抜かずの刃、鎮魂の祈り
第四話 抜かずの刃(その3) カワウソ


 何が起こったのか、那美にはわけがわからなかった。
 恭也が出て行ってから、言われた通り大人しくしていたのだが、恭也の大音声が聞こえたと思ったら、銃撃も、霊たちの立てる音も聞こえなくなってしまった のである。
 それどころか、自分も体を動かす事が出来ない。
 金縛りにあったようだった。
「神咲さん、大丈夫ですか?」
 パニックになりかかっている那美に恭也が声をかけてくる。
「――――」
 恭也が無事な事に安堵したものの、動くどころか声も出せず、那美は痙攣したように体を震わせるのが精一杯だった。
「す、すいません。神咲さんまで巻き込んでしまったみたいで……」
 その様子をみた恭也が慌てて那美を機械の下から引っ張り出し、眼を覗き込む。
「縛よ、解け」
 恭也の声と共に、那美は体の自由を取り戻した。


「ええと、どうなったのでしょうか?」
 体の自由を取り戻し、落ち着いた那美が状況の説明を求める。
「賊は捕まえました。この中は安全だと思います」
 恭也が一方の床を指し、簡潔に説明する。
 そこには、鋼糸で縛り上げられた男が三人転がっていた。
「それで、さっき体が動かなくなってしまったのですが……」
「申し訳ない。手っ取り早くこいつらの自由を奪うために『心の一方』を使いまして、その余波で神咲さんまで動けなくなってしまったようです」
 自分の身に起こったことへの疑問を述べる那美に決まり悪そうに話す恭也。
 『心の一方』とは。『居竦みの術(いすくみのじゅつ)』ともいい、敵の自由を奪う技である。
 その正体は強力な暗示であり、自らの敵意殺気を相手に叩き込み「動けない」と思わせることによって相手の動きを封じる。
 普通は、術者が見えていないと効かないはずであるが、恭也が距離の離れた三人に対して一度にかけようと気合を込め過ぎたため、その余波で那美まで金縛り になってしまったようであった。
「そうだったんですか。御神流ってそんな技まであるんですね」
「いえ、御神にはありません。技の存在を偶然に知りまして、それで遣われる方をある人に紹介してもらって教わりました」
「じゃあ、最近の出稽古って……」
「はい。この技を習いに行っていたんです」
 恭也の説明に、那美はなるほどと感心して続ける。
「でも、凄いですね。霊まで止めちゃうなんて」
「……はい?」
 那美の発言に恭也は思わず間の抜けた反応をしてしまう。
 それほどに、那美の言う事は恭也にとって予想外だった。
「ほら、霊の人たちも動けなくなっていますよ。これ、恭也さんがやったんじゃないんですか?」
 ぐるりと、那美が周囲を指し示す。
 先ほどまで、やかましく周囲を飛び回っていたはずの霊達が気配を感じるものの、すっかり大人しくなっていた。
「どうなんでしょう……」
 あいまいな言葉を返す恭也。
 霊がきちんと見えない恭也には自分が霊たちを金縛りにしたのかどうかなど、確証が持てなかった。
「それより、外が心配です。ちょっと様子を聞いて見ます」
 無線機に手を伸ばして、恭也はリスティに連絡を取る。
「こちら高町です。余裕があれば応答願います。どうぞ」
「あー、恭也? そっちは大丈夫? どうぞ」
 すぐにリスティから返信が入る。
 その様子では、あまり切羽詰った感じは無かった。
「こちらは侵入者を捕らえました。今からそちらに向かいます。どうぞ」
「いい。こっちも持ち堪えられているから、それよりも恭也は那美と除霊してて。どうぞ」
「……了解しました。以上」
「リスティさん達、大丈夫なんですか?」
 通信を終え、レシーバーを腰に戻した恭也に那美が心配そうに尋ねる。
「あの様子では外は問題なさそうです。俺達は除霊の手がかりを探しましょう」
「わかりました。ではあの部屋に入ってみましょう」
 恭也に大丈夫といわれた那美は納得して、奥の部屋を指差す。
「そうですね。ところで、今ここに居る霊達から何か聞けないのですか?」
 恭也がふと疑問に思ったことを口に出す。
 那美は、表情を曇らせると首を左右に振った。
「残念ですけど、もともと何かに留め置かれたうえに、恭也さんに金縛りにされてしまったものですから、とてもお話を聞いてくれる状態にありません。もう少 しこのままで我慢してもらうしかないと思います」
「そうですか。なら、呪縛の根本を早く突き止めましょう」
 那美の話を聞いた恭也は、奥の事務所と思われるところへと向かった。


