抜かずの刃、鎮魂の祈り
第四話 抜かずの刃(その4) カワウソ


「居なく、なりましたね」
 静かになった部屋の中で、那美がポツリとつぶやく。
 腐臭は変わらず強いが、それを制してなお濃かった瘴気は最早そこにはなかった。
「俺があれを斬りましたから。それより戻りましょう。いつまでもここにいては臭いにやられます」
 遺体を仰向けに寝かせ、喉に刺さったナイフを抜いて目を閉ざしてやると、恭也はそっけなく言い捨てる。そして、そのままドアを開けて工場内に戻って行った。
「……はい」
 那美はその背中に何かを言おうとしたが、結局、何も言えずにその後に続いた。


 工場内の霊気は相変わらず濃いままであった。
「どうですか?」
「はい、動けないために少し怖がっていますけど、さっきよりはずっと落ち着いているみたいです」
 今なら話を聞いてくれるかもしれません。という那美の分析を受け、恭也は『心の一方』を解くことにした。
「では、行きます」
「はい」
 緊張した面持ちで頷く那美の前に恭也は立って中空を見据える。
 自分には気配が少しだけ感じ取れる者達に向かい、手探りのまま那美にしたように金縛りを解くイメージを周囲に放った。
「縛よ、解け」
「くっ!! ……あれ?」
 霊たちの戒めが解けたのを感じ取り、精神を集中させる那美。
 しかし、霊達は暴れだすこともなく、周囲に漂うだけだった。
「神咲さん、どうかしましたか?」
「はい、なんだか皆さん戸惑っているみたいです。ちょっとお話してみますね」
 金縛りが解けたはずなのに、静かなままの霊たちをいぶかしく思いながらも、那美は恭也にそう答え、とりあえず近くの霊に話し掛けた。
「私の声、聞こえますか?」
「ココハ、ドコ?」
「ナンデ、コンナトコロニ……」
 那美の声に反応して、ざわめきだす霊達。
 状況がつかめていないだけと判断した那美は、声を張り上げて霊たちに語りかけた。
「皆さん、皆さんはもう、死んでしまっています。そして、ここに縛られる事はもう、ありません。戻るべきところにいけますから安心してくださーい」
「オオォォォォ……」
「カラダガ、カルイ」
「ノボッテユケル、光ガ、見エル」
 那美の呼びかけに応え、あちらこちらから歓喜の声が上がる。
 もともと霊障にもならずそのまま眠るはずだった霊も多かったのであろう。我に返った途端にその姿を薄れさせる霊も多くいた。
「天国ハ、ドコニアルノ」
「ドコニ行ケバイイノ、イケルトコロガアルノ」
「大丈夫ですよ、行きたいって思えばどこにだって行けますから」
 そのままでは成仏しきれない霊達に那美は優しく語りかけ、道を示す。
 「祟り」となった大本の霊が怨念をほとんど抱え込んでいってしまったのか、霊達は那美の言葉に従い、自らその姿を消していった。
「アリガトウ……」
「どういたしまして、ゆっくり休んでくださいね……」
 最後の霊が消えると、あたりは完全に静寂に包まれた。
「終わりました」
「お疲れ様です。これで、この中は安全ですね」
 ふう、と一息入れた那美に、恭也は労いの言葉をかける。
「はい。これで私のお仕事は完了です。本当なら神咲の正統が数人掛りで浄霊しなければいけないところだったのに私だけで終わってしまうなんて、あ、一人じゃないですよね!! 恭也さんが……」
「はい、こちら高町。どうぞ。……わかりました。すぐに向かいます。以上」
 勤めて明るく話し出した那美をさえぎるように無線が入る。
 手を上げて那美を制した恭也はイヤホンからの声に耳を傾け、短いやり取りの後、那美に向き直った。
「すいません。どうも表が膠着しているようです。応援に向かいます」
「ええと、私はどうしましょう」
 少し不安そうに縛られた男達を見る那美。
 恭也が当て落としたのか、三人ともぐったりとしており、すぐには意識を取り戻しそうには無かったが、那美としてはこの中で襲撃してきた男達と立てこもるのはあまり気が進まなかった。
「リスティさんが教えてくれましたが、味方はこちらに背を向けて陣を構えているそうです。そこへ向かいましょう」
 ドア越しに様子をうかがいながら恭也はそう提案した。


