最果ての地 裏口 10万記念SS(遅刻2回目)

大江戸歌劇団・演劇

―――第四幕 後段―――
 
 

 一方、同時刻、江戸の少しはずれにある貯木場。

 山で切り出された丸太は川を流して運ばれてくるため、必然的にこういった場所は水辺、特に流れのゆるやかな河口近くとなる。
 さほど街から離れた場所ではないのだが、広大な敷地が街とは隔絶した雰囲気を生み出していた。
 薄暗い夕暮れ時、朝とかならば騒がしいであろうこの場も今では音すら無い。
 ただ、太い丸太や板や柱に加工された材木の山があちこちに点在するだけである。

 弥生は一人、この地に居た。

「………………」

 数ある積み上げられた材木の山、その一角に身を隠すようにしつつ周囲に気を巡らしていた。
 今のところ特に気配は無いが、敵がわざわざ指定したこの場、何も無いはずがない。

「良く来たわね、白薔薇の君っ!」

 弥生は中央の広場を見る。
 その中央に立つのは、派手目の装飾が施された宝剣を手に持った、服装は気品ありげな少年が居た。
 いや、暗さと距離あるが故に見間違えたが、少女である。

「一応、名前を聞いておきましょうか」
「水天の玲子。 貴方達と敵対するものかな」
「そうですか……ならば、これ以上は不用ですね」

 ドウウッ!! と轟音が響く。
 弥生の延長銃身による強化弾である。

 ヒュウッ!……バァン!!

 僅かな軌跡を残しつつ、その人影へと見事命中した。
 いともたやすく命中させたようにも見えるこの射撃。
 しかし、この間の早さ、薄暗い明かり、かなりある距離といった条件の中でも必殺必中を成せるのは、正しく神業とも言えるだろう。

 当の弥生は感慨など全く無く、油断無く着弾の結果を見続ける。
 そして僅かな白煙が納まったあとには、見事な氷柱が残るのみであった。

「……こんな……ものでしょうか」

 詠美戦の時の名乗りから言って、「水天」というのが幹部級であるのは間違い無い。
 それがこれほどあっさりと倒せるとは。

 しかし氷柱は確かにあるし、最早何も動きは無い。
 帰ろうと立ちあがった弥生、その時であった。

「やっぱりそこに隠れてたんだね」

 先ほどと同じ声。

 ひゅうっ!

 それに隠れて迫る僅かな風切り音。
 弥生は条件反射的に前方へと飛び込む。

 振り返り見ると、今先ほどまで居た丸太の陰が萌黄色に燃え盛っている。
 それと同時に、自らの失態と危機的状況を把握するのであった。

 あらゆる方位からゆっくりと迫り来る足音。
 現実が追い付いてくる。

 弥生は事態の掌握に務めた。
 最早務めずとも明らかではあるのだが、条件反射というものだろう。

 足音が止まった。
 しかしそれは事態の好転を意味するものでは無い。

「後悔は済んだ? 白薔薇の君」

 そう言ったのは正面に居る者、水天の玲子。
 先ほどと同じ派手な服装であった。
 そしてその身は煌びやかではあっても、微塵のほころびは無い。

「………………」
「どうしてか不思議みたいだね。 一応教えるておくと、『姿見の術』って言うんだよ」
「あれは偽者、ということですか……」
「そんなとこかな、これが本物とも限らないけどね」

 どうやら弥生の過去だけでなく、能力も把握しているようである。
 自らの姿をさらし射撃させることで位置を特定させ、弥生が命中の確認をし、結末に油断している間に手下を包囲させるよう行動させたのであろう。

 弥生の射撃は精密さでは天下一品。その上威力も高いが、連発はほとんど出来ない。
 即ち、雑魚とはいえ一斉に迫られれば打つ手は無い。
 普段であれば由綺達が接近戦を行ない敵を足止めし、分断したりする隙に打ち込むだけなので、相手が多数であっても不利にはならないが、それも仲間と一緒に闘ってこそである。

 遮蔽物も無くは無いが、自らの背程に積み上げられた丸太が背後にあるだけで、そこから周囲には平地しかなく、なによりその間の全てには既に崩壊兵が居る。
 即ち、絶体絶命。

