抜かずの刃、鎮魂の祈り
第四話 抜かずの刃(その5) カワウソ


「さてと、これでこっちも終わりと。恭也もご苦労さん」
 顔面の筋肉をひきつらせつつ、リスティが労う。
「いえ、リスティさん達も無事で何よりです」
 こちらはやや憮然とした表情で、恭也が返す。
 戦闘は警察側の一方的な勝利に終わり、「龍」側は数人取り逃がしたもののほぼ全員が捕らえられていた。
「しかし、取り逃がした者の行方が気になります」
「心配ない。手配はすんでいるし、今日明日には捕まるよ」
 恭也はリスティに戦闘内容の報告をし、他の面々は遅れて到着した応援と共に現場の記録を行っていた。
「しかしまぁ、現地調達の構成員がほとんどとはいえ、3倍の人数で攻めてきてこっちの被害はほぼ無しときたもんだ。「龍」の悪あがきもそろそろ終わりだ ね」
「そうですね」
 取り押さえられた「龍」の構成員はほとんどが日本人であり、しかも下手をすると十代後半から、二十打前半の若者が中心である。
 ギャングを気取る彼らにとって、国際的な非合法組織の一員というのはハク付けとして魅力を感じているのであろう。
 だが、捕まった彼らは護送車にまとめて詰め込まれ、そのまま香港送りとなる。
 その後は警防隊の取調べを受け、罪状に応じて裁決が下されるが、捕らえた者から順次取り調べているため、全てが終わるまでに下手をすると数年はかかる。
 若気の至りとしては高すぎる代償であろう。
「恭也は今日も大活躍だったね。しかも、除霊も完全にすんだんだろ? そっちもたいしたもんだよ……プッ」
「……リスティさん、体に悪いですから、笑ってくれてかまいませんよ」
 爆笑が沸き起こる。
 恭也の憮然とした声にとうとう我慢仕切れなくなったのか、リスティをはじめその他の面々は腹を抱えて大笑いし始めた。
 それというのも、恭也に久遠と那美がべったりとくっついているからである。
 しかも、久遠は恭也の頭に張り付いている。
 本人はしがみついているつもりだろうが、四肢を恭也の頭にしっかりと貼り付けるだけでなく、顎と尻尾まで使っている。
 全体的にかなり扁平なっているので、ファンシーな帽子にも見えなくもない。
 ちなみに那美は、右腕を抱え込んでいる。
 今度は味方にはかかってしまわないように気をつけて『心の一方』を使った恭也だが、那美にだけはまたかかってしまった上、構成員達が取り押さえられ、皆 が落ち着くまで誰にも気付いてもらえなかった。
 そして、恐縮しきりの恭也に金縛りをといてもらった那美だが、自分の身体に自由が戻ったのを確認するとすぐにしがみつくようにして恭也の治療をはじめ た。
 それが終わった後も恭也にくっつき放しで、除霊の後始末まで恭也の腕を取りながら行うありさまである。
 頭に帽子のような子狐を乗せ、巫女が引っ付いている――つい先程までは引っ張りまわされていた――青年。
 恭也にしても他人事であれば呆れるか笑っていたであろう。
「二人とも、いい加減離してほしいのですが」
「…………」
「…………」
 無言でさらに力をこめて恭也の申し出を拒否する一人と一匹。
 どうあっても離してくれそうに無い様子に恭也は心の中で目を覆った。
「まぁ、こっちはもうすんだし、今日は帰って大丈夫だから、二人とも、送ってもらいなさい」
「わかりました。二人とも、そういうことですので」
「はい」
「くうん」
 返事はするものの、相変わらず離そうとしない那美と久遠。
 恭也は仕方なく、そのまま用意された車に乗ることにした。


「これが彼の実力ですか」
 恭也たちが立ち去った後、現場の記録を取りながら、応援にきた若い巡査はうめくようにつぶやく。
 今回の「龍」の寄せ手は30名近くに上るが、その半数以上が恭也一人によって無力化されていた。
「そういうことだ。彼が味方であることに感謝しないとな」
 などと諭す年配の警察官も心の中では驚きを禁じえない。
 一対一で勝てるものがいないとはわかっていたが、十数人を自分も相手もほぼ無傷で無力化するなど本人の想像の域を越えている。
 御神の剣士の伝説的な強さは聞き及んでいたが、これほどまでとは思わなかった。
「驚いているところ悪いけど、恭也は全力なんて出していないよ」
 今までの会話を聞いていたのか、リスティが横から割り込む。
「それ、本当なんですか?」
「当然。だって、恭也、今日も刀抜いていないもの」
 信じられないというよりも信じたくないという体の巡査にあっさりと答えるリスティ。
「剣を抜かずとも十分に倒せるという事ですか」
「そういうこと。ま、逆に恭也が剣を抜く相手となると洒落にならないわけだけど」
 御神の剣技は「殺す」ためだけに特化されている。
 恭也が実戦で剣を抜くという事は、それほどの戦闘力で持って立ち向かわなければならない相手がいるということになる。
 抜かずに済んでいるならそれに越した事は無いのだ。
「抜かずに済ませたい力……抜かずの刃。か」
 年配の警察官はポツリとつぶやく。
「お、なんかかっこいいじゃん」
 そのつぶやきに反応するリスティ。
 「強さ」を求める事に前向きであっても、必要とされなければ振るうのを良しとしない恭也にその呼び方はあっているように思えた。
「今度から、彼の事そう呼びましょうか?」
「O.K. 今度から恭也は『抜かずの刃』だ」
 本人のいないところで勝手に二つ名が決まっていた。


