抜かずの刃、鎮魂の祈り
第四話 抜かずの刃(その2) カワウソ


「ええと、どこから入りましょうか?」
 那美と恭也は工場の正面にある大きなシャッターの前まできていた。
 この工場が稼動していればここは資材搬入口として大きく開けられていたであろうが、今はシャッターは下ろされ、コンクリートの地面から出ているアンカーに頑丈な南京錠で施錠されていた。
「鍵は預かっています。入るのはこちらからです」
 恭也はシャッターの横にあるドアを指差す。
 見た目普通のドアである。おそらくは通用口であろう。
「あ、ちょっと待ってください」
 ポケットから鍵を取り出し、ドアを開けようとした恭也を那美が止める。
 そして袂から御守を取り出し、自分の方を向いた恭也の首にかけた。
「これは?」
「はい、私が作った御守です。あまり強力なものではありませんが、霊から見えにくくする効果と、霊から身を守ってくれる効果があります。恭也さんは霊が見えませんから、取り憑かれそうになってもわからないですからね」
「なるほど、ありがたく頂戴します」
 少し恥ずかしそうに説明する那美に微笑みかけて礼を言うと、恭也はドアに向き直った。
「それでは行きます」
「……はい」
 気を引き締めなおした二人はドアを開け、中へと入っていった。