 そのはずの弥生はというと、落ち着き払っていた。
 こういう事態になることは、ここに来る際にはある程度既に覚悟できたこと。
 わざわざ呼び付けるほどであるのだから、何らかの策はある方が自然である。
 そう理解していたからでもあるが、それだけではない。

 弥生は自らが軽い笑みを浮かべているのに気づいたから。
 感慨、というものが自分にもあったのだと思うと、殊更笑えてくる。

 人が死地においては過去を思い返す、ということを知識としては知っている。
 しかし、そういったものを切り離した自らであったはず。
 むしろ、いずれこうなることを望んでいたのではなかったのか。
 特に由綺だけでなく、他の面々も……冬弥までも思い浮かべるなどとなれば、可笑しくないはずはない。

「そうですね……でも一つだけそうでは無いことがあります」
「一つだけ?」
「今の私は篠塚 弥生です。 白薔薇の君ではありません」

 銃を構える弥生。
 冷力は失せるどころかより高まり、漏れ出でる凍氣も膨大なものとなっていく。

「なんなのよ……」

 それに気圧され一歩下がる玲子。
 策謀により陥れられたたった一人の絶体絶命の危機、それにも関わらず、笑みを浮かべることが出来るとは。

 しかし、廻りには確かに自らの手下、制服を着た武士や剣士など剣などを手に持った部隊が、今かと号令を待っている。
 武器を持っているだけに、それぞれがかなりの格闘戦能力を持ち、制服も防御力の高さを持たせ。
 そして自らの命に忠実に従う兵達が、たったひとりを包囲している。
 確かな現実を見、自らの絶対的優位な状況が揺るいだわけではない、そう思いきる。

「そう、じゃあ……作戦は完了した……」

 玲子が宝剣を抜き放ち、高くかかげる。
 それと同時に崩壊兵達がじりっ……と半歩進む。

 銃を構えた弥生はやはり笑みを浮かべていた。
 ただ、今度は何故か解っての笑みである。ただ、可笑しかったのだ。
 確実に終焉が訪れるのに最後まで戦おうとする自分自身が。最早自分すら捨てたはずだったのに。
 そしてどこかに自分でありえなくしたことを期待していることに。

「ここをあなたの死に場所にするがいい!」
「まてっ!」
「何奴?」
「大江戸華撃団、参上!!」

 振り下ろさる剣を遮る声。
 それはもう慣れてしまった声。

「大丈夫? 弥生さん」
「ま、気持ちはわからないでもないけどね」
「せやけど、ウチが今作りかけとる銃、誰が使うんや」
「ほんと、後先考えてよね」

 そして見ていない間は僅かであるにも関わらず、懐かしく思える顔。

「良かった、間に合って」
「……どうしてきたのですか?」
「えっと、どうしてって言われても……」
「私の過去に何かあった、ということは既に聞いていると思うのですが?」
「うん、そうだけど」

 以前までは心の水面にさざ波を立てるだけに思えたその返答までも、なんだか懐かしく思えるから不思議である。

「ただ、今、弥生さんは大江戸華撃団の一員だから。 上手く言えないけど……過去に何があったかは今が嘘じゃないんなら、いいんじゃないかな」
「そうですか……」

 弥生は三度こみ上げるものを堪えていた。
 本当にこの人達は……

「弥生さん?」
「油断しないでください」
「は、はい」
「状況に変わりはありません。 指揮を」
「あ……はい! 大江戸華撃団、いくぞっ!」
「「はいっ」」
「くっ……総崩壊兵、布合絵留!」

 大江戸華撃団と崩壊兵の鴇の声が重複する。
 されど、既に勢いの差は歴然である。

 縦横無尽に駈け回る由綺。それにより包囲網は分断され。
 迫る崩壊兵を纏めて葬る理奈。それにより近づけなくなり。
 氷結爆弾を次々投げ込む由宇。よって動かなくてはやられるのみとなり。
 殴る彰。その前には防御も無意味である。
 更に触れずして周囲ごと纏めて凍結させてゆくマナ。その不可思議さにより、混乱はさらに増す。
 時として脛蹴りがあったが、凍氣と関係無いのでそれはさておいておこう。
 崩壊兵には恐るべき攻撃ではあったろうが。

