2.
 
 
 「ごめんくださーい」  父さんが勢いよく玄関の戸を開ける。
中からパタパタとスリッパを鳴らして伯母さんがやってきた。
「まあまあ賢治さん、自分の家なのに他人行儀なあいさつねえ」
「お義姉さんご無沙汰してます。今年もまたご厄介になります」と母さん。
「いやあ、生まれ育った家とはいえ、長い間来ないとどう声をかけたものか
迷いますよ」
 
わざわざ東京からお疲れでしょう。いや今年は特急で来ましたから、車は去年でこりましてね。それでもずいぶん混んでますでしょ、この時期。 店にとってはいいことじゃないですか。
 
そこまで話が進んだところで伯母さんがこちらを見てニコっと笑う。
「一年ぶりね耕ちゃん。元気だった?」
「はい」
「ほらほら、賢治さんがかしこまってるから耕ちゃんまでぎごちないじゃない。
耕ちゃん、もーっと楽にしてちょうだいね」
 
僕らは居間に来た。父さんと母さん、それに伯母さんは楽しそうに話しをしている。
僕はなにもすることがないので庭を見ながらぼんやりと話を聞いていた。
 
すると不意に玄関の方がにぎやかになる。いくつかの足音、梓たちが帰ってきたんだ。
「あ、耕一もう来てたんだ。こんなに早く来るんだったらお使いに行かなかったのに」
「なんか臨時列車が出てたみたいなんだ」
「耕一お兄ちゃん元気だった?」「お久しぶりです耕一さん」
3人とも極上の笑顔を僕にくれる。
楓ちゃんも初音ちゃんも1年ぶりなのにあまり大きくなってないな。
「なぁ私の部屋に行こう、みんなでなんかして遊ぼうよ。お母さん、買い物袋ここに置いとくよ」

配られた時点で手の中にはハートが6枚もありクラブは6と8しかなかった。
すでに梓は吐き出しており、楓ちゃんも初音ちゃんもうパス2だ。フッフッフ既に必勝体勢なのだよ。積年の怨みをいまこそ。俺はおもむろにハートの最後の1枚、Aを出す。
「やっぱり耕一さんがクラブ止めてるんでしょ」
「ぬぬ。やはりコイツかぁ、汚い野郎め。」
「ふっ、なんとでも言うがいい、はっはっは」
 
その時ドアがノックされ、千鶴さんが顔を出した。
「耕ちゃん、いらっしゃい」  そしてまぶしい微笑み。
「は、はい。お邪魔してます」 もっと気のきいた答えができればいいのに。
去年と同じあの制服。制服ってことは部活に行ってたんだ。千鶴さんは何部なの?
運動部じゃあないとは思うんだけど。・・・・・・僕の問いかけは声にならない。
「ねぇ千鶴お姉ちゃんもおいでよ」
「そーだよ性格悪いのが一人いて困ってんだ」
「もしかしてそれは俺のことか」
「なんだ、ちゃんと自覚してるんじゃない」
 
クスッ、再びの微笑み。
「楽しそうね。着替えてくるからそれからね。」

その日は朝が早かったからだろう、僕は夕ご飯を食べた後、急に眠くなった。
ぼんやりとした意識の中で布団にいるのがわかる。近くの部屋で父さんや母さん、伯母さん、そして多分(ちゃんと覚えていない)伯父さんとおじいさんの話し声がする。何を話しているのかわからない、時折混じる笑い声、僕は再び眠りに落ちる。

「やっぱりこの辺は静かねぇ」  父さんと話しながら布団をたたむ母さんと目が合う。
「あら耕一、目が覚めたのね」
僕は黙って体を起こす。
「耕一、父さん達は今日、鶴来屋に行くつもりだ。お前も来るか?」
うーん、あそこは去年迷子になったからなあ。
「やっぱり梓ちゃん達と遊んでいる方がいいのよね」
すっかり身支度を終えた母さんが言う。
「それじゃ、私はお義姉さんを手伝ってくるわ」そういってと母さんは姿を消した。
 
父さんは庭を眺めている。
「耕一、ここは父さんの部屋なんだ。俺はここで大きくなったんだよ」
「あんまり本とかないんだね」
「高校で寮に入って、大学は東京だったからな」
大学で父さんと母さんは出会ったらしい。付き合い始めたのはもっと後の話らしいけれど。
「軽いのかぶっきらぼうなのかよくわからない人だったわ」
前に母さんがそのようなことを言っていた
「それにしてもこの家に来てからお前はずいぶんおとなしいな」
僕はまだここでのペースがつかめないのだ。

