最果ての地 裏口 9万記念SS

大江戸歌劇団・演劇

―――第参幕―――
 

 同日、夕刻。
 詠美戦を終え、粉雪座に戻ってきた大江戸華撃団の面々。
 その粉雪座は現在戦場と化している。

「間に合わせないと……時間がないっ」
「現在時点で予定時刻まで半刻を切っています」
「ウチの火ぃ使いを見ぃや!」
「由綺、そっちお願い!」
「あ、うん」

 慌しく右往左往する由綺達。
 皆の顔は一様に真剣で、額にはうっすらと汗がにじんでいた。
 慌しく動く皆からは、他を立ち入れさせない気迫が感じられる。

「理奈ちゃん、この鍋?」
「そう、そっちの方の鍋、そろそろ醤油入れるころだと思うわ」

  現在、総力を上げて料理の真っ最中なのである。
  皆が忙しく動き、調理やら何やらで戦闘よりも多忙かも知れない。

「中華料理は火力と早さが勝負なんや! いくでぇ!」
「あ、こぼれてる! 勿体無いっ!」
「んなもんに構っとって中華が出来るかい!!」
「えっと……このくらいかな、弥生さん?」
「……ちょっと濃いようです」

 調理場が『修羅場もおど』を極める中、ただ一人、暇な人がいた。

「なんか、凄く慌しい一日だよな……」

 現在、二階の廊下、粉雪座の入り口の真上にあたる場所にたたずんでいる、藤井 冬弥。その人である。
 しかしそれというのも、先刻、何をやろうとしているのかは解らないが、皆のあまりの多忙ぶりに気の毒に思い助力を申し出たのだが……

「何いってるのよ、藤井さん」
「マナちゃん、何をって?」
「だから、藤井さんがここに来てどうするの」
「えっと……何が?」
「もう、誰のためだと思ってるのよ。さ、あっちに行って暇でも潰してて」

 訳の解らぬままマナに回れ右をさせられ、そのまま背をぐいぐいと押される。

「あ、えっと、その……」
「うん、ごめんね冬弥君」
「ま、楽しみは後の方がいいかもね」
「……手は足りてます」
「あんじょう期待しとってええで」

 と、マナを始めとした全員に訳も解らず追い返されてしまったせいなのだが。
 とはいえ、一人で考える時間が欲しかったのも確かではある。

 現在いる正面入口の上にあたるこの場所では、粉雪座前を行き交うの人達の様子が良く見える。
 そのせいであろうか、廊下を大きく広げたようなこの場所には机と椅子が用意されていて、その景色を座って眺められるようになっていた。

 夕日が赤く染め、家や人の陰を長く写している路上には、妙な雰囲気を発する一行、うだつの上がらなそうな町方、帰路を急ぐ職人などが歩いている。
 そこには確かな平穏な町の営みと生活が繰り広げられていて。
 そうして眺めているとつい先程、それほど遠くない場所で大騒動があったこと、それに自らが参加していたこと、そんなことなど幻に思えてくる。

 しかし、あの二振りの刀「冷式貫戦」の感触は、今だひんやりとした感じを手に残している。
 それが冬弥に一連の出来事が幻などではない、と教えていた。

 そして、更にその後、

『あなたを隊長と認めたわけではありませんので』

 と、弥生が言ったのも確かな事である。
 

 冬弥は思案にふけ、思い返す。
 それは先程の戦闘を終え、徒歩で帰る途中のことであった。

 皆で商店街を歩きながら談笑する中、最後尾を歩く冬弥に弥生が近づく。

「藤井さん……ちょっと宜しいでしょうか」
「え?」

 冬弥が戸惑う間に、弥生は一人列を離れて脇道へと入っていく。
 気になる冬弥は小走りで付いて行く。

「……あれ? 冬弥くんは?」
「あ、ああ、なんだか弥生さんが案内するとか言ってたぞ」
「藤井さんも篠塚さんも、ひとことぐらい言ってから離れればいいのに」
「はっはっは、でも丁度いいんじゃないか」
「そうね。 こっちも準備もあるし、丁度いいかも知れないわね」

 何やら話し合う皆の中、一人、英二は意味深げな視線を後方へと向けるのであった。

 さて、その視線の先の先。
 黙々と歩く弥生に連れられるままに裏路地へと場所を移した。

(一体どこまで……っと)