「そんな嘘でしょ……ば、化け物なの……」

 一方の玲子はというと、指揮に破綻をきたしていた。
 勿論策謀が台無しになったこともあるが、何より大江戸華撃団が想定より遥かに強かったからである。
 由綺達にすれば、力の源は精神状態によって大きく変わる凍氣であるから、それも当然なのだが。

 最中、ふ、と見ると、混戦の隙間から弥生がこちらを見ていた。
 銃口もこちらへと向けられている。当然、狙いもこちらへと向けられている。

「まず……」

 ゆるやかな時の中。
 宝剣を構えようとする玲子、しかし弥生の指に力がはいるのが早く……

「はーーーーっはっはっはっはっは!!」
「なあ?」
「どうやらかなり苦戦しているようだな、同志よ」

 あまりに場違いな声に戦場の流れも一気に止まる。
 その主はというと、この貯木場に隣接して設けられている物見台に立つ影。

「この萌力仮面様がその危機を、見事に救ってやろうぞ!」
「………………」

 救うといいつつも、何故か遠くの高い場所に立つその男。
 仮面を被っていても、その場違いな雰囲気は一層際立つのみである。

「なにやってるの、火天の大志」
「むう……同志とはいえ、吾輩の変装が瞬時に見破られるとは。 やはり名乗りは『素闘雷駆男』にしておくべきだったな」
「そう言う問題じゃないよぉ」

 後悔の念を浮かべる大志と一時的な疲労感にさいなまれる玲子。
 場の空気は明らかに白くなっていた。

「……あれも敵の幹部級か」
「うん、そうみたいだね」
「ちょっと疑わしいけど、ね」
「萌力はありそうですが……」
「単に変な人なだけなんじゃない?」
「そうかもね」

 懐疑やら苦笑やらが混じる会話ではあるが、その目はしかと大志を捕らえていた。
 本能的に警戒をさせるだけの力を秘めている、そう思えてたからであるのだが。

「さてさて、お初にお目にかかる、大江戸華撃団の諸君」

 会話と視線を雑談している華撃団へと戻す大志。
 仮面を取った顔は不敵な笑みを浮かべ、膨大な萌力ゆえに全身から溢れる熱気は、ただの変人だけではないことを推し量らせる。

「吾輩は五天行の一人、火天の大志という者」
「火天の大志……」
「しかしながら挨拶だけでも失礼ゆえ、少々ながら手土産も持ってきてある……火農萌兵!!」

 大志の声に呼応し、ずらりと出ででその横に並ぶは、背中に筒を背負った崩壊兵が十数人。
 背負うその筒はさほど太くはないが、真っ直ぐに長く伸び、明らかに遠距離射撃用と見える。

「これは……まずいですね」
「くっくっく……萌撃、開始っ!」

 弥生の呟きと同時に繰り出される、ぼふぉぼふぉぼふぉ、という発射音。
 それから僅かの間を置いて……着弾点の状況はというと。

「これは……」
「適当に見えて、かなり狙ってるわね」
「ちょっと本気? ここにはあっちの味方もいるのに!」

 マナの言葉ももっともである。
 その弾は数多いものの精度が全く無いため、あたり一面にばらばらに着弾する。
 大江戸華撃団の面々は流石にそれに被弾することはないが、回避でほぼ手一杯である。
 なまじ狙ってないだけに避け辛く、着弾後も炸裂するため至近弾といえどあなどれず。
 混乱した場もあって、退避すら容易ではない。

「大志っ、あたしにも当たるでしょ!」

 しかし、ここは敵味方入り混じった場所であるので、当然ながら敵である萌壊兵も巻き添えとなっていた。
 もちろん、玲子とて例外ではない。
 というより、もろとも纏められたというべきか。

