一年後の柏木家の食卓 後編
「あ゛あ゛あ゛ぁっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!?」
翌朝、俺の眠りを引き裂いたのは、絶叫とも悲鳴ともつかない素っ頓狂な大声だった。
この声は・・・梓か・・・?
なんだ? 朝っぱらからやかましい奴だ。
そう思っていると、今度はドドドドド・・・と廊下を駆ける音がする。
梓の奴、何が起こったっていうんだ。
俺は仕方なく布団から抜け出して、音のする方へ歩いていった。
寝ぼけ眼をこすりながら廊下を歩いていると、曲がり角で人にぶつかった。
俺の胸にぶつかったそのあまり発達していない体の感触は・・・
「初音ちゃん?!」
俺は瞬間的に手を伸ばし、よろけた人影を抱き留める。
あぶないあぶない。初音ちゃんに怪我をさせるところだ。
そう思って、ふと腕のなかにいるはずの初音ちゃんに顔を向けると・・・
「こ・・・耕一・・・」
「梓!?」
びっくりした。
俺の腕のなかで苦しそうにしているのは、なんと梓だった。
しかし・・・この感触はなんだ! 何か違和感があるこの薄っぺらい感触は!!
そこで俺は気がついた。この違和感の正体に。
「梓・・・お前・・・」
「耕一ぃ・・・・!!」
梓はすでに涙目だ。俺は梓を腕から離し指さしながらいった。
「お前・・・胸はどうした!!」
・・・違和感の正体、それは梓自慢の巨乳がまるで小学生並につるぺたになっている事だった。
俺が言うと、梓はしくしく泣き出した。
「朝起きたらこうなってたんだよ・・・胸が・・・千鶴姉より9センチも大きかったあたしの胸が・・!!」
しっかり具体例をあげて比較するあたり、まだこいつも余裕があるのかも知れない。
しかし・・・それにしても、夕べの巨乳が今朝は貧乳、なんて変化を人の体がするのだろうか?
俺は梓から一歩引いて、全体像をチェックしてみる。
梓は上半身だけ普段着に着替えている。おそらく上着を脱いだときに、異常に気付いたのだろう。
いつもなら大きく膨らんで俺の目を密かに楽しませてくれる梓のバストが、洗濯板のようにすとんと落ちている。
・・・はっ!? さては・・・!!
「梓お前・・・!!」
俺は突然ひらめいたある考えの、その内容の恐ろしさにわずかに震えながら言った。
「・・・やっぱり男だったんだな!!」
「・・・耕一・・・」
梓の形のいい脚がバレリーナのようにゆっくりと上に上がる。
「いっぺん・・・死ねぇぇーーーーッッ!!」
そして次の瞬間、稲妻の早さで振り下ろされる。
ネリチャギ。和風に言えばかかと落とし。K1のアンディ・フグの得意技だ。
・・・見事だ、梓。
蹴りをもろに食らって床に突っ伏しながら、俺は自分の考えを訂正した。
男だなんて言って悪かった。 この蹴りは、男以上だ。
「姉さん、うるさい」
廊下に這いつくばった俺の横で突然ドアが開いた。
楓ちゃんの声だ。
「理由は耕一に聞きな!」
「耕一さん・・?」
楓ちゃんの声がこちらを向いた。ちょうどドアの影になっていたらしい。
俺は何とか上半身だけ起こして、体裁を整える。
「や・・やあ、楓ちゃん。おは・・・」
「耕一さん・・!!」
俺の挨拶は、最後まで言葉にならなかった。
ドアを閉め俺の横にしゃがみ込んできた楓ちゃんのパジャマの胸元に、意識のすべてが吸い取られる。
楓ちゃん・・・知らなかったよ。
君がそんなに・・・巨乳だったなんて!!
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「耕一さん・・大丈夫ですか」
床に手を突いて、俺の方に身を乗り出してくる楓ちゃん。
その姿勢はまるで「だっちゅ〜の」!!
うおおっ!! い、いかん、俺のもう一匹の鬼が目覚めてしまう!!
俺は突き上げる衝動に身をかがませながら、苦しい息のなか楓ちゃんを呼ぶ。
「か・・楓ちゃん・・・」
「どこか痛いんですか!?」
体をくの字に折った俺をみて、楓ちゃんは俺がどこか痛めたと思ったらしい。
おれの背に手を回してくる。
だめだ楓ちゃん! その体勢はまずい!! なぜなら・・・
・・・つん☆
はあうっッ! 先っぽが・・・!!
「ふんぬぅぅっッ!!」
「耕一さんっ!」
俺の背中に今度は楓ちゃんの柔らかなそれがぐりぐり押しつけられてくる!
楓ちゃん! 俺を殺す気か!! ただでさえ波動拳が出そうだというのに!。
理性を失う前に何とか手を打たねばと、おれは精神力を振り絞って言った。
「楓ちゃん・・・そのパジャマ小さすぎるんじゃない?」
「えっ!?」
あわてて俺から離れ、胸を抱く楓ちゃん。
ふぅ。 何とか助かった。でも何となくものすごく残念な感じもする。
しかし、落ち着いて考えてみると、どうも腑に落ちない。
楓ちゃんって、あんなにバストあったっけ?
