Treasure Huntmen

act2
toadstool and bamboo shoot
<fiest volume>
 

〈注〉このSSは、いぬいあきらさんのSS『一年後の柏木家の食卓』の設定を一部使用しています。
      ですので『一年後の柏木家の食卓』を読んで……あ、既に読んでいる?
      そうですか、すいません。ではどうぞ……
 
 

 こんこん……

 俺は来須川魔導博物館の館長室の扉をノックする。
 勝手知ったる仲とはいえ、やはりこのくらいの礼節はしっかりしないとな。
 今日は館長であるセンパイに呼ばれたのだ。 ま、タイミング的に仕事の依頼だとは思うが。

「失礼するぜ」
「あの……失礼します」

 館長室に入ると、センパイは会長専用の机からゆっくりとおじぎをする。
 今、室内はセンパイだけのようだ。

「よう、センパイ。で、何だっけ?」

 おかけ下さい……とソファーを手で指し示したので、俺と琴音はとりあえず座ることにする。
 センパイは会長の椅子からその反対側に座りなおす。

「………………」
「ん? またで申し訳ないのですが……って? なぁに言ってんだよ、仕事貰ってんのに迷惑な訳ねぇだろ」
「…………」
「いいって、頭下げなくていいから。俺たちだって下げないといけなくなるじゃねぇか」

 そうですね……と、姿勢を戻す。
 相変わらずというか、やっぱりというか、この礼儀正しさにはちょっと苦笑してしまう。

「………………」
「今回の宝物ですが……って?」
「失礼しますー」

 扉の外から声が聞こえる。この声はマルチだな。
 ……と待ってみたが、扉が開く気配が無い。

「おいマルチ、どうした?」
「ううううう〜っ、すびばせーん、どなだかあけてぐだざい〜」

 やれやれ、そういうことか……

 俺が席を立ち、扉を開けてみる。
 すると案の定、マルチはでっかい本……マルチと対比してだが、それを両手で抱えて扉の外に立っていた。

「あうぅ、浩之さん。ありがどうございまずぅー」

 この様子だと両手で本を抱えて持ってきたはいいが、扉を開けられなかったみたいだな……
 ……ってマルチって学習型じゃなかったのか?

 マルチはよちよちといった感じで机まで本を運び、ようやく本を置く。

「…………」
「いえ、とんでもないですー」
「…………」
「あっ、はい。では失礼しますー」

 マルチは何事かセンパイに命じられたらしく、部屋の外へ出ていった。

「…………」
「あの、浩之さん。説明を始めたいそうですけど……」
「ああ、悪りい」

 俺はソファに座り直す。
 そして今、机の上に置かれたのは2冊の本、『キノコ大事典』と『完全有毒植物マニュアル』だ。
 その本は異様なオーラをまとっている。
 まぁ多分博物館から持って来たんだろうけどな。

 そうそう、この博物館には当然というかこういった本も相当数ある。
 その内半分くらいはセンパイが設立時に寄贈したものだが、センパイは事実上すべて自由に利用している。
 無論、館長権限であり一般のやつまで自由に貸し出しとはいかないが。

 センパイはなんだか導かれるように、さっと両方の本を開く。

「…………」
「え、これなのですが……って?」

 開かれた本にはそれぞれ多種多様なキノコと同じく多種多様な植物が書かれている。
 そのうち、センパイはそれぞれ一つずつ指で指し示す。

「えっと…………セイカクハンテンタケ、と……タイカクハンテンタケ、ですか?」
「…………」(こくん)
「ふむ、そうか」

 その二つは特段毒々しいという訳ではない感じがするが、まぁ植物の毒の判定に見た目はあてにならないのは常識だ。

「…………」
「なに、まかせてくれよ。俺たち二人なら大丈夫さ」
「あっ…………はい」(ぽっ)

 しまった、また思わずとはいえ……ま、いいか。

「…………」
「いや、だからぁ、気にするなって。で、何処らへんにあるんだ?」

 知らないやつが聞いたら変な質問だが、だいたいセンパイから依頼されるときは場所の指定があるのだ。
 なんだか魔法に影響があるとかで、同じようなものでも何処でも良いという訳では無いらしい。
 もちろん、特定の物であってもダウジングでだいたいの位置を調べてくれるのだがな。

「…………」

 センパイが言った地名は以外にも日本のN市、それも特定の家だった。
 この時点で、少しは怪しいと思うべきだったのかも知れない。慣れていたとはいえ、だ……
 
 

