29.
 

俺はまだ18歳なのだ。少なくとも世間的には。

初老の刑事が俺に問い掛ける。
「それではどうして君の前で伯母さんは自殺したのかな」
「もちろん君が突き落としたということも考えられる」
中年の方の刑事が俺を問い詰める。

「彼女が飛び降りる前に何を君に話したのか、もう一度きちんと、順序良く話してもらえるかな」

「彼女の遺書を我々も見せてもらったよ。内容は娘さん達に対する謝罪だけが繰り返されていた。そんな遺書を書いた後どうして君に会い、そして連れていったんだろう」
「彼女が崖下に身を投げたというのは君、及び君の従妹達の証言しかない。君をかばっているということも十分考えられるね」

「随分前の話だが、君の伯父さんが何者かに殺され犯人はまだ見つかっていない。もっともこれは我々も反省しなきゃならんが・・。去年には君の母親が特殊な病に倒れ、今年父親が事故に巻き込まれ行方不明だ。実は車に乗っておらず、別のところで・・・という考え方もあるんだよ。今度は伯母さんだ。なにかあると考えるのが普通だろう」

「彼女が遺書を残して会社から消えた。その事は君も聞いていたそうじゃないか。もし仮に彼女が自殺したのだとしても、君は力ずくで止めることができたはずだしその必要があったはずだよね。結果的に君は彼女が死ぬのを手伝ったということになる。たとえ自殺だったとしても」

そう俺は止めなかった。止めれるのに止めなかった。
 

俺は伯母さんに連れらて件の国道までやってきた。
少し離れた所に見える事故現場は復旧が進み、片側通行とはいえ既に開通していた。

「そこで賢治さんを殺したのね、そしてあそこで高志さんを殺した」
伯母さんは少し離れたところを指差す。

「伯母さんいったいどうしたんですか」
俺はシラを切り続ける。もうこうするしかないのだ。
伯母さんはガードレールによりかかる。

「あなたがなぜ高志さんを殺したのかは聞かなくてもわかるわ。賢治さんを殺した理由も大体はわかる」
木枯らしが初雪を孕んだまま容赦無く吹き付ける。

「高志さんも賢治さんも、二人とも死を覚悟してたわ。二人ともすごく強い人だった」

「あなたは高志さんの何を知っていたの? 賢治さんの苦しみや悲しみを本当に解っていたの?」

「二人とも私を選んだのよ。賢治さんだってあなたや静子さんじゃなくて私を選んだのよ」

「私は二人の苦しみや悲しみ、喜び、それに燃えたぎるような欲望までを肌で理解することができた。そしてその全てを分かち合ってきたの」

「私だって高志さんを、そして賢治さんを殺そうと思ったことがあるわ。でもそれはね、死すらも分かち合いたかったからなの。あなたみたいに・・・・」
伯母さんはそこで一旦言葉を切った。
「私はあなたみたいに、あの人たちを見下していたんじゃない!!」

見下すなんて・・、違うよ伯母さん、それは絶対に違う。

「他人の人生を勝手に左右する権利があると思ってるの?賢治さんは少しでもまだ生きようとしていたわ。それなのに、それなのに」

俺は伯母さんの言葉を否定できない。俺は自分の判断と意志でで伯父さんや親父を殺した。迷いながらも最善と思われる手段をとろうと心がけてきたのだ。

「さっきからずっと黙っているわね。どうしたのよなにか言いたいことがあるんでしょう」

だから俺は伯父さんや親父の意志を考慮したとは言えない。自分以外の何かを理由に人を殺したりはしない。殺してから伯父さんや親父に頼るなんて虫がよすぎる。

「私ね、あなたの事が好きだったわ。どこか得体の知れないところはあったけど、それでも私の息子なんだ、って思ってた。静子さんが亡くなってからは本当に母親になるつもりだったの」

「私ね、もう何も考えたくないの、高志さんのことも賢治さんのことも、静子さんのことも千鶴達のことも・・・」

「あなたは止めないわよね」
伯母さんはガードレール越しにチラリと下を見た。

「伯母さん、僕は、僕は・・・」
なんでもいいから言葉を繋がなきゃだめだ。でも何を話せばいいのか解らなかった。

突然、伯母さんは、腰掛けていたガードレールから、後方へと身を躍らせた。
虚空に投げ出された体はその瞬間闇の中へ消えた。
二人の間の言葉だけが伯母さんの命綱だったのだ。

背後から言葉にならない悲鳴が俺の耳と頭に響く。
俺が振り向くと梓と楓ちゃんが走ってこちらにやってきた。
俺は彼女たちに気づく余裕がなかった。絶対に見せちゃいけないものだったのに。
二人はガードレールから下を覗き込み、再び声にならない慟哭を響かせる。

見えるのはただ谷底の暗黒に吸い込まれる雪。
 

「おい、証拠不十分とか未成年とかで釈放だと。けっ、金持ちはすぐ政治家に手を回しやがる。おい坊ちゃん、聞いてんのか。さっさと帰る支度をしろよ。お迎えがきてるぜ」

お迎え? 千鶴さんだ。

嫌だ。いま千鶴さんに会いたくない。 嫌だ。

「おい、どうしたんだよ。しょうがねえなあ」
呆然としている俺の身支度を警官が手伝ってくれる。そして追い立てるように廊下へと放り出した。
 

野塚さん・・
野塚さんにはいつものどこかふざけた感じがなかった。今まで見たこともない優しい表情。
耕一君大変だったな。さあ車で送るよ

車で・・・何処へ送ってくれるんですか?
どこって・・まあ何処でもいいけれど・・君の家だろ?

あそこには皆がいるじゃないですか。
君の家族だろ。それともその前に何処かで休んでいくか?

野塚さん、何処かへ連れていってくれませんか?
だからどこかって何処さ?

どこか他の街へ、ここではないどこかへ。
 

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