俺は昨日やおとといの楓ちゃんの姿を思い出しながら考える。
・・・いや。
俺の思い違いではない。確かに昨日までの楓ちゃんはこんなサイズじゃなかった。
むしろ高校3年生にしては小さいくらいだったはずだ。
着やせという言葉もあるが、それにも限度がある。
「梓!」
俺は梓を呼んだ。
「楓ちゃんを見て、何か思わないか」
「何かって・・・・」
そこで、梓は気がついたらしい。はっ・・と息を呑む音がする。
「楓あんた・・・」
「梓姉さん・・・!」
楓ちゃんも自分の、そして梓の体の異変に気がついたらしい。
驚きのあまり声もない二人の間に立って、俺は真相を解き明かす探偵のように厳かに言った。
「・・・今度は体格が反転したんだ」
原因の説明は必要なかった。
千鶴さんの手料理。 これしかあり得なかった。
「・・・しかし、何が悪かったんだろうか」
俺は一人ごちる。
今年は念には念を入れて、材料から製造過程にまで梓の厳しいチェックが入っていたはずだ。
なあ、梓・・と言いかけて、俺は声を呑んだ。
梓は楓ちゃんの胸を見つめたまま呆然としていた。ゆっくりとその目が下がり自分の胸と見比べる。
手が上に上がり、胸に手を当てている。どうしても自分の胸がないことが納得できないようだ。
そしてたぶん、楓ちゃんのアメリカンなバストに敗北感を味わっているのだろう。
泣くなよ梓、お前のいいところは何も胸だけじゃ・・・・・・・
・・・・他に何かあったっけ・・・・
「耕一さん・・」
俺が考えていると楓ちゃんが控えめな声で俺に話しかけてきた。
「ん? なに、楓ちゃん」
「あの・・・耕一さんは・・・変わっていませんよね?」
「変わるって・・・あ!」
俺は思わず声を出してしまった。
梓や楓ちゃんの胸に見とれてばっかりいて、自分の事を考えていなかった。
そう、俺は反転していない。
同じものを食べたのに、俺だけどうもない。
これは一体何を意味するか・・・
「昨日の食事で、私たちが食べ耕一さんだけが食べなかったもの・・・」
楓ちゃんが考えを導くように俺の目を見ながらゆっくりという。
俺はうなずいた。見ると抜け殻のようだった梓もこっちを見ている。
俺は二人の目をぐるっと見渡し、もう一度うなずいた。
「タケノコだ!」
三人の声がハモった。
「千鶴姉!」
俺達はそろって千鶴さんの部屋の前に詰めかけた。
どんどんどん!
梓がドアを叩く。しかし反応がない。
さては・・・
「あけて見ろ、梓」
「了解!」
ショックを怒りで乗り越えた梓が、鼻息も荒く断りも無しにノブを回した。
「千鶴姉、どこに隠れた!」
荒々しくドアが開き踏み込んだ室内は暗く、人影は見えない。
楓ちゃんが電気をつける。
一瞬の目眩の後俺達の目に映ったものは・・・!
「しばらく旅に出ます・・・千鶴・・・・」
綺麗に畳まれた布団の上に置かれた小さな紙片を梓が読み上げる。
・・・やはり。
そうつぶやく俺の横で、梓が書き置きを握ったまま不気味に低く笑い出す。
「ふ・・・・ふふ・・・ふふふふふふふふふふふふふ」
拳が不吉に震えている。
「やられたな・・・これは」
「耕一さん、危ないです」
腕組みをしてうなずくおれの袖をひいて、楓ちゃんが一歩下がった途端。
「ふざけるな〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
梓が爆発した。
千鶴さんの書き置きは一瞬で紙吹雪と化した。
「耕一さん・・これ!」
梓の魂の叫びを無視して、千鶴さんの部屋を家捜ししていた楓ちゃんが鋭い声で俺を呼んだ。
見ると千鶴さんの机の上にある本を開いているようだ。
・・・この展開。去年もこんな事があったような気がする・・・
「今度は何? タケノコ大事典?」
「いえ、完全有毒植物マニュアル・・と書いてあります」
・・・乙女の寝室にある本としては、少しばかりロマンティックさにかけるなぁ・・・
「・・で、どこなの」
「ここです」
気を取り直して俺が聞くと、楓ちゃんは開かれたままになっている頁の片隅を指さした。
そこには挿し絵と共にこんな解説文が載せられていた。
「タイカクハンテンダケ」
イネ科の常緑多年草 中国東部が原産地。日本では北陸地方の一部にごく稀に群生する。
観賞用の真竹にそっくりな外観を有するが、幼生時のタケノコには特殊なアルカロイドが含まれている。
これを摂った者の体格が反転してしまうというきわめて特殊な作用を持つのが名前の由来である。
摂取してもすぐには効果が現れず、しばらく立って忘れた頃に体が変化するためテンサイタケという名もある
反転した体格は摂取量にもよるが二時間ないし六時間で元に戻る。
致死性の毒劇物ではなく常習性も伴わないため、国の指定を受けておらず・・・
俺は最後まで読まなかった。
「楓ちゃん、この本は・・・?」
「ここに開かれた状態で・・おいてありました」
置いたまま?