 ぴんぽーん……

「はーい」

 家……というより屋敷の奥から声がする。
 俺たちはその特定の家、柏木家にやってきた。
 とりあえず正攻法で家の人にお願いすることにしたのだ。
 無論、軍資金は預かってきてある。とはいえ今回の場合は経費込みで報酬でもある。
 だから安く上げればそれだけ儲けが多くなるのだが、俺も琴音もあまり絡め手は好きではない。

「どちらさまですか?」

 そう言って玄関の戸を開けて出てきたのは、ショートカットにヘアバンドをした娘だ。
 なんとなくいい肉付きをしている足を含め……っていやらしい意味じゃなくてだぞ。(汗)
 顔立ちといい髪型といい活動的な印象を受ける。

「来須川魔導博物館の藤田浩之と姫川琴音と申しますが」
「来須川魔導博物館? あのですか? でも家になんのようなんですか?」

 さすがにネームバリューがあるな。まぁ年頃の娘だ、占いに興味がなくとも知っているだろうな。
 しかし、制服にエプロンってのがなんとも…………

「あの……こちらに珍しいキノコとタケノコがあると聞いて……」

 感慨にふける俺に先じて、琴音が用件を切り出す。
 ここらへんの呼吸はさすがは、といったところだな。と思っていたら……

 がらがらぴっしゃん! がちゃり!

 一瞬でその娘の顔が真っ青になったかと思うと、琴音の話の途中にも関わらず玄関を勢いよく閉められてしまった。
 しかも鍵まで……

「………………あの……」
「………………なんなんだ?」

(初音っ! 塩持って来い! 塩っ!)

 二人して突然の理解不能の事態に固まってしまった。
 なんだかまだ中が騒々しいみたいだが……
 本当に何なんだ? 一体……

(なめくじじゃない、もっと大きいのにかけるんだ!!)

 !
 やばい!

「琴音、ひとまず退散だ!!」
「は、はいっ」

 俺達は慌ててその場から逃げ出した。
 
 

「さっきのはなんだったんだか……」

 なんだか訳は解らなかったが、家の人に拒絶された俺たちは、とりあえず周辺調査をすることをした。
 まず、家のまわりを見てまわることにしたのだが……

「しかし広い屋敷だな……」
「はい」

 結構歩いているが、まだ一周出来ない。そして2つめの角を曲がった。
 その俺達の前方に一台のバンが止まっている。そしてこちら側、車の後方に脚立が置いてある。
 ただ、あたりに人影は無い。

 不審に思った俺達が慎重に車に近づくと、土塀の上に蠢く物体を発見した。

「うふふふふふ……」

 その物体は声の質から推測するに女性のようだ。
 なにやらごそごそと動いているが……と思いつつ、その真下へ移動する。

「今度は大丈夫よね、角度もピントも合わせたし。うふふふ……安心しなさい、目だけは隠してあげるからね……」

 なんだか不穏な雰囲気が漂っている、あまり放っては置けなさそうだな。
 と思ったら、こいつは……あのタマネギ頭は間違い無い。

「おい」
「これも知る権利の為。そして売りこみの材料、ひいては私の出世の為なのよ……」
「こら、志保」
「さあて、今度は良い絵を頂戴ね……」
「……おばさん」
「だれがおばさんよっ!……って……きゃぁっ!」

 あまりにも大きくリアクションした為、バランスを崩してこちら側に落ちてくる。
 やれやれ……あまり気は進まねぇけど、しかたねぇか。

 落ちてきた志保は俺の腕に入る直前で減速し、すっぽりと収まる。

「きゃぁぁぁっ……ってあれ?」
「大丈夫か?」

 志保は不思議そうに周りを見渡し、状況を確認するとこくこくと頷く。
 ま、いくらなんでも衝撃が無さ過ぎたかな。
 苦笑しつつ志保を立たせる……と、とたんにずざざざざっと1m程引く。

「お、おい、なんだよ」

 いきなりなリアクションに固まった俺達のスキに、志保が琴音にずいっと迫る。

「ひ・め・か・わ・さ・ん」
「は、はい?」

 言葉を区切って喋るとは……某偽善者かぁっ!
 ってなぜ知っている俺、せかいは同じだけど…………というネタは裏口でやれ、作者。
 それはともかくとして、志保はひきつらせた笑顔の仮面を外し、怒りの形相でさらに琴音に詰め寄る。