「くっくっく、大義の為には多少の犠牲は付き物である。 安心して殉じるがいい」
「出来るわけないよぉ!」

 流石に玲子は避けているが、指揮下の崩壊兵は次々と倒れていく。
 とはいっても、指揮官たる玲子が回避で手一杯であり指揮どころでないから、崩壊兵達も棒立ちするのみか、辛うじて動いているのも混乱してうろうろと逃げまどっているだけなので、激破されるのも当然であろう。
 一連の事件の時のように自立思考型としておけばそうはならないのだが、逆にそうだと手足の如くには指揮できないので、玲子にそれを責めることはできないだろう。

「これは仕方ないわよねぇ、奥の手を出すしかないっ!」

 既に手下が半減し更に目減りしていく状況を見てだけでなく、戦闘そのものが成り立たなくなった事態を考えてか、回避しつつも何やら自らの萌力を高めていく。

「必殺!」

 掛け声。すると、自らの廻りに薄い水の膜が発生し、そしてその目は一瞬の隙間を逃さなかった。

「退却ぅ〜」

 その隙間へと走り出す玲子。
 強引に走りこんだために多少は着弾時のかけらを浴びたが、水の膜がそれを防ぐ。
 そしてそのまま岸壁より海へと跳び込んだ。
 しばらくしても玲子が浮かび上がることは無かったが、その名と直前の言葉からして、溺れたということはありえないだろう。
 

 さて、残された大江戸華撃団はというと……

「これじゃ、らち明かないわね」

 理奈の余裕あるような発言が、逆に余裕ばかりではない事態を暗示していた。
 機動力のある由綺や彰などは格闘戦向けだし、理奈も射程があるとはいえ格闘戦での話である。
 となると、残るはマナや由宇、それに弥生であるが、機動性や防御力のなさから回避のみで手一杯。
 とはいっても、火農萌兵とは距離がありすぎるために、攻撃可能な射程を持つのは弥生のみなのだが。

「みんな、弥生さんを中心に円形の陣を取るんだ」
「うんっ」
「別にいいけど、それでどうするの?」

 突然の冬弥の声に素直に頷く由綺。それとは対照的に疑問を呈するマナ。
 他の面々も言われた通り陣を取りつつも、冬弥の声に耳を傾けている。

「この状況で攻撃可能なのは弥生さんだけだけど、防御で手一杯だから……でも、防御は僕等で引きうければ」
「射撃に専念できる、って訳ね。 藤井さんにしては良い手段じゃない?」

 冬弥の言葉を途中から無理やりに継ぎ、少し毒のあるようにもとれるマナの言葉。
 しかしその口調と表情は、毒とは全く無縁の微笑みである。

「せやけど、それでも状態はええとは言えんで。 結構距離あるんやし……」
「全く問題ありません」

 静かに、しかし確かに響いた弥生の声。
 それは新たな力を皆に起こさせるもの。

「よっしゃ! ウチらにまかしときっ!」

 由宇の言葉無くとも、皆の心は確かであった。

「くっくっく……圧倒的じゃないか、我が軍は」

 大志は悦に浸っていた。
 無論、それは高所より撃ち込むのみという絶対的優位性によるのと、着弾点の味方は目に入ってないでの発言なのだが。

 しかし、異変に気付き、その笑みも中断させられた。
 今までは散開して回避するのみであった大江戸華撃団が、一箇所に集ったのである。

「む? なにを……」

 ひゅうっ……ドン!!

 言いきらぬ間に風切り音、直後に冷たい爆風が吹き付ける。
 風が吹いた方……右の方を見ると、ずらりと並んでいたはずの火農萌兵達が一匹分歯抜けとなっていた。
 それを解し、不敵な笑みを浮かべる大志。

「なるほど……やってくれる」

 ばらばらに着弾するということは、場所を限ればそこにくる弾は少ないということ。
 精度が無いのなら、集まってもそこに集中砲火される恐れは無い。
 数少ない着弾も、その程度なら皆が凍氣の盾を発生させて防げる。

 そしてその場から遠距離射撃可能な者が反撃する。
 場を形成しているために射撃は防げるし、近距離戦の相手は既に巻き添えで壊滅しているから居ない。
 そういった安定した場があれば、この距離であれば当てるのはそう難しいことでもないのだろう。

