駐車場のほの暗い片隅、俺はお兄さん達に囲まれていた。
彼等はありきたりなことをほざいているが俺は別のことを考えていた。
なんでこんなことになったのだろう。
理由は簡単、まず一つ、コイツはヘンだ。逆恨みとかが得意なのだ。しかもししつこいから始末におえない。このままほっといたら千鶴さんにちょっかいを掛け続けるような気がする。
もうひとつ、俺がうさはらしをしたかったからだ。
最近俺はいろんなことで迷っていた。
そんな時に従姉妹達と楽しく映画を見て、たのしくおしゃべりをしていたのだ。
そんな心休まるひとときに、無遠慮に俺のテリトリーに土足で入ってきやがったのだ。
このままほっておけば10中8、9ケンカになる。とりあえずその時のために手を考えておこう。
まずコイツらの気をそらす方法を考えなくては。その後は動き回り、急所に一撃で一人づつ片づける。そんなとこかな。
俺はゆっくり自分のボルテージを高めていく。
鬼?
そんなものを使うわけにはいかない。妙な噂がたちかねない。アレを使うぐらいならばフクロにされたほうがまだマシだ。傷はすぐに治せるし・・・・
でも痛いのはいやだな。こんなガキ共に負けてやる気もしない。
数々の戦場を往来してきた俺からみれば、所詮生活の保証された小僧共の火遊び。たとえこの身体であっても格が違う。
そしてどの程度のオチをつければいいか考えねばならない。あんまり派手な大事にはしたくないし、適当にながしたがためにコイツらが再度みんなに迷惑をかける可能性もある。
そのほどほどというのがなかなか難しい。やっぱりフクロにされたほうが簡単なのかなあ。嫌だなあ。
”センパイ”は仲間がいるため、いつになく強気だ。
彼は時々俺の服のえりを掴むのだが、うっとうしいから止めて欲しい。
「おい、聞いてんのかよ、お前」
聞いてますよ。頭には入ってないけど。
「てめぇ、さっきから黙り込みやがって、なめてんのか、殺すぞ」
ころす・・・?
「アンタ、それ意味分かって言ってるの?」
やばい、つい相手になってしまった。
やつらは俺が反応したことが嬉しそうだ。
「こら、びびってんのか、あっ?」
俺はまた黙り込む。
「こいつびびってやがるぜ」
「なんか言ってみろ」
言いたいことはいくらでもある。
”死ぬってどういうことか分かってるのかよ”
”ピクリとも動かなくなるんだぞ。見た目は生きてるみたいなのに、全然変わらないのに”
”もしかしたらまた動きだすんじゃないかって何度も何度も確認しちゃうんだ”
”そのうちに体が冷えてくるんだ”
”それを自分の手でするんだ”
”ほんとに手が汚れるんだ”
”洗ってもとれないんだ”
”あまえら人を殺したことあんのかよ!”
もちろんコイツらに人は殺せないことは分かっている。
人を殺すには、よっぽど衝動的か逆に計画的にならなくてはいけない。
コイツらには無理だ。
再び黙り込んだ俺に周囲もまた静かになる。
「おい、ちょっといいかな」
突然輪の外から野太い声がした。
駐車場の入り口からゆっくり歩いてくる二つの人影が見える。
局地的にある灯りに姿が浮かぶ。どちらも30代だろう、スーツを着たサラリーマン風の二人組みだ。
「あっ、こんばんは」
どうやらお兄さん達の知り合いのようだ。 おいおい。
左のタヌキ顔は体格がいい。顔は笑ってるが目は笑っていない。コイツは危険だ。
衝動的にも計画的にもなれるタイプだ。自分の感情も消せるに違いない。
右のキツネの方はまだくみしやすそうだ。が、こちらも態度に余裕がある。
平気で暴走族に接し、威圧的にふるまうことができる。体格がよくて目つきが鋭い。そして危険な匂いを振りまいている。もちろんこいつらはヤクザだ。
タヌキが兄ちゃんたちの方に足を踏み出す。
「ちょっと悪いな、俺達はこのお兄ちゃんに用事があるんだ」
言葉から力が抜け、ちょっと乱暴なビジネスマンのモノに変わっている。
タヌキは俺に用事があるようだ。俺は緊張した。これからなにが始まるのだろう。
「野塚さん。どうぞ」
タヌキがキツネをうながす。
キツネがなれなれしく俺の肩に腕を回してきた。
「耕一君、僕たちは行こう」
コイツは俺のことを知っている。
俺はキツネと一緒に駐車場を出た。
タヌキは動かない。ぼそぼそとお兄さん達に話しをしている。
停めてある車の一台、国産の小型車だ、に俺をつれていく。
俺のボルテージはますます高められていく。
「送っていくよ」
まさか、得体のしれない人物についていくわけがない。子供でも知ってることだ。
「いえ、いいです。ここから近いですし」
「それは分かっているけどついでだろう」
家まで知っているらしい。
こういう事をストレートに聞いてもいいものだろうか。 迷ったが結局聞いてみることにした。
「でも・・あんたもあっちの人でしょ?」
キツネは苦笑した。
「違うよ。僕は君のお父さんの知り合いだ。正確には僕の上司が君のお父さんの友達なんだよ。あっ、これは僕の名刺ね」
『花村義幸事務所 秘書 野塚 徹』
ハナムラ、と言う名前には聞き覚えがある。たしか爺さんの通夜に来ていた代議士だ。政治家の秘書がヤクザとおおっぴらに付き合っていていいのだろうか。
「なにか相談があったら気軽に電話してくれよ」
しねーよ。
楓ちゃん達が家に着く。母さんが親父に電話。さらに電話ということだろうか?