「あたしがなんで”おばさん”なのよっ!!」
「え、その……あの……」
「こんなにプリティでキュートな志保ちゃんを捕まえて、オバサンはないでしょ!」

 気にするあたり、既に入り口だと思うが……しかしうるせぇな。

「事実そうだからだろ」
「な・な・な・なっ……姫川さんと一つしか違わないじゃないのっ!」
「お前はおばさんくせぇじゃねぇか……琴音はかわいいしな」

 ああ、うるせぇ。
 こうでも言わないと、こいつはだまんねーからな。

 ちなみに琴音の若々しさには理由がある。気功の応用による老化の防止と細胞の活性化だ。
 もちろん師匠に教わった丹の練り方は秘密だ。
 さすがに人丹は不可だが、気の練り方だけでも老化をだいぶ遅らせることができる……らしい。
 師匠の受け売りだが、俺達はそれを実感できるほど歳を取っていないしな。

 志保は赤くなっている琴音と俺を見まわし、はぁ、やれやれと首を振る。

「まぁ、それはそれとしてねぇ、ヒロ」

 志保はびっ!と指を俺に向け、話す。

「だいたいねぇ、塀の上にいる人に声を掛けたら危ないってことぐらい解るでしょう?」
「……で、その塀の上で何していたんだ?」

 しまった……と明確に顔に出る志保。
 やっぱり調子に乗りすぎて墓穴を掘るヤツだな。

「それがねぇ、鶴来屋の会長さんに取材に来たんだけど、いなかったのよ」
「ふむ、なるほど」

 大げさに頷いてみせた俺であったが、志保は真に受けて得意げに話し続ける。

「住所の指定はここだったんだけど。家が開いてなくてねぇ」
「家の人はいたぜ。それに塀の上にのぼる理由にはなってねぇ」

 どっかの大学生じゃあるまいに、そんなんで騙される訳が無い。
 そんな穴だらけの説明じゃ理由になってねぇし。
 話題を転化できたと思って明るい調子だった志保は、カウンターをくらい再び顔色が悪くなる。

「え……っとぉ……それはぁ、ねぇ……」
「琴音、木の枝のちょっと上」
「はい」

 ぼん!と壊れたのは仕掛けてあったビデオカメラだ

「あら? ばれてた?」
「当たり前だ。それくらい判らなくて俺の仕事はつとまんねぇ」
「ふ〜ん、姫川さんの力だけじゃないのねぇ」

 減らず口だけはよくまわりやがる。

「で、家宅不法侵入罪。それに民事的にはプライバシーの侵害ってところか、犯罪者」
「は、犯罪者ぁ?」
「それに、鶴来屋の会長は平日のこの時間帯なら、まだ本館の方にいるはずだしな」
「あははははははははは、そうなの。じゃ行ってみるわ」

 まさしく、すたこらさっさとばかりに荷物をまとめて車で逃げていく。
 志保の野郎、ったくしゃあねぇな。
 
 

 場所は移って、ここは繁華街の喫茶店。
 俺たちはおやつも兼ね、体制の立てなおしの為にここで休息を取っていた。

「しっかし、いきなり追い返されるとはなぁ」
「本当に一体どうしたのでしょうか?」
「うーん、そうなんだよな」
「私の……言い方が悪かったのでしょうか……」
「んなわけねぇだろ。なにも琴音は悪くねぇ」

「…………はい」

 とはいえ、まだ少し気にしているみたいだ。
 やれやれ、しゃあねぇな。

「琴音、お前は何か変なことを言ったと思うか?」
「あ、あの……いいえ。ですけど……」
「俺もそう思う。琴音もそう思ってる。そういうことだろ」
「あ……はい」

 琴音の表情は、ようやく憂いを晴らして笑顔になる。
 うむ、よろしい。

「さて、とりあえず事実関係と情報を整理すっか」

 まず、柏木家の長女にして鶴来屋の会長である柏木 千鶴。
 この人だけは写真も手に入っている。なかなかの美人だな。

 そして次女の梓、三女の楓、四女の初音……という家族構成だ。
 応対に出たのは、初音ちゃんじゃない二人の内どちらかってことだな。

「ふぅむ、さて……」

 俺は注文したカフェオレを一口飲む。琴音は紅茶を一口飲む。
 そうして策謀を練る。
 ……がいいアイデアが出ない。 ま、こういう時は休むか。
 スランプ時には寝て遊ぶに限る。と作者もいっているしな。