「おはようございます」
僕はこの日の朝食の時におじいさんと伯父さんに久しぶりにあった。
「やあ耕一君、ひさしぶりだな」
「耕一、元気だったか」
きさくな伯母さんと比べるとやはりこの二人は苦手だ。
2台の座テーブルそれぞれの上に朝食が次々に運ばれくる。ずいぶんと豪勢な朝御飯だ。

そのうちに従姉妹達がやってきた。
千鶴さんは今朝も制服を着ている。
「おはよう耕一」「耕ちゃん、おはよう」
楓ちゃんや初音ちゃんも笑顔で僕にあいさつをしてくれる。従姉妹達はみんな
とびっきりの笑顔を持っている。僕の笑顔はどうなんだろう。
「みんなおはよう」

母さんと伯母さんは最後に飯桶と茶碗を持って来た。
「義姉さん、10人もいると食事だけで大変ですね」
「いえいえ普段でも7人だからたいして変わらないわよ。それに静子さんに手伝ってもらったから普段より楽なぐらいね。梓、そちらのテーブルのご飯お願いね。耕ちゃん、育ち盛りだからうんと食べてね」
どう答えていいのかよく分からないのでとりあえず微笑みを返す僕。
姉妹達と一緒の丸テーブルを仕切るのは梓だ。どちらかといえば千鶴さんに よそってもらいたかったのだけど。

「そうそう今日は耕一君も店に来ないかい」
伯父さんがむこうのテーブルから声をかけてくる。
「耕一は千鶴ちゃんたちと遊んでいるほうがいいみたいなんですよ」
母さんが余計なことをいう。名前をだすなら梓にすればいいのに。
「じゃぁ耕一、今日は近くの海に行こうよ、水着持ってきたんだろ」
するとさっきまであまりしゃべらなかったおじいさんが声をだした。
「耕一は今日、私につきあってもらおうかと思うのだが」
いきなりのおじいさんの申し出に僕は正直驚いた。
 
「あらお義父さん、今日はお休みですか」
「ああ、店には兄弟二人で行った方がいいだろう。私が一緒だと見える物も見えなくなるかもしれん」
なんだかよくわからない、そんなものだろうか。
「耕一はこの町のことをなにも知らないだろう。散歩がてらにいろいろ孫に伝え残したいものもある」
おじいさんは僕ではなくて父さん達に話し掛ける。僕自身はもちろん梓たちと一緒の方がいい。
「そうか、じゃあ海に行くのは明日にしよう。明日なら千鶴姉も部活ないんだろ」
僕の思いとは裏腹に話はどんどんまとまっていった。
 
 

(注1)耕一の伯父、伯母、母の名前は(わかると思うけど)私が勝手に名づけたものです。最初は使わずになんとか、母さんとか嫁とかで、誤魔化そうと思ったんだけど・・・なんかその方が難しそうだから方向転換。 さらに彼ら脇役陣の名前はすべてLeafのスタッフの名前からとってたんだけど(「はじめ」さんとか「あっこ」さん(スタッフか?)みたいに)不遜だから改めました。

(注2)「痕」によると耕平はゲーム開始時の10年前に死んだらしい。耕一が千鶴さん達に初めて会ったのは9年前だろう。それなのに「じいさんにあったことがあるが、そんな力を持っていたなんて云々」とある。うにゃ?月日をうまく調節したらいいのかもしれんが・・・とりあえず この小説では耕平を史実(?)より長生きさせておりますです。

(注3)「痕」の舞台はどこだろう。私は初め長野県とか群馬県のイメージをもってました。でも「さおりん」で「海の幸が美味い・・」って言ってるし・・。この創作では結局日本海沿岸にある熱海っぽいイメージで書いてます。(熱海って行ったことないけど。)夏は海水浴、冬はスキーのリゾート天国。遊んだ後は温泉ね。「T県N市」っていうのもなんなので勝手に隆山市にしてしまいました。「初音」のチラシをみるとかなりでかそうな街やねえ。
 
(注3追記)その後oneevenさんの情報でやはり舞台のモデルは北陸らしいことを知りました。さらに慶次郎さんの情報で鶴来屋のモデルは石川県の和倉温泉の加賀屋であることを知りました。能登にあるけど加賀屋。ガイドブックを見る限りではなんかすごい高級旅館で、私の想像を超えておりました。お金と時間がある方は一度宿泊してみてはいかがでしょう。15年(他の本では7年だった)連続なんとかの宿日本一だそうです。まああくまでモデルだから・・・ということでこの拙作はもちろんおそらく「痕」も、加賀屋さんやその関係者の方とはまぁったく無関係です。念の為もう一度。この物語はフィクションですので実際の人物・団体とは一切関係ございません。北陸の方言、ってどんなでしょ?

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