 冬弥が行き先を思案していたその時、突如足を止めた弥生。
 くるりと振向きざまに呼びかけてくる。

「藤井さん」
「あ、はい」
「貴方の力、見せて頂きました。 凍気・冷力とも十分にあると認められます」
「はあ、どうも……」
「現状では戦力は少しでも欲しいところですし、冷力を有する貴方の入団は必要かと思われます」

 そこまで言ってから弥生は一息ついた。
 おそらくは冬弥の返答がどうであったとしても、すべて計画されているかのように。

 そして弥生は言い放った。

「しかし、あなたを隊長と認めたわけではありませんので」
「え…………」

 冬弥はその言葉の意味がわからず、何も言葉を返せない。
 脈略など全く無いように思える突然の言葉。
 しかし弥生の気迫はその決意の固さを伝え、洒落などとは全く思えない。

「……失礼します」

 暫くの無言の間の後。
 弥生は静かに去って行った。

「一体……何の……」

 残された冬弥。
 その足元を寒風が吹きぬけて行った。
 

「うぐぅ〜!」

 冬弥の思案を妙な声が遮った。 声の主はタイヤキを咥える少女。
 その少女は粉雪座の前、冬弥のすぐ下を走りぬけて行き、夕日を見つめる存在感が希薄な少年の横を抜け、通りの反対側へと去って行った。
 冬弥は何やら和やかな気持ちになるが、再び思案へと潜っていく。

 ―― そして、弥生が去った後のこと。

 残された冬弥は意味がわからないままであったが、とりあえず粉雪座まで戻ることにする。

「隊長って……」

 しかし粉雪座には弥生がいると思うと、歩みも鈍る。
 別に敬遠する訳ではないが、ああまで拒否される姿勢を示されると戸惑う気持ちが先に立つ。
 かといって今の自分には他にどこいく当てもない。
 とはいえ、今日始めて入った場所でしかないのに……

「やあ、やっと来たな」

 声に顔を上げる。
 そこには苦笑とも楽しんでいるともとれる笑顔があった。

「英二さん」

 廻りは何時の間にか粉雪座入り口前。
 英二はもたれていた入り口の支柱から背を離し、改めて冬弥を見すえる。

「話、いいか?」
「構いませんけど……」
「まあ、外では何だ。とりあえず中の支配人室でどうだ?」
「はい、あ……」
「はっはっは、皆は厨房にいるぞ」
「……はい」

 そして支配人室。
 この部屋に入るのは二度目となる。
 一度目は気付かなかったが、この部屋は最高責任者にしては非常に簡素な作りである。
 しかし、素材の良さを引き出した内装や数少ない調度品がなんとなしにだが感性の高さを感じさせ、英二の嗜好を物語っているようである。

「ま、適当に座ってくれ」
「はい」

 既に机の前に座している英二に勧められるまま、英二の対面へと座る冬弥。

「いやいや、何かと大変な一日だったな」
「ええ、全くです」

 条件反射的に返した返事であったが、少しだけ実感が篭る。
 しかしながら、つい半日前までは平凡な町方だったのが、不可思議な力を見せ付けられ、あまつさえ自分も使え、更にはその部隊の一員となってしまったのだから、実感が伴うのも無理もない。

「まあ、何かと驚いたろう?」
「はい……それに敵って一体何者なんですか?」
「敵、か」
「はい」
「実のところだな……」

 暫くの間。
 それは何か重大な秘密を告げる直前のようにも思えた。が、

「あまり良く判ってないんだ、はっはっは」
「…………」

 英二の笑いが響く中、激しく脱力する冬弥。
 しかし英二はすぐに笑いを止め、語り始める。

「あいつらが本格的に行動しはじめたのもつい最近でな、大規模な実戦は今回が初めてなぐらいで、情報が不足しているのが正直なところだ」
「そ、そうなんですか……」
「騒動を引き起こしている、何かの組織らしい、ってことぐらいしか解ってない。 調査してもあまり情報が集まらないしな」
「何が目的なんでしょう」
「解らんな。 騒動は引き起こすが、殺傷はしないし、何か標的が特定されている訳でもないようだ」

 確かに……と冬弥は思う。
 敵ではあったが、彼らには悪の臭いや荒んだ気配は無かった。
 特に後から現れた二人には仲間を想う心も見て取れ、敵として良いのかすら解らない。