ちょっとひっかった。
「耕一さん・・?」
楓ちゃんが不審そうな顔で俺を見るなか、俺は千鶴さんのベッドに寄った。
シーツの上に手を這わせる。
・・・千鶴さんのベッドはとても・・・柔らかい・・・・
「・・耕一さん・・・?」
・・・なんて柔らかいんだろう、そしていい匂いがする。甘いような花びらのような柔らかい香り・・・これが千鶴さんの匂いなんだ・・・ああ・・・この上でいつも千鶴さんは寝てるんだ・・・昨日なんか寝苦しかったからきっと寝汗なんかかいてこういちさぁんなんて寝言を言ったりしていや寝言なんだからもっと大胆な声なんかたててあられもない格好で寝乱れながらそれでそれでそれで・・・・
「耕一さん?!」
「えっ! あ、なに楓ちゃん」
楓ちゃんの強い声ではっと我を取り戻す。
気がつくと俺は千鶴さんの布団に頬ずりをする体勢になっていた。
「耕一・・・千鶴姉のベッドでなにを・・・」
梓が変質者を見る目で俺を見ている。
いかんいかん、当初の目的を見失っていた。この俺を惑わすとは千鶴さんの布団のトラップ恐るべし。
「いや、これは・・・そう、調べていたんだ」
「ほう・・・何を」
梓が腕組みをしたまま下目遣いで俺を見る。
こいつ、完全に俺を疑ってやがる。まあ、実際一瞬目的を見失ってしまったけれども、理由もなく千鶴さんのベッドにさわった訳じゃない。
「そう、怪しむなって。梓も楓ちゃんもちょっとここに手を入れてごらん」
俺はそう言って二人に場所を譲った。
ベッドの端にちょこんと座った楓ちゃんの手を、畳まれた掛け布団の下に滑り込ませる。
梓も思いっきり不審そうな顔をしながら手を入れた。
そして・・・
「・・・暖かい・・・」
梓の表情がさっと変わる。
楓ちゃんは俺の目をみた。俺はその目を見返して言った。
「そう、あったかい。 まるでついさっきまで誰かが寝ていたみたいに・・・ね」
「・・・と言うことは・・・」
「千鶴さんは、まだそう遠くに言っていないってことさ」
俺がそう言うと、楓ちゃんがすいと立ち上がって出口へ走り出した。
「楓! どうしたんだよ」
梓があわててその後を追いかける。
俺もその後を追いながら、楓ちゃんの考えがわかった。
・・・なるほど。やっぱり頭のいい子だ、楓ちゃんは。
楓ちゃんは俺の思ったとおり、玄関で止まっていた。
「なあ、楓、何してるんだよ」
梓はまだわからないらしい。
梓・・・やっぱり、栄養は胸に行っていたのか・・・
俺は軽くためいきをつくと梓の肩に手をおいて、楓ちゃんに声をかけた。
「・・全部あるかい」
楓ちゃんはかがんでいる体を起こして、こくりとうなずいてきた。
「おい、耕一・・・楓は何してるんだ?」
「・・・楓ちゃん、説明してやって」
梓は俺の口調にむっとした顔をした顔を向けたが、楓ちゃんが何か言おうとしたので口を閉ざした。
「・・・姉さんの、靴」
楓ちゃんは下駄箱の戸を閉めながら言った。
梓の目がようやく理解にはっと開かれる。
俺は楓ちゃんの後をついで説明を付け加えた。
「千鶴さんの靴は全部ある。千鶴さんに裸足で出かける趣味がない限り・・・」
俺は言葉を切った。
そして某少年探偵漫画を思いっきり意識しながらこう宣言した。
「千鶴さんはこの中にいる!!」
決まった・・・
一度やってみたかったんだな、このポーズ。
「・・・でもさ」
感動に浸る俺に梓が無粋な声をかけてきた。
「・・・なんだよ」
「千鶴姉がもし事前に靴をこっそり買って用意していたらどうなんだよ」
「ちっちっち。 青いな」
俺は人差し指をたてて横に振りながら微かに笑んだ。
そのくらいのことは考え済みだ。
「事前に逃亡用の靴を買っておくって事は、今回のタケノコ混入事件は計画的犯行と言うことになる。しかしそう考えると不思議なことがいっぱい出てくる。たとえば・・・」
俺は千鶴さんの部屋の方を指さした。
「・・・さっきの千鶴さんの布団なんかそうだ。計画的犯行なら直前まで部屋にいたりしない。まして布団に入りなどしない。夜中俺達が寝静まった頃にこっそり出ていけばすむことさ」
梓はわかったようなわからないような顔をしてうなずいている。
反対に楓ちゃんは俺をどことなく尊敬のまなざしで見ているような気がする。
・・・気持ちいい・・癖になりそう、これ・・・
気を取り直して続ける。
