「「「「「いただきまーす」」」」」
 
 所狭しと並ぶ料理を前にして全員の声が合わさる。
 柏木家の夕食が始まった。
 
 
 
 
 いつもなら俺の晩酌から始まって(晩酌の相手は千鶴さんの役目になってるらしいが)、いつの間にか夕食になだれ込むのが俺がいる時のパターンだが、今日ばかりは全員が集まって落ち着いてからのスタートになった。
 俺と千鶴さん、そして何故だかわからないが未成年であるはずの梓の3人はビール、楓ちゃんと初音ちゃんはウーロン茶の入ったグラスで乾杯をして夕食となった。
 お誕生日ケーキは食後に切るらしい。
 それにしても梓の作る料理はうまい。料理がうまいとビールがうまい。お酌をしてくれる人が千鶴さんとなれば、そりゃもう3本は多くいけそうだ。側で楓ちゃんがちょっぴり恨めしそうに千鶴さんを見ているが、それにはあえて目を瞑ろう。
 梓の奴は俺の耳元で酒の肴を作ってるから誕生パーティー後に飲み直そうなどと囁く。うーん、楓ちゃんの耳がぴくぴくと動いてる気が……
「耕一おにいちゃん、あとでトランプしよう」と初音ちゃんから嬉しいお誘い。ああっ、楓ちゃんそんなに睨まないでくれぇ……
 あまたの誘惑が俺を襲う。でも、
 忘れてないよ、楓ちゃん。
 俺はにっこりと笑顔を向けた。楓ちゃんは恥ずかしそうに俯いてしまう。
 そんなこんなで賑やかに夕食は過ぎていった。
 
 
 
 
「さあ、それじゃケーキを切ろうか」
 
 梓の掛け声でついに今日のメインイベントが披露される事になった。
 
「うわあ、すごいね」
「さすが…」
「……(じー)」
「これは、すごいな」
「うふふ…」
 
 炬燵(こたつ)の上に置かれたケーキを見てみんなが溜息をつく。
 そりゃそうだろう、このケーキを見りゃ。
 ケーキの善し悪しなんてわからない俺が見ても、こいつのすごさはわかる。目の前にあるこのケーキは、外見的には生クリームケーキでありその上に色々なフルーツが配色よく並べられている。それだけでも綺麗だが、これにラズベリーソースとオレンジソースが付いているのはたぶん中身がムースかなにかなのだろう。
 そして、ケーキの真ん中には楓の形をあしらった(と、思われる)、パイ生地で焼いた焼き菓子が乗っている。
 
「七瀬さんにお願いして、わざわざ作ってもらったんだから」
「七瀬さんって、鶴木屋の?」
「……(じー)」
「ええ、そうよ。フレンチレストランのパティシエの七瀬彰さんよ」
「それで、ケーキは千鶴おねえちゃんが用意するって言ってたんだ」
「そうよ」
「……(じー)」
「千鶴姉、それって職権乱用って言わない?」
「いいのよ、たまには」
「……(じー)」
「…おねえちゃん、ろうそくに火を付けようよ」
 
 楓ちゃんの様子を見ていた初音ちゃんが苦笑しながら間に割って入った。楓ちゃん、さっきからケーキしか見えてないもんな。
 
「あっと、そうだな。今日のメインは楓だもんな」
 
 一本、一本たてられてゆくカラフルなろうそくの数は全部で18本。大人でもなければ少女でもない曖昧なその数は、受験を控えた楓ちゃんの気持ちそのものなのかもしれない。
 ろうそくに火が灯され、部屋の灯りが消される。ゆらゆらと煌めく明かりに照らされる楓ちゃんの顔は俺にとっては神々しいばかりに見えた。もっとも、キラキラ輝く楓ちゃんの瞳には目の前のケーキしか映ってないように見えるけど。
 
「はっぴばすでぃー、つーゆー……」
 
 おきまりの歌が流れてくる中、ふうっと火が消された。
 
「誕生日、おめでとう」
「18才、おめでとう」
「おめでとう、楓」
「楓おねえちゃん、おめでとう」
「……みんな…ありがとう」
 
 ぱちぱちぱちぱちぱち………
 暗闇の中、楓ちゃんはきっとはにかみながら笑ってるんだろうな。
 ぱっと灯りが付く。
 
「さあ、切り分けようか」
 
 梓がナイフを握りしめた。
 
 
 
 
「楓はこれ」
 
 お皿には4分の1の大きさのケーキ。さすが特大な切り分け方だ。
 
「落ち着いて、味わって食えよ」
 
 にかっと笑いながら梓は楓ちゃんの前にそのお皿を置いた。
 
「…うん」
 
 当の楓ちゃんはお皿に乗るケーキを前にして狩猟者モードに突入中だ。
 全員にケーキが行き渡る間に、初音ちゃんはシャンパンを注いで回っている。
 千鶴さんは……何もしないで座ってるに限るな。
 
「ああ、楓にはこれを乗っけてあげなくちゃね」
 
 さあ乾杯という段に、千鶴さんは口を開いた。
 楓ちゃんのケーキの上に、千鶴さんは楓の形?のパイ菓子をそっと置く。
 
「なあ、初音。そのパイ菓子、やけに形がいびつだな」
「うん。梓おねえちゃんもそう思う?」
 
 梓と初音ちゃんが、突然そんなことを事を言いだした。
 やっぱし、気になってたか。俺も率直な感想を述べる。
 
「それ、やっぱり楓がモチーフなんだろうな」
「……(じー)」
 
 うーん、物事に動じないなあ、楓ちゃん。全然、表情変わんないよ。って、いうよりケーキ本体に意識いっちゃってるな、ありゃ。
 
「……や、やーね。な、七瀬さんだってちょっとは失敗するわよ。…せっかく作ったんだから捨てるの勿体ないし、それでいいって言ったのよ」
 
 いやな間の空き方するな。千鶴さん、なんかあるんじゃないのか?
 
