抜かずの刃、鎮魂の祈り
第四話 抜かずの刃(その1) カワウソ


「……ここですね」
「ひどい、こんなに澱んでしまって……」
 海鳴から少し離れた所にある小規模な廃工場。
 那美と恭也は警察の立会いの元、除霊に赴いていた。
 もちろん、依頼があったのは那美に対してであり、恭也は約束どおりの同伴である。
「ここにヤツ等が居たんだが、こっちが踏み込む前に逃げ出してね。今は誰もいない」
 同行しているリスティが事前にしていた状況説明を繰り返す。
 テロ組織「龍」の国内拠点の殲滅作戦。
 元々あった「龍」の拠点に海外から逃れてきた主に幹部クラスの構成員ごと一網打尽にしようとしたこの作戦は、類をみない国を超えた法的機関側の連携に よってほぼ完全に目的を達していた。
 元から国内にいる構成員が少ないせいもあるが、海外からの入国者中心に行動を監視していれば網の目に引っかかり、芋づる式に取り押さえる事ができたの だ。
 また、国内の非合法組織と衝突してしまい、そういった組織も暗に法の側に協力したとも言われるが定かではない。
 そのように活動を開始する前にほとんどの拠点と人員を抑えられてしまった「龍」だが、それでも、幾人かはその網の目をかいくぐり、潜伏している者もい る。
 目の前にある廃工場にそういった逃亡者達が立てこもっているという情報がもたらされ、可及的速やかに踏み込んだのだが、その時すで生者はいなかった。
「その代わりにいたのがアレさ。どうやらこちら側に一矢報いたいと悪あがきをしたみたいだ」
 クイ、と煙草で工場を指し示すリスティ。
 工場の周囲は午後の日差しの中にもかかわらず、何か薄暗く澱んだ気配が漂っている。
 霊感のない恭也でもなにか「よくないもの」がいるという事が感じられた。
「この様子だと、一人じゃないです。複数の霊が吸い寄せられているみたいで……これはもう、『祟り』と同じです」
 痛ましそうに見てわかった事を伝える那美。
 彼女の目には自我をなくしかけ、時折工場からもれでる霊達がはっきりと見えていた。
「祟りか……そうすると、久遠は近づかないほうがいいな」
「くぅ?」
 那美の言ったことを受けて恭也はそう結論を下す。
 久遠の「祟り」はほとんど取り払われており、通常ではまったく危険ではないが、かつて振り回された者として別の「祟り」をひきつけやすいという性質を 持っている。
 那美が祟りに近いというのであれば、その祟りに乗っ取られ、また暴れだしてしまう危険性があるため、近づけさせないほうがいいのだ。
「きゅぅん……」
「久遠、そんなに寂しそうな声を出さないの。二人が戻ってくるまではボクと一緒」
 恭也に留守番を言い渡され、残念そうな久遠をリスティが抱き上げあやす。
「くうん」
 リスティの自分をなでる手に心地よさを感じたのか、久遠はたちまち機嫌を直した。
「久遠、お留守番おねがいね」
「リスティさん、久遠を頼みます。それと、」
「ああ、わかっている。逃げた連中がいつ取って返してくるかわからないからね。外の守りはボクと彼らにお任せ」
 恭也の言いかけた言葉を引き継ぎ、リスティが周りをぐるっと示す。
 彼らの周囲には10人ばかりの機動隊員が許される最大限のフル装備で立っていた。
「よろしく頼みます」
「おう、まかせとけ」
「ま、お前はどうでもいいが『鎮魂の巫女』に万一があったら減給もんだからな」
「そうそう。ヤローはともかく、かわいい巫女さんに怖い思いはさせないって」
 頭を下げる恭也に豪快に返す隊員たち。
 彼らは那美よりもむしろ、「龍」の掃討作戦の関係でリスティや恭也と面識がある。
 幾度かの作戦で銃撃戦まで経験済みの彼らは警察内部でも異端扱いされており、それゆえにHGSのリスティや古流の遣い手の恭也とは波長が合っていた。
 恭也としても気心の知れた面子と組めるのはありがたかったが、あまりに合いすぎてさざなみ寮よろしくからかいのネタにされるのは痛し痒しといった所だっ た。
「あ、あのー、『鎮魂の巫女』ってなんでしょう?」
 体躯のよい隊員の迫力に押されていた那美がおずおずと尋ねる。
「なにいってんすか。神咲さんは俺たちの間じゃ霊をやさしい言葉で『鎮める』巫女さんって有名っすよ」
「そのまんまですけどね。警察の中じゃ敬意を込めてそう呼んでいるんです」
 恭也のときとは違って丁寧に答える隊員たち。
 きちんとした受け答えをしようとしているのだが、表情は少々にやけて崩れ気味になっている。
 まぁ、平素女っ気のない部署である。これくらいはご愛嬌であろう。
「まったく、こーんなにファンを作ってしまうなんて、那美も出世したもんだ。けど、こいつの正体は壊滅的ドジ……」
「リースーティーさーん!! ……あいた!!」
 余計な一言を付け加えようとしたリスティに駆け寄ろうとした那美が擬音を伴って豪快につまづく。
 いつもは近くにいてすぐさま抱きかかえる恭也だが、今回はさすがに届かず、那美はリスティの二歩手前で地面へ飛び込みを慣行した。