「そして机の上に置きっぱなしにしてあった本。これも計画的とは言い難い。むしろあわてて放り出したと言う感じがする。千鶴さんにとっても、今回の事はアクシデントだったってことさ。そしてあの書き置きは俺達の目を少しでもそらそうとする作戦のような気がする」
「逸らすって・・・何から」
「たぶん、千鶴さんから」
「?」
梓がわからないと言う表情をしたので、俺は楓ちゃんに聞いた。
「楓ちゃんも同じ事を考えているんじゃない?」
すると楓ちゃんはうなずいて
「はい・・・千鶴姉さんも、体格が反転していると思います」
梓が手を打った。
つくづく鈍い奴だ。俺が苦笑しながら結論を言う。
「それも、俺達に見られたくない姿に・・・ね」
玄関にいつまでいてもしようがないと言うことで、俺達は居間に移った。
梓はとりあえずお茶を入れてくると言って、台所に消えた。
まだ残暑の季節とは言え朝の空気は少し冷えていて、寝間着姿の楓ちゃんは寒そうだ。
俺は自分の来ていたトレーナーを脱いで楓ちゃんの肩に掛けてやった。
「耕一さん・・・」
「ごめんね、俺のきたないトレーナーでさ。でもとりあえずは寒くないでしょ」
Tシャツの襟を整えながら俺が照れ隠しにそう言うと、楓ちゃんは俺のトレーナーの端を赤ん坊みたいに握って小さな声でぽそぽそとつぶやいた。
「耕一さんの匂いがする・・・」
「え? 何か言った、楓ちゃん」
俺が聞き直すと楓ちゃんは耳まで真っ赤にしてうつむいた。
「いえ・・・とっても、暖かいです・・・」
「そ、なら良かった」
俺は楓ちゃんがうつむいた拍子にその大きな胸の谷間を見てしまった。
・・・こ・・この角度は・・・かなりナイスかも・・・
何故か二人とも黙り込んだまま、梓が帰ってくるまで不自然な沈黙が続いた。その間俺の視線が落ち着かなかった事だけは言っておこう。
「・・・そう言えば初音ちゃんは?」
梓のいれたお茶をすすりながら、俺は急に気になって聞いた。
すると楓ちゃんが小さな声で答えてくれた。
「初音はまだ寝てると思います。まだ時刻も早いし・・」
えっ? と思って俺は部屋の時計を見た。
AM6:30。 確かに早い。ふつうならまだ寝ている時間だ。
「そっか、楓ちゃんごめんね。こんな時間に起こしちゃってさ」
元はと言えば梓が悪いのだが。
「いえ・・・朝の課外授業がありますから、最近はこの時間です」
「そっか、もう受験生なんだっけ。大変だね」
「はい。・・・でもこれじゃあ今日は学校は・・・」
そうだった 。
自分が休みだと忘れてしまいがちだが、今日はふつうに学校がある日なのだ。
梓はもう大学生だからかまわないとして、楓ちゃんと初音ちゃんは学校があるんだっけ。
「後であたしが電話しとくよ」
梓が湯飲みの底に手を当てるバアさん臭い飲み方をしながら、湯気に目を細めていった。
「ありがと、姉さん」
「いいって。ついでに初音の学校にも電話しとこうかね」
言われて俺ははっとした。
・・・そうだ。初音ちゃんも反転しているに違いないんだ。
今朝俺にぶつかってきた梓を初音ちゃんと勘違いしたように、初音ちゃんは年齢よりもかなり発育が遅い。
学校が遅くなったとき小学生の夜歩きと勘違いされて補導されそうになった事もあるらしい。
あの初音ちゃんがどんな体になっているのか・・・俺がそう思ったとき。
「おはよう・・・」
俺の後ろで居間の戸がさらりと開いて、初音ちゃんの眠そうな声が聞こえた。
おはよう、と言いかけた俺の両側で梓と楓ちゃんが途端に顔を引きつらせる。
「は・・・初音・・・!!」
「あ、おねえちゃんたちおはよう・・・」
半分まだ眠ったようなぽや〜っとした声で初音ちゃんが引きつっている二人に挨拶する。
・・・なんだ!? 初音ちゃんに何が起こったんだ。
俺は体をねじって初音ちゃんの方を振り向いた。
「おはよう初音ちゃ・・・・!!?」
振り向いた俺の目に最初に飛び込んできたのは、小さな窪みだった。
すべすべしてしみひとつない綺麗な肌にぽつんと可愛く影を落とすその小さな窪みが、初音ちゃんのおへそだと言うことを理解するのに俺は5秒くらいの時間を要した。
「おはよう、耕一お兄ちゃん・・・もう起きてるんだ」
初音ちゃんは脳がビジーになってフリーズしている俺の目の前で、今度はあくびと共に背伸びをした。
俺はようやく金縛りから解け、おへそからそろそろと上へ視線を上げていった。
初音ちゃんのパジャマはクマのプリント柄で、結構ゆったりしたデザインだったと記憶している。
ではなぜおへそが出るのだろう? その疑問は俺の視線が初音ちゃんの胸のあたりまで来たときに氷解した。
