抜かずの刃、鎮魂の祈り
第二話 さざなみの夜と朝(その1) カワウソ


「それでは、送っていただいてありがとうございました」
 救霊の仕事を終え、かなり夜遅くになったためにさざなみ寮まで送ってくれたパトカーに那美は一礼をする。
「どうもお疲れさまでした。しかし、今度は高町さんにも一緒に来るようにしてください」
「あ、あはははは……」
 助手席に座った年配の警察官に恭也に付いて来てもらうようにと言われてしまい、やや困った笑みで答える那美。
 仕事に彼氏同伴でと言われれば戸惑うのはあたりまえであろうが、警察官はからかっている気配はない。むしろ、気遣わしげに那美のほうを見ていた。
「ほんとに大丈夫ですか? いつもは一緒に来るのに」
 救霊時の那美の真摯な態度と慈愛に満ちた語りかけは立ち会う警察関係者達に深い感銘を与えており、自分達に向けられていないその言葉で癒された気分になる警察官も数多い。
 那美の仕事に立ち会う人は皆、那美のことを気にかけているのだ。
「あ、でも、きょう……高町さんも今日はアルバイトだったんです。それで今回は予定が合わなかっただけで、今度からしっかりお願いしておきますから」
「そうですか、我々としてもそのほうが安心できますからね。では、失礼いたします」
 その返事に一応は納得したらしく、運転席の巡査ともども軽く会釈をし、パトカーは発進する。
 那美はパトカーが見えなくなるまでその場で見送っていた。


 その見送られたパトカー内。
「いいかげん諦めろ」
「ベ、別にそういうわけではありません!! ただ、彼がいなくても神咲さんのフォローは出来ます。それにいくら神咲さんが安心できるからといって一般人をそのように使うのは……」
 勤めて意識から切り離していることをずばりと突かれた若い巡査は動揺しながらも切り返す。
 ある程度年が離れているのであればともかく、比較的若く、那美と年の近い巡査達はそうそう心穏やかに接していられるわけではない。好意をもっているものは少なからずいた。
 那美にとっては警察と一緒にいるときはあくまでも「神咲」として「仕事」しているためにそういった方面にまったく考えが回らず、誰も手出しできないまま同じ学園の先輩とくっついてしまったという結果になっていた。
 そのことについては誰もが認めてはいるのだが人の心はそう簡単には割り切れない。
 彼氏つきの巫女に好意を感じてしまって心中複雑な巡査は結構いるのであった。
「ま、そういうことにしておいてやる。だが、それこそ余計なお世話ってやつだ。我々よりはるかに強い本物の剣士に対して言うことではないな」
「剣士……ですか?」
「そうだ、不本意ながら海鳴近辺で動員できる警察職のものの誰よりも彼は強い」
 切り返しに動揺が見られるものの、警察職の者としての義務感とプライドを感じ取り溜息混じりに諭す。
 クリステラ・ソングスクールのチャリティコンサートから始まる高町恭也の戦績は警察関係者には広く知れ渡っている。
 明心館の巻島十蔵と並んで「犯罪者でなくてよかった」と言わしめる存在なのだ。
「それは、そうかもしれませんが……」
「信じられないか?」
「ええ、確かに落ち着いていてしっかりしているなとは思いましたが、若いですし、そんなに強そうには見えなかったもので……」
「そうか、そう見えたか……」
 強さを感じないという若い巡査にそれだけ答えると、彼はシートに深く座りなおして目をつぶった。


「はぁ〜、恭也さんと一緒にって言われたけど、今日のお仕事は問題なく終わったよね?」
 パトカーを見送った那美は大きく息を吐くと友人であり、退魔のパートナーである久遠に話し掛ける。
「くぅん」
 対する久遠は尻尾を一振りして那美に答える。
 久遠も、那美に同意しているようだった。
「うん、そうだよね。霊の人もお話したらすぐにわかってくれたし、今回はおまわりさん達にも迷惑かけていないはずだし、上出来上出来♪」
「くぅん♪」
 意見が一致し、少し浮かれた様子を見せる一人と一匹。
 本来順調に進んでしかるべきであるのだろうが、それを指摘するものはこの場にいなかった。
「さてと、もう遅いし久遠、中へ入ろう?」
「くぅん」
「明日はお休みだし、なのはちゃんと遊べるね」
「くぅん!!」
 などと話しつつ、那美と久遠はさざなみ寮へ入っていった。
「ただいまもどりました〜」
「くぅん」
 玄関でぞうりを脱ぎ、脇においてある布で久遠の足を拭く。
 久遠もなれたもので、おとなしく那美にされるがままになっている。
 注射は嫌いだが、風呂やシャンプーなど体を綺麗にすることは大好きなのだ。
「はい、おしまい」
「くぅ」
 もうあがっていいよ、といわれた久遠はそのまま廊下をぺとぺとと歩く。
 そのまま、二階の那美の部屋に行くかと思われた久遠だが、リビングの前で立ち止まると、人型に変化し、ドアを開けて入っていった。
「久遠ー、どうしたのー?」
 ぞうりを下駄箱にしまい、少々散らかっている靴を並べなおしていた那美はその様子に首をかしげたが、明かりがついているところからして、特に久遠がなついている耕介かリスティでもいたのだろうと推測し、手早く靴をそろえると自分もリビングへと向かった。
「きょうや、だいじょうぶ、なの……?」
「心配かけてすまない。だが、俺は怪我していないから問題ない」
 リビングに入った那美が見たのは夜遅くにもかかわらずなぜかいる恭也と、恭也に涙目になってすがり付いている久遠だった。
 恭也の着ているジャケットは濡れていて重くなっており、臭いから血とわかる。
 また、顔も血液で汚れており、髪の毛もばりばりに強張り、固まっていた。
「でも、ち、ついてる」
「Don't worry 久遠。恭也は怪我していないんだから、そんなに心配するなって」
「そうそう。服が汚れれいるだけだから大丈夫だぞ」
 恭也の説明にも心配そうな久遠を口々になだめるのはリスティと耕介。
 三人がかりの説得で、久遠もすぐに落ち着いたようだった。が、
「久遠、落ち着いて。こんばんわ、恭也さん……ってそれ、どうしたんですか!!」
 恭也のかなり凄絶な姿を見て、今度は那美がパニックに陥ってしまった。
「いえ、怪我をしているわけではないのですが……」
「そんな事言ってないで見せてください、あああああ、こんなに汚れてしまって早く治癒しないと……、とにかく服を脱いで」
「那美、那美、落ち着け」
「Be quiet. みんなが起きる!!」
「だぁ〜、うるせぇ!! 何時だとおもってんだ!!」
 騒ぎが騒ぎを呼び、騒音はさらに広がる。
 結局、那美が落ち着くまでに寮生のほとんどが起きてきてしまっていた。

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