抜かずの刃、鎮魂の祈り
第二話 さざなみの夜と朝(その3) カワウソ


「なんか納得いかねーが、ぼーずの言うことを一応信じよう。よかったな。那美」
 なんとも言いがたい沈黙を破り、真雪が口を開いた。
 ここにいる面々は恭也が人殺しをするとは思っていなし、殺していたら今ごろさざなみ寮にいるはずもないだろう。しかし、返り血を浴びていたと言うことは誰かを切ったのは間違いないはずであった。
 それがリスティとの仕事の上であれば責める筋合いは無い、しかし那美の気持ち考えるとこのままにはして置けない。
 どこまでも穏やかで優しく、それでいて芯の強さを持つ那美のことだから、恭也のことも受け入れると確信はしている。しかし、そのためにもはっきりさせておく必要がある。と真雪は考えていた。
 それが信じがたいこととはいえ、斬ってすらいないと言う。喜んでいいはずだった。
「そんな……お仕事なんですし、恭也さんが間違ったことするはずないですから」
 恭也が人を斬っていないと聞いてどこかしらほっとしていた那美だが、真雪の言葉に複雑な笑みを返す。
 神咲の退魔は諭しての浄霊や救霊だけではない。霊を文字通り「斬って」消滅させる手段ももっており、それゆえに力ある退魔師としての地位がある。
 その「神咲」としての自分を受け入れてくれた恭也を「人を斬った」ことで拒絶するのは卑怯な気がしたのだ。
「私は、恭也さんを信じていますから」
「かぁ〜、熱いねぇ。な、な、今の聞いたか?」
「ええ、しっかりと。那美ちゃん、恭也君のこと本当に好きなんですね〜」
「まったく、那美も言うようになったじゃない」
 さっきまでの重苦しい雰囲気はどこへやら、すっかりゴシップモードの真雪とリスティにほのぼの全開の愛。
「え? え? え?」
 切り替えが早いのはさすがと言うべきではあるが、那美はすっかり置いていかれていた。
「さてと、そこまで言うんだ。とーぜんどこまで行ったかも話すよな?」
「そうそう、前の尋問から2ヶ月経ったんだから、また進展があったはず」
 そして始まる質問攻め。
 こうなっては誰も止められず、そもそも止めようとするものもいない。
 那美の進退はここに窮まったかに思えた。
「ん? こっちの話は終わったのか?」
「……お待たせいたしました」
 ちょうどその時入って来る耕介と恭也。
 四人とも二人の方を向き……そして一斉に吹き出した。
「な、な、な、なんだよ高町兄。その格好。あたしを笑い殺す気か?」
「恭也、すっごく似合ってる。似合いすぎだ」
「恭也君、なんだかかわいいです」
「え、え〜っと、恭也さん、黒以外もお似合いですよ?」
 恭也は耕介の服を借りているのだが、耕介は恭也と比べても大男なので、当然サイズが合わずところどころ着乱れている。
 肩は半分ずり落ちているし、袖やすそはまくりきれなかったのか右腕は袖の中に隠れていて、右足は歩くうちに落ちてしまったのかすそから出ておらず引きずっている。
 身だしなみに無頓着とはいえだらしなくは無い恭也にしては珍しいことだ。
 さらに組み合わせは女の子受けしそうなキャラクターものの長袖Tシャツに明るい青のトレーナーズボンである。
 想像してみろと言われても彼を知る大半の人には像を結ぶには至らないであろういでたちだった。
「……どうも」
 居合わせた女性陣の絶賛にいつも以上の仏頂面で応える恭也。
 自分でもかなり笑える格好をしている自覚はあるのか眉間のしわは深かった。
 もっとも、彼女達が爆笑をしているのは先ほどまでの緊張から開放された直後にたまたま恭也の姿が笑いのツボにはまったせいなのだか、朴念仁にわかるはずもなかった。
「はいはい、恭也君のファッションショーは堪能した?そしたら今日はもう休もう。恭也君も俺の部屋で寝たらいい」
「……そうですね。この格好では帰るに帰れないので、お言葉に甘えさせていだだきます」
 とりあえずこの場をまとめようとする耕介に頷く恭也。彼にしてみればこれ以上さらし者になるは避けたいところであろう。
「ちょっと待て。そのおいしい姿を記録しないのはもったいなさ過ぎる。デジカメ持ってくるからそこにいろ」
「Nice idea. ボクが取って来るよ」
「きゃん!!」
 真雪の魔王の笑みにすぐさま反応して移転するリスティ。
 その膝から放り投げられた久遠は悲鳴をあげて飛び起きた。
「リ、リスティさん余計なことしないで! きゃあ、久遠大丈夫〜? ……あいた!!」
 リスティを止めようとしながら久遠が気にかかりおたおたする那美。
 結局、久遠に駆け寄ろうとするが、テーブルの存在を失念したらしく、したたかに足を打ち付けて倒れそうになり、
「……大丈夫ですか? 神咲さん」
 恭也に抱きかかえられることになった。
「……すいません。恭也さん」
「いえ、救助活動が間に合って何よりです。しかし、これは避難した方がよさそうですね」
 那美を抱え起こし、ソファーに突っ伏している久遠を抱き上げながら、恭也は一人ごちる。
「じゃぁ、とりあえず俺の部屋へ。103号室だから」
「甘い。逃亡なぞ、このあたしが許すと思うか?」
 避難場所を提供しようとする耕介の背後から迫る真雪。
 その笑みは非常に邪な喜びに満ちて、「何が何でも逃がさない」と物語っていた。
「恭也君、とりあえず逃げろ!! 写真なんかとられたら後々たたるぞ!!」
「ふっ、耕介、あたしに逆らおうって言うのか?いい度胸じゃねーか」
「うっ……」
「真雪さん、恭也さん嫌がっているのですから止めてください!!」
「……あの、愛さん、止めていただけるとありがたいのですが」
 いつものことであるが、妙な方向に盛り上がるさざなみメンバー。
 もはや慣れたと思っていたが、さすがについていけず、オーナーの愛に助けを求める恭也だったが、救助要請への返答はストロボの光だった。
「愛さん?」
 愛はいつのまに持ってきたのかカメラを構えており、四人が呆然としている間に2枚、3枚とシャッターを切る。
「はい。恭也君の写真撮れましたけど、みなさんどうしたんですか?」
「いや、どうしたじゃなくて……」
「……何で撮っているんですか」
 何とか自我回復に成功した耕介と恭也の突っ込みに、愛はにっこりと微笑んで答えた。
「だって、恭也君かわいかったじゃないですか。小さいころお店手伝っていたのを思い出して、思わず撮っちゃいました」
 ご家族の方も見たいと思いますしね。と、にっこりと、邪念も悪意も無い笑みを浮かべる。
 こう素直にこられては恭也としてもこれ以上追求できなかった。
「真雪。カメラ持ってきたけど、……どうしたの?」
「さすが、愛さんですね……」
「恭也君もこれには勝てなかったか」
「さすが愛。天然はこういう展開に強い」
 呆然とする恭也の後ろでぼそぼそつぶやく三人。
 カメラを持って戻ってきたリスティが見たのは嬉しそうな愛と、毒気を抜かれた四人の姿だった。


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