「ふん、あの混乱している場でこれだけの指揮が出来るとは……敵の指揮官もなかなか肝が据わっているようである」

 感心の笑みに口の端が上がる。
 そう思う間にも次弾が着弾したのだが、全く意に介してなどいない。

「だが、まだまだ甘い!」

 突如、ばっ、と手を大きく広げたかと思うと、その両手を大きく円を描くように振る。

「江波……逃下茶陀目打……逃下茶陀目打……」

 振った腕を合わせ、眼前に印を組み、何やら呪文を唱えはじめる。
 それと共にその場に熱気が満ちるのが、その姿がゆらぐ様からも見て取れる。

「えいっ! ていっ! 布意瑠度ぉっ!!」

 腕を振り虚空を十字に切ったかと思うと、その手を前へと開き突き出した。
 すると眼前に何か、熱のような見えない力場が発生したように思えた。

 ひゅうっ……キィン!

 火農萌兵を狙い三度飛来した凍氣の弾は、突如発生した炎の壁により弾かれた。
 いや、予め熱の見えない壁があり、弾が当たったことにより見えるようになったというべきか。

「ここまでか……楽しませてくれたがな。 くっくっく……」
「なによ、あれっ! ちょっと卑怯なんじゃない?!」

 と叫んだのはマナ。
 しかし無理も無い。撃った弾が弾かれるなどという、不可解な術を使われたのだから。

「確かに、これじゃあ撃っても無理そうね」
「うん、どうしようか」

 言いつつも、それをじっと見つめ、何か打開策をと探る理奈と由綺。
 とはいえ、この状況で唯一の対抗策として行なっていた、それがいきなり無効化されたのである。
 早々に手が思い付くはずも無い。

「どうする……って」

 模索する冬弥の目に入ったのは、天を覆わんばかりの火の玉。
 それが増量した萌撃であることを気付かないで居れる間は、僅かしかなかった。

「こ、これはっ!」
「これって……ならさっきまでのはなんなの?!」
「あの状況でも予備を伏せさせておく老獪さ……かなりのものですね」
「弥生さん、敵を誉めている場合じゃないってぇ!!」

 萌撃は雨の如く降って来ていて、それは地面を絶え間無く揺らす程凄まじく。
 その威力と密度の前では大江戸華撃団といえど、防御用の凍氣を放出し防ぐだけで手一杯である。

「くっ……」

 そんな皆の横顔を見ながら、冬弥は悔やんでいた。
 よもや相手にこちらの攻撃を無効化し、しかも逃げることすら許されないように出来るよう予備兵力を控えさせて居ようとは。
 それを予測せよ、といってもそれは無理というものであろうが、今の状況の免責にはならない。
 とにかく、その場に留まり反撃する、とした自分の方針が裏目に出たのは確かである。

「どうすれば…いいんだ……」

 砲撃してくる大志の方を見つつ、さりとて何も出来ない自分を悔やむのであった。
 

 その視線の先、高台に立つ大志も冬弥達を眺めていた。
 目には確信の笑みを浮かべ……と思いきや、その顔はつまらなさそうにしかめられている。

「ふぅむ、所詮はこの程度か」

 萌撃を続ける火農萌兵を隣に、いささか不満げな呟きを漏らす。
 自らの策謀した通りという圧倒的優位な状況にも関わらず、不満げで計算が外れたようなそぶりすら見うけられた。

「やむを得んな。 ならば、このまま……」

 諦めにも似たため息と共に、そのまま眺めるか、と腹を決めたその時であった。

「むっ!」

 本能的な危機感。
 大志は条件反射的にその場から跳び引いた。
 直後、自らが居た場が凍結するのが見て取れる。それは近くの2、3匹の火農萌兵を巻き添えにするほど凄まじいものであった。

「この凍氣は……一体?」

 凍氣ということは、大江戸華撃団以外には使い手は居ない。
 しかし、その大江戸華撃団はいまだ窮地のはず。
 ありえないはずの攻勢の答えは、すぐにもたらされた。

「みんな、大丈夫?」
「美咲さん!」

 大志の近く、高台のふもとからやや離れた場所、そこに美咲は居た。
 そして美咲に並んでいる、見なれぬ2人の女の子……

 一人は短い緑の髪、短いから故かぼーっとした表情故か、なんとなく中性的な雰囲気を漂わせる娘。
 もう一人は、緋色の長い髪を横でまとめた、表情からして活動的な娘である。
 美咲が連れてきたということだけで無く、その二人から漏れる凍氣、それだけでもただの娘でないことは確かであろう。