つん、と生意気な角度で張り出した豊満なバスト。 それがパジャマを持ち上げていた。
先がとがって見えるのは気のせいではないだろう。その手の雑誌のグラビアなんかでは見たことのある構図だが実際に目の前で、しかも初音ちゃんがそんな姿になっているのは刺激的を通り越して衝撃的に過ぎた。
完璧なまでに形のいいバストから意識を無理矢理引き剥がし、改めて初音ちゃんの全身を見てみると、初音ちゃんの反転がただ単に胸の発達だけでは無かった事がわかった。
ウエストは柔らかさを湛えながらもきゅっと引き締まり、その下のヒップのボリュームと相まってひどく官能的なラインを作り出している。よく見れば少し背も伸びたのだろうか。頭のてっぺんのくせっ毛は変わらないけれど、顔の形、輪郭というか雰囲気が明らかに違うのだ。
オトナの女のフェロモンを今の初音ちゃんは全身からむんむん放射している。
よく小学生に間違われるほど幼さの抜けない初音ちゃんが、色気たっぷりの「大人のオンナ」に反転するだろうとは予測してはいた。
してはいたがまさか・・・
・・・まさか、ここまでとは。
俺は言葉を失ってただただ初音ちゃんを見つめている。
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「どうしたの? 耕一お兄ちゃん」
「あ・・・うん。あの・・初音・・・さん」
俺はしどろもどろになりながらとにかく何気なさを装おうとして、惨めにも失敗した。
・・・しまった。つい「さん」付けで呼んでしまった。
でも今朝の初音ちゃんは、「初音ちゃん」という感じじゃない。
俺のうろたえっぷりを笑っているだろうなと思って梓達の方を振り帰ってみると、二人は未だ引きつっている。
・・・相当ショックなんだろうなぁ・・・
二人とも、「初音よりは・・・」というような考えがあったのかも知れない。
それが今、根底から覆されていく。まるで大貧民の革命だ。
「初音・・さん? くすっ。変なお兄ちゃん」
初音ちゃんは未だ気付いてないらしい。
それを利用してじっくり楽しむ手もあるが、後ろの二人の目が光っている。
俺はテーブルの一角を指して初音ちゃんに言った。
「初音ちゃん。ちょっと話があるんだ」
説明にそれほど時間はかからなかった。
体の変化を自覚させると初音ちゃんは顔を真っ赤にしてパジャマの裾を押さえてしまい、結果としてさらに胸の膨らみを強調させることになってしまった。
衝撃のあまり目覚めなかった俺のもう一匹の鬼が急速に自我を主張しだすのをこらえつつ、俺は今朝のこれまでの出来事をかいつまんで話した。
梓も楓ちゃんも反転していること。原因は昨日食べた千鶴さんの茶碗蒸しに混入されていた「タイカクハンテンダケ」というタケノコのせいであること。千鶴さんの部屋にあった本によればこの効果は半日程度で消えること。
そして千鶴さんが現在この屋敷内のどこかに隠れていることを説明した。
すると初音ちゃんはこんな事を言った。
「・・・今朝、千鶴お姉ちゃん私の部屋に来たよ」
・・・なんだって?
梓や楓ちゃんもぎくりとしたように初音ちゃんの方を見て、それから俺の方を見た。
初音ちゃんの部屋に、千鶴さんが・・・? どういうことだろう。
「それ本当? 初音ちゃん。何時くらいだったか覚えてる?」
「えっと・・・ごめんなさい。私朝はぼうっとしてるからよく覚えてないの・・・」
「あやまることないよ。・・・それで千鶴さんは何をしたの」
「うん・・私ね、はじめは誰が入ってきたのかわからなかったの。でも声が聞こえたから・・」
「なんて言ったの?」
俺は手に汗をかいていた。
初音ちゃんが夢うつつに見ていたのは紛れもなく「反転後」の千鶴さんだ。
「なんだかびっくりしたような声で、『初音っ・・・!』 って」
「・・・それから?」
俺は先を促した。
しかし初音ちゃんはすまなさそうに肩を小さくして言った。
「あ、千鶴お姉ちゃんだって思ったら安心しちゃって・・・また眠っちゃったの。ごめんなさい」
「ううん。有り難う初音ちゃん、十分参考になったよ」
実際、この情報は貴重なものだ。
千鶴さんは自分の身体の変化を通して異常を知ったが、それでもなお他の人を見ないとすまなかったわけだ。
そこで選ばれたのが、一番朝に弱く自分に気付かれる危険性の低い初音ちゃんだったのだろう。
問題はその後だ。千鶴さんは一体どこへ行ったのか・・・?