(え、だめですか? 編集長……)
(げんこ〜)
 

 俺達はとりあえず鶴来屋、すなわち本日の宿泊場所へちょっと遅めのチェックインをすることにする。
 芹香先輩に使って下さい、と割り引きチケットを貰ったのだ。

 というわけで、とりあえず鶴来屋のフロントに着く。

「あの、来須川魔導博物館の……」
「ハァイ!ヒロユキ!」

 ぼよよよよよよ〜ん!と吹っ飛ばされる俺。
 そして某ムササビの舞で俺をふっ飛ばしたのは……やはりレミィ、それもゆかた姿だ。

「レミィ、なんでお前までここに」
「ワタシは今日はユーキューキューカ、ネ」

 ああ、そうか。有給休暇ってことか。

「それでネ、いい温泉に入りに来たのヨ」
「ここにか。しかし結構いい趣味してんな」
「ユーシューな情報元に教えてもらったネ」

 ユーシューな情報元?……レミィにこう言わせる、即ち自分で言うヤツは一人しかいねぇな……

「レミィ、志保はどこだ」
「シホ? 今日、ここまで一緒にきたネ」
「何か……言われてませんでしたか?」
「鶴来屋の会長にインタビューに行くって言ってたヨ」
「そうか」

 だからアレがインタビューなのか? 志保。

「それでヒロユキ達はどうしたの?」
「ああ、センパイの依頼でな。まだ途中なんだけどよ」
「そうネ、じゃ後でねヒロユキ」
「ん? どこに行くんだレミィ」
「また風呂に入るネ、今日中に鶴来屋の全部の風呂をまわるのヨ」

 相変わらずエネルギッシュなやつ……
 そのまま俺達はレミィと別れて、部屋に入る。
 

 とりあえず浴場に赴き、一風呂浴びてから部屋で一息つく。
 そうこうしている間に机の上には夕食が用意される。

「でも、こんな良いお部屋でよかったのですか?」
「ん? ま、たまにはいいんじゃねぇの」

 たしかに最高級とはいわねぇが良い部屋だ。
 二人で使うには2つある部屋など、ちょっと広すぎる気がしなくも無いけどな。
 だが、和風のこの部屋の広さや格調がイヤミを感じないのは流石だな。

「でも、こういう風なの……始めてです」
「そうか? たしかに高い部屋だけどな」
「いいえ、部屋ではなくて……誰かと2人だけ、というのはです……」

 確かに、琴音は大きくなってからは友達もいなかったから、外泊なんてなかったろうし……
 それにいつも2人でいるけど、こんな部屋に泊まるのは始めてだ。
 普段意識してないだけに、そう言われると固まってしまう。

「あ、あの、お茶、入れますね」
「あ、ああ、頼む」

 琴音は赤い顔で茶を入れる。
 照れくさいが、こういうのもいいなぁ。

「はい、浩之さん」
「ああ、ありがとな」

 お茶を飲みつつ、夕食にする。
 そうして静かだが、和やかな時間が流れる。

「いいなぁ、たまにはこういうのもな」
「はい、本当です」

 こういう和風の部屋でゆっくりするというのが、とても落ち着くのはやはり日本人だなと実感する。
 いつも世界中動きまわっているせいも、まぁ無くはないけどな。

「…………」
「ん? どうした琴音」
「本当に……2人だけで、ゆっくりすることが出来ている。そう思ってました」
「……そうだな」

 あのころ……いまでもだが、追われていたころはゆっくりなんて出来なかったしな。
 高校時代と少しだけの大学時代ぐらいだったし…………そうだ!

「琴音、琴音っ」
「はい、浩之さん?」

 俺は口を大きく開けてくいくいと口と刺身を指差す。
 琴音は俺の意図を理解したらしく、ぽっと頬を赤らめ俯きながら刺身を一切れ箸でつまむ。
 そして、俺の口へ……ゆっくりと……

 こんこん

 なんだ? うるせぇな。

 こんこんこんこんこんこん……

 今、いいとこなんだっつうの。

 ごんごんごんごん! がんがんがん!!

