最果ての地 裏口 8万記念SS(今度はフライング)

大江戸歌劇団・演劇

―――第弐幕―――

 粉雪座の奥からしか行けない地下階。
 その更に奥に粉雪座では唯一、空き室ではないのに入り口の表札が無い部屋がある。
 二十畳ほどの広い室内には十人程が座れる大机が置いてあり、壁には畳二枚分もあろうかという大きな黒板が掲げられていた。

 床は畳、壁や天井は板張りとなっており、一見すると窓が無いことを除けば普通の部屋のように見える。
 だがその裏は鉄板・鉄骨などで強化されており、地上が大火にさらされても粉雪座が爆破されても、ここだけは残るようになっていた。

 また、江戸の地下に極秘裏に構築され、江戸城本丸などの主要な場所を繋げる『天領地下道』
 当然のことながら、その存在自体すら幕府の最高機密に属する訳だが、その入り口がここにもある。
 そのことから、大江戸華撃団の幕府における重要性の高さが計り知れよう。

 また、以上から大江戸華撃団にとっても、この部屋の重要度が特に高いことが窺い知れる。
 

 ここを英二達は『作戦司令室』と呼ぶ。
 大江戸華撃団の文字通り心臓部である。
 

 さて、その作戦司令室の現在。
 中心の大机には、冬弥、由綺、理奈、弥生、由宇、マナが座っており、英二だけは黒板の前で立っている。

「大江戸華撃団、一応揃ったな」
「あの、英二さん……」

 由綺が少し言いづらそうに英二に割り込む。
 その由綺が先ほどから落ちつかない様子で廻りを見ていた様子からすれば、何か気になることがある様子。
 それを視界の端で確認していた英二は、原因を察してか柔らかい口調で答える。

「沢倉さんは現地に先行しているから」
「あ、はい」
「一般市民の退避も必要かも知れないからな……」

 呟きのようながら英二の珍しく真剣な声色。
 それによって場の緊張は一気に高まり、由綺も一旦は安心した表情が再び緊張の面持ちとなる。
 そんな中でも弥生だけは表情を変えず、重い空気の中にも関わらず口を開く。

「……敵の規模がかつて無いということですか」
「ああ、そうだ」
「しかも既に展開している、ということですね」
「まあ、実害は無いが……いまのところは、な」
「ならば尚更迅速を有するのでは?」

 弥生の冷静な分析。
 英二の一言だけで察し、次の段階まで推察する。
 しかも返答には全く間が無い。
 その凄さに冬弥は感嘆のため息を漏らす。

「ふむ」

 何を確認してなのか、英二の顔には軽い笑みが浮かんだ。
 見方によっては悪戯を思いついた子供に見えなくも無い。

「ならば弥生さん、隊長代行、継続してくれるかな?」
「はい」

 弥生の即答。
 心なしか語気が込められているようである。

 なんとなしにそう思った冬弥が由綺を見る。
 するとその由綺も少し驚いた表情をしているので、どうやら間違い無いようだ。
 しかし、それにしても……

「という訳で青年は俺と一緒に来てくれ」
「え? あ、はい、えっと……」
「説明したかったんだが見たほうが早いだろうし、ま、今回は見学だな」

 考え込んでいた冬弥だったが、今はとりあえず行くべきだろう、と頭を切替える。

「わかりました」
「よし、良い返事だ」
「くすっ、見れば解るわよ。 私達が何をやっているのか、ね」
「頑張ってくるから見ててね、冬弥君」
「お代はとらんさかい、安心したってや」
「藤井さんはすぐぼーっとしそうだから、ちゃんと見てなさいよ?」
「…………以上、宜しいですね」
「ははっ。 では……」

 他の皆の言葉の後にも関わらず、弥生の言葉は非常に端的である。
 英二はそれに一端苦笑してから、息を大きく吸い号令を下す。

「大江戸華撃団、出撃っ!」
「「はいっ」」

 それに呼応し、全員の返事が大きく響いた。
 
 

 それと同時刻。
 江戸の中心近くにある大きな繁華街。
 数ある繁華街でもかなり繁盛している内に入るだろう。

 大きな通りの両脇には様々な商店が並び、仕事帰りで立ち寄る客などで活気付いている。
 ただしそれは『いつもなら』であるが。

 なぜならば、現在はかなり様子が異なっているからである。
 まず、その居並ぶ店には客が誰一人として居ない。
 無論全ての店が定休日などということは無く、ほぼ全ての店が営業中。
 そしてそれは商店街の大通りより少しだけ脇に入ったところにあるその内の一軒、『こみぱ喫茶』にも当てはまっていた。

「一体、どうしたのでしょうか……」
「にゃぁ〜〜」

 こみぱ喫茶の店内。
 責任者の牧村 南と給仕の一人である塚本 千沙は途方に暮れていた。
 店内に客がいないのだから、困るのは当然のことではある。

 しかしこの商店街に集客力が無い訳でも、相当の不景気ということも無い。
 店構えに問題がある訳でも無く、強力な商売敵に客足を奪われた訳でも無い。
 ついでに言えば『げいまあず』の最上階でも無い。

 天候は確かに寒空ではあるが、いつもなら客足が少しだけ減るかも、という程度の話である。
 何か他の所で祭りがあって……ということも無いだろう。
 仮に有ったとしても客が少しはいるはずであろうが、全く一人たりとして居ないのである。
 臨海部の祭りならば、その帰りの客で今時分はむしろ盛況になる程であるから祭りではあるまい。
 勿論のことながら、商店街の一角にある診療所の前で、旅の人形使いが芸をやっているせいでも無い。

