Treasure Huntmen

Act.1
The Soul of  Crystal
 

 ここは大陸の内陸部、灼熱の太陽が照りつける砂漠。
 といってもまばらに植物はある砂漠で砂は多いが岩の方が多い。
 そこを疾走する一台のジープ。
 俺は藤田浩之。世界をまたにかけるトレジャーハンターだ。

 ただ勘違いしないでほしいのは、獲得した宝物は博物館に寄贈しているということだ。
 寄贈自体は無償だが、博物館から研究費という名目で謝礼が貰えるという訳だ。
 同じじゃないぞ盗賊とは……うん、違うな。(汗)
 などと思いつつ助手席を見る。そう、俺は一人で冒険しているんじゃない。

「大丈夫か? 琴音」
「はい、藤田さん」
「琴音ちゃん、約束だろ?」
「あっ、ごめんなさい。……浩之さん」
「うむ、よし」
「でも"ちゃん"を付けないのも約束です」
「う……まぁ、あいこってことだな」
「はい」

 助手席でにっこりと微笑む最愛の人……姫川琴音。

 ここに至る経緯ってやつも、まぁ一つの冒険のようなものだろうな。
 
 

 二人が始めて会った学校の階段。
 琴音ちゃんを命がけで不幸の呪縛から解き放ったこと。
 その琴音ちゃんと思いを通わせた夕焼けの学校。

 そして俺はとりあえず大学に進学し、琴音も追っかけて入学してきたこと。
 超能力を人前で見せないようにして得られた平和で幸福な生活。

 だがそれを崩したのは、琴音の超能力に群がる奴ら。
 俺の身に起きた危機から守るために使った『力』 それがいろんな奴らの注目を集めてしまった。
 マスコミなんて良い方で、研究家を名乗るヤツ、カルト宗教、諜報部員ってヤツ……
 そういった奴らから琴音を守るため、逃げるようにしてこうなった。という訳だ。
 
 だが……

「なぁ、琴音……本当に大丈夫なのか?」

 さっきの大丈夫と意味あいが違うことに気付いたらしい琴音は表情を変える。
 悲しさと喜びと……そして強い意思を秘めた表情に。

「浩之さんの迷惑で無い限り、私は浩之さんについて行きます」

 そうだ、逃亡生活の最中に知り合いになった山中で隠居していたじいさん。
 元冒険家らしいじいさんと3人での自給自足の生活と修行の日々。
 ずっと逃亡生活を琴音に強いる原因を作ったことに負い目を感じていた俺。
 逃亡生活を終える為、じいさんに琴音を預けようとした。
 そして、琴音が自分を置いていった俺を追いかけてきて言った言葉だ。

「そうだな、そうだったな。わりぃ」
「いいえ、その……いいんですよね?」
「もちろんだっ!」
「はっ…………はい……」

 真っ赤になる琴音を見て俺は自分の言った言葉に気付き、いまさらながら赤面した。
 二人して赤面のまま無言の車内。そうして数分……

「お、村が見えたぜ、もう少しだな」
「あ、ほっ本当です……」

 木々のまばらな地平線の先におぼろげな影を見つけた俺達はそこへ急行する。
 
 

 今回の目的の村を訪れる理由は一つ。
 この村に伝わる伝説に出てくる『生命の石』を探し出すことだ。
 なんでもこの辺りが危機に陥り、村人が瀕死になるたびに救ってくれるという。
 危機ってのがよくわからないのだが、そこの調査も含めて探検することにしたのだ。

 村は5,60人程度の集落で、家畜が引く馬車や石造りの家が10件ほどある。
 また水量もそれなりの川が村のすぐ近くにある、というより村を川の近くに作ったのであろう。
 俺達は村の入り口近くに車を止め降りることにする。

「なにか用か?」

 突然近くにいた背格好もしっかりした青年に声を掛けられる。
 ただ予測していたこの地方の言語ではなく、川をだいぶ下った町の言語だ。
 とはいってもいわば方言程度の違いしかない。