「まあ、千鶴姉らしいな。ケチ臭いところは」
 
 でも、梓は納得したみたいだが。でもその言い方じゃ、千鶴さん…
 
「梓、あなたねえ」
 
 ホラ見ろ、言わんこっちゃない。気温が下がるぞ。
 
「おねえちゃんたち。楓おねえちゃん、待ってるよ」
 
 ナイスフォローだ、初音ちゃん。
 
「そっ、そういうことだ。千鶴姉」
「ちっ」
 
 えっ、いまの…千鶴さん?
 
「と、とにかく。耕一、乾杯の音頭とってくれよ」
「あ? あっ、ああ」
 
 まあいいか。
 
「それじゃあ、楓ちゃんの18才の誕生日を記念して…かんぱーい」
「「「かんぱーい」」」
「ありがとうございます」
 
 楓ちゃんはぺこっと頭を下げる。
 
「いただきまーす」
 
 これで、ケーキにありつける。
 俺達が一口目をほうばろうとしたまさにその時
 PULLLL…PULLLL…PULLLL…
 無粋な電話のベルが聞こえてきた。
 
「だああー! なんだよ、いちばんいいところで!!」
 
 大口開けた梓がわめく。その気持ち、わかるぞ。俺も同感だから。
 
「私、いってくる」
 
 初音ちゃんが炬燵から出ようとするのを梓が遮った。
 
「あたしがいくからいいよ。初音はケーキ食べてな」
 
 梓はそう言うとさっさと炬燵から出て廊下の方へと歩いていった。こういうところは、さすがお姉さんだな。
 そう、思いながらケーキを口に運んだ。
 
「うまい」
「うん、とってもおいしいね」
「…おいしい」
「そうでしょう!?」
 
 3人の感想に、至極ご満悦な顔で千鶴さんが頷く。
 
「あ、楓。そのパイ菓子も食べてみて」
「うん」
「…どう?」
「…おいしい」
「ほんとう? ほんとにおいしい?」
「うん」
 
 千鶴さん…なんか、そこはかとなくイヤな予感がするのは俺の気のせいだろうか。
 どたどたどたどた……
 廊下が騒がしい。イヤな予感×2乗…
 
「ごちそうさま」
 
 楓ちゃん、もう食い終わってるし。
 
「かえでー!! ちょっと待ったーーーーー!!!」
 
 梓が血相変えて飛び込んできた。
 
「そのケーキ、食うの待てーーーーーっ!! って、遅かったあーーーーー!!!」
 
 なんだ、なんだ、なんなんだ!?
 
「おい、どうしたんだ!? 梓」
 
 1ヶ月の生活費の入ったサイフを落としたような慌てふためいた顔の梓に、俺は問いかけた。
 
「千鶴姉っ! いったい、どういう了見なんだっ!!」
 
 俺の問いかけを無視して、梓は千鶴さんに詰め寄る。
 
「なっ、なによ、いきなり…」
「千鶴姉、このケーキに自分が作ったモノ混ぜただろ!」
 
 ……!
 
 俺と初音ちゃんはその場で凍り付いた。
 
「なんで、そんな事がわかるのよ」
「今の電話、誰からだと思う。七瀬さんからだよっ。千鶴姉、厨房メチャクチャにしたらしいな。器具の残骸と変なキノコが転がってたんで、たぶん自分が作ったケーキに何かおまけがついてるはずだって、わざわざ電話してきてくれたんだ」
「いいじゃない! 私だって自分の作ったものひとつぐらい、楓に食べてもらいたかったのよ。梓も、初音だって楓のために今日料理を作ったじゃない。私だって……」
 
 語尾がだんだん小さくなる。
 千鶴さんのその気持ち、わからないでもないが、それにしたって……
 
「千鶴姉、自分の才能わかってやってんのか? 千鶴姉の作る料理は料理に非ず、毒物も同じだろうが」
「梓、あなたそこまで言う?」
「事実だからしようがないだろ。それもよりによってキノコとは」
 
 キノコ?
 キノコなんてケーキの中に入ってなかったぞ? いったい、何に化けたんだ? もしや……
 
「おねえちゃん、あのパイ菓子」
「ああ、たぶんそうだよ。初音」
 
 やはり、パイ菓子か!? だから千鶴さんあんなになって…
 
「だいじょうぶよ。楓だっておいしいって言ったもの」
 
 そうだ、楓ちゃんはっ!?
 4人がいっせいに楓ちゃんの方を振り向く。
 その、楓ちゃんはきょとんとした顔で俺の方を見ていた。俺を見てくれているのはうれしいんだが…
 
「ほら、なんともないじゃない」
 
 千鶴さんがここぞとばかりに言う。
 
「おい、楓。だいじょうぶか?」
「楓お姉ちゃん、なんともない?」
 
 みんな、千鶴さんの言葉を聞いちゃいない。
 
「…楓ちゃん?」
 
 みんなが見守るその中で、
 
 ふら〜、ぱたん……
 
 ゆっくりと楓ちゃんは後ろに倒れていった。
 
 

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