「あのっ、柏木さん」
わたしは廊下で後ろから声をかけられた。振り替えると見覚えのある男の子がいた。
今回のクラス替えで一緒になった子だ。まだ話したことがない。
なんかすごく慌ててるみたいだ。
「なあに、どうしたの?」
「あのっ、僕、その、あの」
いやに焦ってる、どうしたんだろう。彼は大きく一息ついた。
「僕ね、柏木さんのこと好きなんだ」
!!
それだけ早口でいうと彼は早足で立ち去っていった。
わたしのことを好きって言ったんだよね。
聞き間違えじゃないよね。
授業中彼の方をチラリと見たが彼がわたしの方を見ることはなかった。
すごくどきどきしてる。
好きって、わたしのことをスキって。
こういう時はどうすればいいんだろう。
やっぱり誰かに相談した方がいいのかな。
こういう事は誰に相談すればいいのだろう。
わたしは彼のことをほとんど知らない。名前すらうろおぼえだったのだ。
やっぱり千鶴お姉ちゃんに相談するのがいいのかな。
あんなに奇麗だし、高校生だもの、こういう事もあったはずだよね。
でもそういえばお姉ちゃん達が誰かを好きって話は聞いたことないな。
「春だ、やっと春だ。俺はどれだけこの生命の季節を待ち望んだことか」
今年は寒さが長引いた。都会で育った耕一お兄ちゃんは冬の間はしょっちゅう滑ったり転んだりして、その度に梓お姉ちゃんにからかわれていた。三月に雪は溶けたのだけど、一月たった今ようやく警戒態勢を解いたのだという。
冬の間夜は離れに閉じこもっていてなかなか会えなかったけれどこれで母屋に来てくれるようになるかな。
「でもホント、春がこんなに素晴らしいなんて俺初めて気づいた。誰もが浮かれる季節だねえ」
「アンタ酔っ払ってるんじゃないの」
耕一お兄ちゃんは御飯をたいらげると早々と離れに引き上げていった。
寂しいけれど今日は都合がいい。お兄ちゃんに続いて自分達も部屋に戻ろうとするお姉ちゃん達をわたしは引き止めた。
「あのね、ちょっと相談したいことがあるんだ」
既に部屋に戻りかけていた、楓お姉ちゃんも食卓に戻ってきてくれる。
そうは言ったもののどんな風に言えばいいのだろう。
「どうしたの初音?なにかあったの?」
千鶴お姉ちゃんのゆったりした声をきくと落ち着く。
わたしはみんなの顔を見回した。千鶴お姉ちゃんは優しそうに微笑む。梓お姉ちゃんの目は輝いていて、なにか面白がっているようだ。楓お姉ちゃんは心配そうな顔をしている。
「あのね、わたしね、今日『好きだ』って言われたの」
わたしは思い切って言った。
お姉ちゃん達は黙り込んだ。顔も深刻そうなものになる。
えっ。どうしたの。そんなに意外なの。
「誰に?」
梓お姉ちゃんの声も少しおかしい。
「その・・・・クラスの男の子から・・・」
明らかに空気が変わったのがわかる。みんなの顔に表情が戻る。
「そう、初音もそんな年になったのね」
「マセガキだよ、そいつ。だってまだ小3だろ」
「あら、梓は幼稚園の時に告白されたのじゃなかったかしら」
おおっ、それは知らなかった。お姉ちゃんもそういうことがあったんだ。
幼稚園か、すごいなあ。
「あんなのママゴトだってば! 幼稚園児と小学生じゃまた違うって。今ごろになってばらさなくたっていいじゃない!」
「だって参考になると思うわ」
「ねえ、その時はどうなったの?」
「どうにもならなかったよ。いきなりだったからびっくりしてさ、『はあ?』とか聞き返したら走って逃げられた」
「で? で?」
「その後話し掛けてこなくなった。次に話したのは多分3年で同じクラスになった時。もうなにも覚えてないふりをしたよ」
「酷い話ね」
「そういう千鶴姉はどうなんだよ。聞いてるぜえ。高校入っていきなりスゴイことになったそうじゃない」
「えっ。どうしてそれを・・・」
「あたしの友達で高校生の姉貴がいる友達がいるんだ。さっそく校内の有名人だって」
「ねえねえ何があったの?」
わたしはいつの間にか最初の目的を忘れていた。
「あたしの聞いたところによると授業中にだな、3年生の男子がいきなり教室に入ってきたんだと。それで当然先生が止めたんだけどそれを払い除けて『俺と付け合え』とか言い出したんだって」
うわあ、凄すぎ。高校生って。うわー。
千鶴姉さんは目をつぶって首を振っている。
「千鶴姉が『そんなの困ります』とか叫んだら、ソイツは何をとち狂ったのか、ん、最初から狂ってたのか、『なにが困るんだよ、ハジかかせんのかよ』だって。スゲーよまったく」
ずっと黙って聞いている楓お姉ちゃんが目を丸くしている。
「修羅場ね」 いつの間にか叔母さんまで後片付けの手を止め、台所からこっちを見ていた。
「千鶴お姉ちゃんも大変なんだ」
わたしがそう言うと千鶴お姉ちゃんは大きくため息をついた。
梓お姉ちゃんは話を続ける。
「さらに聞くところによるとね、そいつは同じ方法で今まで何人もの女の子と強引に付き合ってたんだって」
梓お姉ちゃんの声にますます熱がこめられる。
「なんか暴走族たらなんたらで恐い人らしいの。それでなくてもそんな目立つ方法でそんなことされたら断りにくいわよ! そいつはそれを知っていてそんなことをくりかえしてんのよ!! アタシならぶん殴るわ!!!」
話が一段落して、千鶴お姉ちゃんはまた大きなため息をつく。
叔母さんは後片付けを終えて何処かへ行った。
「それに比べるとわたしのなんかかわいいなあ。あの子はそんなことはしそうにないもの」
「そうそう、初音の相手はどんな子なの?」
話はやっと振り出しにもどったらしい。
「あのね、実はあんまり良く知らないんだ」
「どうして? クラスの子なんでしょう?」
「うん、まだクラス替えしてそんなにたたないし、顔は知ってたけど他は・・」
梓お姉ちゃんが頷く。
「そうだよな。そういうパターン多いよな。いままで全然知らなかった奴が意外な行動をとるんだよ。なんだろ、運命の出会いとか信じてるのかねえ」
「梓姉さんは信じてないの?」
今まで黙っていた楓お姉ちゃんが初めて口をきいた。
「ん? あたし? 『運命の出会い』? そんなのがあればいいな、とは思うけど」
千鶴お姉ちゃんも頷く。
「そうね、そういうのはたいてい一方的だったりするわよね。ある程度互いのことを知ってからでないと難しいと思うの」
「互いのことを知ったら、誰も千鶴姉には近づかないんじゃないの」
梓お姉ちゃんがいつものように千鶴お姉ちゃんをからかい始めた。
その時、
「私は運命の出会いを信じてるわ」
楓お姉ちゃんがいやに力を入れて話した。意外だ。
「楓ってロマンチストなんだな、知らなかった」
「一瞬の出会いでも通じ合える大切なものがあると思うの」