「里の方の言語を話せるのか?」
「……質問に答えろ」

 無愛想なようだが、ある意味この程度の警戒心は当然でもある。
 さすがに慣れている俺は素直に話す。

「『生命の石』の伝説が聞きたいんだが……」
「話すことは無い」

 むげに即答され、さすがに温厚な俺も頭になにか来るものがある。って……

「ちょっと待てぇ!」

 無愛想な青年は俺の声を無視して村の外へすたすたと歩いていった。
 その様子を見ていた琴音は怒りに震える俺をフォローする。

「あの……浩之さん、他の人に聞いてみましょう」
 
 

「はっはっは、まぁあいつは無愛想ですからな」

 妙に愛想のいいこの村の長老が酒くさい息をふりまく。
 とりあえずこの村の長老を訪ねた俺達は、歓迎の宴を開かれてしまった。
 ま、土産と称して渡したアルコールをいたく気に入ったのもあるのだろうが。

「それで客人、なんの用でこの村を訪れたのですかな」

 ちなみに長老や他の人とは現地語で話をしている。あの青年のほうが特別ということだろう。

「生命の石の伝承を聞いてきたのですが……」

 一瞬だけ村長の顔に緊張が走る。だが長老はにこやかに答える。

「ああ、ありますな」

 こいつ……けっこう狸だな。
 とりあえず、乗っているふりをするのがこの場合の定石だ。

「本当ですか!」
「ええ、いまでは単なる伝承に過ぎない話に出てくる伝説の宝物ですな」
「伝承を聞かせてもらえますか?」
「いいですとも。しかし客人、こんな話の為にこんな村まで来るとは余程ひまなのですなぁ」

 この狸爺……言葉の裏に『それなら歓迎していないぞ』と言ってやがる……

「……確かにひまですが」
「はっはっは、いやいや失礼。では……」

 長老の話した伝承を要約するとこうだ。
 この村の歴史はかなり古く、先祖はかつてここが海だったころには森に住んでいた。
 そしてこの村の人間に危機が訪れる度に、生命の石は村人を救ってくれた。
 それに感謝した先祖は遺跡を創った。危機というのは具体的には解らない。
 よって生命の石がなんなのかは解らないということだ。

 おおむね俺たちの事前調査の通りであり、矛盾点は無く全くの嘘ではないようだ。
 この地がかつて海というのも地形が乾燥地帯の盆地であり、塩分濃度の高い湖であったせいだろう。
 と、なると……

「あの……私達をその遺跡に案内していただけませんか?」

 俺と同じ結論に至ったらしい琴音が長老に聞いている。
 結論、すなわち行ってみなきゃわからないってことだ。

「それはできん、わしらも忙しいでの」

 よく言うぜ、この狸爺が……
 感情が表情に出たらしく琴音に軽く頭を小突かれる。むろん超能力でだ。

「そこをなんとかお願いできませんか?」

 琴音は哀願する。それを見つめる長老の目は……なんかいやらしくないか?(怒)
 こつん……また小突かれる。わかったってば、ここは我慢だ……
 しかし長老は……

「うーむ、やはり案内はできんな」

 俺達がその回答を理解した瞬間……

 ごおおおおおぉぉぉぉぉっ!

 あたりの物が空中を乱れ飛ぶ!
 その様子にただ混乱する長老や他の人達。

「うわぁぁぁぁっ! 聖霊様がお怒りだぁぁぁっ!」
「なに? 聖霊様だと? 聖霊様どうかお怒りをお静めくださいぃぃ」

 だが変わらずというより更に激しく乱れ飛ぶ!

