抜かずの刃、鎮魂の祈り 第二話 さざなみの夜と朝(その4) カワウソ |
――翌朝。 いつもより早めに起きてきた那美が見たのは、いつもの服に着替えてリビングで荷物をまとめる恭也の姿だった。 「恭也さん、おはようございます」 「……おはようございます。神咲さん」 朝の挨拶をする二人。 「なんだか、照れますね」 「……はい」 挨拶自体はよくしているが、昨日は同じ屋根の下で過ごしたことを考えるとなにか新鮮な気分になる。 くすぐったいような、嬉しいような、そんな感覚が二人を包んでいた。 「はいはい。朝からボクを無視してラブコメやらないでくれる?」 「リ、リスティさん? いつの間に?」 「失礼な。那美が来る前から居たよ」 いきなりの横槍に驚いて飛び上がる那美。 どうやら、リスティのほうが先に起きて、恭也と話をしていたらしい。 「す、すいません。お話の邪魔をしてしまったみたいで……」 「まぁ、いいよ。ボクのほうもちょうど終わったところだし、じゃぁ、恭也。頼んだよ」 「はい。確かに」 「ん、いい返事だ。じゃぁ、ボクは寝なおすから」 ふわあああと大あくびをして部屋へ戻って行くリスティ。その姿は相当に眠そうだった。 「リスティさん、もしかして寝ていないんですか?」 その様子を見た那美はふと疑問に思い、恭也に尋ねてみる。 真雪の影響を受けてか、リスティは夜型である。朝は出かけなければいけない時間まで寝ているのが常で、このような時間に起きるのはまれだといっていい。 もっとも、時間には正確なほうなので、必要とあればきちんと起きられるのだが。 「ええ、なんでも昨日の報告書をまとめていたそうで」 「リスティさん、お仕事はまじめにしていますからね」 手にした封筒を示しながら答える恭也に那美は納得したように頷いた。 「おはよう。恭也君に那美。二人とも早いね」 エプロン姿の耕介が入ってくる。どうやら、朝食の準備をするらしい。 「耕介さん、おはようございます。リスティさんは今から寝るので朝食は要らないそうです」 「そうか〜、リスティのやつ徹夜したな。ま、昼に何か軽いものでも持ってってやるか。それはそうと、恭也君、朝食は食べていくだろ?」 「いえ、お気持ちは嬉しいのですが、昨日は遅ければ夕食は要らないが、朝には帰ると家族のものに言っているので朝食までに帰らないと心配されます」 朝食の確認をする(というより当然食べていくものだと思っていた)耕介に恭也はすまなさそうに断り、荷物を持って立ち上がり、一礼をする。 「昨日は夜遅くに押しかけた上に泊めていただき、ありがとうございました。このお礼はいずれ、また」 「んなの気にしなくていいのに、まぁ、じゃ、また翠屋のシュークリームでも頼むよ」 相も変わらず硬いな〜と心の中で苦笑しつつ、リクエストする耕介。 恭也の性格から、断った方が負担がかかるということを耕介はよく理解していた。 こういったときはさざなみ寮で喜ばれ、かつ、恭也のあまり負担にならないものを頼むのが最善の策である。 それでも、自分の好みよりも寮生たちの喜ぶ顔を真っ先に思い浮かべてリクエストするところが耕介らしいところだった。 「はい、かならず。それでは失礼いたします」 「あ、恭也さん、途中までお送りします」 そのまま玄関に向かう恭也に慌ててついていく那美。 内心、転ばないといいがと心配しながら、恭也は立ち止まり、那美を振り返る。 「わざわざ送っていただかなくても」 「うちの朝食までまだ時間ありますから、お散歩代わりです」 「……そうですか、では、お願いします」 「はいっ」 恭也にとっても那美と一緒にいられるということは嬉しいことなので、素直に好意を受け取ることにし、承諾を得た那美は嬉しそうに頷いた。 「脱出、成功ですね」 「……ばれていましたか」 笑顔の那美に、いつもの無表情の恭也。 いつものように見えて、いつもより意図的に作られている仏頂面に那美は笑みをさらに深くした。 「恭也さん、そそくさと荷物まとめているんですもの、早く寮を出ようとしているのわかっちゃいましたよ」 「すいません。あそこが嫌だと言うわけではないのですが……」 全て見通されてなんとも複雑な気分になった恭也に、那美はいいんですよーと笑ってさえぎる。 