27.
 

鶴来屋は海沿いにあるが柏木家はやや山がちの所にある。そして同じ隆山でも間に短い山道を超える必要がある。俺はその国道を見下ろす崖の上にいる。ここからだと温泉街の夜景が奇麗に見える。どこか現実離れした幻想的な感じがする。なにか気のきいた詩でも口ずさみたいところだが何も思いつかない。

ここに通いつめてもう既に一月ほどになる。秋がどんどん深くなっている。 大学受験も近づいているがそうも言ってられない。

国道の下にはさらにまた崖がある。国道の上も下も崖なのだ。伯父さんの遺体を処理した所からは離れたつもりだがやはり近すぎるかもしれない。だから警察が関連付けようがないぐらいかけ離れた方法をとらなければならない。

ガードレールは普通14tのトラックが時速60kmでぶつかることを想定して設計されている。だから少しぐらい大きな乗用車がぶつかったところでそこでストップしてしまう。あらかじめガードレールを数日前に破壊しておくという方法も考えたが、親父がいつ帰ってくるか分からないのだからそれは難しい。

だから思いっきりラディカルな方法を取ることにした。走ってくる車に岩をぶつけるのだ。俺はこの崖上の岩を素手で切り取った。朝影とかを使えば楽なのだろうが刃物の痕が残るとまずい。大きさは俺の墓石ほどはないが、乗用車よりは一回りでかいだろう。

これをほぼ真下に投げつけるわけだから、車はもちろんガードレールもひとたまりもないはずだ。これが当たった時点で乗用車は大破、岩もろとも崖下に落ちることになる。

車の事をさんざん勉強した末の結論がこれだ。まったく。
 

母さんが眠ったまま息を引き取ったのは去年の今頃だ。葬式の時にも、初めて学校に行った時も、皆が俺を気遣って優しくしてくれる。俺自身はなにも変わったつもりはないから逆に戸惑うくらいだ。

事実母さん亡き後も俺の生活はほとんど変わっていない。家事は今梓が中心になってさばいている。水族館の件があってからもずっと健気だった梓は、俺と同じ高校を受けたが落ちた。やはり負担が大きかったのだろうと思う。

家事以外の負担は千鶴さんにいった。来客をはじめ家の様々な用事を片づけたり伯母さん(親父は論外)に相談したりしなきゃならない。 楓ちゃんや初音ちゃんにも家庭の中での役割が与えられるようになった。そう考えると俺の生活が一番変化がないのかもしれない。

一方伯母さんと親父の間に微妙な関係があるという。俺は前からそのことを知ってはいたけれど、それがどうやら噂になっているらしい。そう俺に吹き込んだのはあの野塚さんだ。
「どうなってるのかな?」
それは俺が聞きたいぐらいだよ。

かつて自殺で夫を亡くした義姉が、病で妻を亡くした義弟を慰めているうちに・・・。

それ自身は悪いことではない。千鶴さん達が俺の姉妹になるというのも踏ん切りがついていいかもしれない。

親父は母さんではなくて伯母さんに逃げ込んだのだろう。伯母さんは親父を理解することができた。それは俺にもわかるよ。でも伯母さんには理解はできても、その後どうすることもできないことがわかっているはずだ。

これ以上踏み込むことは、二人を含め家族全体にあまりよくない結果をもたらす・・・のは目に見えている・・はずだ。でもこれは俺のエゴなのかもしれない。俺は親父を伯母さんに取られたとすねているだけなのかもしれない。

親父自身はどう考えているのだろうか。はっきり言うと伯父さんは死にたがっていた。でも親父は違う。母さんやその死から、伯母さんや仕事へ。それが単に現実から逃げていると考えるか、えぐられていく残り時間を精一杯生きようとしていると考えるか、なかなか微妙だ。

昔立山で、俺は親父に俺自身の力について語った。親父はあれをどのように考えているのだろう。もし親父が死にたくなったとしたら俺に殺してくれと頼むだろうか。俺にそう言わないということは、最後まで生き延びようとしているのだろうか。

結局のところいくら考えても納得のいく答えを出すことはできなかった。それなのに俺はこうしてここにいる。親父の車が通りかかるのを毎晩毎晩ここで待っている。
 

その時聞き覚えのあるエンジン音が坂を駆け上がってきた。俺は耳を澄まして周囲の状況を確認する。周りに別の車がいないか。こんな丑三つ時でも歩行者や自転車がいるかもしれない。親父が誰かを同乗させている可能性もある。全てを見極めなくてはならない。そして見極めたらその瞬間に両腕を振り下ろす必要がある。

俺の両腕が巨大な岩を投げ落とす。
乗用車は破壊され、燃えながら転げ落ちていく。
巨大な運動エネルギーは道路をえぐりとり、何もかもを崖下に持っていった。

俺は一旦分断された国道に降り立ち、遺体を確認するためにそこからさらに下へ身を躍らせた。俺が谷底に降り立ったとたん背中に寒気が走る。背後からの一撃をなんとか躱し体のバランスを整える。

自動車のなごりの鉄屑。砕け散った岩やアスファルトの破片。少し離れたところで小さな爆発があり、巨大な鬼が照らし出される。俺は大きく横に跳んで第2撃を躱した。うかつなことに武器が無い。迷っている暇はない。俺もまた自らの鬼を完全に解放した。

全身の衣服が破れ散る。それだけじゃない。髪の毛、血液、老廃物、俺がここにいたという証拠が見つからないことを今は願うしかない。

俺の力を感じ取ったのだ、鬼は次の瞬間に背を向けて大きく跳躍し逃げ出した。俺も大地を蹴ってあとを追う。ぐずぐずしてるうちに次の車が現場を通りかかり事故が報される。人目についたりしたらえらい騒ぎになってしまう。それまでに決着をつけなければ。

谷底を流れる、渓流で俺は鬼に追いついた。事故の影響なのか力に慣れていないからか、鬼の足元は未だにしっかりとしていない。俺はすかさず背後に回り込んだ。そして親父の喜び、悲しみ、苦しみ、その全てを断ち切った。
 
 

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