「わっわかりました! 案内します! それでよろしいでしょう?」

 その瞬間から、乱れ飛んでいたさまざまな物は元の位置へゆっくりと戻っていった。
 怯えと安心で肩で息をして動けないでいる長老に、俺達はゆっくりと近づき……

「では出発は明日の朝だ」
「……よろしくおねがいします」

 長老はこくこく頷くのが精一杯だった。
 
 

「琴音って結構したたかになったな」
「そんな……浩之さん意地悪です」

 翌朝、また砂漠を疾走する車内。
 丁重すぎるくらいの送り迎えを受けた俺たちは目的の遺跡に向かっていた。

「それに浩之さんだって……」
「あ、わかってたか。ま、琴音が何を考えているのか解ったからな」

 その通りだ。最初の『聖霊だぁぁぁぁっ』は俺が叫んだのである。
 まぁ超能力っていうより聖霊っていったほうが長老には現実的だと思い、事実効果的であったのだが。

「……くすん」
「って、琴音? 何故泣いているんだ?」
「だって………嫌いになって……いませんか?」

 本当にこの娘は……変わってないな。
 超能力をコントロール出来る様になっても、イメージを作る原因となった悲観的な部分はそのままだ。

 ちっ、しゃあねぇな。

「んな訳ないだろ」

 それだけだ。だが琴音には伝わったようだ。
 驚いたように目を開き、そして俯いて顔を真っ赤にして口の近くに手を寄せ……

「…………はい」

 琴音……本当に……本当に可愛いやつ!
 可愛い! 可愛いぞっ! かーーわーーいいーーぞぉーーーーー!(○皇風)
 砂漠の真ん中だけど、車を止めて、それから、それから……

『何を話しているかしらんが、私にも解る言葉で喋ってくれんか?』

 忘れてた。こいつ……あのときの青年は後部座席に荷物と一緒に乗っている。
 ちなみにいま俺たちの会話は日本語で喋っていて、こいつは現地語で話している。
 しょうがないので俺たちは現地語で話すことにする。

「あの……現地語、喋られるのですね」
「こっちのほうが慣れている。あの時は来客だから里の言葉を使った」
「なんでお前が俺たちと一緒に行くんだよ」
「案内役だ」
「仕事とか無いのですか?」
「聖霊の加護を受けた者だ、丁重な扱いをさせてもらう」
「遺跡ってのはどこらへんだ?」
「もう少しだ」

 こいつ、俺と琴音でだいぶ態度違わねぇか?
 どうやら表情に出たらしく、琴音が俺と青年を交互に心配そうな顔で見ている。
 ちっ、しゃあねぇな。

「具体的にどこなんだ? 全く見当がつかねぇ、指示してくれないか」

 この言葉にもあまり表情の変化は無かった……

「もう少しだけまっすぐに行け。窪地がある。そこに遺跡はある」

 少しだけ言葉が増えた、それだけだった……
 
 

 遺跡は窪地にあった。って言っても半径数キロ、深さは数十メートルってところか。
 高度的に今までわずかな下り勾配であったことを考えると、底にあたるだろう。
 とはいえほとんど平らでここだけ砂が多い。その真中にぽつんと遺跡がある。
 遺跡は石積みで、ピラミッドというより東南アジアか中南米の遺跡といった感じがする。

「ここまでだ、あとは知らん」
「あの、ありがとうございます……」
「すまなかったな」
「……ふん」

 わずかばかりの表情の変化があった気がしたが、くるりと振向き歩き出す。

「お…おい、どこへ行くんだ」
「帰る」
「帰るって……ここからですか?」
「お前達、帰り道は解るな」
「ああ、こっちにまっすぐ行くだけだからな……っておい!」

 また俺達を無視して村の方へ歩いていく。

「ったくしゃぁねぇな。じゃ、行くか!」
「はい!」
 

 俺達は必要な物資を背負い、カンテラに火をつけて奥へと進む。
 遺跡は柔らかめの岩を積み上げて作られたらしい。3m四方の空間がまっすぐに奥まで続いている。
 だが20mも行かない内に行き止まりになる。