俺はとりあえず考えるのをやめて、隣の部屋から大きめのタオルをもってきた。
そしてそれをぽかんとしている初音ちゃんの肩に掛けてやる。
「おなか冷えると風邪引いちゃうよ」
「有り難う、お兄ちゃん」
初音ちゃんが天使の微笑みを浮かべる。
しかし今の初音ちゃんがそんな微笑み方をすると、イケナイ考えが浮かんでしまう。
俺は見とれかけて、つい、と目をそらした。
・・・いかんいかん。俺は何を考えてるんだ。
「梓、初音ちゃんにもなんか暖かいのを入れてあげな」
「そうだね。初音、ホットミルクで良い?」
「・・・うん」
なんだか初音ちゃんの声に元気がないな。
どうしたんだろう。
「じゃあ、それまで着替えてくるね」
初音ちゃんはそう言って、席を立った。
俺は何となく気になったので、後を追って初音ちゃんと一緒に部屋を出た。
「初音ちゃん。どうしたの?」
横に並んで俺が声をかけると、初音ちゃんはぴた、と足を止めた。
一、二歩行き過ぎた俺が振り向くと、初音ちゃんが俺を悲しそうに見ていた。
「・・・どうしたの」
「お兄ちゃん・・・私の事嫌いになったの?」
初音ちゃんの声は、かすれるほど小さかった。
「えっ? いまなんて言ったの、初音ちゃん」
「・・・耕一お兄ちゃん、初音のこと嫌いになっちゃったの?」
初音ちゃんがタオルの端を握りしめて俺に迫ってくる。
俺は目のやり場に困ってあらぬ方を見ながら、懸命に平常心を取り繕った。
「どうして、そう思うの」
すると初音ちゃんはこんな事を言った。
「だって・・・今朝のお兄ちゃん、私から目をすぐ逸らすんだもん・・・」
「それは・・・」
あんまり意外な言葉に俺が詰まっていると初音ちゃんはさらに誤解したらしい。
「今だって・・・見てくれてない・・・」
「だからそれは・・・」
俺はためいきをひとつついて、初音ちゃんの肩に手を置いた。
この子は初音ちゃんなんだ。体がこんなになっても、この子は初音ちゃんなんだ。中身は変わらずに。
俺は腰を落とし、目を同じ高さに合わせて初音ちゃんの目を覗き込むようにして言った。
「嫌いになんてなってないよ。俺が初音ちゃんのこと嫌いになるなんて絶対にない。逆はあってもね」
「お兄ちゃん・・・」
「俺が初音ちゃんから目をそらすようにしていたのは、そんな理由じゃないんだ。むしろ・・・」
俺は片手を初音ちゃんの頭に置いて、てっぺんのくせっ毛をなでつけるようにゆっくりとなでながら言った。
「・・・むしろ、大好きだからなんだ。初音ちゃんがあんまり綺麗になってたからびっくりして、それで照れちゃったんだ」
「・・・本当? お兄ちゃん」
「嘘は言わない。でもいつもの初音ちゃんも大好きだよ」
俺が保育園の先生みたいに大きくうなずいて見せると、初音ちゃんはいつもの笑顔を取り戻してにっこり微笑んでくれた。そして、次の瞬間には初音ちゃんの柔らかい小さな体は俺の胸のなかに収まっていた。
「・・・初音ちゃん?!」
はらり、と床にタオルが落ちる。
俺は自分が初音ちゃんを抱きとめる格好になっている。
脇の下に手を回し、初音ちゃんは一瞬だけ俺を強く抱きしめると
「・・・よかった!」
と言って、ひらりと腕を放し自分の部屋に向かって走り出していった。
突然の出来事に硬直した俺は遠くで初音ちゃんの部屋のドアが閉じる音が聞こえた頃、胸のあたりに残った初音ちゃんのぬくもりと感触をフラッシュバックのように思い出し、それをむなしく抱きしめた。
俺のもう一匹の鬼が欲求不満の叫び声を上げている。
・・・一瞬だけってのはかなり残酷だったよ初音ちゃん・・・!!
「千鶴姉、どこかにいることはわかっているんだ。観念してでてこーい!!」
梓が朝食代わりに作ったバニラと蜂蜜入りのホットミルクを飲んだ後、いよいよみんなで千鶴さん探しを始めた。
梓は一昔前の刑事ドラマで警察が籠城犯にむかって叫ぶような文句を怒鳴りながら、家中の押入や扉と言う扉をバタバタと開けまくっている。
楓ちゃんは庭に出て、何を考えているのか庭石をひっくり返したり池の底をつついたりしている。
千鶴さんは沢ガニかなんかか?