 では、何故かというと……

「凄い行列ですぅ」
「困りました、このままではお客さんが入れないですね」
「はいです……」

 店の前には行列が出来ていた。
 しかし、ただの行列では無い。 その異様さの最たる所は長さであろう。
 どれほどかと言うと、余りにも長すぎて商店街内をぐるりと周回し、商店街の店の入り口という入り口の全てを塞いでしまっている程。
 それだけに止まらず、裏通りやそこへの脇道すらかなり塞がれている。
 これだけの行列、人数としても相当な数となるだろう。

「凄い人です。 でもあまり動かないです」

 しかしてその何が困るかといえば、商店の入り口などを完全に封鎖してしまっていること。
 現状下ではこの店から脱出することすら不可能だろう。
 そしてその行列はその先にしか興味が無い様子で、店に入ることも他への配慮も何も無い。
 よって、例え商店主などがこの行列に抗議したとしても、何処吹く風と全く感心を示さないのである。
 これでは全く以って商売あがったりというもの。

「でも、一体何の行列なんでしょうか……」

 南は殆ど見え無い行列の外へと視線を巡らすが、そこにもやはり行列しか見えなかった。
 では、その行列の先には何があるか、というと……
 

 商店街の裏通り。
 ここにも店は所狭しとならんでいるのだが、表通りにくらべると道幅はかなり狭い。
 その一角に人だかり有り。

 その中心に置かれた長机。
 長机の上に詰まれた大量の本。
 更に後ろに山積みにされた数多くの厚紙製の箱、その中にも同種の本が大量に詰まっている。
 そして、一脚しかない椅子にふんぞり返る非常に上機嫌な少女。

「この行列、この詠美様なら当然よねっ」

 それは地下神殿で意気揚揚と出撃した大場 詠美、その人であった。
 この行列は詠美の仕業なのである。

「限定本だからここでしか買えないんだかんね、ありがたく買っていきなさいっ」

 いつものように商店街に来た客などは、まずこの異様な行列を目の当たりにすることになる。
 その後の行動は店に入れないのですぐに諦めて帰るか、興味本位でこの行列が何なのかを調べるかの二つ。
 二つの内、前者はそのまま帰途なり他の店なりに行くだろう。
 そして後者は列を調べてゆく。
 そうすれば、いずれは最後尾を見つけるか列の先頭を見つけるかの二つ。
 最後尾なら『最後尾です』と書かれた立て札、先頭なら詠美が立てた『猫魚組』と書かれた立て札、そのいずれかを見ることになる。
 そしてそれらの妙にきらきらとする立て札を見てしまった、その瞬間より……

「うっ…………もえぇ……」

 その目は虚ろになり、体からは生気を感じ取れなくなり。
 そして何かに操られるようにふらふらと最後尾まで移動し、そのまま何時間かかろうとも列に並び続けるのだ。
 しかも列が消化されてゆき最前列に行ったとしても、またふらふらと最後尾に並ぶ。
 こうしてこの行列は着実に長くなってゆき、ついにはこの商店街を封鎖してしまったのである。

 このままの調子ならば、この商店街だけでは済まず、江戸を覆い尽くし、終いには日の本全体をその列に取りこんでしまうかも知れない。
 そこまで行かずとも、行列により交通・流通を遮断されたりする為、この商店街のようにその周辺では地域住民への被害は甚大である。

 しかも何ら法令に違反しない。 だからといって良いことではないが。
 恐るべし、金天の詠美。

「うんうん、こーでなくちゃ」

 その根源である詠美は至って上機嫌。
 とりあえずの目標であるこの商店街の封鎖を達成し、更に列は順調に長くなっているのだから、それも当然であろう。

 だがしかし、それもそこまでの話であった。

 バンバンバォン!

「な、なにっ? なんなのよぉ?」

 突如裏通りの真ん中、詠美の程近くで小規模な爆発が連続して起きた。
 白い煙が舞散り、辺りの視界を奪う。
 だがその煙は煙くなく、むしろ冷たい霧のよう。

 密集していた行列を成した人々も警戒し、そこから等間隔に距離を置く。
 突如裏通りに出来た円状の空間、それを満たしていた霧が晴れゆくと、そこには四つの影があった。

「「大江戸華撃団、参上!」」

 それは由綺達、大江戸華撃団である。
 しかれども、不恰好なカラクリ人形に乗ったりしてはいないのでご注意を。

「な、なによっ! あんた達一体どこからきたのよっ!」

 周辺は行列が取り囲んでいて蟻の這い出る隙間も無い訳であるから、詠美がそう思うのも仕方の無いところ。
 だが、真実の説明は不要であろう。

「なんだか凄い行列……」
「本当、どれだけの人がいるんだろう?」
「ほんま、なんやろな?」
「まあ、どちらにせよ手間はかかりそうよね」

 あまりの人の多さに感嘆する由綺達であったが、理奈の言葉に廻りを見渡す。
 一般人は居ないものの、敵に完全に取り囲まれた状況。
 しかもその対比は百対一、あるいはそれ以上。

