一泊旅行 その2

 

「ふぃ〜、いいお湯だった」
「疲れがとれたね」

 風呂に入ってから俺と雅史は用意された部屋に戻ってくつろいでいる。
 今日は一日歩いていたから何とはなしに疲れているな。
 しばらく二人とも畳の上に寝転がっていた。

「あかりちゃんたち、こっちにこないね」
「先に風呂に入ったから、部屋にはいるんじゃねーのか?」

 ここは風呂が一つしかない。順番でまたもめそうに(志保がお湯を換えろだのとうるさかった)なったが、女子二人が先に入ることでけりが付いていた。もちろん、部屋は隣だ。

「どうしたのかな?」
「気になるんなら、こっちから行って見よーぜ」

 俺達は隣の部屋に行こうと立ち上がった。

「…………よ」
「でも…………」

 ん?何か聞こえるな。これって…

「浩之、これって隣の部屋の」
「しっ」

 いけないことだと知りつつ、つい耳をそばだててしまう。雅史も俺にあわせて息を潜めた。

「…いち、あかり、あんた最近ヒロに合わせ過ぎよ。今日だってあたしが言わなきゃあのアホあんたが倒れるまで歩いていたわよ。はっきり言うべき事は言わないと、どんどん調子に乗って横暴になるわよ?今度の旅行だってあいつが勝手に決めたんでしょ?」
「浩之ちゃんは私のために計画してくれたんだよ。志保。わたしはね、浩之ちゃんとずっと一緒にいたいの。浩之ちゃんは浩之ちゃんだから好きなんだよ。だから、私が一生懸命浩之ちゃんについて行くって決めたの」
「あかり?あん……」

 これ以盗み聞きできなかった。

「雅史、外行くぞ」
「え?あ、そ、そうだね」

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 星がよく見える。道路にもほとんど街灯がないが、月明かりが足下を困らない程度に照らしてくれる。

「星、よく見えるね」
「ああ」

 虫の声がする。山の中だけに夜になると空気がひんやりしている。
 どちらも口をきくこともなく、何となく歩いていた。

「ねえ」

 しばらくして、雅史が口を開いた。

「浩之、聞きたいことがあるんだ」
「なんだよ?もしかして旅行に着いてきた理由ってそれか?」
「うん、こんな時にでもないと、聞きづらくて…」

 ずいぶん困った表情をしている。かなり深刻そうだな。

「いってみろよ」
「うん、あのさ、浩之はさ、あかりちゃんと付き合っているよね?」
「ああ」

 志保もそうだがやっぱり気づいていたか。
 元々隠す気はなかったとはいえ、面と向かって言われるとこっ恥ずかしい物がある。

「やっぱり女の子と付き合うっていいことなのかな?」
「いいかわるいかなんてしらねーよ。おれはあかりとそーゆー関係になりたいって思ったからそうしただけだ。」
「そうだよね………」

 なんか様子がおかしいな。

「どうした。聞きたい事ってそれだけか?」
「うん……」

 なるほど、そーゆーことか……
 やれやれ、しゃーねーな。

「雅史」
「えっ?」
「お前が女の子といて嬉しいとか楽しいとか、あと、気持ちが落ち着くとか、そーゆーのがないんだったら、無理に付き合う相手を捜す事なんてねーんだぞ」
「えっ?えっ?」
「おめーのことだから、俺とあかりが彼氏彼女の関係になったのを見て、『ラブレターもらっても何とも思わない僕っておかしいのかな?』とか考えてんだろ?今はサッカーが楽しいんだろ?ならそれでいいじゃねーか」
「うん。そうなんだよね。ラブレターもらってもあんまり嬉しいとも思えないんだ。それにあかりちゃんは本当に浩之のこと好きなのが分かるんだけど、僕にラブレターくれる娘ってほんとに僕のことを判っているのかな、っておもっちゃって……」
「ゼータクかもな」
「え?浩之?」

 俺のらしくない声に雅史が不思議そうにこちらを見る。

「いや、なんでもねーよ。まあ、お前がそう思うんなら、いいんじゃねーのか?恨み言言われたって、どーせ、モテねー連中の八つ当たりだろ?気にするこたーねーよ」
「ありがとう。気が楽になったよ」

いや、若い若い

「さてと、そろそろ戻ろうぜ」
「うん。そうだね」

 雅史はどこかすっきりした表情で頷いた。

 ・
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 ・
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「あー、もう、二人でどこいってたのよ?探しに行こうとしちゃったじゃない!」

 宿に戻ると玄関で志保とあかりに鉢合わせた。

「るせーな。ちょっと散歩に行ってたんだよ。なぁ?」
「うん、夕涼みにね。それよりさ。部屋に戻ってトランプでもしない?」
「そうだね。志保。やろう?」
「しょうがないわねぇ。いいわよ、志保ちゃんも付き合ってあげましょう」
「別に嫌ならいいんだぜ。おめーはひとりで部屋でねてろよ」
「なんですってぇ?」
「まあまあ」

 俺と志保がにらみ合い。あかりと雅史が宥める。
 いつもと変わらないやりとり。
 どこか安心できる会話。
 雅史がほっとするのはこんな時なのかもしれない。

 このあと、俺達の部屋で電気が消されるまでトランプをしたり、無駄話をしたりして時間を潰した。





 ―翌朝

「どうもありがとうがざいました。またおいで下さいな。」
「お世話さまでしたー」

 俺達は民宿を後にして帰途についた。
 ちなみに行きとは別ルートのハイキングコースだ。

「ねぇ〜、なんでまた歩くのよぉ〜」
「いいじゃねーか。こーゆーのも健全でよ」
「ちっともよくなぁい!」

 相も変わらずぶーたれる志保を軽くあしらいつつ、山道を歩いていく。
 ほんとにうるさい。

「ええい、もういいわよ。こーなったら走ってやる!!」
「志保、無理しない方が良いと思うよ」
「うっさいわね!雅史、アンタも来なさい!」

 何をどーすればそうなるのかよく分からないが、志保は雅史を巻き添えにして先に進み始めた。

「もう、志保ったらしょうがないなぁ」

 俺の隣ではあかりが困ったような笑みを浮かべている。
 いつもの表情。
 つきあい始めてから「可愛い」と気づいたあかりの仕草の一つ。

「なぁ、あかり」
「うん?浩之ちゃん、なぁに?」
「………いや、なんでもねーよ」
「おかしな浩之ちゃん」
「ほっとけ」

 まだ、言えねえな。
 もっと年を取ったら言えるようになるのかな。
 また、「何時か言わなければならない言葉」ができちまった。

 あかり。

 物心付いたときからそばにいてくれた女の子。
 俺を俺だから好きだと、そういってくれる娘。
 今年の春まで心のどこかで避けていて、幼なじみという形としては存在しても曖昧な関係で付き合っていた。その分、いまはこいつがどれだけ得難い存在であるか。仕草や表情の一つ一つの可愛らしさが判る度に想いが深くなる。

「おまえがずっと側にいることが、俺の一生一番の幸運だよ」

 いつか、きっと………

「ほらぁ!!何ぼーっとしてんのよぉ?置いてくわよ?」
「浩之、早く来なよ」
「浩之ちゃん、どうしたの?」
「なんでもねーよ」

 あかり達に答えて歩き出す。
 深い緑。入道雲が見える空。
 日差しが強い。
 今日も暑くなりそうだ。

 

一泊旅行 完

その一

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