抜かずの刃、鎮魂の祈り
第三話 とあるいつもの(その1) カワウソ


 高町家道場。
 試合場一つ位の面積しかない小さな板の間で那美は美由希に稽古をつけてもらっていた。
「はー、はー…… えい!!」
「はっ!!」
 乱れた呼吸を何とか整えながら、那美は美由希に短刀サイズの木刀を打ち込む。
 対する美由希は基本的には那美の打ち込みを受けるだけで、よほど軌道がぶれたり力の入らない一撃がこない限りは自分からは仕掛けない。
 本来、打ち込みはボクシングや空手のミット打ちと同じで受ける側はただ受けるだけではなく、打つ側の隙を見て攻撃を仕掛ける。
 自分が攻撃している時の隙を自覚させ、反撃に備えさせるためだ。
 しかし、那美は太刀筋こそ上達したものの、避けることに関してはまだまだ未熟で下手に隙を突くと今度はそちらに気をとられて打ち込みそのものがおろそかになる。
 素振りのみの練習から打ち込みができるようになった段階で、恭也はかつて美由希にしたように隙を見ては自分からも打ち込んでいたのだが、それで太刀筋まで気が抜けたものになってしまった那美の打ち込みを見て、しばらくは反撃を控え、受けることに専念するようにしていた。
 そもそも、神咲一灯流における那美の剣技に必要とされるのは刀身に霊力を乗せて「撃つ」ことが第一にあげられる。「斬る」行為で霊力を「撃て」ればよいので必ずしも刃が相手に届く必要は無いのだ。
 そこで、恭也はとりあえずは那美の攻撃の型を確立させるために攻撃編重のメニューを組み、美由希もそれに従い那美の打ち込みを受けつづけていた。
 もっとも、奥義を撃っている時に反撃されない。などと言う話はありえないので、よける鍛錬も必要である。(恭也としてはむしろ、那美は剣を振るうことを考えずにひたすら回避した方がいいようにも思っているのだが……)
「はぁっ、えい ……やあっ!!」
「今ので45,46,47。その調子でラスト3本全力で!!」
 那美の袈裟斬り、返しの斬り上げ、一呼吸遅れてからの横薙ぎを受け、美由希は指示を出す。
「はいっ……48,49,50っ!!」
 これが最後と、さっきと同じように袈裟斬りから返しの斬り上げ、そして今度は一歩踏み込んでの突きを放つ。
 美由希は最初の二撃は木刀で受け、最後の突きを体をずらしてかわす。
 その瞬間、美由希の背後の壁で何かが割れる音がした。
「……え?」
「きゃっ!! ととと……えい!! ……あれ?」
 音に驚いて振り返った美由希と、かわされたためたたらを踏みつつも何とか持ちこたえた那美がその個所を見る。
 二人の視線の先には、漆喰がはがれ、穴のあいた壁があった。


「申し訳ありません〜、無意識に霊力を載せてしまっていたようで……」
「まあまあ、大丈夫ですよ」
 内側からは紙を貼り、外からはエアコンの吹き出し口などに使うパテで穴をふさいで応急処置を済ませた二人は縁側に場所を移動していた。
 練習も一段落ついたので、お茶でもと美由希はおもったのだが、那美は恐縮することしきりで先ほどから謝ってばかりだった。
「本当にすいません。ちゃんと弁償しますから……」
「何言っているんですか。あんなのいつものことですよ」
 だから気になんかしないでくださいと、笑う美由希。
 美由希の言う通り、高町家の道場は傷だらけである。
 投げ物は頻繁に刺さるため、壁は穴だらけであるし、時によっては小太刀で壁を切り裂いてしまうこともある。
 古い話であれば、勢いあまって壁に体当たりをしていまい、壁板ごと庭に転がり落ちてしまったことさえあるのだ。
 修繕は何度もしているが、直したそばから傷つけてしまうので、応急処置しかしていない。 穴があいたぐらいでは被害のうちに入らないのだった。
「そういっていただけると助かります」
「でも、凄いですね。触ってもいないのに壁に穴をあけちゃうなんて。あれって、神咲一灯流の技ですか?」
 美由希が好奇心丸出しで那美に聞いてくる。やはり、自分の知らない技があると知りたくなるのだろう。
「ええ、意識して出したわけではないので、名前があるわけじゃないんですけど、退魔の技です。本当は人に使ってはいけないものなんで、できれば御内密に……」
「あ、あはははは。そうだったんですか。わかりました。誰にもいいませんから安心してください」
「はい、ありがとうございます」
 どん、と胸を叩き、自分の願いを快諾してくれた美由希を見て、落ち着けた那美はようやく、お茶とお茶菓子に手を伸ばす。
 美由希も自分の湯のみにお茶を注ぎなおし、大福に手を伸ばした。
「は〜、おいしい」
「おいしいですね〜」
 にこにこと笑いあう二人。
 親友同士のほのぼのとした雰囲気でほほえましくはあるが、十代後半の少女達にしては華やかさにかけるきらいのある一コマであった。
「そういえば、美由希さん。恭也さんは今日もお仕事ですか?」
 ふと、那美は恭也が高町家にいないことを思い出して美由紀にたずねる。
 今日は休日であり、なのはやレン、それに晶は家の中におり、今は那美に連れてこられた久遠も一緒にレンの部屋で遊んでいるようだが、那美が来たときにはすでに恭也は留守だった。
「いえ、恭ちゃんは出稽古に行っていますよ。なんでも、変わった技を使う人がいるらしくて、稽古をつけてもらうためにちょっと前から熱心に通っているんです」
「え? 恭也さんが教わるんですか?」
 どことなく嬉しそうに答える美由希に那美は少し意外そうに尋ねる。
 恭也の強さがどれくらいかは把握しきれていない那美だが、美由希の師範代であることや立ち合ったことのある薫や真雪のコメントを聞いてほぼ完成の域にあると見ていた。
 教える事はあっても教わることがあるとはあまり思えないのだ。
「そうですよ? 恭ちゃん、いつも言っていますから『剣の修行に終わりはない』って。でも、あんなに熱心に通っているのって私も初めて見ました」
 きっと、何か見つけたんですよと那美に解説する美由希の表情は気のせいではなく、本当に嬉しそうだった。
「美由希さん、嬉しそうですね」
「ええ、恭ちゃんは私の目標ですから。だから、ずっと、もっと、どこまでも強くなってほしいいんです。恭ちゃんならどこまでも強くなれますから」
 どことなく夢見るように恭也がさらに上達する可能性を力説する美由希。
 その気持ちは、那美にも少しわかる。
 自分も、薫が退魔師としてさらに完成の域に近づいていくのを目の当たりにしたらやはり、誇らしく嬉しいだろう。
 終わることのない目標であり、常に前を行く道しるべがすぐそばにいる。どれだけありがたく、頼もしいことか。
「そうですね、恭也さんならもっと強くなれますよ」
 親友に通じるところを感じ、那美もまた嬉しくなった。

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ひとりごと

 タイトルいいの思いつかない……
 連載の無理がそろそろ出てきています。三話はインターミッション的な内容だから、そのうち構成を考えなおさないと。
 考え直すほど書ければですけど。(やめい)

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