「そうですね、状況は良くは無いと思われます」

 まともに考えれば、相当の危機であろう。
 だが、弥生は毅然とした態度を崩すことなく言い放った。

「……しかし、数だけ居ても私達の敵ではありません」

 それに頷く一同の顔に真剣さはあっても、焦りは微塵も無かった。
 

 一方の詠美はというと……

「もう、細かいことはどうでもいーっ!」

 大江戸華撃団の突然の登場に困惑していたが、ようやく吹っ切れた様子。
 長机の上に立ち上って憤慨している。

 今の言葉で由綺達も詠美に気付き、身構える。
 実は御互いそんなに離れていないのだが、詠美の周辺は折返しとなっているため一段と行列が厚く、視界が遮られていたので由綺達からは気付かなかったのである。

「あなたが親玉?」
「そーよ、『金天の詠美』様、覚えておきなさいよね」

 マナの言葉にふんぞり返る詠美。
 その様は似合っているような似合っていないような、妙な按配である。

「こんにちは、私は森川 由綺っていうの」
「うん、こちらこそ……じゃなーーーいっ!!」

 憤慨する詠美だが、それに迫力が伴わないのは直前の台詞のせいだけであろうか。

「でも、こんなとこに出てくるなんて……」

 しかし憤慨も瞬時で一転、腰に手をあて大いに胸を張り、見下すような視線を向ける。
 詠美は自らの圧倒的優勢な状況を確認するように間を置き、余裕たっぷりに言い放った。

「『飛んで火で炒る夏の蒸し料理』よねっ!」

 ―――それを言われた大江戸華撃団の反応は様々。

「夏の蒸し料理、ってなんだろ……」
「あほかい! そんなものあるかいな!」
「飛んで火に入る夏の虫、じゃない」
「はぁ……」
「………………」

 真に受け、どんなものかと考え込む由綺。
 上方仕込みのつっこみを見せる由宇。
 鋭く指摘するマナ。
 溜息をついただけの理奈。
 聞こえてないが如く、全く微動だにしない弥生。

 ともあれ、それらは詠美の憤慨を誘うには十分であった。

「むっきいいいいいっ! 『萌壊兵』達、やっ……ちゃいなさいっ!!」

 詠美の憤慨には誤魔化しと照れ隠しも入っているだろう。
 なんとなしに『ずっこけ悪役3人組の女首領』のような響きを持つのはそのせいであろうか。
 だが発せられた号令は商店街の隅々まで響き、そこを覆う行列が動き始める。

「もえぇ……」
「もぇえ……」

 裏通りに満ちる行列を成す人々、詠美の呼び名を借りるなら萌壊兵達、その全てが中心近くにいる大江戸華撃団の方を向く。
 そして生気を感じさせない動作でゆっくりと歩き出した。
 動きは非常に鈍重ながら、状況が状況なだけに迫力は凄まじい。
 その様は、深夜の体育館で虚ろな目の女生徒達に追いかけられるが如し。

「さて、篠塚さん、どうするのかしら?」
「とりあえず、この場所は確保しましょう」
「とりあえず、ね」
「んで、どうすんのや、流石に多すぎるで」

 薙刀を構えた理奈が問うが、銃を抜き放った弥生の答えは少ない。
 ひとまず納得した様子の理奈の横から、今度は手筒など道具を数多く身につけている由宇が割りこむ。
 刀を抜いた由綺も、素手のままのマナもその返答を待つ。

「あの敵の気質ならば勝算は十分にあります。 最初から派手に行って下さい」
「派手か、そういうことならまかしとき!」
「そうね、問題は無いわ」

 それでもやはり弥生の答えは多くはなかった。
 だが意図を理解してか、理奈と由宇はじりじりと迫る包囲網に向い、一歩先じ軽やかに駆け出した。

 詠美操る崩壊兵の行列は、商店街に並ぶ店の入り口を封鎖するよう壁際に並んでいた。
 そのため、ほぼ真中に現れた大江戸歌劇団までの距離は、同じ行列とはいえ相当な差がある。
 しかもその過半数は戦場である裏通りでなく表通りに出ているので、そこから脇道に入ってからでないと裏通りまで来れない。
 そして更にはそれらが我先にと無秩序に狭い脇道に殺到する為、元々から非常に遅い移動速度、それに最悪の効率が乗算される。

 即ち、人数が居ても時間的な差が大きいため、各個撃破は容易。
 そして単体戦闘能力で大江戸華撃団の隊員と詠美操る萌壊兵とでは、まさしく天と地ほどの差がある。
 それは虚ろな目をしている崩壊兵と、輝く瞳を持つ大江戸華撃団との見た目だけでもその差が計り知れようというもの。

「緒方流奥義! 冷陣倶素闘夢っ!!」

 理奈はそのかけ声と同時に、頭上で降り回していた薙刀を地面へと突き刺す。
 直後、周囲の地面から理奈を包むように冷気が沸き立ち、それは数多くの柱の形を成して猛烈な勢いで吹き上がった。
 理奈を襲おうとして周囲から飛び掛ったもの達はそれらに触れ、一人残らず凍りつく。

「ふふっ、私に触れたかったらもっと頑張らなきゃね」

 そして、通りの反対側では……

「ほな、いくでぇ! 芽手於冷印!」

 由宇が気合一発、真上に向って手筒を構え、玉を発射した。
 大きな音をたて、何かが空へと飛び去って行く。
 それは昼間に打ち上げ花火を打ち上げたようにも見える。

「……………………もぇ?」

 が、何も起きない。

「もぇ……もぇ……」
「もえぇ……もえぇ……」

 怯んでか一旦は動き止まった崩壊兵達も、再び動き始め由宇に迫る。
 だが、由宇の顔には余裕の笑みが浮かんでいた。

「慌てる乞食は貰いが少ないっていうで?」

 ひゅぉ…………

「もぇ?」

 頭上で起った音。
 何かが降って来たようだったので、崩壊兵達は再び上を見上げた。
 その視界に映ったものは……

 ばらばらばらばらばら!!