「それで、だ、青年。 一つ話ががあるんだが……」
「なんですか?」

 英二にしては珍しい、少し遠慮がちにも聞こえる声。
 冬弥は好奇心と警戒心を僅かに込めた返事をする。

「いやいや、大した事じゃない」
「はあ……」
「青年、隊長になってくれないか?」
「何の、ですか?」

 もっともな冬弥の返答。
 だがそれに対する英二の回答はもっともでは無かった。

「この大江戸華撃団の、隊長だ」
「……ええっ?!」

 本日数度目のに囚われた冬弥。
 それをさらりと言った英二は、ある意味無邪気とも見える瞳でそれを眺めるだけであった。
 
 

「英二さん……一体何を考えているんだろう……」

 そこまで思い返し、思考を中断して冬弥は周囲を見渡す。

 最早夕日も半分ほど沈み、辺りを塗りつぶす色も紅から暗い藍色へと変わりつつある。
 空にも紅い火が残されているが、それもあとしばらくすれば無くなることだろう。
 先刻よりはかなり少なくなった通りの前を歩く人の足も、勢いを増した冷たい風に急かされているようである。
 冬弥の座るここもかなり暗くなってきたが、高さがあるせいかまだ夕日が差し込んでいて、そのせいか正しく紅一色で染められていた。

 二階からでは一階にある厨房の様子は窺い知れない。
 由綺達の様子も気になるが、特に動きに変化があるようではないので、再び思案し時を過ごすこととする。

 詰る所は特殊な形態の法力と言える『冷力』
 冷力を使える人は滅多にいない上、性質が精神的なもの故か男よりも女の方が適合者が多い。
 女性を闘わせることを問題視するものも居なくは無いが、さりとて萌魔達に対して他に有効な手段は無い。
 そういった幕府上層部の判断もあり、大江戸華撃団の存在は秘匿とされていて、秘匿を護るためにも少数精鋭となる。
 結果として、責任者の英二を除けば大江戸華撃団の面々が女性ばかりなのはそういう訳である。
 そして冬弥は希少な男の適合者。

「だからといって……いきなり隊長なんて……」

 初任からこの対萌魔撃退部隊『大江戸華檄団』の隊長に英二より選任されたのだ。
 今までは弥生が隊長代理となっていたが、前述の通り対外的な問題もあることで、冬弥に隊長になって欲しいとのこと。
 とはいえ『やるかやらないか、また返答してくれ』と最終的な選択は委ねられたのだが。

「だから弥生さんは……」

 とすればあの時の台詞の意味、そして初対面にもかかわらず一貫した拒否的な態度も納得がいく。
 今まで隊長代理として運営してきて、全く問題が無かったのに後から来た冬弥がいきなり隊長就任とくれば、人情としてそうそう納得出来るはずもあるまい。
 それだけで非常に冷静そうな弥生があそこまで、と思わなくも無いが、理由の一端には違いあるまい。

「俺なんかに隊長が…」
「ううん…冬弥君が良いんだけど」

 冬弥がその声に振り返ると、一人の女性が立っていた。
 

「ごめんなさい。 でも聞こえて…しまって……」
「え、いや、構わないけど」
「そう……ありがとう」

 指し込む夕日を一杯に浴びながら、その女性は儚さそうな笑みを浮かべる。
 夕焼けによって増幅されてか、余りにも美しく儚いその笑みに、冬弥はそのまま息すら忘れ見つめ続ける。

「あ……ごめん…なさい。 私はこの大江戸歌劇団の補佐官、沢倉 美咲です」
「ど、どうも、藤井 冬弥です」

 当の女性は冬弥の沈黙を挨拶が遅れたことの失礼と思い、頭を一度下げてから自己紹介をする。
 一方の冬弥もようやく気がつき、慌てて挨拶を返す。

「っても、名前、知っているんだよね」
「うん、失礼だけど……事前に調べさせてもらった…から」

 補佐官、と名乗った美咲。
 その仕事は英二の補佐であり、多岐に渡る大江戸歌劇団の事実上の総括的な管理者である。
 特に支援的な業務においては指揮者も兼務しており、それからもその才を窺い知れよう。