「だあああっ! うるせえっ、誰だ!」

 憤慨した俺は扉を開ける。そしてそこにいたのは……

「やっぱいるんじゃないの」
「Hey、ヒロユキ!」

 志保とレミィだった。
 
 

「ヒィロオォォォ、あんたも恥ずかしいやつねぇ」
「うるせえ、それにおめぇには負けるな」
「くっ……じゃ、帳消しね」
「なんでそうなる!」
「ヒロユキ、気にしないネ」
「気にするわっ!」
「あの、浩之さん。私は気にしていませんから……」

 志保とレミィはそのまま部屋に上がりこんでいる。
 ったく、アルコールの匂いと共に突然押しかけ、俺達の平穏を打ち破りやがって。
 

「ところで、だ。 なんでこの部屋だって判ったんだ」
「ふっふっふ……この志保ちゃんの情報網を、なめてもらっては困るわねぇ」

 なにが情報網だ。しかし、どうしてばれたんだ?
 なにか裏があるはず……

「……あの、浩之さん」

 申し訳なさそうに顔を伏せて言う琴音で、俺は事情を瞬時に理解した。

「志保、琴音から聞いたな」
「あら、レミィから聞いたのよ」
「同じだろうがっ!」

 おそらく俺達が風呂に入った際、女風呂にはレミィがまだ入っていたのだろう。
 その時の会話で、琴音がレミィに部屋を教えたんだろうな。

「ったく、しょうがねぇな」
「そーそー、せっかく一緒になったんだし」
「おめぇに言ってねぇ!」
「ヒロユキィ〜、怒ると髪が天を突くネ〜」
「どうしたレミィ?……って、なぜ一升瓶がある?」
「ヒロぉ『銘酒鬼殺し』ぐらい知らないのぉ?」
「そうじゃねぇ、って琴音に酒を勧めるなぁ!」
「たまには良いじゃないのぉ、ねぇ〜姫川さん」
「えっと……その……」
「ほら姫川さんも賛成だって」
「言ってねぇっ!」

 駄目だ、この二人既に出来あがっている。
 はなっから酒臭いとは思ったが、ここまで出来あがっているとは……

「コトネェ! 私の酒を飲むネェ〜」
「あ、あの、私はお酒は……」
「カラオケないのぉ〜。ヒロ、勝負よぉ!」
「だああぁぁっ! もう、とことんつきあったらあああああっ!」
 
 
 

「う……」

 目を覚ました俺が辺りを見まわすと、真っ暗だった。
 腕時計の針も真夜中であることを確信させる。

「……?」

 俺は記憶を探る……
 そうだ、馬鹿騒ぎの後に志保とレミィをなんとかあいつらの部屋まで運んで……そして……
 部屋に戻って……そのまま寝てしまったんだ。
 琴音は?……俺の隣の布団にはいない。どこに行ったんだ?
 俺の心に焦燥感が広がる。そんなはずは無い! 琴音は……琴音はっ!

 俺が寝ている部屋には……いない!

 焦燥感に駆られ、俺は隣の部屋へのふすまを乱暴に開ける。
 その俺の目に映ったのは、隣の部屋の窓際に立っている琴音だった。

「……浩之さん?」

 蒼い月の光に映し出された琴音は何時にも増し、はかなげで……壊れてしまいそうで……消えてしまいそうで……

「……浩之さん」
「すまねぇ……」

 俺は思わず琴音を抱きしめていた。
 香りを、温もりを、存在を確認せずにいられなかったから。
 琴音は突然の俺の行動にも「ごめんなさい……」と一言だけ呟き、柔らかく抱き返してくる。

 お互いのぬくもりが溶け合ったころ、ゆっくりと俺達は離れた。
 そんな俺に、ちょっとだけの悪戯心と大切なことが思い出された。

「そうだ、一緒に風呂行こうぜ」
 
 

 鶴来屋の露天風呂。
 流石は天下に名だたるだけはあって、大きさといい格調といい申し分無い。
 隆山に来たら温泉とは聞いていたが、やっぱりそうだな。

「あ、あの、浩之さん……」

「なんだ? 琴音も風呂に入るのは賛成しただろ?」
「はい、そうですけど……でも……」

 琴音がぐずるのは理由がある。
 なぜなら俺と琴音は一緒の風呂に、それも女湯に入っているからだ。

「誰か来たら……」
「大丈夫だって、まぁなんとかならぁな」

 真夜中だからでもあるが、もちろん布石は打ってある。
 男湯に俺の着替えを置いておいてあるし、岩で区切ってある男湯へは俺ならすぐだしな。
 もちろん入るときもその岩を登ってきたのだが。
 それに女湯の脱衣所の扉を開ければ、その風を察知できるからな。

