俺達は今、客間の前の縁側にいる。
 日の光が射し込む縁側は、晩秋だというのにぽかぽかとしていた。
 俺は縁側から足を垂らし、楓ちゃんは俺の太股に頭を乗っけて寝そべっている。
 ゆるゆると時間だけが過ぎていく。
 ここは俺と楓ちゃんだけの世界だった。
 
 
 
「にゃあ〜」
 
 楓ちゃんが甘えたような声で鳴いた。
 俺は楓ちゃんの頭をゆっくりと撫でている。
 目を閉じ微動だにせずに楓ちゃんはその身を俺にまかせていた。その頬はほんのりと赤い。
 俺はこの2日間を振り返っていた。驚きの連続だったと言っていい。
 酷い目にもあった。だが、それ以上に、俺は楓ちゃんの今まで見たこともない姿を見ることが出来た。
 俺の知ってる楓ちゃんは物静か、というよりかは感情表現の乏しい女の子だったような気がする。
 どのような時でも楓ちゃんがその思いを顔や仕草に出す事はほとんどといってない。いや、出してはいたのだろうがそれは気を付けていなければわからない程、小さいものだった。
 千鶴さんが前に言ってた事がある。
 
「楓は小さい頃は笑ったり泣いたり、それはもう表情の豊かな子だったわ」
 
 その楓ちゃんが鉄面皮みたいな女の子になってしまった原因が俺にあるのは間違いなかった。
 幼い頃に俺が鬼と化した時、楓ちゃんの記憶は甦った。それは小さな女の子が背負うにはあまりにも大きすぎる荷物だった。
 誰にも話せず、頼るべき俺はその事に気付きもせず、楓ちゃんはただ一人その荷物を背負い続けてきた。その代償として楓ちゃんは笑顔を失ってしまったのだ。
 俺が記憶を取り戻していれば、俺が楓ちゃんの側にいてやれれば、楓ちゃんは今のようには決してならなかったはずだ。
 鬼を制御出来た俺を見れば、結果オーライだとみんなは言うかもしれない。
 鬼の力の無限暴走と一人の少女の感情と、秤(はかり)にかければどちらをとるか。言わずと知れた事だった。
 鬼の力が暴走したら全ては無へと帰してしまう。だからこそ、これでよかったのだと。
 現に鬼の制御が出来た俺はこうして楓ちゃんを我が腕(かいな)に抱く事が出来るようになった。
 でも違うんだ。
 俺は鬼の制御を出来たから楓ちゃんの側にいられるようになったんじゃない。楓ちゃんの側にいたいから鬼の制御を出来るようになったんだ。偶然でも俺自身の力でもない、楓ちゃんの笑顔こそが鬼の力を制御する源となったのだ。
 その楓ちゃんは未だに感情を表に表すことが少ない。出来ないのか、やらないのかは俺にはわからない。
 だが、昨日今日の楓ちゃんはまるで違った。
 ころころと表情を変える楓ちゃんはまさに生き生きとしていた。
 これが本当の楓ちゃんなのだ。
 その意味では千鶴さんの手料理は楓ちゃんへの最高のプレゼントだったかもしれない。
 
 
 
 
 頭を撫でていた手を首筋へと変えあごの下をくすぐる。
 楓ちゃんはくすぐったそうに、それでも幸せな笑顔を見せた。その頬は赤みを増してゆく。
 
「楓ちゃん、気持ちいいかい?」
「はい……う、うにゃあ〜」
 
 やっぱり。
 楓ちゃんの猫化はもう解けているみたいだった。
 
「うーん。まだ猫のまんまかあ。いったい、いつになったら解けるんだろうなあ、この魔法は」
 
 俺は気付かないフリをする。
 
「にゃあ〜ん」
 
 もう少し…
 
「でも猫の楓ちゃんはかわいいからいいか」
 
 もうしばらく…
 
「もう一眠りするといいよ。そしたら魔法も解けるから」
 
 時よ止まって欲しい…
 目が覚めたら楓ちゃんはいつもの楓ちゃんに戻るだろう。でも……
 
「俺はいつもの楓ちゃんに早く会いたいな」
 
 俺は切に願う。
 
「笑顔の楓ちゃんに会いたいな」
 
 今の本当の楓ちゃんを手放したくはない。
 だからこそ、どんな時でも笑顔でいられる楓ちゃんを俺はきっと取り戻す。
 俺の一生を賭けて……
 俺の全力を賭けて……
 
 
 
 
 うつらうつらとし始めだした楓ちゃんの頭を撫でながら俺は庭を見た。
 もうすぐ冬がやって来る。
 でも冬が過ぎれば春が来る。
 厳しさに堪え忍んできたものたちが躍動する春が来る。
 春になれば名実ともに俺と楓ちゃんは恋人になれるだろう。
 楓ちゃんの笑顔をもっと見られるようになるに違いない。
 そんな事を思いながら俺も楓ちゃんと同じ夢の国へと旅立っていった。
 
 
 
 
− 終 −





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