「浩之さん……」
「ああ、ちょっと待ってな……」

 そう言って俺は感覚を研ぎ澄ませる。
 じいさん……師匠より伝授された奥義の一つ、『風水』
 俺のはいわゆる易学では無い。見えないものの流れ『風』見えるものの流れ『水』
 それらを感覚で感じ取る。って説明しても出来ないやつには解りにくいだろうが。
 師匠には『こんなに早く習得しおって! ワシの苦労が安くなった気がするわい』と言われたがな。
 ま、とにかく俺は目を閉じ、触覚と聴覚と勘を鋭敏にする。

(風が……壁の向こうに流れている……)

 俺は目をゆっくりと開け、イメージと現実の映像を一致させる。
 琴音はそんな俺を邪魔しないように、俺の後方で身じろぎはもちろん気配すら消している。

「琴音……」
「はい」

 いてくれているな……安心する。しかし、俺も琴音のこと責められないな。

「……浩之さん?」

 あ、いかんな。さて……

「右側の隅から向こうへ風が流れている。この壁の向こうは相当広い空間があるな」
「そうですか……」
「それでだ、この壁全体を左へスライドさせてくれ」
「はい、わかりました」
「たのむ」

 琴音が目を閉じ、念じる……と思った通り壁は左へゆっくりとスライドしていく。
 そうして、人一人が十分通れる隙間が開いた時……

 ひゅひゅひひゅっ……キンッ、キキンッ……

 文様に見えた穴から飛び出してきた数本の矢が地面や壁に当たり、弾けた。
 そこは壁の前、普通に開けていたら間違いなく食らっていただろう。

「琴音、もういいぞ」
「あ……はい」

 おそらく少しでも開きすぎると矢が飛び出す仕掛けになっていたのだろう。
 とりあえずの危機を脱した俺達は先へ進む。

「よし、行くぞ」
「はい!」

 そして俺たちは先へ進んだ。

 浩之たちが先へ進みその場所が再び闇になったころ、その場に一つの影が現れた。

「…………」

 影は無言で奥の方を眺め、そして浩之たちを追うように消えていった。
 
 

「どわあああぁぁぁっ!」
「浩之さん!」

 ばくわああぁあぁあぁぁぁぁあぁ……ん

 俺の頭上に落ちてきた岩は粉々に粉砕された。
 ぱらぱらと落ちてくる砂や石から守るように琴音の上にかぶさる。

「大丈夫か?」
「え……あ……はい」

 その声色には疲労の色が感じ取れる。ちっ、今回はわりと手間取っているからな。
 昔にくらべて精神力自体も使い方も効率もアップしているとはいえ、やはり無限のエネルギーではない。
 琴音はやはり使いすぎると寝てしまうからな……そろそろ休憩するか。

「ちょっと休もうぜ」
「えっ……でも……」
「なんか疲れてしまったぜ。ま、ちょっとだけだからよ」
「…………はい」

 照れ隠しだったが、しっかりばれたようだ。琴音は軽く頬を赤らめにっこりと微笑む。
 ちっ……念動力に加えて読心力まで得たのか?

 二人で寄りそうようにして座り壁にもたれかかる。

「ありがとう……ございま…す……ぅ…」
「ん、琴音?……なんだ寝てしまったのか」

 やれやれ……この様子じゃ結構疲れがたまったていたな。
 琴音は俺の肩に頭を預け、すぅすぅと寝息をたてている。まぁ10分ほどで済むだろう。

 そうそう、こうやって休憩するのは危ないと思うかもしれないが、トラップだけならそうでも無い。
 トラップである限り、スイッチがあり、動作音がある。と師匠が言っている。
 要するに何かを動かさないと何にも動かないということだ。
 例外はものすごいタイムラグか毒をもった生物と人間ぐらいなものだ。

 警戒しつつ安心して休息していた俺達だったが……

『ばくん……』

 突然、俺達のいる通路の床が4mほど無くなる。
 俺は反射的に琴音を片手で抱き寄せ、かぎ付きロープを投げる。
 ロープのかぎはしっかりと落とし穴の端に引っかかり、俺達の体重を支える。
 そう、俺達は10mほど落下して宙吊りになってしまった。

 しかし、今は気配が無かった……なぜ動作したんだ?
 ちっ……まぁ過去はとりあえずおいといて今、だな。

 とりあえず今は……けっこうやべぇな。
 いや、冷静に考えれば打開策はあるはずだ。考えろ、藤田浩之!