初音ちゃんと俺はそんな二人に圧倒されて、居間の真ん中に立ったまま動き回る二人の姿を眺めている。
「ほら、耕一! 何さぼってるんだよ。あんたも手伝いな!」
そんな俺達を見かけて梓が勢いよくやってきた。
「探すってもな。どこ探すんだよ」
「ともかくこの家の敷地内から出てないって事は確かなんだろ? だったら徹底的に虱潰しに当たれば・・・」
「梓・・・聞こうと思ってたんだけど、どうしてそんなに急いで探す必要があるんだ?」
俺がそう言うと、梓は口だけで笑いながら言った。
「反転した千鶴姉の姿を見て笑ってやる。そして・・・あたしの胸をこんなにしてくれた落とし前をつけてやる・・・」
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指をパキパキ鳴らしながら楽しそうに梓は言った。しかし、目が笑っていない。
その姿に異様な殺気を感じた俺と初音ちゃんは、愛想笑いを浮かべながらゆっくりと退却する。
そのとき、庭から楓ちゃんが俺達を呼んだ。
「耕一さん!」
振り返って声の方をみやると、楓ちゃんは竹ヤリのそばにいた。
・・・いや、千鶴さんが料理をした現場だ。いまは竹ヤリとなり果ててはいるが、もとはこの清廉風雅な柏木家の庭園の一隅を飾る、それこそ俺達の共通の祖父、耕平じいさんの代から受け継がれた由緒正しい庭竹なのだ。
「耕一さん! これ・・・!」
「どうしたの楓ちゃん」
楓ちゃんは何かを手に持ってこっちに向かって盛んに振っている。
俺たちは庭に面した渡り廊下からつっかけを履いて、楓ちゃんの所へ駆け寄った。
「見て下さい。これ・・・」
「・・・・・・・ん?」
楓ちゃんが手に持っていたのは、一本のタケノコだった。
「・・・・ここにありました」
そう言って楓ちゃんが指さしたのは竹ヤリ・・もとい元竹林の足下だった。
そこには小さな穴があいている。そう、丁度小さめのタケノコがすっぽり入るくらいの穴が・・・
「梓、これは・・・」
俺はタケノコを梓に手渡しながら言った。
梓はそれをくるくる回しながら眺めた後、静かに断言した。
「・・・間違いない。これは昨日あたしが買ってきたタケノコだ」
「やっぱり」
俺は想像する。
昨日ここで何があったかを。
千鶴さんはここで包丁を使っていた。つまり野菜を切ったりしていた。
千鶴さんの包丁さばきは伝説的なほどの切れ味を誇るが、それが生み出すのは料理ではなくやはり破壊だ。
その無差別的破壊料理行為の最中に何かの拍子でこのタケノコが処刑台・・ではない、まな板から転がり落ちる。
まるで自分の身に及ぼうとしている恐ろしい運命から逃れるため、身近にいた同類に助けを乞うようにそのタケノコはこの竹林の奥に転がり込んだのだ。
しかし、転がり込まれた竹林の方は良い迷惑だった。逃げたタケノコを追って包丁片手にやってきた千鶴さんは邪魔とばかりに竹林を右に左に切り捨てる。そのときの千鶴さんが「斬る」快感に酔いしれていなかったとは断言できない所だろう。
さて、逃げ込んだタケノコの過ぎ近くにたまたま頭を出したばかりの初々しいタケノコがあったとする。
千鶴さんは包丁を手にし、また竹林で100人斬りをしたばかりで興奮しており、正常な判断力を少しばかり失っていたと仮定しよう。そうするとどうなるか。
千鶴さんはその生えたばかりのタケノコを転がり落ちたタケノコと勘違いして、それを引っこ抜いて持っていったのではないか?
・・・そう考えると辻褄が合う。
ふつうの女性は地面に生えているタケノコを片手で引っこ抜くなんて事はできないと思うかも知れない。
しかし、千鶴さんは鬼なのだ。まして斬る悦びに酔いしれてリミッターが外れているのだ。
タケノコどころか杉の木くらい平気で引き抜いても不思議ではない。
・・・千鶴さんは哀れなタケノコを片手に料理を再開する。
しかし、そのタケノコはふつうのタケノコではなかったのだ・・・
「・・・たぶん、こんな感じなんじゃないかな」
俺の考えを話すと、じっと聞いていた三人は小さくうなずいた。
「あたしもそうだと思うよ、耕一。千鶴姉ならありそうなことだ」
梓が顎に手を当ててうなずきながらそう言う。
「・・・タケノコが可哀想・・・」
初音ちゃんが目を潤ませながらそう言った。
・・・いや、いまのは作り話で・・・
優しい初音ちゃんらしい発言に苦笑していると、楓ちゃんが俺の服の袖を引っ張った。
「耕一さん・・・じゃあ、この庭にある竹は全部タイカクハンテンダケと言うことになりますね・・?」
「うん、まあそうなるかな」
「だとしたら・・・」
楓ちゃんは俺の袖を引いたまま竹林の裏にまわりこんだ。
そして地面を指さしながら俺に宣告した。
「・・・この穴はなんでしょう・・・?」
俺は見た。
さっきいたところからは丁度死角になったところに、また小さな穴があいている。
穴はまだ新しいように見えた。掘り返された土もまだ湿っていて引きちぎられた白い根もまだ瑞々しい。
二つ目の穴。それは二つ目の「タイカクハンテンダケ」の存在を暗示しており・・・
「・・・千鶴さんは、ここに来たんだ」
そして、2本目のハンテンダケを取ってどこかに行ったのだ。
俺がつぶやくと、楓ちゃんも同意するようにうなずいた。
そして楓ちゃんは言った。
「耕一さん。気になっていることがあるんですけど・・」
俺はまた何かあるのだろうかと、おびえながら楓ちゃんに視線を向ける。
すると、楓ちゃんは竹林の向こうにいて梓と話をしている初音ちゃんの方を見ながら小さく言った。
「初音の見た千鶴姉さんのことです」
「今朝早くに千鶴さんが初音ちゃんの寝室に来たって言う・・・あれ?」
「はい、それがずっと引っかかってて・・・」
なにかおかしい所があっただろうか?