「……ごめんなさい」
「え? 何が?」
「調べたの…それに隊長の話だけど……」
「う、ううん、気になってただけで怒ってはないよ」
「そう……良かった」

 装飾などとは無縁の真意からの謝意を前にしては、追求の気など全く起きるはずなど無い。
 少なくとも冬弥とはそういう男である。

「お詫び…じゃないけど、質問があったら答えるわ」
「ならば……えっと…………」

 ならば、と冬弥は今までの疑問を一気に解消するべく質問しよう、と考える。
 が、質問したいことが沢山ありすぎて、中々声が出てこない。
 一方の美咲はというと、冬弥のその様にも急かすこと無く静かに待っていた。

「じゃあさ、美咲さんはさ」
「え?私?」

 結局纏められなかったのか、冬弥の口から出たのは自分に関することではなかった。

「うん、美咲さんって補佐官なんでしょ?もしかして、結構前からここにいるの?」

「ええ、一応…だけど……この歌劇団の創立から関わっているわ」
「仕事は?」
「歌劇団では支配人補佐、華撃団では情報とか、後方支援……かな」
「へえ……凄いんだね」
「ううん、そんなことないよ」

 困ったように照れる美咲。
 しかし、情報統制もしているとすれば、かなりの手腕であろう。
 何故ならばあれほどの騒動が起きたにも関わらず、その後の周囲は驚くほど日常のままであった。
 英二の言う通り今まででも小規模ながら騒動が起こっていたとすれば、それらまでも完全に封殺していたことになるからである。

「冬弥君、どうかした?」
「あ、いや。 それで、歌劇団に選ばれる基準って?」
「あ、うん。 凍氣をもっているか…もあるけど……」
「そう……やっぱり」
「でも、どういう人か、がとても重要なの」
「人?」
「ふふっ、うん、人」

 微笑む美咲。それ以上の答えは無い。
 冬弥は何やら気恥ずかしく、何か話題を、とする。

「で、でもここって演劇座だよね」
「ええ。普段はみんなで演劇とかやっているけど……」
「なんで演劇をやるんだろう? 戦闘するんだから、その鍛錬が先じゃないの?」
「演劇の理由は……きっと…一度見てくれた方が……良くわかると思うわ」
「見た方が?」
「ええ、きっと……冬弥君も解ってくれると思うから」

  必要な説明を省くような人柄では無さそうだが、かといってこれでは訳が解らない。
  真意を量ろうと考え込む冬弥に対し、美咲は説明を続ける。

「それに凍氣は精神力だけど…ただ大きければ良いって訳じゃないの……だから、ただ鍛錬しても良くなるとも限らないから……」

 冬弥にはそれが真なのか偽なのかは計り兼ねることであるが、疑う必要も無いと感じていた。
  美咲がどういう考えであれ、その真摯さは見て取れるからである。
 その思案の間にも美咲はそのまま言葉をつなげる。

「それに……その人がどんな人なのか…それが何よりも優先するから……ただ、凍氣の資質があるだけでは駄目だから……」

 冬弥が美咲を改めて見なおすと、そこには穏やかな微笑みがあった。
 真っ直ぐに見据え、悪意や脚色とは全く無縁な笑みが。

「だから…もっと……冬弥君も自信を持っても良いかな、って思うの」
「……美咲さん、俺……」
「冬弥くーん」

 その時、奥にある階段の方より声が聞こえる。
 その影は小走りに駆け寄ってくるが、夕闇のせいで間近になってようやく顔がわかる。

「由綺」
「冬弥君、ここにいたんだね。 あ、美咲さんも」
「うん……御免ね、手伝えなくて」
「ううん、美咲さんに下準備して貰ってたから、凄く楽でした」
「それで、どうかしたのか?」
「あ、ううん、準備が出来たから、来てもらおうって思って探してたの」
「準備って……」
「うん、準備。 冬弥君の歓迎会の」
 

 ……という訳で、場所を移し、粉雪座の大部屋。
 というより現在の様相からすれば、『宴会会場』と呼ぶ方が相応しいだろうか。

「美咲さん、これおいしい!」
「そう……よかった。 新しい料理だったんだけど……」
「御米じゃないみたい。 何かコツがあるのかな……」
「良かったら…由綺ちゃんも作ってみる?」
「うん! お願いします」

 宴は和やかな雰囲気で進んでおり、各所で楽しげな会話が繰り広げられている。
 それはまだ始まってから少ししか時間が経ってない上、本日始めての人が居るとは思えないほどである。