「ま、ゆっくり堪能しようぜ」
「はい」

 実際、広い風呂に二人っきりってのは、なかなか壮観だ。
 琴音も俺の余裕を感じ取って安心したのか、何も言わずゆるやかに湯を手でかき混ぜる。

「しっかし、志保とレミィの野郎……」
「でも、楽しそうでした」
「そりゃぁ、あんだけ騒いだからな」
「そうですけど、浩之さんもです」
「まぁな。しかし琴音、退屈じゃなかったか?」
「いいえ。ああいう風に騒ぐのって、始めてでしたけれど……楽しかったです」

 琴音はそう言って目をふせる。
 その姿は髪を湯につかり過ぎないよう、アップにしてタオルでまとめている。
 そして俺の目の前には……琴音の横顔が……ほんのり紅色に色づいた肌が……普段見えないうなじが……

「琴音ぇっ!」
「は、はいっ?!」

 いかん、つい力んでしまった。
 ここは勉めて落ち着かねば…………よし。

「あのなあ、俺の背中流してくれないか?」
「はい、喜んで」
「そのあと、俺が琴音の背中を流すからな」
「はい……って、ええええっと、その、あの……」

結局、俺達が風呂を上がったのは、それから1時間後であった。
 
 

 その翌日、俺達は部屋でちょっと遅めの朝食を取っていた。
 なぜ遅めかって?…………聞くなよ。

 こんこん……

「はい」

 琴音が応対に出る。また志保かレミィじゃねえだろうな……

「浩之さん……」

 戻ってきたのは琴音だけだった。
 そしてその手には一枚の紙切れを持っている。

「どうしたんだ?」
「あの……旅館の方がこれを、と」

 そういって紙切れを俺に渡す。その紙には……

『よろしかったら、今晩の夕食をご一緒にいかがでしょうか。
  冒険のお話など聞きたく、お誘いさせて頂きます。
            来須川魔導博物館  藤田 浩之様 姫川 琴音様
                                     鶴来屋会長 柏木 千鶴』
 と、あった。

「ふむ、なるほど」
「浩之さん、どうしますか?」

 まぁ、こっちは魔導博物館の代表みたいな格好になっているので、断るのも失礼だろう。
 それに冒険家ってことを特段言ってないのに書いてあるということは、少なくとも魔導博物館等へ連絡などが行っている。
 さらには、それに対して詳細に回答しているということは、千鶴さんが信頼できる相手であるということだ。
 それに今回の依頼に関しての糸口になりそうだしな。

「よし、ごちそうになるか」
「はい」
 

 その時、俺の冒険者としての直感が危機を感じ取ったが、論理を優先することにした。
 この判断が後の惨劇を招くことになるとは……
 
 

「申し訳ありません。係の者の手違いで……」
「いや、気にしていませんよ」

 今はリムジンの車内。
 昼間は適当に『雨月山の鬼伝説』に関係した観光で暇をつぶした俺達は、夕方に千鶴さんに夕食の確認をした。
 だが千鶴さんの説明によれば、レストランの特等席が予約でいっぱいらしい。
 普通の席でもいいって言ったのだが、それは失礼だ。と言って千鶴さんは譲らなかった。
 

「そうだわ! 私の家で夕食にしませんか? 会長としての責任もありますし……」

 なんだかちょっと妙であったが、いまさら断りきれなかった。

「そうそう、梓ちゃんだっけ? コック顔負けらしいですね。でしたらむしろ良いですよ」
「え……そうですけど……その……」
「あの、どうかされましたか?」

 千鶴さんは言いにくそうに、もじもじと言いよどむ。
 その時の俺達には、次の言葉がどれほどの重要性を持つかは知る良しもなかった。

「あの……私が責任を取って料理します」
 
 

 そして柏木邸、お茶の間……

「なぁ、いまからでも逃げたほうがいいって」
「そうよ、ヒロ。 三十六計逃げるにしかずよ」
「梓ちゃん、志保、んな訳にはいかないっての」
「でも浩之さん、お話が本当なら……」
「気にしないネ、『毒を食らわば皿まで』って言うネ」
「それ、違います……」
「……あ、あのね。いまからでも帰ったほうがいいと思うよ」
「皆で何を話されているのですか?」
「千鶴さん?! い、いえ、なにが出てくるのかな。と話しを、ね」
「う、うん、そうだよ」

