抜かずの刃、鎮魂の祈り
第三話 とあるいつもの(その5) カワウソ


「それじゃ、いただきましょうか」
「いただきま〜す」
 美由希が迎えに行った桃子も戻ってきて高町家の夕食が始まる。
 メニューは、晶とレンの合作のため、中華と和食が混ざり合っている。
 それでも、食事としての組み合わせや栄養バランスに破綻をきたしていないところにも二人の腕前が見て取れた。
 ちなみに、那美が作った品はない。二人のあまりの手際のよさに完全に助手に回ったためである。
 それでも、いくつかのコツは教わったので本人には収穫のある結果となっていた。
「む、すっぽんか?」
 主食のにら玉雑炊を口にした恭也が心持眉をしかめる。
「あー、いやその、食材として買うてきてしまったもんで……」
「いろいろちょっと多めに買ってきちゃったから、使い切るまでの量を逆算すると、今日はこれくらいは使わないといけなかったんですよ」
 恭也の一言に不穏な気配を感じで慌てて弁解するレンと晶。
「なるほど、まぁ、食べ物を粗末にするわけにはいかないからな」
 二人の反応に、意図的なものはないとみて恭也はこれ以上の追求をしないことにする。
 食卓を見回してみると、消化はよさそうなものの、なんというか、「精がつく」といえそうな食材を使ったものがいつもより割増に見える。
 とはいえ、高町家の面々が翠屋が忙しかったり鍛錬を重めにしたりとやや疲れている日のメニューとほとんど変わらないが、これで恭也の前ににんにくの丸ごと揚げなどといった居酒屋メニューなどが置かれた日には二人の頭蓋骨で恭也の握力測定が行なわれていたであろう。
「別にいいじゃない、あんた、今日はうちのコ達に気を利かせてもらって家で二人っきりにしてもらったっんだから、多少の事で文句をいわない」
 そんな子供達のやり取りを見て桃子が息子をたしなめる。
「母よ、断っておくが、美由希達は俺達が追い出した訳ではなく……」
「あー、大丈夫大丈夫。そんな事わかっているから」
 多少憮然とした様子で抗議を試みる息子にぱたぱたと手を振り、弁解無用と黙らせる桃子。
 桃子とて、恭也と那美が他の面々を追い出して家を占領するなどとはまったく思っていない。むしろ娘達が勝手に気を回して家を空けたと思っている。ただ、家族に気を遣ってもらっているのに憮然としている恭也の心情はいまいち理解できないものがあった。
「むしろかーさんとしてはそれくらい積極的であってほしいなーとか思うんだけど」
 二人の様子を見ると想いあっているのはよくわかるのだが、士郎と自分のときと比べても何か落ち着きすぎていて若者らしくないと言う気すらする。
 照れ屋なのはわかっているが、宣言して付き合っているのだから見せ付けるくらいでもいいのにと思う母だった。
「ま、今回はちゃんと機会を生かしたみたいだし、はー、これで十月十日後には桃子さんも念願のおばーちゃんかぁ」
 思いっきり具体的な内容をどこか夢見るようにつぶやく桃子に思わず吹き出す他一同。
 普通は40前に祖母になると言うのは自分の年齢や周囲の目を考えると抵抗があるはずである。
 いくら恭也とは血がつながっていないとはいえ、息子の結婚その他もろもろをすっ飛ばして孫の誕生を心待ちにしているあたり、桃子の子供好きは筋金入りであった。
「げほっ、母よ、いつも言っているのだがそれはいくらなんでも気が早すぎるのでは?」
「なんでー、いいじゃない。フィアッセだって楽しみにしていたわよ」
 いまは世界に羽ばたいた「光の歌姫」まで持ち出す桃子。
 フィアッセはチャリティコンサートで世界的なデビューを果たし、「世紀の歌姫」の心を引き継ぐ歌い手として世界中を飛び回っている。
 レコーディング等の活動拠点も英国が中心になっており、海鳴にはオフとHGSの診察に帰ってくるかどうかといった感じで元気に活動していた。
 もっとも、いくら忙しくとも高町家の家族の声を聞くためにこまめに電話はかけてくるし、たまに遠距離をものともせず母親のティオレばりのイタズラを仕掛けたりと本質は何ら変わっていない。本人がいたら持ち出されるまでもなく「クリステラソングスクール入学手続書」くらいは作成して桃子の「初孫要請」がツープラトンになっていたであろう。
 普段はフィアッセのいない寂しさを感じている恭也だが、この時ばかりは彼女がこの場にいない事に感謝した。
「まだ、俺も神咲さんも学生の身分だ。それ以前の話すら早すぎると思う」
「なにいってんのよ、そんな事言ってたらあっという間に何年も過ぎちゃうわよ」
 堅すぎるわよ〜と息子の指摘を笑い飛ばしながら、桃子はふと真面目な顔になる。
「子供を作る作らないはあなた達の決める事だけどね。そこに至る過程にしてもどんな時だって準備万端とはいかないものよ。したいときが頃合なんだし、フォローはいくらでもしてあげるから自分のしたいようにして欲しいな」
 これ、かーさんの本音よ。と最後は冗談めかしてはなしを締めくくると、恭也の隣でさっきから沈黙を保ったまま――と言うよりは固まっているといったほうが正しいか――の那美に向き直る。
「那美ちゃん、恭也はこんなだからどんどんリードしてあげてね。ぜぇ〜〜〜〜〜〜〜たい逃げださないように見張っておくから」
「え? あの……あは、あははははは……」
 どう答えたらいいのかわからず、ごまかし笑いを浮かべる那美。
 那美とて恭也と一緒に居たいとは思っているが、具体的な話となるとまだ漠然としていた。
 この辺は桃子の気が早いのか、恭也や那美の進展が遅いのか、一般的には桃子が先走りしすぎであろう。
「那美ちゃんもいい子なんだから……恭也には思いっきり我侭いっていいのよ? でないとこーゆー朴念仁は何したらいいかわからないんだから」
「はぁ、はい、善処しますぅ……」
 さざなみ寮での尋問よりも深い攻撃にあいまいな答えを返す那美。
 結婚だの子供だのと言う話が自分にとって具体的な事としてすぐ近くにあるとは思っていなかったが、桃子に言われて先のことも考えようと少しだけ決心する那美だった。
「まぁ、そういったことは考えていないわけではないが……かーさん、一つだけ忠告させてもらう。『子供はまだか』というのは嫁いびりの代表例だそうだ。決まっているわけではないが、その、限りなく可能性の高い未来の姑候補としてはそういった発言は控えるべきと思うのだが」
「……う」
 桃子の攻め込みにたじたじな那美を見かねたのか、桃子を止めようとする恭也。
 刺し違い覚悟の自爆発言であったが、桃子が冷や汗をたらして固まったところをみるとかなりの効果をあげたようだった。
「これ以上、話し込んでいるとせっかくの食事が冷めてしまう。みなも聞き入っていないで食べるように」
「は、はい!!」
 いつのまにか進んでいく話の中身に固唾を飲んで様子をうかがっていた面々にも声をかけ、恭也は黙々と食事を再開する。
「恭也、知らないうちに成長していたのね……」
「もう少しで、言質取れたと思うんだけどなぁ……」
「ちょう、押しが強すぎましたか」
「ちぇ、師匠のプロポーズが目の前で見れると思ったのに」
「おかわり」
 未練たらしく、なかにはなにやら恐ろしげな内容のぼやきが聞こえてきたが、恭也はきっぱりと黙殺し、食事を続けた。