「青年も一杯どうだ?」
「兄さん! 冬弥くんにまで飲ませるつもり?」
「そうはいっても、なあ」
「なあ、じゃないわよ。 冬弥くん困っているわよ、ねぇ」
「まあ、ええやんか。 酒も嗜みみたいなもんや」
「はは……」

 冬弥の歓迎会に加え、初戦の勝利も重なり、祝う気持ちもますます持って大きくなることもあろう。
 しかし、こういうことが出来るというのもこの大江戸歌劇団を語る一面なのだろう。

 そんな中、冬弥は決意をするのであった。
 解らないことは今だ沢山ある。
 自らがどれほど出来るのかは解らない。

「そうだ、英二さん。 さっきの話ですけど……」

 しかしこんな和やかな雰囲気と人たちの為に、自らが何か出来るのであれば……と。
 
 

 それから数日は何事も無く過ぎ去って行く。
 冬弥は劇場入り口の入場券整理、いわゆるモギリを任命された。
 とはいえ、次回演劇の公演まではまだ暫くの日があり、モギリはやることが無いのではあったが。
 他の面々は練習に余念が無いが、みっちり練習をやるわけではなく。
 そういう日常を繰り返す中、皆ともいろいろ知り合えていく。
 弥生とは相変わらずだったが……

「それでね……」
「うん」

 由綺と一緒に粉雪座を歩き、1階にある中庭にさしかかった時である。

「せいっ! はいっ!」
「格闘技でもやっているのかな?」

 先ほどから掛け声が聞こえていたのだが、どうやら中庭にいる人物がその発生源のようである。
 少し遠くなのでよくは解らないが、どうやら見知らぬ人のようである。

「うん、あれは多分……」
「あ、由綺ちゃん!」

 歩きながら由綺が答えかけたその時。
 中庭の中ほどにいた人がこちらへと駆け来ってきた。

「彰くん、こちらが藤井 冬弥くんよ」

  彰は空手着に皮の手袋、同じく皮の靴という井出達。
  肩は張っていないものの、いかにも格闘家といった風情である。

「よろしく、冬弥、歓迎するよ」
「あ、ああ……よろしく……」

 汗がきらきらと輝く彰。
 冬弥の顔には何故か対照的に冷や汗が流れ始めていたが。

「彰くんは拳法使いなの。 特に拳は凄いんだよ」
「ううん、僕なんて全然まだまだだって」
「でも今回は修行だったんでしょ?」
「まあね」

 彰は確かに女にしては大柄である。
 ただ、そのせいか、どちらか判断しかねるような雰囲気を醸し出していた。

「でも鍛錬の相手が居なくて困ってたんだ。 冬弥なら男だし拳で語れそうだよね」
「ま、まあ、あまり期待しないで欲しい……」
「そう? じゃあ、僕はまだ続けるから」
「うん、じゃあね、彰くん」

 彰は再び中庭の中ほどに戻ると、その場にて正拳突きを繰り返し始めた。

「なあ、由綺」
「うん?」
「大江戸歌劇団って、英二さんと俺以外は女ばかりで無かったっけ?」
「うん、そうだよ」
「そ、そう……」
「ん? どうかした?」
「い、いや、なんでも……無いんだ」

 何が原因という訳でもないのだが、なんだか頭痛すらする思いの冬弥だった。
 
 

