外のセミの声に決して負けない、良く通る声が教室中に響く。
"The first thing the boy Garion remembered was the kitchen at Faldor's farm.For all the rest of his life he had a special warm feeling for kitchens and those peculiar sounds and smells that seemed somehow to combine into a bustling seriousness that had to do with love and food and comfort and security and, above all, home."
考えてもまったくわからない。
なぜ月島先輩が僕に声をかけてきたのか?
生徒会のブラックリストに載っているのか?
妹の瑠璃子さんから有望な人材として僕の事を聞いたのか?
接点はその二つぐらいしか思い付かなかったが、どちらも有りそうにはなかった。
瑠璃子さんとは去年同じクラスだったけれどほとんど会話もないままだったからだ。
ただ一方的に祐介がぼんやりと憧れていただけである。
それにしても月島先輩があんな人だとは知らなかった。
生徒会長とかいうぐらいだからどこかガリ勉タイプの優等生だと思ってた。
しかし今日少し話しただけでも、内面に隠されたどこか悪戯っぽい雰囲気を感じた。
良く分からない人だが、良く分かる必要もないだろう。
今朝のは、なんというか下々の事情を見聞に来たかそんなところだ。
休日を増やして欲しいとか、フレックス登校の実施とかを訴えればよかった。
いずれにせよあの兄妹は似ていないと思う。
並べて見てみたらやはり顔立ちなどが似て見えるかもしれない。
"No matter how high Garion rose in life, he never forgot that all his memories began in that kichen."
「よし太田。そこまででいいぞ」
「はい」
教師の声に女生徒が返事して座る。
「いつもながら太田は発音が奇麗だな。次に当たる奴がかわいそうだ」
斜め前の席に座った香奈子が照れくさそうに笑う。
「そのかわいそうな奴は、そうだな、田中、お前だ。続きを読め」
田中が「えっ」と小さく声を出して立ち上がる。
祐介は月島先輩の事について考えるのを止め、太田香奈子について考え始めた。
去年憧れていたのが月島瑠璃子、今憧れているのが太田香奈子である。
どちらの場合も祐介は黙って眺めているだけだ。
だから二人とも祐介の名前すら覚えていないかもしれない。
でもそれでいい。
決して彼女たちの生活の中に自分から飛び込もうとはしない。
それはそれでいいじゃないか。
もてないのは決して誉められたことじゃないけど、ガツガツして品が無いのは最悪だ。
それにしても・・・僕は単にクラスでちょっと目立つ娘に惹かれてるだけなのかな。
おとなしい瑠璃子。活発な香奈子。タイプが大きく異なる二人。
香奈子はその活発さ、明るさで常に周囲の目を引き付けていたし、瑠璃子はそのお嬢様然とした雰囲気で密かに注目を浴びていた。
と、すると来年はまた別のクラスメイトに憧れるのかもしれない。
祐介は窓の外に目を転じた。
日差しは相変わらず厳しいが、先程までうるさかったセミの声が何時の間にか止んでいる。
田中がたどたどしい読み方で教科書を読んでいる。
日差しに似合わない優しい風が祐介の顔をなで、何処かの風鈴の鳴き声を運んでくる。
心地良いまどろみが祐介を包む。
この次に自分が当てられることを彼はまだ知らない。