 天より降り注ぐ無数の雹であった。
 崩壊兵の体に音を立てて砕けるその雹、ただの雹ではなく、粒が非常に大きい。
 しかしながら、それだけではまだ自然現象とも思えよう。

 しかし降り注ぐのは由宇の近くの限定された範囲のみ。
 そして当の由宇には当たるどころかかすりもしない。
 そして奇妙さの最たる所は、降り注ぐ範囲にいた崩壊兵をどんどん凍りつかせてゆくことだろう。

 降り注ぐ雹が納まった。
 そしてその後には、無数の氷付けの崩壊兵が残るだけだった。

「せやからゆうたやん。 人の話はきちんと聞かんといかんで?」

 だが、凍りついた者達が今の話を聞けるはずも、その忠告を生かすことも最早無いだろう。
 

 さて場所は少し移って……
 現在戦闘が行われている商店街の一角、とある商店の屋根。
 その場所は二階建の屋根の頂上であることもあり、その見晴らしはかなり良い。
 御蔭でこの位置からは、ほぼ直下で活躍する由綺達が良く見える。

「どうだ? 青年」
「すごい……」

 そして由綺達の裏通りへの登場直後より、英二と冬弥はそこにいた。
 とはいえ、2階立ての屋根であるから相当に高さがある。
 その上に暮れ時の風が薙いでいる。
 風が弱くなっているとはいえ、季節を考えればその冷たさたるや相当堪えるものであろう。

「ははっ、まぁあの位、彼女達なら当然なんだけどな」
「当然……ですか」

 にも関わらず、英二は腕組みをして立っていた。
 さすがに冬弥は伏せていたが。

「ああ、優れた”レイリョク”と”トウキ”を持つからな」
「レイリョク? トウキ?」
「冷たい力『冷力』、凍らせる氣『凍氣』、だぞ?」
「冷力…凍氣…ですか……」
「そうだ。 力の源たるのが冷力、実際の効果を発するのが凍氣、ってところだな」

 冷力、凍氣……余り聞かない名称に疑問が湧く。
 しかし確かに由綺達は不可思議な現象をたやすく行っている。
 燃やすなら何らかの道具でも出来そうだが、凍らせるとなると手段が思いつかない。
 何よりそれであの操られた人たちが元に戻る理由が不明である。

 だが、現実に事態は解決されつつある。
 相手が凍結されたままにされているとはいえ、元に戻すのは由綺の先例を見れば簡単であろう。
 無論のことながら、今直ぐに戻しても単なる足手まといにしかならないだろうが。

「ははっ、まあ、とりあえずそういうものだと思ってくれ」
「……でも、何故それでなければ駄目なんですか?」

 英二の言葉もあり、変に考えるよりはとりあえず納得、と冬弥は頭を切り替え。
 その上で疑念を質問に変えて、英二に向けてみることにした。

「ふむ。 では、まず敵の性質について語ろうか」

 英二は冬弥に向けていた視線を由綺達へと向け、それから話し始める。

「まず、相手は『萌』えている、と呼べるな」
「も、萌えている? 燃えているでなくて?」
「うーん、まあ性質的に近い面もあるな。 ま、言うなれば精神が燃焼している、というところか」
「燃焼……火、ですか」
「ああ、そうなることを『萌壊』って読んでいるんだが、様は精神に火を付けられることって訳だな」

 冬弥の脳裏には先ほどの事件、すなわち寺の門前での事柄が思い出される。
 思い返せば、通行人が変化する様は火を付けられた様。
 色が変だったり熱を感じなかったのも普通の火で無かったから、とすれば納得がいく。

「あいつらは精神の熱さの塊、といえる。 言い換えれば、燃えているが故に成立しているともいえるな」
「精神の熱……ですか」
「そうだ。 だけど精神が操られているとはいえ、元は普通の人間だったりするから、そうそう簡単には殺せないだろ?」

 『殺せないだろ』を何の引っ掛かりも無く言う英二にやや警戒感が湧く冬弥。
 同じ無言であるが、雰囲気の違いを察知したのか英二は一目だけ冬弥を見たが、そのまま話を続ける。

「町方とか武士でも結局は普通の人間だから、あいつ等のしもべ……『崩壊兵』と呼称しているが、そいつらはともかくとしても、幹部級相手では返り討ちにあう可能性がある」

 英二は言わなかったが、冬弥はその先を想像していた。
 もし武力によって解決しようとすれば、同士討ちなどにより大混乱に陥るかもしれない。
 それに構わず鎮圧するとなれば、相当大規模な兵力を江戸市中に投入せねばならないだろう。
 しかし、そんなことをすれば江戸市中を戦乱の火にさらす羽目になるのは必定。