 なんだかどこかで聞いた、嘘じゃない言い訳を使って何とか誤魔化す。

「うふふっ、それはおたのしみです」

 そう言って千鶴さんはまた台所へ戻っていく。
 今、俺達は梓ちゃん曰く『ギロチンと毒との選択ができる死刑囚』らしい。

 千鶴さんが料理を作る間、俺達は梓ちゃん達に冒険の話をした。
 初音ちゃんは特に興味をもって目を輝かせて聞いてくれたし、梓ちゃんも料理や食料などを中心に聞いてきた。
 そうしてたった数時間ではあったが、物凄く打ち解けたのである。

 もちろんその前に……
 鶴来屋から移動しようとしたところを志保たちに見つかり、「あたしも夕飯まだなのよねぇ」とか言って追っかけてきたり。
 梓ちゃんが俺達を見るなりまた追い払おうとして、突然発生した冷気に一同凍りついたり。
 千鶴さんが料理する。と言っただけで柏木家が再び凍りついたりとか……
 いろいろすったもんだはあったのである。

「しっかし、本来の目的はどこへやら、だな」
「それは残念だったね。少なくともタケノコはあたしが処分したからね」
「芹香さんの占いは外れないのですけど……」
「うん、私も本とかで見たことあるよ。滅多に占わないけど良く当たるって」

 さて残る楓ちゃんだが、終始ほとんど喋ってくれない。
 もともと大人しく人見知りする娘らしいが、梓ちゃんや初音ちゃんに対してすらほとんど無言だ。
 だがなんとなく照れているというより、経緯を観察しているという感じがするのは気のせいか?

「お待たせしました」

 千鶴さんはお盆に何やら運んできた。
 まず、ご飯。そして味噌汁、漬物。さらに千鶴さんは台所に戻り、なにやら運んで来る。
 そして目の前に置かれたのは……ふた付きなので内容の断定は出来ないが、熱気といい、容器の感じといい、おそらく……

「これ……茶碗蒸し、ですか?」
 
 
 

「うわああああぁぁっ! ちっ千鶴姉! 正気かっ?!」

 なぜだかお茶の間を支配した重い沈黙を破ったのは、梓ちゃんの悲鳴のような怒号だった。

「あ・ず・さ・ち・ゃ・ん」
「ひっ!……だ、だってさ、あのこと忘れたわけじゃ無いんだろ?」
 

 なぜだか低下した室温に怯みつつ、梓ちゃんは生気を振り絞り言い返す。

「えっ……と、それはね、今回は大丈夫だと思うわ」
「『今回は』って何回目なんだよ」
「えっと、それはそれとしてね……」
「第一、千鶴姉の料理の『大丈夫』は当てにならないんだし」
「それは、そのぅ……」
「茶碗蒸しだけじゃない。キノコのリゾットも忘れてないだろうね」
「あの……」

 今度は千鶴さんが萎縮する番となった。
 な、なんだか今更ながら相当危険な気がしてきたな……
 小さくなった千鶴さんは、視線で楓ちゃんに救援信号を送る。

「梓姉さん。今回は私が事前に材料のチェックをしたから……」
「そうなのか?」
「うん……」
「楓お姉ちゃんも手伝ったのなら、大丈夫だね」
「……調理法に誤りが無ければ、大丈夫だと思う」

 一度緩んだ緊張した空気が、再び張り詰める。
 な、なんなんだ? 本当にそこまで危険なのか?!
 硬直する皆を差し置き、楓ちゃんは席を立ち部屋を出ようとする。

「楓? 何処へ行くの?」
「毒物検出用の器材を取ってくるから……」

 千鶴さんの顔は困惑の顔だったのが、楓ちゃんの今の言葉で「びきっ!」と音をたて笑顔になる。
 笑顔……なんだけど、額に浮かぶ青筋と殺気にも似た寒気を発しているのは一体……

「楓は置いて先に頂きましょう」
「あ、あのね、千鶴お姉ちゃん。楓お姉ちゃんも一緒がいいと思うよ」
「そうそう、楓が一応検査してからの方が……」

 びきびきっ!

