきついので、翠屋で手伝ってもらうわけにもいかないと断っていたんですが……」 やっぱり聞かれていたと内心冷や汗を流しつつごまかす恭也に那美はさらに続ける。 「そんな事言っちゃ駄目ですってリスティさんに注意したら、『じゃぁ、フィリスもつける』ですから。フィリスさんに失礼です」 「そんな事まで言っていたんですか」 あんまりな内容に思わず絶句する恭也。 どうやら、久遠はともかく、那美が恭也に引っ付いていたのは、このあたりにも理由があったようだった。 実のところ、フィリスがいるとリスティは恭也に「襲ってしまえ」だの「テイクアウトを許可する」だのとやたらとけしかける。 思惑がどこにあるのか――まぁ、からかっているだけだろうが――わからないが、すでに那美がいる恭也にとっては迷惑以外の何者でもなかった。 「リスティ、引っ掻き回すの、好き」 「そうだよねー」 「……まぁ、冗談ですし」 本気でとってしまっては怖い事になるので、冗談として受け取るしかない恭也だった。 「……ん?」 石段も終わりにさしかかって来たところで、恭也は境内に不穏な気配を感じ、歩みを止める。 「恭也さん、どうしました?」 「境内に複数人の気配があります。それも、様子がおかしそうです」 恭也はそういって石段の横の茂みの影に那美を誘導する。 少し待っていてください。そう言うと恭也は石段を上がった。 「あ、おかえり」 石段を上がると、そこには美由希がいた。 「おかしな気配がしたが……、こいつらか?」 「ん? 何か感じたってならそうじゃないかな?」 恭也の問い掛けに美由希が足元を示す。 美由希の足元には鋼糸で縛られ、うめき声を上げている数人の若者が転がっていた。 「おい!! 俺たちにこんな事して、タダですむと思ってんのかよ!!」 「このやろう、ほどきやがれっていってんのが聞こえねぇのか!!」 状況を確認し、警察を呼んだ恭也は安全を確認し、那美を境内に呼んだ。 人の目があるので、久遠は狐姿に戻っている。 そのころにはダメージが回復したのか、縛られた面々が我に返り、口々に勝手な事を言い出していた。 「静かにしていろ」 うんざりとした様子で注意する恭也。 もっとも、注意した本人もそれで黙るとは思っていなかったが。 「へっ、しらねぇようだから教えてやるよ。俺たち『ブルースネーク』にはなぁ、バックにでっかい組織がついているんだぜ」 「そうそう。その人たちに知られたら、お前らまとめてドラム缶にコンクリ詰で海の底だぜ。死にたくなかったら俺たちを逃がすんだな」 「でかい組織?」 なおも強気に脅してくるその内容に反応する美由希。 そんな美由希に恭也は気にするなと声をかける。 「「龍」の事だ。こいつらは、さっきの戦闘で逃げ出した連中だな」 「……な」 「お、おいこいつ、あそこで、空中から湧き出てきた!!」 「なんでこんなところにいるんだよ!!」 恭也の言葉に美由希よりも反応する男達。 やっとのことで逃げ出せたと思えばあっさり捕まり、その上、逃げてきた相手に見つかってしまってはそれも当然であろう。 「お前達に答える義理は無い」 むっつりと言い捨てる恭也。 彼らが「龍」の構成員である以上、香港行きは免れず、したがってしばらくは日本に帰ってこれないのであるが、恭也はこれ以上彼らに何か情報を教えてやる つもりは無かった。 「お前達の声は不愉快だ、大人しくしていろ」 ほんの少しだけ氣をこめて男達をにらみつける恭也。 彼らががくがくと震えているのか頷いているのかわからないリアクションを返す中、警察の到着を知らせる那美の声が聞こえてきた。 「終わったね」 やれやれ、といった感じで美由希がこぼす。 警察が来て、縛り上げた連中を引き渡した後、3人、特に美由希が集中的に事情を聞かれていた。 練習刀とはいえ、刀は持っているし、銃を持った男数人を捕まえたのだからそれも当然である。 しかし、廃工場前で彼らを見たという恭也の証言と、後から来たリスティのおかげで問題なしと言う結論になり、警察は男達を引っ立てて引き上げていった。 「お疲れ様でした。それにしても美由希さんもやっぱり凄いですね。あの人たち、銃を持っていたんじゃないですか?」 「ええ、持っていましたけど、使い方がてんでだめでしたから。こっちの間合いなら絶対に負けません」 少し心配している那美に余裕の笑顔で返す美由希。 彼らも相手が少女一人と侮っていたのであろうが、美由希には何の問題もなかったようである。 「あれ位の連中にどうこうなるような鍛え方はしていない。それにしても、あいつらはなんでここに来たんだ?」 「なんででしょうね……」 逃げ出した連中が八束神社にいた理由に首をひねる恭也と那美。 そんな二人の疑問に、答えたのは美由希だった。 「なんか、那美さん狙ってたみたいだよ、私の事、ここの巫女さんだと勘違いして襲い掛かってきたから」 「なんだ、それは」 那美を狙ったようだと聞き、顔をしかめる恭也。 先ほどの連中が霊障に関係あるとは思えず、那美も首をかしげていた。 「あ、あのね、それで、あいつらが言っていたんだけど、ここで巫女さんが彼氏と、その、えっちなことしているって……」 「う……」 「あ……」 美由希が真っ赤になって指摘した内容に二人は硬直した。 