抜かずの刃、鎮魂の祈り 第一話 社の午睡 カワウソ |
のどかな休日の昼下がり。 恭也は境内であぐらをかいて座っていた。 本来なら「暇だから」という理由で鍛錬の一つもする恭也だが、今日はいつもと違い動こうとしない。それどころか、緊張とまではいかないものの、体をゆするのさえ遠慮しているのかのように動くのを控えていた。 「すぅ、すぅ……」 それもそのはず、その膝の上には那美が頭を乗せて眠っているのである。表情は穏やかというにはちょっと緩みすぎているが、恭也からすれば十分に「可愛らしい」と思える範疇にある。 まあ、好きな相手が自分の膝の上で安心しきっていれば悪い気がしないのも当然ではあるが。 「Hi、恭也……と那美。彼氏の膝枕で昼寝とはいい御身分じゃないか」 そう声をかけるのはいつの間にか現れたリスティだった。 那美はむにゃむにゃとつぶやくだけで起きる気配はない。 「リスティさん……この状態なので、このままで失礼します」 恭也が多少恐縮気味に頭を下げる。 膝の上の那美を動かさないようにしているので、ほとんど動いていないが。 「恭也が謝ることじゃないよ。それよりも二人の仲が順調なのがボクには嬉しいね」 あとで真雪と一緒にからかうネタにもできるし。とクククッと喉の奥で笑うリスティ。 対する恭也は過去の経験からその様子を非常にリアルに想像してしまい冷や汗を流していた。 「そんなに嫌な顔しなくたっていいじゃないか。ウチの連中は恭也が来るのが楽しみなんだからね」 那美がさざなみ寮でからかいのネタにされると言うことは、かなりの高確率で恭也も巻き込まれることを意味する。 那美は過剰にかまわれるのが苦手な恭也を気遣って寮内の騒ぎに関してはなるべき巻き込むまいと努力はしているのだが、いかんせん、甘酒で足腰が立たなくなる那美では抵抗もささやかなものでしかない。 あらん限りの抵抗をしてもたかが知れており、以前にその顛末を聞かされた恭也は酒宴になりそうなときはさざなみ寮管理人の槙原耕介に連絡してもらうように頼んでいた。 那美の防波堤として駆けつけるためである。 実のところ、恭也は酒は好きではないが、本人にそのつもりがあれば相当飲める。 アルコールを毒物と認識し、気を張っていると酔いそのものをかなり押さえ込めるのだ。 とはいえ、毎度のごとく下世話な質問攻めにされる恭也としては正直、剣を振るう以上に厳しい戦いでもあるのだった。 「……歓迎していただけるのは俺としても嬉しいのですが……」 「もう少し穏便にして欲しいって?今でも穏便だよ」 本人にとってささやかな抵抗を心外とばかりにリスティは却下する。 親しみやすく、頼りがいのある耕介に比べ、非常に落ち着いた受け答えと常に礼儀正しい応対をする恭也はその外見とあいまってどこか浮世離れした観がある。 「一見近寄りがたい憧れの君。内実はお堅い武士」と言うのが寮生達(一部を除く)のおおむねの評価であり、それは別段恭也の堅物ぶりを揶揄するものではなく、破滅的なドジとはいえ物腰が基本的に上品な那美と「お似合い」であるという好意的な見方をされていた。 また、さざなみ寮関係者であれば誰彼かまわずからかいの対象にする真雪も一度手合わせをしてからは、恭也と剣を交えることは徹底的に避けるようになっており、さざなみ寮のセクハラ魔王とはいえどうしても追求は緩くなる。 そのため、那美が酒の肴になった酒宴では真雪が飽きるか、恭也が飲めなくなるまで続くのが暗黙の了解となっていた。 「本気で嫌と言うこともないだろう? ま、さざなみ寮の住人に手を出したのが運の尽きとおもって諦めてくれよ」 「……はい」 そもそもの元凶その2に諭されても説得力のかけらもない。とはいえ、話をこじらすこともないので恭也はすなおに頷いた。 そのまま膝の上の那美に目を落し、その髪をそっと梳く。 