「あの、遅れてごめんなさい……」
「そんなこと別にいいですって。 でもその二人は?」
「うん、今さっき到着した、新しい…」
「ええいっ! 向こうを先に狙え、火農萌兵!」

 冬弥と美咲の会話を遮り、手下に激を飛ばす大志。
 それに呼応し、十数匹の火農萌兵は全て四つんばいになった。
 背中に真っ直ぐ背負った砲からすれば、これが近距離射撃形態なのだろう。

 その僅かの間に美咲の後ろに控えていた二人の内、髪の短い方がすっ、と前に出た。

「任せて、美咲さん」
「そうね、はるかちゃん…お願いしておくね」
「うん」
「てぇい!」

 激と刹那の時を置き、連発される火農萌の萌弾。
 その弾速は早くないとはいえ、短い距離では必然的に僅かしか時間を必要としないので、さほどの問題とはならないだろう。
 事実、十数発の萌弾は今まさに着弾せんとしていた。

 その時、はるかの口が開いた。

「……それで?」

 その一言だけで、ふっ……と瞬時にかき消える萌弾の束。
 あったはずの空間には僅かな湯気があったが、それも直ぐに霧散した。

「ばっ、馬鹿な……」

 あまりの事態に真っ白になった場にて、辛うじて呟ける。
 十数発の弾が瞬時に消え去ったのである。直後に呟けただけでも大したものではあろう。
 しかし、それが意味を持つことはない。

「こんどはあたしの出番よねっ」
「うん……瑞希ちゃん、お願い」

 今度はもう一方の長い髪を横で纏めた女の子が前に出る。
 とはいえ、その手には何も無く、何か撃つとも思いがたい。

「し、しかし、攻撃できないのであれば同じこと……」

 動揺を隠せない大志を前に、深呼吸をする瑞希。
 そして……

「オタクなんて……不潔でっ!」

 突然の言葉。
 大志達はその衝撃的な内容に凍り付く。
 しかしそれは火農萌兵の一匹が現実に瞬時にして凍り付いたことから、単なる形容詞だけではなく現実である。

「汗っかきで、汗臭くって、根暗で、何考えてるか解らなくて」

 大志がなんとか回復し、現状を認識する間にもその娘の言葉は続く。
 その言葉が一つ紡がれる度に一匹、また一匹と氷漬になっていく火農萌兵。

「単なる変質者の集団なんだからぁ!」

 一気呵成に捲し立てた嵐が過ぎ去り、そして火農萌兵は一人残らず氷柱と化していた。
 肩で息をする瑞希ではあったが、起こした事態の代償とすればあまりに軽いものであろう。
 最早、残るは大志のみである。

「むう、ここは引くべき…っ?!」

 立ち直った大志が身を翻そうとした刹那、ずどむ! と衝撃が走る。
 それは弥生の弾を弾いた衝撃なのだが、予め保険として防御用に張っておいたからであり、意図して弾いたわけではない。
 それを裏付けるかのように大志の顔には驚きの色があり、それは振りかえりて更に増す。
 なぜなら既に大江戸華撃団の面々も包囲するかのごとくこの高地へと駆け寄っていたのである。
 

 それから僅かの間、誰も言葉を発しなかった。
 しかし文字通り言うまでもなく、形勢は明らかに逆転している。
 それでも仕掛けないのは、相手がなかなかの曲者と見、慎重になっているからであろう。
 もう一方には最早、何も手は残されていないのだが。