 となれば、精鋭でいわば特務隊を編成し、個別に対処するのが最良の型式。
 そしてその特務隊がこの大江戸華撃団、ということなのだろう。

 冬弥が考え込む間、英二は黙って待っていた。
 そして冬弥が再び顔を上げるのに合わせ、再び話し始める。

「まあ、要は火を消せばいいんだけどな。 そうすれば全て元通りって訳だ」
「元通り、ですか」
「ああ、萌えてないなら単なる一般人だろ」

 冬弥は視線を英二から皆の方へと向ける。
 そこでは今、マナがくるりと舞い、その周辺にいた崩壊兵が手も触れないのにまとめて凍結していく様が見える。

「と、いうことは、精神の火を消す手段が……」
「ほう、察しが良いな」

 英二の台詞は驚いたものであるが、その表情は喜んでいるもの。
 しかし冬弥はその表情を確かめることなく、由綺達の活躍を見つめ続ける。

「そうだな、精神の冷気で冷ますことだ。 温度が下がれば燃えないのと同様にな」
「それがあれ、なんですね……」
「そういうことだ」

 今度は英二も皆の方へと視線を向ける。
 そこでは弥生が銃を構え、文字通り百発百中で離れた所にいる崩壊兵を次々と凍結させていく様子が見える。
 原理などはさておいても、彼女達が凄いことに疑念の余地はあるまい。
 
 

 さて、舞台を移し、その下である通りの中ほど。

「なによ! なによっ! なにやってんのよっ!」

 詠美は三度憤慨していた。
 顔は真っ赤になり、頭からは湯気さえ出ているかのよう。
 だが、今回は無理もあるまい。
 自らの操る手下が次々と氷結されていくが、相手の大江戸華撃団には損傷というものなど全く無いのだから。
 しかも相当な数いるはずの手下がバタバタと駆逐されていくのである。
 これではいくら数いるとはいえ、全てが駆逐されてしまうのも長い時間を必要としないように思える。

 とはいえ、詠美の手勢でも今だ半数以上が移動中であり、残りの半数の内でも更に半数程度は詠美の近くで固まっているため、戦闘に参加出来る崩壊兵はその残りしかいない。
 しかも崩壊兵の攻撃手段は直接攻撃のみに限るので、攻撃出来るのは大江戸華撃団に面するごくわずかの兵力。
 更には狭い裏通りであるために、包囲することすらままならない。
 即ち、この状態になってしまった原因は、大江戸華撃団の強さもさることながら、多人数を狭い場所に展開した戦略上の失点も大きいであろう。

「もういいっ! あたしがやるっ!!」

 理屈はさておき、このままでは埒があかないと判断した詠美は、自らの座る椅子から立ちあがった。
 その勢いのまま長机を乗り超え、大江戸華撃団へと飛び出した。

「あたしの右手が真っ赤に萌える! 勝利を掴めと轟き叫ぶっ!」

 ざっ! と崩壊兵の塊が割れ、そこの奥から突進する影ありき。
 それはまごうことなく詠美。 その右手には全身の萌力が集中しつつある。
 「手が真っ赤に」といいつつ萌黄色に萌えていることなどは、さして問題とすべきでは無い。
 なぜなら膨大な萌力から生み出される破壊力は、城壁をも一撃の元に粉砕する程に強力なのである。

 だが、その時こそ弥生の待っていた瞬間であった。

 これだけの崩壊兵達を操るのは間違い無く詠美。
 逆に言えば、詠美さえ倒せば全ての崩壊兵達は元に戻るだろう。

 しかし詠美の周囲は特に人の壁が厚く、また距離的にも詠美に近いせいで炊き付けられるように殊更強力に萌えており、結果として城砦の如く相当の防御力となっている。
 例えるならば『熱を篭らせる窯』といったところであろうか。
 これを冷ますのは流石の大江戸華撃団といえども容易では無い。
 しかも包囲状態のため、一方に戦力を集中しすぎること、それは突破しない限りその背後を突かれることを意味する。
 しかして、城砦相手に突破など可能なはずもあるまい。

 だが、詠美自らその城砦から出てくれば、その価値は無意味となる。

 詠美の短気な気質を見ぬき、手下を派手に粉砕することで憤慨を誘い。
 そして直接行動を行わさせ、その機先を要撃で以って一点撃破する。
 全ては弥生の計算通りの瞬間であった。
 

 詠美の突進は更に加速する。
 その切っ先は自らより最も近い大江戸華撃団の一員……すなわち、弥生へと向けられていた。

 一方、標的になった弥生だったが、慌てることなく懐より延長銃身を取り出した。
 この延長銃身には予め凍氣が込められており、銃に装着することにより強力な射撃が出来る。
 だが装填は一発のみで再発射までは非常に手間が掛かるため、使用出来るのは事実上一戦闘に一回のみ。
 よってかなり使う場面を選ぶものではあるが、今の弥生に迷いなどあろうはずも無い。

 延長銃身は銃口に当てるだけでカチンと音がし、しっかりと固定された。
 ここらへんは由宇の研究のたまものによる。

「………………」

 しかし弥生はそれに思いを巡らすことなどなく、沈着冷静に狙いを定める。
 標的は―――その間にも確実に迫り来る詠美。
 その距離は最早あと数間といったところ。 間も無いとは正しくこのことであろう。

「甘いですね……」

 しかし弥生は僅かな呟きのみを漏らし、冷静に引き金を引く。
 その刹那を以って銃口よりはるかに大きい凍氣の弾丸が、直前へと迫った詠美へと吸い込まれるように飛びゆく。

 がおん!! ぼしゅうううううっ!