 10m程落下したが、落とし穴の底は見えない。落ちたらただでは済まないだろう。
 琴音はまだ目が覚めていない。一回寝始めるとしっかり寝ないといけないらしいからな。
 そして片手はロープを、もう片手は琴音を支えている。
 ……ってぇことは、耐える以外に手が無い。さらにロープを持つ手もいつまでも持つわけじゃぁない。

 とまぁ冷静に考えてみて……けっこうやべぇな。って同じやんけぇ!

 そう憤慨する俺の気配のせいか、腕の中の琴音が身じろぎする。

「浩之……さん……」
「琴音? 起きたのか?」

 いや、まだ完全に目が覚めていない。
 琴音は半分寝ているようすで頭を動かし、今の状況を把握する。そして……

「浩之……さん……」
「ん? なんだ」
「私を……離してください」

 !!

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇっ!」

 思わず、本当に考えることが出来ず怒鳴ってしまった。
 だが琴音は臆する様子も無く、言葉を綴る。

「浩之さんだけなら……両手が使えるならば、自分で上れるはずです。私は……超能力で…自分を持ち上げます……から……」

 嘘だな……今だって何とか眠気を押さえていることが出来ているが、それが精一杯なのは明らかだ。

「んなこと……できねぇだろ」

 今の言葉の持つ両方の意味に気付いたらしく、琴音は瞳を潤ませ言葉を続ける。

「藤田さんの迷惑に……なりたくありません。…………ですから」

 そう言って体を動かそうとする。だがまったく力を伴っていない。
 その様子を見ていて、再び俺の感情が爆発する。

「『ですから』? 『ですから』って……『ですから』だからって、なんだってんだよ!
だからって愛する人を見捨てて生きて、その後にどれだけの意味があるってんだよ。
『迷惑』? ずっと後悔して生きさせることが『迷惑』じゃねぇってのかよ……
だったら……いっしょのほうが…………マシだ……」

 最後の方は涙声になっていった。俺に少しずつ冷静さが戻ってくる。
 琴音を見ると……泣いている。大粒の涙が零となり、闇へ光の粒が落ちていく。

「だ……って……」
「だがなぁ……琴音」
「……は…い?」

 俺は一呼吸おいて、顔を笑顔にかえる。そして……

「二人で生きよう……それが一番じゃねぇか」
「……はい」

 琴音は……ゆっくりと涙だらけの笑顔で頷いた。
 そして失神するように眠り始める。

 さて……俺は残されたロープを持つ腕の力を振り絞り、ロープを腕に絡ませる。
 琴音が力を取り戻すまで十数分……腕の力がもたなくてもこれで大丈夫だ。
 腕は壊死するかもしれないが、まぁ二人の未来の為なら安いものだ。
 あとは琴音をなんとか支えないとな……

 その俺の腕に振動が走る。壊死するときってこんなものなんだろうか……
 いや、違う! ロープを誰かが持ち上げているんだ! 少しずつ俺達の体が上へとあがっていく……

 そうして、俺が落とし穴の上に這い上がって見た野郎どもは……

「なんでお前らが……」
「……ふん」
「ふぉっふぉっ……ま、話せば長いの」

 あの青年と長老だった。
 
 

「ったく……なんだっての」

 今、俺達……俺と琴音、あの青年と長老、それに村の青年数人は通路を奥へと進んでいた。

「まぁ、試練というところかの」
「試練だぁ? 死ぬところだったぞ」
「それはそれで構わん……」
「んだとぉ!」
「……浩之さん」

 相変わらず無愛想なあの青年を睨むが、涼しい顔だ。
 長老はそのようすをチラリと見、真相を語る。

「『生命の石』の試練じゃ……適格でなければ死をもって代償を購ってもらうのは当然じゃ」
「じゃぁ、何故助けたんだよ」
「聖霊の加護。それにお前達は愛すべき存在を優先させようとした……だから信用できる」

