「よーし、後五分だ」
数人の生徒が目が覚めたかのように解答用紙の見直しを始めた。
僕は机にうつぶせになったままうつらうつらしている。
解からないところは考えたって無駄だ。
見直したところで点がそう上がるとは思えない。
期末テストの最終日最後の時間、古典。
後一週間ほど学校に来れば夏休みになる。
今年の夏休み、特に行きたいところはない。
一日一日を適当に暮らしていれば四十日などあっという間だ。
そう、この一瞬で終わる五分間が積み重なったにすぎない。
「全然わかんねぇよ」
そんなことを言いながらも、とりあえずのところ試験が終わったことを喜ぶ者。
「今年は合宿で大変よ」
夏の予定を互いに確認する女生徒。
祐介は自分の荷物をまとめると騒がしさの残る教室を後にした。
昨晩は遅くまで起きていた。
テスト勉強でもしてみるつもりだったが、勉強したのは数十分。
後はなにをしていたのか、自分でもはっきり覚えていない。
眠い。
とにかく横になりたかった。
祐介は重い足取りで階段を降りる。
頭の中が不意にチリチリと騒ぎ出したのはその時だった。
この感覚は前にもあった。
何時だっただろう。
チリチリチリチリチリチリ。
祐介の頭の中の違和感はますます大きくなっていく。
祐介は頭を抱えてしゃがみこんだ。
なんだこれ。やっぱり寝不足だからか?
祐介は立ち上がる。
だめだ、少しどこかに座って休んだ方がいい。
そう思いながらも足は階段を下りはじめる。
祐介は自分の頭にこびりついた耳鳴りから逃げるように、感覚のなくなった足を動かした。
そして、気がついた時には一つの戸の前にいた。
生徒会室。
祐介は頭上のプレートを確認する。
耳鳴りはどんどんひどくなるような気がした。
僕はここのトビラを開けようとしている。
それは半ば祐介の意志であり、半ば無意識であった。
今までまったく入ったこともないのに、いきなり入るなんて非常識だ。
いや、入っちまえよ。そうしたら何かがあるはずだ。
頭はまだ迷い続けているというのに、祐介の手がトビラを開ける。
「やぁ、長瀬君。久しぶりだね。待ってたよ」
一人の上級生、月島さんだ、が椅子に座ったまま祐介に声をかける。
祐介は声を出すことはできない。
耳鳴りが不意に止み、足の感覚が甦ってくる。
月島拓也の微笑みを祐介は直視することができない。
「えっと、僕は・・その・・」
自分の奇行に戸惑いながらうろたえた声を祐介はあげる。
拓也はいいから、いいから、と言うように手を振った。
「君を呼んでたんだ。ねぇ、僕の電波を受けた気分はどう?
よかったら聞かせて欲しいな。時間はたっぷりあるだろ?」
生徒会室で一人微笑む拓也を、祐介は焦点の定まらない瞳で見つめかえした。