「なんか、仲良く社の中に入っていったとか抱き合っているとか言ってたよ」 絶句した二人に、追い討ちをかける美由希。 「み、見られていたんでしょうか」 「そんなことは、現場を押さえていたわけではないはずです」 顔を寄せ合い、美由希に聞こえないようにやり取りをする恭也と那美。 さすがに現場を押さえられると恥ずかしいため、恭也は周囲に気を配っていたのでそれはないだろうという結論に達する。 実のところ、久遠には見られているのだが。 「まぁ、実際に見たわけじゃなさそうだったけどね。ところで恭ちゃん!!」 「な、なんだ」 美由希の追求が恭也に向き、恭也はその迫力に押されて思わずどもる。 「あいつらが言っていた……その、ここで那美さんとしていたって本当なの?」 「それは、だな……」 珍しく防戦一方の恭也に美由希は事実を読み取り、ため息と共にそれを指摘する。 「してたんだね……」 「……何度か」 本当は何度どころかするときはほとんどここでしている。 不穏当な気配を感じ取り、相当に回数を減らした自己申告をする恭也を美由希はきっと睨み付けた。 「駄目だよ恭ちゃん!! ほかのところならいざ知らず、お社って神様が住んでいるところなんだからね。清浄に保たれなくちゃいけないんだよ。だから、ここ でそんな事したら罰当たりもいいところなんだからね」 照れもあって兄に一挙にまくし立てた美由希はそのまま、那美に向き直り返す刀でお説教を続ける。 「神様とか信じていそうになくて、朴念仁でこういったことに気が回らない恭ちゃんはともかく、那美さんはここの管理代行しているんですから、ちゃんと考慮 しないと。ほんとうは取り締まる立場なんですからね」 「……了解した」 「以後、気をつけます……」 途中でずいぶんと失礼な事を言われた気もするが、今回ばかりは無条件に美由希のお説教を受け入れ、那美ともども美由希に頭を下げる恭也だった。 「そういうことだから、その、したいときはそういう場所で!! それじゃ!!」 二人が自分のお説教を聞き入れたのを確認した美由希は最後にもう一度念を押すとものすごい勢いで立ち去った。 「……まいりましたね」 「かなり、恥ずかしいです……」 内容の正当性もさることながら、美由希のいつにないハイテンションに押されっぱなしだった二人だが、我に返ってばつが悪そうに顔を見合わせた。 「恭也さんは、美由希さんに言われた事、考えた事ありました?」 「いえ、俺は父さんと一緒に全国を放浪したり、武者修行の時の寝泊りをよくしていたもので、あまり拝むところと言う感覚がなくて」 恭也は幼いころ、父親の士郎に連れられて全国を渡り歩いていたが、その動機は仕事よりもたぶんに士郎の気まぐれによるところが大きかった。 路銀は節約するに越した事はなく、人気のない神社仏閣は格好の宿泊所だったのだ。 また、海鳴に定住してからも恭也にとって神社は練習場所として使わせてもらっているという意識はあったものの、それはあくまで場所を借りているというだ けであり、宗教的な配慮というものはついぞしたことがなかった。 「私は、実家……といっても神咲じゃなくて、生家のほうなんですけど。宮司だったんですよね。それで、お掃除とかでお社の中によく入ったりしましたし、北 斗と遊び場にしていましたし……」 那美にとって社はむしろ生活の場だったらしく、身近すぎてかえって敬う場所という感覚がなかったようである。 「それに、ほとんど集会場でしたから、何かあると近くの人たちが集まって大人の人たちがお酒飲んでいたりしましたし、その、ラブホテルなんてあるようなと ころじゃないんで、使っていた人たちもいたみたいですし……」 那美も現場を押さえた事はないが、社の近くで男女二人連れを目撃した日に限って社に近づかないようにと言われていた記憶がある。 そのころは理由はまったくわからなかったが、今にして思うとそういうことだったのだろう。 「よく、ご両親が怒りませんでしたね」 それを聞いて、恭也が少し驚いたように感想を漏らす。 自分たちもしているのだからいえた義理ではないが、寝泊りでもきちんと管理されている社などは見つかるとたいてい怒られて追い出されるものである。 自分たちが管理しているところを勝手に使われるから嫌がられるくらいに思っていた恭也だが、先ほどの美由希のお説教もあって相当まずい事なのではないか と思うようになっていた。 「言われてみるとそうですよね。でも、いまはもう理由なんてわからないですし」 それに美由希さんの言われた事はもっともなので、今後は止めておきましょう。と恥ずかしげに言う那美に恭也もうなずいた。 「それじゃぁ、禊をしますので、恭也さんもやってくださいね」 「わかりました」 話のまとまった二人は、八束神社に来た本当の目的を果たすべく、社の裏手に回った。 四話 了 五話へ |
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ひとりごと 恭也と那美の社への認識はオリジナルです。 今回はパロを用意しました。こちらからど
うぞ。 |