「恭也、那美。こっちこっち」
 表のシャッターのすぐ近くまで車両を移動させ、それをバリケード代わりにした警察側の人員の中からリスティが二人に気づいて手招きをする。
「中は終わったって? お疲れ、那美」
「あ、はい、恭也さんのおかげで……」
「神咲さん、隠れるならあそこへ。車の中には入らないでください」
「は、はい……」
 比較的装甲の厚い護送車の影へ那美を誘導し、そのまま恭也はリスティの横に構える。
「心配性なんだから」
「銃弾は当たれば終わりです。それより状況は?」
 笑いを含んだリスティのからかいを取り合わず、恭也はリスティに戦況を確認する。
「ん、見てのとおり最悪には遠いけど、好転もしないってところ。やつら最初のアイツ等以外は正面からしか来ないから持ちこたえる事は出来てる。けど、頭数は向こうが上。だもんで、とっ捕まえるのはちょっと無理」
「応援は?」
「要請した。けど恭也達が出てきたから向こうも撤退するかも」
 呼んだのまずったかなとぶつぶつつぶやくリスティ。
 彼我の戦力と距離、そして互いの目的を天秤にかけ、恭也は自分のとるべき行動を模索する。
 が、その答えが出る前にリスティがいたずらを思いついた笑顔を恭也に向けてきた。
「と、言うわけで、ボクとしてはスペシャル・アタックを敢行したい。協力よろしく」
 めったやたらと明るいリスティの調子に恭也はため息を一つつく。
「……そんなところだろうとは思いました」
「ま、気にしない気にしない。ちゃんと掛け合って手当て弾んでもらうから。なんだったらボクが体で払っても……」
「始めて下さい」
 しなを作って流し目をするリスティを強引にさえぎり、先を促す恭也。
 リスティのこういった冗談は今に始まった事ではなく、恭也としてもいい加減慣れてきてはいる。
 しかし、いまは近くに那美がいる。
 聞こえてはいないと思うものの、那美の視線が怖い恭也だった。
「はいはい、んじゃ、みんな、恭也が特攻を仕掛けるから合図したら銃撃止めて気合入れて」
「了解」
「暴れて来い!!」
 リスティの呼びかけに周囲から応えが上がる。
「All right. Count down start. ten,nine,eight……」
 リスティがカウントダウンを始めたのを見て、恭也は攻撃にそなえる。
「……three,two,one,zero. 恭也、Go!!」
 カウントダウン・ゼロと共にリスティのフィンが展開される。
 恭也の視界が急転し、向きが180度変わる。
 リスティのトランスポートによって恭也は敵の背後に転送されていた。
「な……テメェ!!」
「なんだよ、こいついきなり現れたぞ!!」
 いきなり自分達の背後を取られて動揺する「龍」の構成員達。
「縛に、つけ!!」
 恭也はその隙を逃さず、『心の一方』を彼らにかける。
 それで半数が行動不能になったが、味方への誤爆を避けるためにやや弱めにかけたため、まだ動ける者もいる。
 かかりが悪そうな者を見極め、恭也は味方から遠い位置にいる者達へ向かっていく。
「げふっ」
「ぐえっ」
 いまだ呆然としていて、銃を向けることすらかなわず、恭也に殴り倒される構成員達。
 火器を使えればともかく、近接戦闘において恭也にまともに抵抗できる技量の持ち主はおらず、一方的に鎮圧されていく。
「そいつを狙え!!」
「残念」
「俺たちを忘れてもらっちゃ困る」
 恭也と距離が離れていて、我に返った者もいたが、ほぼ全員が恭也に注意を向けたことが致命的な隙となり、機動隊員達に取り押さえられていく。
 そして、気が付いたときには、立っているのは警察側の者だけになっていた。

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ひとりごと

 恭也、強すぎでしょうか?


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