「ふん、吾輩ともあろうものが、こんなところで朽ちる羽目になろうとはな……」

 大志の呟きは誰にも聞こえることは無かった……はずだった。

「お前でも弱音を吐くんだな、大志」

 突如の声。それはそこにいる誰のものでもない。
 それは大江戸華撃団だけでなく、大志まで驚いていることからも確かであろう。

 と、その時、大志の真下、物見台の土台である地面にヒビが発した。
 それは盛り上がると同時に枝を増やし、遂には高さ二間ほどの大きさに達してゆく。
 同時に物見台は崩れ去るのであるが、大志は軽やかに飛び降りる。

「お前達……」

 そして着地したころ。
 土の山がバラバラと崩れ去った後には、四人の人影があったのである。

「やれやれ、やめさせようと来たのにな」
「ま、あたしを巻き添えにしようとしたんだけど、仕方ないわよねぇ」
「大江戸華撃団も…かなり……強いから……」
「そうでなきゃ、仮にもこの金天様がやられる訳ないわよっ!」

 それは大志以外の面々、和樹、玲子、彩、詠美であった。

「止めにきた、とは聞き捨てならんな、同志よ」
「お前のやったことが見過ごせないだけ、のはずだったんだがな」

 本気と冗談の混じった会話。
 だが、それは忌憚無い話が出来る信頼関係ならでは。
 しかしその一方で、無条件での信用はできないという警戒心が覗くのも、また確か。

「あんたは……確かこの前の」
「久しぶり、ってほどでも無いか。俺の名、忘れてはいないよな」
「もっちろん、この詠美さまは覚えてるでしょうけどね」
「…………(じーーーー)」

 総勢、大志達が四人、大江戸華撃団が五人と増援三人。
 人数からいえば倍であり、包囲している優勢は明確なはず。
 しかし明らかに自信を取り戻した大志に表れるように、包囲されているはずの側には余裕が感じられる。
 逆に優位なはずの大江戸華撃団の方が警戒して手がだせないままである。
 元より土中からいきなり現れるなど不可思議さもあるし、名乗り中に不意打ちなどと考えもし無いせいもあるのだが、それを差し引いても無条件で勝てるとは思えない確かさ、を感じ取っていたからであろう。

「ま、ここは引くべきだな」

 そんな膠着を終わらせたのは和樹の一言であった。

「ふむ、致し方あるまい。しかし挨拶はしておくべきだろう」
「そね。折角の勢ぞろいだしぃ」
「あちらにも、あらたがおが居るみたいだし」
「詠美……”あらたがお”じゃなくて”しんがお”だぞ」
「…………」(こくこく)
「ふみゅうううううん。 そ、そんなことはどうでもいいのっ! あたしが自己紹介するんだからぁ!」

 大江戸華撃団が何も言えないまま、何かが決まってしまった。
 呆気にとられる皆を差し置き、詠美が一歩前にでる。

「忘れてないわよね。金天の大場 詠美さまよ。 ま、忘れさせないんだけど」
「同じく、木天、千堂 和樹」
「……土天の……長谷部 彩…です」
「水天の芳賀 玲子、ま、一人だけには紹介済みなんだけどねぇ」
「そして吾輩が、火天 九品仏 大志である」
「以上の五人を以って『五天』と名乗り、そして我等は……『旭』なり!」
「あさひ?」

 聞き慣れぬ名に戸惑う間にも大志の演説は続く。

「誤りしか知らされておらぬ日の元の民に真実を知らしめるため、不当に虐げられし民達のため、そして元凶たる幕府の非道を正すため、我等は立ちあがりしものなり!」

 一応とはいえ、大江戸華撃団も幕府に属するものとして、ただ聞き捨てる訳にはいかない内容。
 しかし大志の演説には熱が入り、何かしらの魔力すら込められているかと思うほど説得力がある。

「だからって……良く判らないんだけど、迷惑かけていい訳は無いと思う」
「そう……かもな。 しかし、敵対しなければならない。か……」

 冬弥と和樹。
 何か同じものを、何か通じるものを感じつつ、それでも敵として対峙する二人。
 語り合えば戦う以外の解決策もあるのであろうか。

「さて、去るとするか、同志よ」
「あ……ああ、そうだな。 不利は不利だし、手下もいないしな」

 そんな空気を大志が遮る。
 意図してか、意図してないかは不明だが。

「この次ぎまでの楽しみってことよねぇ、ゆうよってやつぅ?」
「にゃはは、ま、そういうことにしておきましょ」
「……はい」

 最後に彩が呟き、そして懐より紙を出す。
 同じく取り出した筆にて、さらさらと何か書いたかと思うと、それを地面へと張り付けた。
 すると瞬時に地面に大穴が空く。しかも大志達の真下に。