 それは詠美に確かに命中した。
 そこを中心にして瞬間的に膨大な蒸気が沸き起こる。
 その様は焼け石に水を掛けたが如き。

「他愛ないですね……」

 蒸気は雲のようになっていまだ立ち込めており、少しずつ晴れていくものの中は全く判らない。
 しかしそこから詠美が出てくる様子も無く、以降は崩壊兵達の動きが止ったこともあり、その場にいた誰もが勝利を確信し、弥生の手腕を賞賛しようとした。

「弥生さん、やっぱり…」

 だが、それは中断を余儀なくされた。

 ぼぅっ!と立ち込めていた霧が掻き分けられ霧散する。

「『くいーん おぶ こみぱ』の名に賭けてぇえええっ!!」

 その中には詠美が仁王立ちしていた。
 しかも膨大な萌力のせいか、後光すら発しているようである。
 そしてその力は命中前より衰えるどころか増してきつつすらあった。

「そんな……弥生さんが外す訳が……」
「いや、詠美の両の手を見てみい」

 由宇は衝撃を受けている由綺を促す。
 詠美の前に突き出されている右手、胸元に構えられた左手。その両方ともが血だらけである。
 詠美にそれを意に介する様子は全く無いのだが、軽微とは言い難い怪我である。

「おそらくは不完全ながら萌力を集中させた両の拳で弾を止めたんやな……」
「そんなことって……」
「詠美にあそこまで執念あるとは……計算違いや」

 先ほどの膨大な霧は冷やされたことによる霧ではなく、瞬間的に蒸発させた蒸気だったのである。
 だがそれが可能と言える範囲を越えるであろうことは、皆が一様に驚愕して動けないでいることが物語る。

「しゅうううっけつぅ!」

 詠美の突進は威力を増し、再び起動し始める。
 そして標的はやはり、弥生。

「あかん! とめな!」

 ようやくに気付いた大江戸華撃団の面々が阻止すべく、行動を開始する。
 だか、その行動はすぐに阻止されてしまうことになる。

「もええええっ!!」
「って、どきぃっ!」
「こんな雑魚に手間取っている暇なんて……」
「無いのにっ! もう!」

 詠美に触発されてか、萌壊兵達の動きも大幅に活発化した為に駆け寄るどころか対処で手一杯。
 それは恐らくは一時的なものだろうが、大江戸華撃団の面子を足止めするには十分。
 そしてそれが例え僅かな間であっても、詠美には十分であった。

「くぃいいいいいん、ふぃすとおおおおおっ!!」
「弥生さんっ!」

 ただ一人、由綺は自らに迫る崩壊兵達から僅かな間を見出し、刀に凍氣を込め振りおろす。

 ひゅっ、しゅおおおおぉぉぉぉ……

 その刃より、白刃の軌道がそのままの形を成して、地上を疾走し飛び行く。
 それは崩壊兵達の隙間を縫うように貫いて弥生の直前へと向う。
 だが、それをしても詠美の阻止には僅かの差で間に合わないだろう。

「ひいいいっと、えんどっ!」
「………………」

 詠美の勝利を確信した声が響き、弥生は無言で全く動かず。

 そして……一つの影に突進したもう一つの影が重なる。

 ぼふあっ!

 萌力が炸裂したせいか、まるで油に炎がついたかの如く萌黄色の膨大な往羅が立ち上った。
 その直後に由綺の放った白刃の凍氣が飛び込む。 が、全ては『時、既に遅し』というもの。

「間に……あわへんかったんか……」
「弥生さん……」

 だれもが最悪の結果を予測した、その刹那。
 その膨大な往羅は嘘の如くたちまちかき消えた。
 その代わりに白煙が立ち込める。

「なに? 一体、何が起ったの?」

 理奈だけでなく、だれもが先の間の理由を解せないでいた。
 時間にすれば僅かだが、結果は絶対を分った、その訳を。
 そしてその『誰もが』には、自らの目前で舞う白煙を見つめる弥生も含まれる。

 問い返すことも無いまま、徐々に晴れて行く白煙。
 そして、その中にあった影。

 力を使い果たした故か、脱力して座り込んでいる詠美。
 その様からは最早萌力の熱を感じ取ることは出来ない。
 そして、そこにはもう一人。

 詠美の前に立ちはだかった姿勢のまま、動かないで居るその背中。
 霧が完全に消え去り、明確に見えたその姿は……

「やっぱり。 うん、間違いないよ」
「本当、いいところ持って行くわね」
「でも遅いっ! やっぱり、ぼおっとしすぎよ!」
「計算外……いえ、計算内、ですか」

 手に持つ二本の刀を眼前で交差させたまま動かず。
 起こした現象に自らが一番驚いている、その男。

「俺……こんな事が出来たのか……」

 藤井 冬弥、その人がいた。
 
 

 さて、冬弥がここに居る理由を説明するには、僅かに時を遡らねばならないだろう。
 場所は先ほどの屋根の上。
 時は詠美の憤慨直前、すなわち場面転換直後……

 相変わらず崩壊兵達は次から次へと粉砕され、下では詠美が憤慨している。
 冬弥はというと由綺達の活躍に感嘆するだけであった。

「それでだな、青年」
「はい」
「君もやってみないかい?」
「……えっと、何をですか?」
「いや、今、由綺ちゃん達がやっていることだが」
「はいぃ?」

 間抜けな返事を返してしまう冬弥だが、それも無理らしからぬこと。
 その由綺達がやっていること、とは通常の常識を超えた術とでも言えるものだからだ。
 至って平凡なだけの自分に可能と思えずとも当然であろう。