「うっ……」
「こんな、こんなことって……」
 事務所へのドアを開けた二人の目に飛び込んできたものは、部屋中に描かれた文様と、部屋の中央に倒れている死体だった。
 本来なら事務机やソファーなどが置かれているはずの部屋は動かせるものが全て運び出されており、床といわず壁から天井にまでびっしりと文様が書かれてい る。
 死体は喉を突いたらしく、伏した首筋から貫通した刃が除いており、そこからおびただしい血が流れ出している。
 部屋の中はすさまじい腐臭が充満している上に、その腐臭を圧倒する瘴気が満ちていた。
「これが、原因でしょうか」
「おそらくは。霊を祟りとして取り込んでいます。文様をベースに死体と血で術を強化しているみたいです。でも、こういうのって術者がいないとかけられない はずなんですが」
 吐き気をこらえ、会話する恭也と那美。
 だが、これ以上匂いのこもっているこの場に居るのは耐えられそうにも無かった。
「とりあえず、外に出ましょう。葉弓ちゃんに連絡をとらないと」
 神咲の一派で解呪や憑き物落としを得意とする真鳴流の当代の名を出す那美。
 このような状態になっては一灯流よりも真鳴流の出番であるはずであった。
「わかりました。では外に……」
「オノレ……」
 外に出ようと二人がきびすを返そうとしたとき、死体の方から声が聞こえた。
「なに?」
「オノレ、御神。ヨクモ我々ヲ「龍」ヲ滅ボシテクレタナ」
「恭也さん、あれ!!」
 那美が死体の上を指差す。
 そこには、だんだんと鮮明になっていく霊の姿があった。
「一度ハ我ラノ邪魔ニナルト一族ヲ滅ボシタトイウノニ、生キ残リガ我ラヲ滅ボス尖兵ニナルトハ、オノレ御神」
 その姿は死体のそれであり、驚愕する二人を気にもせず、霊は言葉を連ねる。
「最早我ニハ奴等ニ思イ知ラセルチカラハナイ。我ガ「祟リ」トナリ御神ノ居ルコノ地ニ災イヲモタラサン」
「恭也さん……」
「…………」
 なおも続く、霊の繰言。
 その内容は御神への恨みで塗りつぶされていた。
 「龍」の壊滅へのきっかけはティオレ・クリステラのチャリティコンサート襲撃失敗に端を発する。
 また、今捕まると、幹部クラスは香港で厳しい取調べの末、極刑か終身刑と相場が決まっている。
 組織で生きていた者にとっては、御神は骨のずいまで恨むべき相手であろう。
「最近、霊障が少なかったのって、ここに集められていたんだ……」
 痛ましそうにつぶやく那美の横で恭也は無言で霊の前に立ち、殺気を放った。
「オ前ハ……?」
 殺気に反応したのか、霊が恭也に注意を向ける。
「お前の探している敵。御神の剣士だ」
「貴様ガ……!! コノ恩知ラズガヨクモ我ノ前ニ姿ヲ見セラレタモノダナ!!」
「どういう意味だ?」
 猛然と食って掛ってくる霊の恨み言の内容に首をかしげる恭也。
 殺気を向けられ、「殺す」といわれるならともかく、「恩知らず」とののしられる覚えは無かった。
「トボケルナ!! 僅カナ生キ残リニ何ガデキルモノカト見逃シテヤッタトイウノニ、我等ニ牙ヲ剥キオッテ。恩ヲ仇デ返ストハコノコトダ!!」
「なんですって? あなたこそ、そんな理由でこの人たちをここに縛り付けたんですか?」
 霊の言葉を聞いて、恭也よりも那美が反応した。
「我等「龍」ノチカラヲ思イ知ラセルタメダ」
 なおも勝手な理屈をこねまわす霊。
「なんて、ひどい事を。悲しい事をこれ以上続けないでください!! でないと……」
「身ノ程モワキマエズ我ラニ刃向カウ御神ガ滅ブノガ道理ダ。理(ことわり)モワカラヌ小娘ガ」
 糾弾を糾弾とも思わず、自らの行動に全く疑念を挟まないその姿に、那美は絶望を見てしまった。
 普通は死際に残ってしまった強い思いに縛り付けられるために、本人も無自覚なまま霊障と化してしまうものである。
 思いを解き、死を自覚すれば、たいがいの霊障は次の輪廻へと赴ける。
 ところが、この霊は自らが望んで霊障となったという。
 履き違えた復讐を制裁と呼び、その手段として「祟り」を意図的に選んだ術者。
 それは、外法のなれの果てと呼ぶにふさわしいものであった。
「排除、するしかないんですね……」
 泣きそうな声で雪月に手をかける那美。
 その那美を制し、恭也は何も持っていない右手を霊の前で大きく振り上げた。
「我ヲ殺ストイウノカ?」
「お前が、どんな立場で、どんな想いで何をしようとも、俺が守りたいものに害を成すのなら切り伏せる。それだけだ」
 迷い無く言い放ち、気合を込めて腕を振り下ろす。
「オノレ、オノレェ!!」
 霊の姿が恭也が振るった腕の軌道に沿い、まるで斬られたように別れ、そこから崩れ落ちていく。
 最期まで御神への恨みを口に乗せたまま、霊はその姿を消滅させた。


その4へ


ひとりごと

 ご都合主義、ここにきわまれり……


四話その2へ

四話その4へ

目次へ