「どこが引っかかるの?」
俺がそう言うと、楓ちゃんは手を後ろに組んでサンダルの先で地面をつつきながら、思い出すようにゆっくりと言った。
「初音はあのとき、寝室に入ってきたのが『誰かすぐにわからなかった』と言いましたよね・・・」
「うん、たしかそんなことをいってたね」
俺はそのときの様子を思い出しながらうなずいた。
楓ちゃんは足を止め、初音ちゃんの方をまた見やり、それから俺を見上げて言った。
「わからなかった・・・と言うのが引っかかるんです。あの子は人を見間違えたりなんかしない」
「・・・というと?」
「初音は、物の形や色を記憶して識別する事に関して、特殊な才能を持っている子なんです。だからたとえ朝で寝ぼけていたとしても、会ったことのある人・・・とりわけ千鶴姉さんを見分けられないなんてことはあり得ないんです」
言われて俺は思い出す。
去年初音ちゃんと神経衰弱をしたときの事を。
あの子は俺を三タテで負かした後、自分でこう言っていた。
「一度見た物や景色は忘れないの。人の顔も忘れないの。でも頭は良くないから、この人会ったことあるな、と思っても名前を思い出せなかったりする事がよくあるんだけどね」 そういって笑っていた。
・・・その初音ちゃんが、今朝寝室に入ってきた人影を「誰かわからなかった」と言っている・・・
・・・ということは。
「千鶴さんは・・・」
俺が続きを言おうとした瞬間だった。
遠くで何かが砕ける、鈍い音がした。
数羽のカラスがぎゃあぎゃあと騒ぎながら飛び立った方向は・・・
俺と楓ちゃんは目を合わせると、同時に駆け出した。
「耕一、今のは・・・」
さっと面もちを緊張させて梓が言う。
「梓、行くぞ!」
「行くって何処にさ!」
走り出した俺に並んで駆けながら訊いてくる梓に、俺はまっすぐ目的地に目をやりながら答えた。
「千鶴さんのところさ。千鶴さんは・・・蔵にいる!!」
どどどどどどどど・・・
朝の柏木家に再び駆け足の床を叩く音が響く。
俺は先頭を切って走りながら、さっき楓ちゃんに言いかけた言葉を思い出していた。
初音ちゃんが「誰かわからなかった」と言うことは、千鶴さんはいまや・・・
今の千鶴さんが人の形をしている保障もどこにもないと言うことで・・・・
「耕一ッ!」
梓の声に俺は足を止めた。
目的地の柏木家の土蔵まで、あと扉一枚を残すばかりの場所だった。
「なんだ、梓」
「ここに落ちてるのって・・・もしかして・・・」
俺はかがんで梓の指さす「それ」をつまみ上げた。
それは色と言い艶と言い形と言い紛れもない・・・
「・・・タケノコの皮だ・・・」
それもただのタケノコの皮ではない。
二本目のタイカクハンテンダケに違いない。その皮がここに落ちている。
「耕一さん・・・千鶴姉さんは・・・」
楓ちゃんが俺の横で、最後の扉を見つめながら震えるように言った。
俺はそっと床にタケノコの皮を置くと、深呼吸をして急に高鳴りだした心臓を押さえるように低い声で言った。
「・・・いくぞ!!」
・・・どくん・・・どくん・・・どくん・・・どくん!・・・どくん!!どくん!!!
手を伸ばし、ノブに手をかける。
緊張と言いしれぬ恐怖に、初音ちゃんと楓ちゃんが俺の腰と脇腹にしがみつきてきた。
いつもの俺なら鼻の下をのばして喜んでしまうシチュエーションだろうが、今の俺にはそんな二人の感触を楽しむ余裕すら無い。横を見ると梓が俺を見返してきた。
「開けるぞ、いいな」
「う・・うん」
千鶴さんの姿を見て笑いもんにしてやるといっていた梓も、この場に漂う空気にかなり威勢を失っている。
俺は、俺にしがみついている初音ちゃんと楓ちゃんをみた。
声もなくうなずいて来る初音ちゃんの頭を空いている方の手でなでてから、俺はノブを握る手に力を込めた。
ぎ・・・ぎぎいぃぃぃ・・・・
必要以上に不気味な音を立てて開け放たれた土蔵の中には、闇があった。
そして、一歩踏み込んだ俺達の耳に、闇の奥から小さな声が聞こえてきた。
「・・・こないで・・・わたしをみないで・・・おねがい・・・・・・」
「千鶴さん? そこにいるの!?」
俺が呼びかけるのと同時に、梓が動いていた。
「見るなだと! ふざけるなよ千鶴姉、電気付けて正体みてやる!!」
「ばか! やめろ梓、電気付けるの待て・・・」
「誰がまつかよ、いくぞ!!」
かちっ・・・
突然の光に一瞬視力を失い、数回の瞬きの後俺達がみたものは・・・・・・・・!!!
うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!
千鶴さんの姿があまりにあんまりなので、描写は割愛させていただきます。m(_ _)m