抜かずの刃、鎮魂の祈り
第二話 さざなみの夜と朝(その2) カワウソ


「ううっ……お騒がせいたしました……」
「……申し訳ありません」
「Sorry……」
「ごめんなさい……」
 一列に雁首を並べて寮生たちに頭を下げる那美、恭也、リスティ、久遠。
 耕介はお咎めなし……ではなく、大半の寮生たちを部屋に送り返した後、恭也のために着替えの用意と風呂の確認をするといってその場から逃れていた。
 大半の寮生はすぐに部屋に戻っており、今、リビングに残っているのは特に騒がれたことに不満だった面々とさざなみ寮の古株とオーナであった。
「あちしは明日は早いのだ。うるさいのはやめて欲しかったのだ」
「うー、課題やっていたのに……」
 恨みがましい目で見ているのは陣内美緒と我那覇舞。
 寝入りばなと集中した作業中に騒がれては機嫌も悪くなるというものだろう。
「まぁまぁ、みなさんそんなに怒っちゃ駄目ですよ」
「まぁ、ここがやかましいのはいつものことだから大目に見てやる。で、その凄絶な男前がどう言う理由か説明してもらおうじゃねーの」
 なだめる槙原愛といつもと違い真剣な目つきで問いただす仁村真雪。
 いきなり深夜に大騒ぎで、降りてきたらパニックに陥っている一人と一匹と血まみれの男に他二人。
 愛はともかく、真雪の反応は当然である。むしろ、冷静であるといっていい。
「それはボクから話すよ。恭也は耕介に着替えを借りて風呂で血を洗い流して来たほうがいい。その姿はみんなに刺激が強すぎる」
「……わかりました。お願いします」
 説明しようと口を開きかけた恭也を制して、リスティが場を仕切る。
 どうやら恭也は怪我をしていないようだが、ジャケットといい、頭から顔にかけて血が張り付いている。
 見ていて気分のよいものではないし、恭也自身も気持ち悪いはず。
 説明はリスティができるのであれば恭也はまず身だしなみを整えることが先決だった。
「じゃぁ、俺が恭也君を風呂場に案内しよう。着替えは脱衣所において置くからそれでいいよね?」
「お手数おかけします」
 いつのまにか戻ってきた耕介に連れられてリビングを後にする恭也。
「あちしも寝るのだ」
「課題、すすめよっと」
 美緒と舞も場が落ち着いてきたのでそれぞれの部屋に帰ることにしたようだ。
 二人が出ていったのを見てから、リスティが口を開いた。
「じゃ、どこから話す?騒ぎの内容は恭也の様子を見て那美と久遠がパニックになったってことで十分だと思うけど」
「あたりまえだ。聞きたいのはそんなことじゃねぇ。高町兄がなぜ血まみれなのかってことだ」
 どこかすっとぼけた調子のリスティと「ごまかされんぞ」という目つきの真雪。
 一見、不真面目と不精が服をはだけて歩いているかのような真雪だが、寮生たちのことを思いやる気持ちはオーナーの愛や管理人の耕介に負けないほど持っている。
 言うなれば「さざなみの影の保護者」であり、荒事となれば前面に立つ気構えは常に持っていた。
「Take it easy. そんなに気張らなくても大丈夫。ボクと恭也の仕事上の出来事なんだから」
「危険に変わりはないだろ。まぁ、だからと言って責めるわけにもいかねぇがな」
 まあまあと目つきの座った真雪に逸る気持ちを抑えてとなだめるリスティ。
 真雪はそれを聞いて、一つ溜息をつくとソファーにどっかりと座りなおして続きを促した。
 ちなみに愛は黙って話の流れを見ており、那美と久遠もじっとリスティを見つめて続きを待っている。
 居合わせている全員が聞く体制になったのを確認し、リスティは説明を始めた。