それにしては反応が早い。早すぎる。考え過ぎかも知れないが、こいつがガキ共をそそのかしたということはあるだろうか。手が込みすぎているが政治屋ならそれくらいするかもしれない。
結局俺はノツカさんの車に乗せてもらうことにした。距離的には歩いてもそう時間は変わらないみたいだが少し聞いてみたいこともあった。
「なんでこういう事をしてるんですか?」
「こういう事って?」
「あなたの名前が彼等の口からでたらまずいでしょ」
彼は新種の昆虫でも見つけたみたいな顔を.した。
「大丈夫だよ。彼はそんなことはしない。君のお父さんとも知り合いだよ」
親父にもああいう知り合いがいるのだな。
「誰であれ、貸しを作るのはよくないでしょ」
彼はにっこり、と笑う。もう体勢を立て直したみたいだ。
「僕にも?」
俺は黙って頷く。
短い会話をかわしただけで屋敷についた。俺はそそくさと車を降りた。
「ありがとうございました」
とりあえず俺は頭を下げることにした。
「いやいや、お父さんに貸しも作れたしね」
車から降りる時俺は重ねて野塚さんに礼をいった。
「有り難うございました。ところで母も礼を言いたいだろうと思うので寄ってって下さい」
「いや、こういうのは結果だけ先に知らせた方がいいんだよ。種をまいてすぐ収穫しちゃだめだ」
国産車が静かな音をたてて動き出す。すぐに角を曲がって見えなくなる。
助けてもらってなんだが、どうも俺は彼があんまり好きになれなかった。
悪い人間ではないのだろうがアクが強すぎる。
このまま部屋に戻るわけにはいかない。俺が母屋に足をむけたところ家の中から初音ちゃんが飛び出してきた。無事だよと、微笑んで片手を上げる俺に飛び込んでくる。
「お兄ちゃん、無事だったんだ。無事だったんだ。よかった、よかったよ」
初音ちゃんは半泣きだ。俺は黙って初音ちゃんを抱きしめた。
気づいたら、みんなも家から出ていた。
「耕ちゃん、大丈夫だった? ひどいことされなかった?」
母さんの声も涙まじりだ。母さんに”耕ちゃん”と呼ばれるのは何年ぶりだろう。
「大丈夫だよ。うん」
俺は初音ちゃんを抱きしめたまま答える。
伯母さん、千鶴さん、梓、楓ちゃん・・・・みんな泣き顔だ。
「よかったわ」「心配したんだからな」
そんなに泣くほどのことじゃないんだけどな。
”感激の対面”が終わって俺は母屋に招き入れられる。
食卓についてお茶をいれてもらった。ボルテージがようやく下がってきた。
梓が話題を変えてくれる。笑いが食卓に戻ってくる。
母さんが御飯を運んでくれる。みんなも待っててくれていたみたいだ。
「ねえ、どういう人たちだったのですか? あの人たち?」
楓ちゃんが俺に聞く。他の皆もこれを聞きたそうだ。
”センパイ”が千鶴さんの関係者であることをまだだれも知らないのだ。
もし千鶴さんがそれを知ったら彼女に負担をかけることになる。
「よくわからないよ。かわいい子二人を連れていたから気にさわったんじゃないかな。見るからに普通じゃない人たちだったし」
「お兄ちゃん・・」
「そう言えば」
食事中に伯母さんが思い出したように言う。
「野塚さんはどうしたの? 『僕が直接行きます、任せて下さい』って言ってくれたのだけれど」
そうか伯母さんがいたから連絡が速かったのか。
でも野塚は親父のことしか言ってなかったな。
「うん、野塚さんが助け出してくれたんだ。用事があるからって急いで帰ったよ」
俺は野塚の顔をつぶさないようにした。
「そう、そんなに忙しい時にご迷惑かけたわね。耕一、今度あなたも一緒にお礼に行きましょうね」
タヌキにはお礼をしなくていいのか?
(注1)これでようやく半分ぐらい終わりました。当初の予定ではもう終わってるはずなんですが・・・毎年の「夏」だけを1話か2話づつぐらいで点描するつもりだったのに・・タイトルが意味不明になってしまいました。
(注2)ご存知の通りこの週末(11/28)に「初音のないしょ」が出ます。「TH」全盛の今「痕」がどの程度扱われるか疑問ですが(タイトルだけだったり・・・)その内容によっては設定が多少変わるかもしれません。