「ここで、結構です。ありがとうございました」
 八束神社の石段前。
 那美は自分達の送り先にこの場所を指定していた。
 帰る前に身を清め、悪しき気配を家に持ち帰らないためである。
 以前から、薫に必ず禊をするようにときつく言われていた那美は言いつけどおり、社へと赴いたのだった。
「お疲れ様です。では私はこれで」
「ありがとうございました」
「お疲れ様でした」
 二人と一匹を下ろすと車はすぐに走り去る。
 日も暮れてすっかり暗くなった石段前には、いまだに恭也に張り付いたままの那美と久遠。そして車内でくしゃみの出た恭也が残された。
「あの。いつまでくっついているのでしょうか」
 ほとほと困り果てた表情で恭也は那美に問い掛ける。
 車の中でも那美は恭也の腕を離そうとしなかったのだ。
 いつもなら那美はこんな風にしがみついたりはしないし、たとえしがみつく事があってもすぐに離れる。ましてや人前ならなおさらである。
 しかも、なにか必死に離すまいとしているので、恭也としても無理に引き剥がせなかった。
「だって、恭也さん、どこかにいってしまいそうで」
 不安そうに恭也を上目遣いで見上げる那美。
 その不安に根拠が無い。とは恭也は言えなかった。
「今回の事は、御神がらみです。またこんな事が起こらないとも限りません」
 自らを祟りたらしめんとした亡霊。
 所詮は力のぶつかり合いがあり、弱い方が負けただけのことと、剣士としての恭也は割り切れている。
 しかし、那美まで巻き込んでしまった事が恭也に重くのしかかっていた。
「恭也さんが重荷に感じることじゃありません。霊障は神咲の領域なのですから」
「しかし、その原因は俺たちと「龍」の抗争です。俺は貴女に余計な仕事を増やしているも同然なのですから」
 そう自らを吐き捨てるように言うと、恭也は那美の手を自分の腕から外させそっと離れる。
 頭に張り付いている久遠を地面に下ろし、自分に背を向けて歩き出す恭也に、那美は雪月に手をかけ、殺気を放った。
「――な?」
 唐突に自分に向けられた殺気に反応し、思わず振り向く恭也。
 那美のそれは本気と感じられる。
 向けられる覚えが無い上に、そもそも殺気など発する事すらできそうも無かった相手から向けられた気配。
 対抗すべきか、ただ受けるべきか。恭也は混乱した。
「なぁんて、どうでしたか? 私の殺気」
 対応に迷う恭也に、あっさりと殺気を霧散させ、にっこりと笑いかける那美。
 恭也はもう何がなんだかわからなかった。
「今日二回目です」
「は?」
 混乱したままの恭也にお構いなく那美は続ける。
「ですから、殺気を放つのが今日は二回目です。一度は、あの霊の繰言を聞いたときでした」
 その事は、恭也もわかっていた。
 確かに、あの時の那美は泣きそうになりながらも、霊を斬ろうとしていた。
 だからこそ、霊を斬れる確証がないとはいえ、恭也は自分が先に手を下そうとしたのである。
「恭也さんだけが手を汚しているわけじゃないんですよ。神咲は多くの霊を斬ってきました。私だって幾ら苦手でも、斬った事もあります」
「ですが、そうしなければ彼らを救えないわけでは……」
「それは、そのとおりです。でも、斬っている事には変わりありませんし、恨みを買う事だって無いわけじゃないんです。ですから、恭也さんがそんなしがらみ を抱えていたって大丈夫です」
 なおも必死に言い募る那美。
 理屈としては無茶な事を言いつつも、その自分を手放すまいと必死な様子に恭也は自然と目頭が熱くなった。
「恭也、久遠も同じ。ううん、久遠の方がもっとひどい」
 恭也の服のすそをつかみ、久遠もそう言ってくる。
「……二人とも、ありがとう」
 これ以上、優しい二人の傷をえぐらせるような真似はできない。
 二人をそっと抱き寄せる。
 那美と久遠はされるがままに再びしがみつき、一つになった三人の影はしばらくそのままでいた。

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ひとりごと

 こじつけもいいところですが、「抜かずの刃」とはこういうことでした。
 しかし、いきなり斬りつけようとするわ、理屈になっていわ、那美の説得、説得になっていませんよね……
 本当なら、ここで「神咲さん」から「那美」(人前では那美さん)に呼称を変えさせるつもりだったのですが、入れきれませんでした。


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