 琴音と俺は真っ赤になる。あっさりと言いやがって……

「で、だ。それほどの宝なんだろうな?」
「うむ。では見せてやろうかの…」

 俺達は行き止まり……2.5m程の扉の前に到着する。長老は他の青年の一人に命じ扉を開ける。
 そして扉をくぐった俺達が見たのは、真っ白な空間だった。
 正確には3mほどの天井、100平方メートルほどのホールの壁と床、すべて真っ白だ。すこしキラキラしている。

「綺麗……」
「ああ…………だが生命の石ってのはどこだ?」

 俺達の前には空間しか無い。祭壇や建物らしいものも何も無い。

「ふぉっふぉっ。この部屋自体が『生命の石』じゃよ」
「これすべてが……か? しかし何で出来ているんだ?」

 当然に発生した俺の疑問に、あの青年はやはりあっさりと答える。

「塩だ」
 
 
 

「ちょおっと、待ちなさいよ!」

 俺の反対側に座っていた志保は身を乗り出して抗議してくる。
 ちっ……珍しく大人しいと思ったら、やっぱりうるさいヤツ……

 今、俺達がいるのは『来須川魔導博物館』の会長室だ。
 来須川魔導博物館ってぇのは、魔導、降霊術、宗教の儀式、召還術、占星術などの世界中のオカルトを集め、保存のみならず、研究、展示も行っている大規模な博物館だ。
 そして創立間も無いが、文化的な重要性も高く観光的にも有名な所になっている。
 アメリカのスミソニアン博物館のオカルト版ってところか……

 ちなみに会長室は某鶴来屋の会長室並みに広い。
 ここに俺、琴音、あかり、志保、委員長はソフアーでくつろいでいる。

「なんで塩なんかが宝なのよ! 変じゃない! あんたもそう思うでしょう、あかりっ」
「ううん志保、お塩は大切だよ」

 まくし立てる志保に、その隣に座るあかりは真剣に答える。

「あの……神岸さん、調理の材料として大切というわけでは……」
「えっ、えっ? そうなの?」

 琴音の冷静なツッコミにあわてるあかり。変わんねぇなこいつも。

「いや、大陸の内陸部ってゆうたな? 藤田くん」
「ああ……」

 委員長は事の真相に気付いたのか、眼鏡を光らせ推理を述べる。

「大陸にかぎらず塩は貴重なはずや……人間、これと水がないと生きて行かれへんからな。そやけど、海が近こぅないとなかなか塩ってのは無いはずや……」

 あかり達は委員長の推理を真剣な面持ちで聞いている。
 なんだか、名探偵の『真犯人はお前だ』のノリだな……

「せやけど、大陸の内陸部には塩湖ってのがたまにあるんや」
「知ってるわよ、砂漠の気候で水が蒸発してしまって海まで流れない湖でしょう?」
「そう、塩分は残っちゃうんだよね」

 志保とあかりがここは知っているらしく、息を取り戻すかのように喋る。
 委員長は大げさに頷き眼鏡を掛け直し、俺達のまわりを歩きはじめる。

「そうや。そして藤田くんたちが見たんは、かつての塩湖とちゃうか?」
「はい……」
「つまり『生命の石』っていうんは、そこらへんで高価な交易品である塩、って訳や!」

 びしぃっ! と俺を指差す委員長……ノッてるな。

「さすがは委員長……見事な推理だ」
「ふっふっふ……伊達に来須川魔導博物館の主任研究員しとらへんのや」
「だから、なんで伝承やトラップや遺跡があるのよっ!」

 得意げな委員長に志保は噛み付く。

「はぁ……志保、少しは考えろよ……」
「なによっヒロ!」
「貴重ってことは、狙われるってことだろ。だからトラップも伝承もあるんだろうさ」
「う……」
「偶然に塩の鉱脈を見つけたあの村の先祖は、入り口のカモフラージュとトラップの設置を目的として遺跡を創ったんだろうな。伝承も後世に伝えるのと、また本来の宝物である塩をカモフラージュするためだろう」
「だからっ! なんでそこまでするのよ」