 あっ、と思う間に五人の姿は消え去った。
 落ちたことは確かであろうが、それが必然であったのは、「門」と書かれた紙からも確かである。
 残されたそれも、すぐに溶けるように土へと帰っていったが。

「……強敵……だな」
「うん」

 残るは風のみの場にて、冬弥の呟きがようやく場を変え、それに由綺が賛意を示す。

「そうね。引き際も見事だし、結構危なかったわ」
「そうですね、あのまま闘ったとしても、勝敗は明確では無かったと思います」
「なんのかんの言っても、結局逃げてるんじゃない。 大したこと無いね、由宇さん?」
「え……ああ、そやな。まあ、ウチらに比べればやな」

 言い方は様々であるが、おそらく皆同じ気持ちに違い無い。

「それで、美咲さん」
「うん…改めて紹介するね」

 とりあえず一段落。
 改めて向き合う冬弥達と美咲達。

「こちらが高瀬 瑞希ちゃん」
「よろしくお願いしますっ」
「あの……なんだか、凄い気合みたいだけど……」
「あたし、ああいうのとっても嫌いで、凄く私情が挟むんです」
「そ、そうなんだ」

 あまりの気合に苦笑する冬弥。
 他の皆もあまり大差は無かったが。

「そして、はるかちゃん」
「……よろしく」

 瑞希とは対照的に素っ気無い挨拶。
 これもまた苦笑を呼ぶものであった。

「それで、二人とも新しく華撃団になってくれるの。 みんな、よろしくね」
「ええ、勿論です」

 続く皆の歓迎する言葉を聞きつつ、冬弥は思った。
 これからの戦いが何の意味を持つのか。
 そして敵の真意とは一体……
 大志の言葉が全て真実と思うことも難しいが、言われれば英二より上には何やら思惑があるかも知れない。
 これからの自らの行動が、どれだけの意味を成すのだろうか……

「どうかした? 冬弥君」
「いや、なんでもないよ」

 しかし、とりあえずにせよ、この笑みを守る為に尽力出来るのなら、と思いきるのであった。
 
 

 それから数日後、粉雪座。
 今日は大盛況であり、入り口辺りはまさしく黒山の人だかりである。
 それというのも、間も無く大江戸歌劇団の演劇が上演されるのだから、それも当然。
 もぎり、要するに入場整理係である冬弥の忙しさも、また当然であろう。

 それが一段落しての後、冬弥も演劇を観劇できた。
 一般席の上部側面にあたる、関係者のみ入れる場所からであったが。

 そして終劇後。
 帰る人たちの顔、顔、顔。
 それを二階窓より眺めつつ、冬弥は思い返した。

『きっと……みれば、解ると思うの』

 美咲の言葉。
 その言葉に偽り無きことを、そして真意を。
 そしてその場で語るより、この目の前を見せたほうが意味があったことを。

 帰る人たちは町人が多いが、武士らしきのも居るし、商人も居る。
 その構成は老若男女問わない。
 どの顔も興奮し語るやら、満足した笑みを浮かべるやら、様々ではあるが、一様でもある。

「だから……か」

 唄う大江戸歌劇団。
 闘う大江戸華撃団。

 一見、相反すらしかねない両面での行動。
 しかしその根底にあるものは同一である。

「この……みんなの笑顔。 この為なんだな」

 戦いといえど、殺伐とさせない為。
 戦いのみに没頭させない為。
 何の為に闘うのかを忘れない為。

 英二のことだ、もっと沢山の理由があるのだろう。
 しかし、それも根底はやはり同じ。

「やっぱり……やっていくかな」

 決意を新た胸に秘め。
 その場を離れ、控え室へと向う。

「おつかれさま」

 演劇を終えた皆に、その言葉を伝えたくて。
 
 

 第四幕、終。
 

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