「……あの、千鶴さん?」
「みんなひどいわ! そんなに食べたくないの?」

 そう言う千鶴さんも箸をつけてないけど……(汗)
 しかし流石に可哀相だな。 まぁならばここは一つ、男としてだ。

「じゃぁ、俺がまず食べようか?」
「駄目です!」

 間髪おかず、俺の提案を否定したのは琴音だった。
 琴音は言ってから自分の言葉にはっと気付き、赤面して下を向きもじもじとする。

「あ、あの、その……すいません。ですけど、浩之さんに……その……あ……」

 最後の『あ……』は、俺が琴音の頭をなでなでしているからだ。
 まぁ、言わなくても何故かは解るからな。
 ……だから千鶴さん、また「びきっ!」と音を立て笑顔にならないでくれ。(汗)

「はぁ……ヒロ、姫川さん、あんまり見せつけないでね」
「でもいいなぁ……」

「コトネ、こんなにおいしいのに気にしすぎネ」

 確かにそうかも知れねぇな、レミィ……ってちょっと待て!
 お・い・し・い・?…………っていうことは……

「ってレミィ? 既に食っているのか?」
「チズルが頂こうっていったからネ」
「レミィさん、大丈夫ですか?」
「ノープレブレム、問題ナッシングヨ」
「そ、そうですか?」

 千鶴さんの顔に少し明るさが戻ってくる。

「じゃ、私も……おいしいわよ、ヒロ」
「そうか? じゃぁ……うん、うまいぞ、琴音」
「はい……本当です。おいしいですよ、千鶴さん」
「そ、そうよね、今回は自信あったんです!」
 

 今度は千鶴さんの顔に大きく明るさが戻ってくる。
 それに対し、いまだに箸をつけていない梓ちゃんと初音ちゃんはバツが悪そうだ。
 千鶴さんの視線は向けないものの、発する無言の圧力に梓ちゃんも初音ちゃんも箸を取る。

「千鶴姉、よく出来ているよ」
「うん、おいしいよ千鶴お姉ちゃん」
「そうでしょ? そうでしょ?」

 そうして、ようやく茶の間に和やかさが訪れた。
 しかし、初音ちゃんだけはすぐに憂いを帯びた表情になる。

「楓お姉ちゃん遅いね……」

 そういえばそうだな。そこそこ時間は経ってるし、ちょっと気になる。

「よし、俺が呼んでこよう」
「そんな悪いです。 お客様にお手数を掛けるなんて」
「まぁ、飯代ってことです。 このくらいさせて下さい」
「でしたら私も……」
「琴音、いいって。 呼ぶだけだし、すぐ戻るからな」
「だったら早く行きなさいよ、ヒロ」
「おめぇはうるせぇっての。ええと突き当たりの2番目の部屋ですね」
「はい、では申し訳ありませんが、お願いします」

 そうして楓ちゃんの部屋に向った俺は、部屋のドアをノックする。
 ごそごそと動く気配がし、ちょっと時間が経ってから、ゆっくりとドアが開く。

「……はい」
「あ、楓ちゃん? なんとも無いから一緒に頂こうぜ」
「…………解りました」

 しばらく考え込む仕草を見せたが、素直にお茶の間まで付いて来た。
 そして俺がお茶の間で見たのは……

「うらぁーっ!」
「よよよ……私が悪いのです」
「ふふふ……それで……それがどうしたね……」
「私が興味本位なばかりに……私がしっかりしていれば……」
「ほーっほっほっほ。皆、わらわに支配されるがよい」

 ……な、なんだぁ?
 ちなみに順に初音ちゃん、梓ちゃん、レミィ、志保、そして琴音だ……
 一体、本当にどうしたんだ?

「みんな、どうしたの? しっかりして!」

 千鶴さんだけは唯一正気なようだな。
 とりあえず事態を確認しねえと……

「どうしたんですか? 千鶴さん」
「藤田さん! いえ、茶碗蒸しを食べてから皆の様子がおかしくなったのです」
「そうですか、しかし一体何故……」

 考えこむ俺。とにかくこの事態は尋常ではない。
 なんとかしなければ。しかし、どうしたら良いんだ?

『もしかしたら……』

ほとんど聞こえないくらいの呟きだったが、俺は聞き逃さなかった。

「千鶴さん、何か知っているのでは?」
「……以前あるモノを食した際、こういった症状が出たことがあります」
「あるモノ?」
「はい、それは……」

 千鶴さんは一呼吸置き、冷静に言った。

「性格が反転するきのこ……その名もセイカクハンテンダケです」
 

<後編へ>

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