「チャリティコンサートの時のテロ組織の残党の殲滅?」
 洗面所で恭也の服の汚れを落していた耕介は風呂場のドア越しに恭也から事の顛末を聞いていた。
「はい。日本にはほとんどいないんですが、それなりに武装している連中でして。海外の法的組織との連携作戦で国内の拠点をつぶしていたんです」
「そりゃまた物騒な……」
 あきれたと言うか、現実味がいまいち感じられないまま「他に言いようがない」といった体の感想を漏らす耕介。
「海外にある本体は少し前に壊滅状態になっています。俺がリスティさんからまわしてもらっているのはあいつらの最後の悪あがきをつぶすための作戦です」
 頭をがしがし洗いながら説明を続ける恭也。
 やはり、髪の毛についた血はそう簡単には落ちないらしく、かなりてこずっていた。
「しかし、そんなことわざわざ引き受けなくたって……」
「コンサートの妨害を阻止した俺達は恨まれていますからね。メンツを保つためにも報復はありえたんです。迎え撃ってもよかったのですが、こちらから出向いた方が家族に類が及びませんから」
 実のところ、国内にあるのは拠点と言うほどのものではない。せいぜいが緊急時の避難所として確保してあるくらいだ。
 ところが、本体が壊滅してしまいそこから落ち延びた者がいたため、体制が急激に強化されそうになってしまったのである。
 それがかえって注目を集め、国際協力の名のもとに駆逐されると言う結果をもたらしたのは皮肉と言うものであろう。
「俺の剣は、みんなを守る剣ですが、手遅れにだけはしたくありません」
「そっか……おお、結構落ちたぞ」
 説明のため常に無く饒舌な恭也の話を聞いていた耕介だが、洗っていたシャツの汚れの落ち具合を見て満足げに頷く。
 神咲一灯流を学びはじめてからはや十年近くなる彼だが、やはりは管理人であることが一番なのだ。
「そうですか、ありがとうございます」
「ああ、ジャケットはさすがにもう無理だけど、他はちょっとしみが残るくらいで何とかなるよ」
 元々黒系統だから目立たないしねと言いつつ、こちらも洗い終わったのか風呂場から出て来た恭也を振り返り……耕介は一瞬目を見張ってから恭也の髪の毛を観察する。
「そっちも落ちたみたいだね。とりあえずさっき渡した着替えを着て。こっちは明日の朝には乾くと思うから」
「……何から何まで申し訳ありません」
 渡されたバスタオルで体を拭き、礼を言うと恭也は手早く服を身につけ始めた。


「おおよその事情はわかった。しかし、あの返り血はいただけねぇな。まさかと思うが、殺しちゃいねぇだろうな?」
 途中で眠ってしまい、狐姿にもどった久遠を膝の上に乗せているリスティから一通りの説明を受けた真雪だが、最も気になっていたことを口に出す。
 那美と愛も一瞬身を強張らせたが、声も出さず展開を伺っている。
 恭也が剣士であるとはすでに聞いているし、生半可な腕ではないことはわかっていた。
 だからこそ、人を殺したかどうかは重い。
 そんな三人を見ながら、リスティはあっさりと答えた。
「ああ、それなんだけど、ボクが見ている限り恭也は誰も切っていない」
「なんだって? んなわけあるか!!」
 いきなり肩透かしをくらって真雪は思わず声を荒げる。
 那美や愛も声こそ出していないが、同じ気持ちだった。
「ホントだって。返り血を浴びた時、ボクも現場にいたけど、恭也、斬るどころか剣を抜いてもいなかったんだから」
「見落としたんじゃないのか?あいつの抜刀は半端じゃねぇぞ」
「それもない、鍔打ち音がしなかったんだから。大体、斬ったりしたら今ごろここにいるはずないだろう?」
 自分の言ったことを信じない真雪に多少ムッっとしてリスティが返す。
 信じられん。と首を振る真雪に横目にリスティはさらに続けた。
「それと、恭也の仕事はボクも必ずついているけど、骨を折ったくらいならあっても人を斬ったことはないよ。最初のころは峰討ちをしていたみたいだけど、最近は剣を抜かないで素手で落して捕まえているし」
「いったい、あいつはなにをしたんだ?」
 これで説明は終わり。というリスティを前に真雪はどこか納得行かない表情で、愛と那美はほっとした顔でお互いの顔を見合わせていた。

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