「私も、真雪さんとかに昨日の続きをされちゃうの、ちょっと困るんでいいんですけど、朝食はご一緒したかったです」 「次の機会があれば、是非」 「ええ、ぜひ」 そのまま歩きながら仕事のこと、最近あったことなどを思いつくままに話す。 お互いの理解を深めるかのように、共通でない話題を提供しあい交互に聞き役に回る。 率先して話す二人ではないが、自然と会話が続いていた。 が、那美はそういういつもの会話だけではなく、恭也に聞きたいことがあった。 「それで、その……恭也さんの昨日のお仕事なんですけど、リスティさんが言うには恭也さんが剣を抜いてもいないのに人が斬られたように血を流したって聞きましたけど、それってもしかして霊障なんじゃ……」 「それはありません。剣では斬っていませんが、あれは確かに俺が斬りました」 昨日のリスティの説明で、真雪は恭也が何かしたのだと思っていたが、那美からするとわけのわからない現象は自分の領域で起こった可能性が高いと思っていた。 そして、人に直接害を成すほどの霊障であれば放っては置けない。そう思って切り出した那美だが、恭也は言下にその可能性を否定した。 「ええと、斬っていないのに斬った?それってどういう……?」 「……近いうちにお話します」 そして、言い訳にもなりませんが、と前置きをして、恭也は自分としても斬ってしまったのは不本意であること、皮膚を浅く切っただけなので一見派手に血が飛び散ったものの、命に別状は無いことを語った。 「そうですか、じゃぁ、お話してくれる時をお待ちしています」 「いいんですか?」 あっさりと頷く那美に、恭也のほうが驚いたように聞き返す。 さすがに人を切ったとなれば、もう少し問い詰められると思ったのだろう。早くにさざなみ寮を出たのはこれ以上ネタにされたくないだけでなく、昨日うやむやになったこの話を蒸し返したくないためでもあった。 「はい。私は恭也さんを信じます」 にこにこと、何の気負いも無く笑顔で答える那美。 そのいつもの笑顔が恭也にはとてもまぶしいものに感じられ、思わず抱きしめたくなる衝動をこらえつつ、精一杯の笑顔で礼を言った。 「ありがとうございます」 「いえいえ、お礼を言われることなんかじゃないです」 「……そうでしょうか」 「そうですよー」 そのまま、いつもの会話に戻る二人。 「それとですね、あの……なんでか今度から恭也さんに必ずついてきてもらうようにって言われてしまって、わ、私だってそんな始終転んだり道に迷ったりお財布や携帯を落としているわけじゃないんですけど、なんか心配されちゃいまして、その、できれば今度から一緒に来て頂けると有り難いかなぁなんて……」 「心配していただけるのはありがたいことです。いまの作戦は一段落つきましたし、今度からは必ず随身させていただきます」 「ありがとうございます〜」 次の除霊から一緒に来てもらえる約束を取り付け、嬉しそうな那美を見ながら、恭也は足を止めた。 「恭也さん、どうしました?」 「……いえ、そろそろ戻った方がいいのではないかと思いまして」 「あ、そうですね。じゃぁ、この辺で」 クリップオン時計を示して恭也は朝食に間に合うかどうか注意を促す。 那美も時間を見て、そろそろもどった方がいいと判断して道を引き返えす事にした。 「はい。お見送り、ありがとうございました」 「いいえ、どういたしまして……あ、そうだ」 お互い頭を下げて分かれようとした時に那美が唐突に声を上げる。 「……どうかしましたか?」 「今日、お休みですよね?午後からでもどこかに行きませんか?」 いいことを思いついたとばかりに顔を輝かせて提案する那美。 もちろん恭也にも異存は無かった。 「いいですね。リスティさんに頼まれた届け物もありますし、それでは、お昼を食べたら迎えに行きましょうか?」 「あ、いえ、久遠がなのはちゃんに会いたいと思うので、動けるようになったら恭也さんのお宅にお邪魔します」 「わかりました。では、お待ちしています」 約束を交わし、今度こそ二人はそれぞれの家に向かう。 今日も、いい日になりそう。 同じことを感じながら、早朝の家路についた。 二話 了 三話へ |
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なんというか、伏線張りまくりです。 では |