「すいません、下世話な話に巻き込んでしまいまして……」
 さざなみ寮前。
 那美を送ってきた恭也がそんな事を口にする。
「今後、余計な事は言わないようにいっておきますので」
「そんな、桃子さんも私達の事、気にしていただいているわけですし……お気になさらずに」
 珍しく相当すまなさそうな表情を浮かべる恭也に多少困惑しながらも笑顔の那美。
 話の展開の早さに驚く事は驚いていた那美だが、二人の仲を公認どころか積極的に応援してくれる高町家の住人達には感謝すべきだと思っていた。
「それに、恭也さんのお気持ち、ちょっとだけ確認できましたし」
「……まぁ、その、一応考えてはいないわけではなくもないというか」
 非常に嬉しそうな那美に、恭也は肯定だか否定だかわからない言葉を繰り返す。
「大丈夫ですよ、言質とったなんていいませんから。……ただ、とっても嬉しかったです」
 見た目にはわからないものの相当慌てふためいている恭也に那美はくすりと笑ってそんな事を言った。
「はい」
 何かしら自分がとんでもない事を口走ったような気がしているが、那美の笑顔の前に何も返せなくなる恭也。
 自分が、那美の笑顔に逆らえなくなりつつあるという事と、夕食時の自爆発言は対象外の相手に対するものだったと、今更ながらに恭也は自覚した。
「では、この辺で失礼いたします」
「あ、上がっていかれますか?」
 一つ頭を下げ、きびすを返す恭也に那美が声をかける。
「すいません。今日はこのまま美由希と練習場所で落ち合うことにしていますので、失礼させていただきます」
 それに対し、持っているスポーツバックを示し、これから深夜の鍛錬に向かう事を告げる恭也。
「そうですか、では、お気をつけて」
「神咲さん、お休みなさい……久遠もな」
「くぅん」
 挨拶を交わし、恭也は夜の闇に溶け込んでいった。


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ひとりごと

 なんか、書いているうちに恭也が那美に逆らえなくなって行く……
 意識してはいないんですけど、なんでかな?

 次話でこのお話の本流「抜かずの刃」に触れる事になります。
 ただ、全然書きあがっていないので、多少なりとも間が空くとは思うのですが、気長にお待ちいただけると幸いです。
 もし、速く続きが読みたいと思われる方がいらしたら作者へ脅迫催促メールでも。(いないって)


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