 さて、粉雪座がかくある一方、大志達はというと……

 そんな平穏な日々の裏。
 再び地下らしき大空洞にある、かがり火に照らされた神殿。
 そこには大志達5人が集結し、協議していた。

「それで、どうすんだ。このままって訳にはいかないんだろ」
「そうです…ね……」
「うむ、無論であろうな」

 議題は先日の敗北と大江戸華撃団対策であったが、特に名案が出てくる訳でもない。

「ならば、私がやろうかしらね♪」

 そう言って進み出たのは水天の玲子。
 本日は何やらきらびやかな衣装に宝剣が輝く、どこかの身分ありげな武士のような井出達であったが。

「玲子ちゃん、大江戸華撃団は強いぞ」
「私にかかれば強さもあんまり通用しないよ」

 和樹の言葉にも玲子は余裕の笑みを崩さないままである。
  本人には自信があるのであろうが、それが誰にとってもではないことは、他の面々の懐疑的な顔が物語る。

「じゃ、早速」
「あ、おい……」

  声を遮ぎるように、玲子の廻りを水が沸き立ち、舞い、覆う。
 僅かの間の後、その水柱が消えた後には何も残っていなかった。

「……まあ、いいけどな。今回は玲子ちゃんにまかせるか」
「はい……」

 その声に呼応し、和樹と彩の廻りを突如木の葉が舞い散り。
 それが納まった時には、玲子と同じ様に二人の姿は無くなっていた。

「ふむ、まあ良いか……」

 残った大志は、一言呟き、ある方向を見据える。
 正確にはその視線の先に居る人を、だが。

「詠美嬢、再び機会は不用か?」

 びくっ、と顔を上げた詠美。
 数日前の敗戦より覇気の無いままである。
 和樹なども心配はしていたが、取り付く島も無いままであった。

「あたし、頭悪いから……」
「ふふ……何故貴殿が敗北したか!」

 沈む詠美の言葉を遮り、びしぃ!と指差す大志。

「まず、貴殿は実力を半分も発揮できてはおらん!!」

 大志のいきなりの剣幕に怯んで言葉が告げない詠美に、大志は続けざまに言葉を浴びせる。

「詠美嬢、貴殿は萌力と画力、双方に秀でている」
「う、うん。そうよ……」
「うむ、だが今回の作戦では萌力しか使用していない」
「うん、そうだけど……」
「すなわち、この時点で既に実力の半分である」

 少しずつ興味を引かれつつある様子、そんな詠美に大志の演説は更に畳みかける。

「しかも相当量の萌力をあれだけの群集の操作で使用してしまっては、折角の力も更に半減というもの」
「そ……そうね……」
「また、兵力とその性質が適さない場所を戦場にした戦略上の失態も大きい……これでは実力の八分の一も出せてはいないのではないか?」
「そ、そうね……」
「即ち! 逆に言えば、今だ8倍もの力を出せるということである!」
「そ、そうよね。じゃないと、このあたしが負ける訳ないもん!」

 ようやく覇気を取り戻した詠美。
  本調子というか、これが普段の詠美なのだろう。

「しかし、策謀にて負けたのである訳だが、その策謀、いかに次回はするつもりか?」
「あ……う……」

 根幹を突かれては盛り上がった気勢も元に戻り、再び意気消沈してしまう。
 しかし、それも大志にとっては計算された行動であった。

「なに、簡単なことだ。うむ、実に簡単であるぞ」
「かんたん……」
「その足りない策謀は吾輩には有り余っている。そういうことだ」
「あまっている……」
「同意の意思あらば、見れるものがあるぞ」

 大志は周囲に詠美以外誰もいないことを改めて確認すると、拝殿の更へと至る扉の前に立つ。

「……ガネメ……モドリ……ユイウセ……」

 何やら呪文を唱えると、封印された扉は開かぬまま下へとずれ、奥への道が開けた。

「なによ……これ……」

 詠美は驚きを隠せない。
 何せよ、詠美含め和樹達も知らなかった拝殿の奥である。
 神殿を設計した大志は「まあ、気分を盛り立てる飾りのようなものだ。 あまり気にするな」と言っていたのだが。

「見てみるか? 我等の真理を……」
「……うん」

 そして2人はその奥へと姿を消していった……
 
 

 その翌日の朝。
 初戦の舞台の商店街、そこにある茶屋。
 看板には「こみぱ♪喫茶へようこそ」と描かれているが、その看板の上に『準備中』と書かれていた。
  それを見て、数人の客が入りかけて辞めていった。
  だが、開店直前であるのは明確であるから、また来ることであろう。
  地方からわざわざ訪ねてくるものも多い、この店ならではの光景である。
  さて、その店内。

「じゃあ、皆さん、ちょっといいですか?」
「はーい」

 数名が掃除など開店準備に取りかかっている店内。
 その千沙達を南が召集する。

「本日から、本店よりこの二号店に一人、お手伝いに来てくれることになりました」
「あの、もう来てるですか?」
「はい、ですので紹介したいと思います。では……」

 そうして奥から出てきたのは……
 こみぱ喫茶の制服を纏った女の子。
 ただし、更に犬か猫かの耳と尻尾、更には同じ調子で妙に大きい手袋と靴までついていたが。
 千沙達こみぱ喫茶一同が唖然とする中、その娘は自己紹介をする。

「芳賀玲子です、よろしくだにゃ♪」

  にこりと微笑む玲子。
  その目の奥にある怪しき光に、呆然とする皆の誰もが気づくことは無かった。
 
 

 第参幕、終。
 

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