「ま、いきなりでは良く判らないかも知れないな」
「え、ええ……」
「そこで、これだ」

 と言って英二が差し出したのは、鞘に収まった二振りの刀。
 その二本は全く同一の外観であり、通常の太刀よりやや短めである。

「二本で一式、ということは……」
「ああ、二刀流用の刀だ」

 差し出されるままに受け取った冬弥。
 とりあえずその片方を抜き放ってみる。

 するりと抵抗を感じさせること無く鞘より出て、外気に触れたその刃。
 それはその身に写した空の色のせいか、ひやりとする迫力を感じさせる。

「なんか、良い刀みたいですね」
「ほう、さすがだな」

 装飾は無いが、確かな質を感じさせるその鋼。
 魅入られたが如く真剣に見つめる冬弥を見て、英二は満足な笑みを浮かべる。

「まあ、でないと持ってきた甲斐が無いんだがな」
「甲斐?」
「ああ、青年、それを使ってくれないか」
「これですか? でも良い刀なんじゃ?」
「うーん、まあ良くもあり、悪くもあるなぁ。 使う人間次第ってところか?」
「だったら、ますます勿体無いですよ!」

 冬弥が戸惑うのも当然。
 自らが剣技において突出した技量を持っていないのに、これ程の刀は猫に小判というもの。
 しかしながら刀を太平の世では使う機会などそうそう無かったのであるから、それも当然といえば当然。
 ましてや二刀流となれば全くの未経験である。

「いや、青年が使わないとその刀に価値は無い。 刃もついてないしな」
「俺……が?」

 試しに刀の刃の部分に懐より取り出した半紙を当ててみる。
 なるほど、確かに切れない。 もう一方を少しだけ鞘より刃を出して同様に試すが、やはり同じである。

 しかし刃が無いとはいえ、なまくらという名称は全くそぐわない。
 麗美に輝くその刃は、砥いで無いというよりは刃を意図して落としてあるかのよう。

「ま、逆に言えば、これがあれば青年でも凍氣が使えるんだけどな」
「それだけで? 一体、これは……」
「名を『冷式寒尖』という」
「れいしきかんせん……」
「ま、貰ってくれれば嬉しいが」

 英二は一回しか名を呼ばなかったので、個別の名前なのかを聞こうとした冬弥だったが思いとどまる。
 なんとなくではあるが、この刀は二本そろってこそ意味を持つ、という気がしたからである。
 再び魅入る冬弥を見、英二は苦笑しつつ頭をかく。
 しかしながら、その表情の端には嬉しさのようなものも見えるのは何ゆえであろうか。

「……これを使ってどうしろ、って言うんですか?」
「ふむ、それは自分で決めることだな」

 意図していなかった答えに冬弥が思わず英二を見ると、その表情は真剣であった。
 その顔の何が変わったという訳ではないが、気圧される程の威圧感が漂う。
 冬弥の言葉を待ってか、僅かの間を置いてから英二は話し始めた。

「ま、単なる演劇座の一員になるも良し。 町方に戻るというのなら手配しようじゃないか」
「………………」
「無論、選択肢には俺達の仲間になってくれる、ってのもあるが、な」

 冬弥は無言のまま、考え込む。
 どうすべきなのかを、どうしたいのかを。
 そして……

「ふむ、マズイな」

 だが、そんな考えも英二の呟きによって邪魔が入る。
 その呟きも茶々のようなおどけた調子で無い。

「え? 何がマズイんですか?」
「ほら、直ぐ下だ」

 英二の指差す直下やや右を見ると、詠美の膨大な萌力が発現した所であった。
 そしてその向く先、ここの直ぐ下には弥生が。

「なっ! 確かにマズイんじゃ」
「青年、どうする?」
「決まってますよ!」

 冬弥は屋根を駆け降りる。
 というか、直滑降というより落下気味ではあったが。
 しかしその手にはしっかりと二本の刀が握られていた。

「ふむ、合格か……」

 その背中を見送り、英二は満足な笑みを浮かべる。
 刹那、突発的に北風が強く吹いたが、それにも英二が揺るぐことは無かった。
 
 

 さて、時を今に戻し……

 再び通りの中ほど。
 大江戸華撃団の面々は既に行動を停止した詠美をとりかこむように立っていた。
 崩壊兵達も動きを完全に停止しており、そちらは弥生曰く……

「放って置けば『冷め』ますから、自然に元に戻るはずです」
「冷める?」
「はい。 彼らを萌やしていたのはこの人のようですから、その力が継続しないと影響力を失う訳です」
「なるほど……」

 という訳で、元崩壊兵達は意識が朦朧としている様子ながら姿形はかなり元に戻りつつあり、完全に戻るのにもそう時間を必要としないだろう。
 由綺達によって氷付けにされた崩壊兵達も、その体を覆う氷が溶けていきつつあり、これも完全に溶ければ元に戻るということらしい。
 由綺がやったように粉砕するのは、急速に戻したい時に限るということ。
 ともあれ、事態は確実に完全なる解決をされつつあった。

「さて、ここまで…だね」
「流石に幹部級がくるとてこずるわよね」
「でも、これで頭が冷めたやろ?」
「な……なよ……」

 先ほどから座り込んだまま全く動かなかった詠美であったが、何事か呟く。
 気になった大江戸華撃団の面々が一歩踏み出した。その時……

「なんで、なんで、なんで一人も倒せないのっ!?」

 突然の詠美の慟哭。
 突発的な事態に構える大江戸華撃団であったが、それも直ぐに解かれる。
 なぜならば、詠美に戦闘意欲などかけらも見えず、むしろそこにいるのは小さな子供のようである。

