「大丈夫? 耕一おにいちゃん」
「ああ、ありがとう。初音ちゃん」
「朝御飯出来てるからすぐ来てね。楓おねえちゃんもだよ」
「にゃう」
 
 梓の痛恨の一撃をくらった後、騒ぎに気付いた初音ちゃんと必死で俺をかばう楓ちゃんによって、俺はどうやら一命を取り留めたらしい。
 梓はしぶしぶ台所に戻っていったらしかった。
 ちなみに昨夜もキレた千鶴さんを押さえたのは初音ちゃんだったそうだ。
 ホント、初音ちゃんは俺の命の恩人だ。今度、どこかに遊びに連れていってあげよう。
 ところで、楓ちゃんは朝になってもまだ猫のままだった。もう中毒から抜けてもいいはずなんだが、未だにその兆しが見えない。
 
「とにかく、朝食にいこう」
 
 俺は楓ちゃんと連れ立って居間へと向かった。
 
 
 
 
 居間に着くと千鶴さん、梓、初音ちゃんが既に座って待っていた。
 
「おはようございます」
「……」
「おみそ汁、いれるね」
 
 初音ちゃんを除いて残り二人の視線が恐ろしい程に俺に突き刺さってくる。
 
「お、おはようございます」
 
 どうしても退(ひ)いてしまう俺。
 
「昨夜は如何でしたか、耕一さん」
 
 棘がある口振りで千鶴さんが話しかけてきた。
 
「千鶴おねえちゃん、やめてよ。耕一おにいちゃんは悪くないよ」
「初音、あなた」
「千鶴おねえちゃんもおねえちゃんだよ。私が行ったときはほんとにびっくりしちゃったんだから」
「あ、あれは…」
 
 話を聞く所によると深夜、楓ちゃんの泣き叫ぶ声が聞こえてあわてて客間に初音ちゃんが駆けつけると、虫の息の俺と呆然と座っている千鶴さんがいたそうだ。
 急いで俺を看病して千鶴さんを問いつめた初音ちゃんは、この時ばかりは徹底的に千鶴さんを糾弾したらしい。後に千鶴さんに聞いた話では「あの時ほど初音が恐ろしいと感じた事はなかった」という事だった。
 
「それより今朝のはどうなんだ、耕一。きっちり説明してもらうぞ」
「梓、ありゃ誤解だ。寝たときにはちゃんと別々だったんだぞ」
「そうだよ、梓おねえちゃん。耕一おにいちゃんが約束を破った事なんて今までに一度だってなかったじゃない」
「ううっ、そりゃ確かにそうだけど…」
「もっと耕一おにいちゃんを信用してあげなくちゃいけないよ」
「「ごもっとも……」」
 
 千鶴さんと梓は二人してうなだれてしまった。
 それにしても初音ちゃん、えらく今回は強気にでてるな。
 俺としてはほんとに助かったけど。
 
 
 
 
 さてこうしている間に、俺の楓ちゃんは…また、炬燵を占拠していた。
 炬燵から頭だけ出して、まだ寝足たりないのかウトウトとしてる。
 
「楓おねえちゃん、まだ猫のまんまだよ」
「そうみたいだね。もう元に戻ってもいい頃だと思うんだが」
「困ったわねえ」
「楓、学校どうさせるんだ?」
「「「うーむ」」」
 
 今日は平日だ。当然学校がある。
 俺?
 俺は当然、自主休校だ。今日の午前中に帰る予定だったんだからな。
 
「しようがありません。学校は休ませましょう」
「でも、誰かが看てやらなくちゃいけないんじゃないの?」
 
 確かに、この状態の楓ちゃんを一人にしておく訳にはいかない。
 
「俺がついてるよ」
「耕一さん?」
「耕一?」
「耕一おにいちゃん?」
「もともと今日は俺、昼まではここにいるつもりだったし。みんなが帰ってくるまでは楓ちゃんの面倒を見とくよ」
「そうしてもらおうよ、おねえちゃん」
 
 初音ちゃんが助け船を出してくれた。
 
「でも…」
「なあ…」
 
 難しい顔をする二人。俺ってよっぽど信用ないのかなあ。
 
「おねえちゃん…」
「わかりました。それでは梓か初音が学校から帰ってくるまでお願い出来ますか」
「千鶴姉」
 
 思案顔だった千鶴さんがようやく頷いた。それで梓もしぶしぶ同意する事となる。
 
「うにゃあ〜」
 
 みんなの心配を余所に楓ちゃんは間の抜けた鳴き声をひとつ出した。
 
 
 
 
「それじゃ、後の事はよろしくおねがいします。戸締まりだけはしっかりしてくださいね」
 
 千鶴さんが出勤していく。表にはハイヤーが待っていた。
 
「くれぐれも…くれぐれも間違いをおかさないようにしてください。信じてますから」
 
 信じてる人間が俺を半殺しにしようとするのかよ。ちょっぴり千鶴さんの偽善チックが垣間見れた気がした。
 
「大丈夫だよ、後の事はまかせて。千鶴さんこそ、仕事頑張ってね」
 
 俺は千鶴さんの目をじっと見つめ続ける。
 ぽっと顔を赤くした千鶴さんはもじもじしながらも答えた。
 
「はい…ありがとうございます」
「あちらに行かれてからもお身体には気を付けてください。今夜はもう会えないかもしれませんから、ここでお別れです」
「ああ、千鶴さんこそ気を付けて。なあに、またすぐ会えるさ」
「そうですよね。ふふふ…」
「それでは行ってまいります」
「いってらっしゃい」
 
 千鶴さんのコントロールの仕方がわかってきた。千鶴さんの目をじっと見つめて、気のあるそぶりを見せれば一発だ。ありゃ、すぐ結婚サギにひっかかるぞ。
 俺は千鶴さんの出ていった玄関を見つめながらそんな事を考えてた。
 ハイヤーの出ていく音が聞こえる。
 俺は玄関の戸を閉めた。
 

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