「いっっっ……たぁ……」
「……怪我は、ないようですね」
 どうにも白い空気の中、どうフォローしたものかと戸惑う隊員達と、あまりのお約束にウケ過ぎてひきつけを起こしかけているリスティを横目に、さっさと那 美を診察し、服についた汚れを落とす恭也。
 彼にしてみれば、もはや毎度のことでいい加減慣れていた。
 もっとも、こう一日に何度も躓いたり転んだりぶつけたりしている割にはたいした怪我もなく、せいぜいが打ち身しかしないので恭也としても慌てる必要を感 じないせいではあった。
「ううっ、またもやお恥ずかしいところをお見せしました……」
「いえ、こちらも救助活動が間に合わず、申し訳ありません。それと、失礼」
 身を縮めて恐縮する那美に恭也は一言断って那美の乱れた髪を直す。
 那美は少しくすぐったそうにしながらも、おとなしくされるままになっていた。
「ありがとうございます」
「……いえ」
 そしてなにやら見詰め合う二人。
 どちらも雰囲気を出しているつもりがないので気が付いていないが、周囲から見ると思いっきり浮いていた。
「あー、じゃれあいはそのくらいにして、そろそろいいかな?」
「あ、はい。すいません!!」
 そんな雰囲気の中、くたびれた背広姿の刑事と思しき男性がまとめに入る。
「では、神咲さんは中でお祓いを進めてください。高町君は神咲さんについていって中でのフォローをよろしく。あとの面々は周囲の警戒をお願いします。槙原 さんは自分の判断で動いてくれて結構。と、こんなところですな」
「わかりました」
「了解」
「O.K. ……と、恭也、これ持って行って」
 リスティが恭也にイヤホン付きのレシーバーを手渡す。
「携帯でも連絡はつけられるけどね、呼び出し音や取る手間を考えるとこっちの方がいい。何かあったらこれで知らせるから、つけておいてくれ」
「わかりました」
 恭也は受け取ったレシーバーの本体をベルトに留め、耳にイヤホンをはめる。
「那美は恭也から教えてもらってくれ。外の様子を教えられても判断できないだろうし、除霊に集中できなくなってしまったら困る」
「うう、そのとおりですけど何か引っかかりますぅ……」
 リスティのまじめくさった通達にややふて腐れ顔の那美。
「神咲さんのフォローが俺の役目です。何でもやってもらっては俺は単なるお荷物になってしまいますよ」
 そんな那美の様子を見て、恭也がフォローに回る。
 恭也としても、こと除霊に関しては何の役にも立たないのであるから、せめて何か役目がないとつらいところでもあった。
「そ、そんな。恭也さんはお荷物なんかじゃありません」
「ありがとうございます。では、行きましょう」
 思わずムキになる那美を軽くいなし、恭也が促す。
「はい、それでは、行ってきます」
「気をつけて」
「しっかり守れよ!! 朴念仁」
 皆の激励を背に、那美と恭也は工場に向かった。

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ひとりごと

 予測どおり間が空いてしまって、二ヵ月半ぶりのご無沙汰です(笑えない)
 なんとか書きあがりましたので、第四話をまとめてお送りいたします。
 間を空けた分には数話足りないのですが、ご勘弁を。


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