「はっ!?」
 
 俺は目が覚めた。
 嫌な夢を見た。寝汗がひどい。
 ここは…客間か?
 気を失う前の記憶が甦る。
 そうだっ。楓ちゃんは!?
 俺は周りを見回した。
 俺は布団に寝かされていた。横に敷いてある楓ちゃんの布団には誰もいない。
 さすがに千鶴さんが楓ちゃんを部屋に連れて帰ったかな?
 
 ぶるっ
 
 寒い。
 よく見ると障子が開いている。ついでに言うと縁側のガラス戸も。
 俺は立ち上がり、縁側に出た。そこで、初めて俺は気が付いた。
 外の庭に楓ちゃんが立っている。
 満月の空の下、庭の真ん中にただ一人ぽつんと。いや、その足下には数匹の猫。
 楓ちゃん達は月を見上げていた。
 それはまるでおとぎ話のかぐや姫とその従者達のようだ。
 俺はふと、胸騒ぎを感じた。
 このまま楓ちゃんはいなくなってしまうんじゃないか。と…
 そんな訳あるはずがない。楓ちゃんは今ここにいるし、これからだってここにいるはずだ。
 何故、そんな事を?
 思い当たる事はある。…いや、あった。
 遥か昔、幾百年も過去の事。
 エディフェル。
 共に生きていこうと誓い合った彼女は、満月の夜には必ず月を見上げていた。
 離れた仲間を想うのか、それとも遠い故郷を思い出しているのか。それは次郎衛門にさえわからなかった。
 そのような時、次郎衛門はいつも…
 
「楓ちゃん…」
 
 俺は楓ちゃんの横に立つ。足下にいた猫達が遠巻きに俺達を見ていた。
 
「にゃあ」
 
 ちらっと俺を見た楓ちゃんは再び月を見つめる。
 同じように月を見上げながら、俺は楓ちゃんの肩を抱いた。
 
「楓ちゃんが何を思っているのかは俺にはわからない。でも、俺は楓ちゃんの側にいるよ。これからもずっと」
「な〜う」
 
 楓ちゃんは俺に寄り掛かりながらもその瞳はずっと月を追い続けていた。
 しばらくの間そうしていた。離れていた猫が俺の足にその身を寄せている。
 楓ちゃんの肩が小さく震えた。
 
「身体が冷えてきたよ。もう、部屋に戻ろう」
 
 それでも楓ちゃんは動こうとはしない。
 
「よいしょ」
「!」
 
 楓ちゃんをすくい上げる。楓ちゃんの体はそのまま空に飛んでいってしまいそうな程軽かった。
 俺は楓ちゃんを抱き上げて部屋へと戻っていった。
 あの夜と同じように…
 
 
 
 
「おい耕一、楓! 朝だぞ。いい加減に起きないか。遅刻…」
「なんだあ、もう朝かあ」
 
 障子が開かれて朝の光が薄暗い部屋に一気に射し込んだ。梓かあ?
 
「こ、こ、こういちーーー!!」
「何怒鳴ってる…」
「あんた、楓になにしてんだーーー!!!」
 
 えっ?
 目が覚めた。ああ、覚めたとも。
 だって、俺の布団の中には楓ちゃんがいたんだもの。
 
「ちょ、ちょっと待ってくれ。これは…」
「問答無用ーーー!!!」
 
 どがっ
 
 朝なのに俺は再び眠りにつく事になった。
 

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