那美はわずかに身じろぎをすると気持ちよさそうに頬を恭也の腿に擦り付けた。 「なんともまぁ、幸せそうに。しっかし、那美の甘え方って久遠に似ていると思わないかい?」 「……そうでしょうか」 疑問とも反論ともつかないトーンで恭也が返す。 恭也も小動物みたいだなとは思っていたが、さすがにほのかなりとも色気を感じる恋人と無邪気にじゃれ付く久遠とは結びついていなかったので、虚を突かれた格好だ。 「間違いないね。膝の上にいたがったり、頭を擦り付けたり。これは間違いなく久遠からヒントを得ている。まったく、普通はペットが飼い主に似るものだが、逆になってしまうとはね」 自分で導いた結論に満足げにうんうんとうなずくリスティ。その勢いのまま、なにを思いついたのかにやぁ〜とかなりよこしまな印象を受ける笑みを浮かべ、恭也に問い掛ける。 「そのうち、抱きついて顔とか舐め出すんじゃないか?」 「……さすがに人前ではしませんが」 普段は無口なはずのリスティの演説に魂だけ1メートルほど引いていた(何せ体は動くに動けない)恭也だが、またまた唐突なリスティの指摘に思わず本当のことを答えてしまう。 「……すでにやっていたんだ」 「……めったなことではしません」 自分の想像の上を行かれて唖然とするリスティに、内心の動揺を隠すためにことさらに憮然とした表情で返す恭也。 本当は睦言の時だけなので、別段おかしなことでもないはずだが、リスティの中で「那美の愛情表現の元は久遠」という図式が確定してしまったようだ。 「……ところで、リスティさん。何か用事があったのではないのですか?」 「ああ、そうだった。目の前に面白いネタがあったもんだからつい忘れてしまった」 気まずい、というか気恥ずかしい雰囲気を何とかしようと口を開いた恭也だが、リスティも本当に用事があったらしく、はいこれ。と封筒を恭也に差し出す。 「……これでしたか。ありがとうございます」 「ま、当然の報酬だけどね。でも、いいのかい?」 中身を確認してこころもち頭を下げる恭也にリスティはほんのすこし眉をひそめて尋ねる。 「……俺には、霊力がありませんから」 「だからって切れるもの切っても仕方ないんじゃないか?」 言葉すくなに、しかし、はっきりと答える恭也に、リスティは苦笑気味に返す。 封筒の中身は、リスティのコネで紹介された仕事の報酬である。 クリステラ・ソングスクールのチャリティコンサートの一件でリスティと仕事上のコネがつながった恭也はその後、リスティからときどき仕事を回してもらうようになっていた。 膝のリハビリと美由希との剣の修行、さらに那美の仕事の随伴の間を縫ってのことなので、あまり数はこなせていないが、毎回のように戦闘になるため、危険報酬が加味され、フリーの新人というハンデでしかない状況でも実入りはそれなりに多かった。 無論、それだけで食べていけるほどでもなかったが。 「遠回りだと思うけどなぁ」 「……あれを、美由希に使うわけにも行きませんから」 言外に「そんなことしなくても」と言う意味を乗せたリスティの言葉ゆらぐことなく返答する恭也。 そこには、自分のことでは決して迷わない鋼のごとき剣士の姿があった。 そして、その鋼はさらに強くなろうとしている。その意思を明確に持っていた。 「まぁ、恭也がいいって言うならボクはラクさせてもらうけどさ。とりあえず、今日は膝の上のお姫様をあやしてあげなよ?」 「……はい」 用件よりもからかう方に相当重きをおいた会話を残し、リスティはきびすを返した。 そして、後には頭上の会話も知らず、ただ至福の時を過ごす那美と、それを見守る恭也の姿が残った。 以下次話 |
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あとがき
カワウソです。 |