「こんなんじゃ……あたし……なんにも……」
「え……っと……」

 あまりの豹変振りに困惑する一同、しかしそこから一歩進む影ありき。
 それはマナ。

「とりあえず、私達と一緒にこない?」
「それはちょっと困るな」

 マナが手を差し伸べ、詠美が顔を上げた、その瞬間何処よりか正体不明の声。
 直後、突風と同時に無数の木の葉が舞い散り、視界を奪いさる。

「誰だ!? って、うわっぷ」
「葉っぱ?」
「これは……って、大バカがおらへん!」

 それは僅かの間であったが、詠美の姿はかき消えていた。

「みんな、後ろっ!」

 マナの言葉通り、大江戸華撃団の背後、距離をやや置いた通りの中ほどに詠美の姿はあった。
 そしてその体を抱き上げる男と、それに寄りそうように立つ女の姿も。

「誰だ、一体」
「俺は木天の千堂 和樹。 で、こっちは土天の長谷部 彩だ」
「はじめ…まして……」
「あ、どうも」

 普通に挨拶を返した冬弥だったが、それもどこかおかしな行為であったと思い恥じる。
 状況から考えれば、詠美の味方、即ち敵に違い無い。
 それに対して普通に挨拶を返したのでは、単なる間抜けみたいである。
 しかしそれを一時とはいえ忘れさせる位、この二人に敵意がないように感じられたのも確かだが。

「詠美、大丈夫か?」
「なっ、何よう! あんたなんかの助けなんて無くても、全然大丈夫なんだから!」
「やれやれ……でも、それだけ元気あるならまあいいか」
「うきゅう……」

 顔を真っ赤にして黙ってしまう詠美。
 それに和樹は再び苦笑してしまうが、意識して表情を引き締めてから大江戸華撃団の方を向く。

「すまないけど、今日のところは退かせてもらうぜ」
「甘いわね、私達がみすみす見逃すと思ってるの?」

 理奈が薙刀の切っ先を和樹へと向ける。
 表情が笑顔ではあるが、放たれる気迫が洒落では無いことを物語る。
 その隣にはいつのまにか弥生が同様に銃を構えており、同様に威圧する。
 ようやくながら、冬弥達残りの大江戸華撃団もそれにつられ身構える。

「無用の争いは好きじゃないしな」
こくり……

 しかし和樹も彩も、それに対して特に構えるでも無く自然体のまま。
 それはその言葉が真意であるかのように思われ、冬弥に迷いが生まれる。

「じゃ、また会おうな」
「…では…ごきげんよう………」
「こ、こんどこそ覚えてなさいよ!」

 捨て台詞と共に和樹が手に持つ萌黄色の札を虚空へと放る。
 するとそれが細かく分かれた、かと思うと無数の葉っぱへと変化し空を舞い、視界を覆った。

「あっ……」

 それに気を奪われたのはほんの数秒であったかと思われるが、和樹達の姿はかき消えていた。
 一応辺りを見まわしてみるが、痕跡の一つすら残されてはいない。
 先ほど舞っていたはずの無数の葉っぱも含めて。

「ふう、強敵現る、かしらね」

 理奈の言葉は全員の心情を代弁していた。
 あの余裕、そして鮮やかな退き方。 それだけでも相当の力量が推し量られよう。

「彼らは一体何者なんだろう」
「でも、悪い人じゃない気がする……」
「ま、とりあえずは勝ちってことでいいんじゃないか?」
「うわっ! え、英二さん?」

 由綺と冬弥が思い返していたのだが、何時の間にか背後に立っていた英二によってそれも中止させられる。
 声を上げたのは冬弥だったが、皆も程度の差はあれ一様に驚いているようである。

「ははは、そんなに驚かしてしまったかな」
「兄さん! また突然現れて! 少しは手伝ったらどうなの?」
「まあ、俺には戦闘は無理だからなぁ」

 苦笑する英二ではあるが、彼の台詞のどこまでが真意かは量りかねるものがある。
 誰もがそう思ってか、理奈の糾弾を除けばそのまま言葉を発せないでいた。

「それより、だよなぁ。 みんな?」

 英二は理奈以外の面々に対して、何かを促す。
 その様子は理奈に迫られるので、皆に助けを求めているようにも見えなくも無いのだが。

「あ、はい、そうですね」
「一応でも勝ったんだから、いいんじゃない?」
「私は構いませんが」
「確かに、やらんとなーんかスッキリせんしなぁ」
「ふう、やっぱりいつもの、よね」

 すると、それまで動きが止まっていた皆がにわかに活気付く。
 英二に詰め寄っていた理奈すらその変化に同調している。
 皆の急変に一人取り残された冬弥は何が何やらわからず、右往左往する。
 しかし、その手を取る手があった。

「冬弥君も一緒に、ね」
「由綺」
「もちろん、冬弥くんも大江戸華撃団の一員なんだから」
「理奈ちゃん」
「まあ、あまり頼りにしすぎないほうが良さそうだけどね」
「マ、マナちゃん……」
「ま、あらためて宜しゅう頼むで、大将」
「由宇」
「皆さんがそう言われるのに、反対する意味はありません」
「……弥生さん」
「という訳だな、青年」
「英二さん」

 皆の表情は穏やかで、新たな仲間を歓迎するもの。
 それを感じ取れない冬弥ではない。

「……これからも宜しく、みんな」
「うむ。 では……せえのっ」

 冬弥の返答に続いての英二の掛け声と共に、各人思い思いの格好を取る。
 それでいながら一枚の絵としての完成度を取れることが、大江戸華撃団らしさを物語るのだろう。
 そして一緒に決め台詞を放つ。

「勝利のぽぉず、決めっ!」
 

 第弐幕、終。
 
 

第参幕へ
 

第壱幕へ
 

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