「ひどい……」
 通用口から中に入るなり、那美の口から思わず悲鳴にも似たつぶやきがこぼれた。
「これは…… 普通の霊障とは違いそうですね」
 恭也も顔をしかめて周囲を見回す。
 廃工場の中は入ったところが建物の大部分を占める作業場所兼資材置場になっており、大掛かりな据え置き型の工作機械や使われないままになっている資材などがほこりをかぶっている。
 普通なら埃っぽいだけで静まり返っているはずであるが、あちこちで打撃音がし、今はごみや工具が飛び交い、何もないはずの空間で火花が飛び散る危険極まりない空間になっていた。
「ポルターガイスト現象ですか?」
「世間では、そう言っていますね……」
 那美には物を飛ばし、火花を散らしている原因――霊達がはっきりと見えていた。
 ここの霊たちは大体が人形を取らず、人魂の姿で飛び交っている。
 霊子が濃いものが物にぶつかると音をたて、ぶつかったものが小物であればそれを吹き飛ばし、そして、霊同士がぶつかると霊力同士の衝突がエネルギーになり火花を飛ばしている。
 どの霊も高速で動きながらも何かから逃れるようにもがいているように見える。
 それは、まさに地獄絵図もかくやという状態だった。
「ひどい、どうしてこんな事に……」
「神咲さん、大丈夫ですか?」
 泣きそうな声でつぶやく那美に恭也が気遣い、肩に手をかける。
「大丈夫です。でも、こんなにたくさんいるなんて……」
「いったん戻りましょう。これは一人で祓い切れるものではないと思います」
 那美の様子も心配ではあるが、今の状態は霊障の中でも常軌を逸している。
 これほどの霊障を那美が全て祓い切れるのか、いったん戻り、薫たちに応援を頼んだ方がいいように恭也には思えた。
 撤退するなら今のうちだと恭也は判断した。
「ええ、これは一人で祓い切れるものではありません。でも、どうしてこんなことになっているのか原因を突き止めないと……」
「何かわかるのですか?」
「絶対じゃありませんが、かなりの霊が一定の方向で回っています。向こうの方の部屋がその中心みたいなので、何かあると思います」
 そういって那美は工場の奥の部屋を指差す。
 事務所と思われるその部屋が霊たちで形作られている竜巻の根元になっているのが那美にはわかった。
「わかりました。行ってみましょう」
 恭也は那美を比較的物が飛び交っていない壁際へ誘導し、奥の部屋に向かう。
 幸い、霊達は激しく飛び回っているものの、こちらには注意を向けていないようである。
「ふっ」
 たまに物が飛んでくるが、それを恭也は拾った鉄パイプで全て打ち落とし、那美が怪我をしないようにガードした。
「やっぱり、恭也さんに付いて来て頂いて正解ですね」
「お役に立てて何よりです。それよりも、つまづかないように気をつけてください」
「……はい」
 少し浮かれ気味になった那美に恭也が注意を促した時、不意にレシーバーからリスティの声が聞こえた。
「恭也、聞こえる? すまない。今こっちは襲撃を受けてる。何とか持ちこたえているけど、三人ばかりそっちに向かった。少なくとも拳銃を持っているから気をつけて!!」
「リスティさん、大丈――」
 返事をするより早く、工場内に光が差し込む。
 恭也たちが入ってきたドアが開き、人影が入り込んでくる。そして、そのまま恭也たちのいる方向に向かって銃を乱射した。
「くっ!!」
「きゃあ!!」
 物陰に那美を抱え込むようにして恭也は身を伏せる。
「大丈夫ですか?」
「はい、私は。それより、これって……」
「今、リスティさんから連絡がありました。何者かの襲撃があったようです」
 乱入者たちが銃を撃つのを止めたところで事実を那美に伝える。
 霊障ならひるむ事のない那美だったが、銃撃を受けて、少し青ざめていた。
「じゃぁ、外は……」
「おそらく戦闘中です。まずはこちらの安全を確保する方が先ですね」
 そう那美にこたえつつ、恭也は周囲の気配を探る。
 しかし、霊達が飛び交っているために人の気配がつかめず、騒がしいために足音も聞き取れない。
 近づいてきているのか、入り口で待ち構えているのかも恭也にはわからなかった。
「きゃっ!!」
 那美から1メートルほど離れたところで兆弾が跳ねる。
「こっちです!!」
 続けざまに銃弾が撃ち込まれる中、恭也は那美を引っ張りすぐさま移動し、鉄製の工作機械の下にもぐりこむ。
 ここに撃ち込むとなると近くまできて屈み込まなければいけなくなる。
 これで時間は少し稼げるはずである。
「あ、ありがとうございます……恭也さん!!」
 引きずられるように移動させられて恐る恐る目を開いた那美は恭也の左肩が服が破け、血が流れているのを見て悲鳴にも似た声を上げる。
「大丈夫。かすっただけです」
 事実は、かすったどころか数センチ外れていたのだが、衝撃で服が裂かれ、出血したようである。
「治癒を!!」
「いえ、それよりも連中をおとなしくさせる方が先です」
 引きつるような痛みを黙殺し、恭也は笑みを浮かべた。
「すぐに終わります。霊に見つからないようにしてここで待っていてください」
 そう言い置いて那美の返事を待たずに、恭也は音も気配も無く機械の下から這い出た。
 身をかがめ、影すら気取られぬように移動しながら恭也は敵を探す。
 音も無く移動する恭也の脇を銃弾が掠めていく。
 その射線の大本に視線を走らせ、同時に逆方向にも人影がいるのを見て取る。
 どうやら、敵はドア付近に一人が構え、後の二人は二階に相当する位置にある壁際の通路に上り上から狙撃しているようだった。
「っと」
 正面から飛んできたハンマーを叩き落し、すぐさま横っ飛びに移動する。
 一瞬前まで恭也がいた場所を銃弾が襲った。
「まずいな」
 物陰に隠れ、恭也は独りごちる。
 霊の気配と立てる物音が大きいため、気配を察する事が出来ない。そのため、恭也には目視で探すしか手立てが無かった。
 その上、銃撃に加えてそこいら辺のものが飛んでくる。
 相手の弾切れを待てば確実に勝てるが、それまでに外の趨勢がどうなっているか予測もつかない。
 状況の悪化は考えてしかるべきだった。
「早く終わらせるべきだな」
 恭也は賭けに出る事にした。
 ゆっくりと立ち上がり、両手を上げる。
 そのまま、周囲を見回し、自分に銃を向けている三人がどこにいるのかを把握する。
 ドア付近にいた男がそれを見て口元をゆがめて笑い、ゆっくりと近づいてきた。
「よお、覚悟を決めたってか?」
 あざけるような調子の男に恭也は僅かに口の端を吊り上げて沈黙を返す。
 その落ち着き払った態度に、男はたやすく頭に血を上らせ、銃を向ける。
「気にいらねぇなぁ。スカしてんじゃねぇよ!!」
 神速、発動。
 モノクロになった視界の中、屈み込んだ恭也は頭の位置を銃弾が通り過ぎて行くのを感じつつその姿勢のまま男の背後まで一挙に移動し、銃を持った腕をねじり上げる。
 銃を落とさせると片腕を極めたまま首を締め、左右上の通路にいる二人を視界に収める。
 そこまでで、時間が流れ出した。
「ゲボッ」
 あまりの出来事にあっけに取られて動けない男たち。
 隠すように抑えられていた恭也の気が膨れ上がる。
「縛に――付け!!」
 その瞬間、静寂が工場内を支配した。

その3へ


ひとりごと

 敵は正直言って強くないです。飛び道具と霊のために濃すぎる気配で恭也をかく乱しています。
 また、彼らも、霊障から身を守る護符を身につけています。
 (本編に書け。こういうことは)


四話その1へ

四話その3へ

目次へ