巻三/トビラを開けて



「よーし、後五分だ」
数人の生徒が目が覚めたかのように解答用紙の見直しを始めた。
僕は机にうつぶせになったままうつらうつらしている。
解からないところは考えたって無駄だ。
見直したところで点がそう上がるとは思えない。

期末テストの最終日最後の時間、古典。
後一週間ほど学校に来れば夏休みになる。

今年の夏休み、特に行きたいところはない。
一日一日を適当に暮らしていれば四十日などあっという間だ。
そう、この一瞬で終わる五分間が積み重なったにすぎない。

「全然わかんねぇよ」
そんなことを言いながらも、とりあえずのところ試験が終わったことを喜ぶ者。
「今年は合宿で大変よ」
夏の予定を互いに確認する女生徒。
祐介は自分の荷物をまとめると騒がしさの残る教室を後にした。

昨晩は遅くまで起きていた。
テスト勉強でもしてみるつもりだったが、勉強したのは数十分。
後はなにをしていたのか、自分でもはっきり覚えていない。
眠い。
とにかく横になりたかった。

祐介は重い足取りで階段を降りる。
頭の中が不意にチリチリと騒ぎ出したのはその時だった。

この感覚は前にもあった。
何時だっただろう。

チリチリチリチリチリチリ。

祐介の頭の中の違和感はますます大きくなっていく。
祐介は頭を抱えてしゃがみこんだ。
なんだこれ。やっぱり寝不足だからか?

祐介は立ち上がる。
だめだ、少しどこかに座って休んだ方がいい。
そう思いながらも足は階段を下りはじめる。

祐介は自分の頭にこびりついた耳鳴りから逃げるように、感覚のなくなった足を動かした。
そして、気がついた時には一つの戸の前にいた。
生徒会室。
祐介は頭上のプレートを確認する。
耳鳴りはどんどんひどくなるような気がした。

僕はここのトビラを開けようとしている。
それは半ば祐介の意志であり、半ば無意識であった。

今までまったく入ったこともないのに、いきなり入るなんて非常識だ。
いや、入っちまえよ。そうしたら何かがあるはずだ。

頭はまだ迷い続けているというのに、祐介の手がトビラを開ける。

「やぁ、長瀬君。久しぶりだね。待ってたよ」

一人の上級生、月島さんだ、が椅子に座ったまま祐介に声をかける。
祐介は声を出すことはできない。
耳鳴りが不意に止み、足の感覚が甦ってくる。

月島拓也の微笑みを祐介は直視することができない。
「えっと、僕は・・その・・」
自分の奇行に戸惑いながらうろたえた声を祐介はあげる。

拓也はいいから、いいから、と言うように手を振った。
「君を呼んでたんだ。ねぇ、僕の電波を受けた気分はどう?
よかったら聞かせて欲しいな。時間はたっぷりあるだろ?」

生徒会室で一人微笑む拓也を、祐介は焦点の定まらない瞳で見つめかえした。



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