 志保はしつこく食い下がる。このしつこさもあいかわずだな。

「量と質にもよるが、場合によってはあそこらへんの国の国家予算を左右する。であればあれでも少ないほうかもな」
「その利権を公にせず、村の将来の危機の為だけに残すことを選んだのだと思います」
「実際、過去に数度救ったのだろうな。あのホールはその掘削跡ってぇ訳だな」

 完璧に撃退された志保は乗り出した身を戻し、ソファーに座る。

「あーあ、こんなんじゃぁ記事に出来ないわ……」
「ジャーナリストが探検物でも書くのかよ」
「……うるさいわねぇ」
「くすくす、志保も浩之ちゃんに会いたかったんだよね」
「そっ、そんな訳ないでしょ」
「くすくす……」
「はははっ……」

 志保を除いて笑う俺達。いや志保も笑っている……そこへノックの音が響いた。

「失礼致します」

 そう言って入ってきたのはセバスチャンと……

「浩之ぃ、生きてる?」
「藤田さん、琴音ちゃん、おひさしぶりですっ!」
「……ご無沙汰しています」
「おっ、綾香、葵ちゃん、セリオ」
「あの……おひさしぶりです」

 綾香たちはこの魔導博物館の買い付けを主に行っている。
 ついでに綾香は副館長でもある。
 セバスチャンはやっぱりここの執事だ。……他に仕事の適性ねえのか?

「しかし参ったわよ。ったく、代金見せたら襲いかかってくるのだもの」
「10人を1分15秒で処理しました。あとは正当な取引です」
「はいっ! 良心的な値段でしたね」

 どうやら今回も何かの買い付けの帰りのようだ。しかし……

「命知らずなやつらだな」
「ふふっ、全くね……」

 さらに室内にノックの音が響く。

「………………」
「あ、浩之さん、琴音さん。おひさしぶりですー」
「おつかれさまだね」
「ハァイ、元気だったネ」

 芹香館長……センパイとその助手のマルチ、対外交渉部の雅史だ。
 レミィは外国対応の事務局員をやっている。
 センパイは俺の前に進み出ると、深々と一礼する。

「………………」
「ああ、依頼の通り行ってきたぜ」

 そうなのだ。今回の探検はセンパイの依頼で動いたのだ。
 今回に限らず、俺たちの活動のほとんどはセンパイの依頼である。

「しかし……本当にこれでいいのか?」

 俺はソフトボール大にカットされた岩塩をリュックから取り出す。
 センパイはそれを受け取ると、また深々と一礼する。

 ちなみに……これはあの青年が「試練の代償だ」といって琴音に渡したものだ。
 最後の落とし穴はあいつが動作させたというわけだ。
 だから気配が無いわけだ……ったく。
 しかも、俺のことはきっぱり無視してくれやがった……(怒)

 センパイはしばらくそれを眺め、結構ですよ。と答える。
 まぁ、魔法的な価値があるのだろう。あまり深くは考えないでおこう。
 それを見ていたあかりが金庫より封筒を取り出してくる。あかりはここの事務担当だ。

「はい、浩之ちゃん。無駄遣いしちゃだめだよ」
「お前なぁ、いつまでもガキじゃねぇんだからよ」
「……うん、そうだね」
「さてさて、珍しく皆そろったしパーティを始めよか?」
「これが楽しみだったのよ。あかりも作ったんでしょう?」
「うん、腕によりをかけたんだから……」

 みんなは俺を見つめ、返答を待つ。待たなくても答えは決まっているのにな……

「ったくしゃぁねえな。じゃぁ行くか! 琴音っ」
「はい!」
 

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