一泊旅行
濃い緑、空気が澄んでいるためか、都会より眩しい日差し。うるさいくらいの蝉の声の中、ちょっとしたハイキングコースを俺達は歩いている。
そんなきついコースでもないが有名な場所でもないので歩き始めてからほとんど人を見ない。
う〜ん、自然の中にいるって感じがするぜ。
「ねぇ〜、ヒロぉ。どこまで歩くのよぉ〜」
「うるせーな。まだ二時間くらいしかたっていないだろーが。山に来てんだから、これくらいで音を上げるんじゃねーよ」
まったく、勝手について来たクセにぶーぶー文句たれやがって。第一、ハイキングコースで疲れるかよ。
「志保、峠まで、もう、少し、だから、頑張ろ?」
ん?あかりは疲れているのか?ならそういえよな。
しゃーねーか。少し休むか。
「雅史、少し休むぞ」
「あ、うんそうだね」
こいつは平気そうだな。ま、いつも鍛えているからな。
あかりと志保はホッとした表情で荷物を下ろして道ばたに座り込んでいる。もう少し早めに休憩するべきだったな。
「ふう、ふう、ふう、」
「あかり、何息切れ起こしてんだよ。だらしねーな」
「……ごめん。浩之ちゃん」
シュンとしてしまったあかりの額に汗で髪が張り付いている。視線もいつもよりだいぶ下がっているか。結構つらそうだ。
この調子じゃだいぶ無理してたな。まったく、そんなにしてまで俺のペースに合わせることなんかないのに。
「水、少しだけのんどけよ」
「よかったね。あかりちゃん。浩之が心配してくれて」
「うん」
あかりが嬉しそうに頷く。
「ばーか。べつにそんなんじゃねーよ」
「まあまあ」
こいつは、相も変わらず俺を「さわやか優しい好青年」にしたいらしい。
あかりも疲れはどこへやら、にこにことこちらをみている。いつもの「しょうがないなぁ」が混ざっているな。
………ったく
「ほら、出発するぞ」
俺はあかりの分の荷物も持って立ち上がった。
「浩之ちゃん、それ、私の荷物…」
「るせーな。おめーは体力ねえんだから自分の体だけ運んでろ。荷物は運んでやっから心配するな」
「浩之ちゃん………」
だあぁぁ!!だからこれくらいで目をうるうるさせるなぁぁぁぁぁぁっ!!!
つきあい始めてもこーゆーところはかわんねーんだよな。(まあ、かわいいんだが)
「あかりぃ、だめよぉ。こんなことで感激しちゃぁ。男なんて荷物持ちして喜ぶんだから、私の荷物を持てて光栄ねぐらい思わなきゃ」
「なんだそりゃ?んなセリフどこから仕入れた?」
「あら、みんな言ってるわよぉ〜、それにこの志保ちゃんにはそうやって気を引こうとしている男がたくさんいるんだから」
嘘つけ。そんなにもてるやつが「暇だから〜」って俺達(当初は俺とあかりの二人だけだった)の何もないような一泊旅行についてくるわけねーだろ。
「そうか。じゃあ。お前は自分の荷物は自分で持てよ」
「ええ〜〜、なんでそうなるのよぉ?か弱い乙女に重い荷物を持たせる気?」
「お前のどこがか弱いんだ!そんなに口を動かせるんならエネルギーを体に回せ!ついでに俺はお前の気を引くつもりも必要も全然ない!!」
「ぐぐぐぐぐ…」
ふっ、俺の勝ち。
「さあ、もう少しで着くから早く行こうよ」
「そーだな」
峠で約半分。そこから二時間くらいで今回の宿に着く。
うっし、気合いいれっか。
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宿に着いたら廃屋だった…
「……………」(困)←あかり
「……………」(ジト目)←志保
「……………」←雅史
「……………………」(汗)←俺
三人の視線が突き刺さる。
「ちょっとぉ、どうするのよ?ヒロあんた道間違えたんじゃないのぉ?」
「ううん、間違いないみたい。ほら、住所もあってるし。」
『民宿長瀬』腐りかけた看板にかろうじてそう読める。
間違いない。俺が予約を入れたところだ。
宿に直接電話を入れて予約したんだから、人はいるはずなのに、気配なんてもちろん、ない。
「浩之、どうしよう」
「そうよ、アンタが責任とってなんとかしなさいよ!まったく、ヒロが予約入れたって聞いていたから期待なんてしていなかったけど、まさかここまでとはねぇ〜、あかり、甲斐性なしの亭主はしっかりお守りしなきゃだめよ」
「でもせっかく浩之ちゃんが計画してくれたんだし、浩之ちゃんなら大丈夫だと思ったんだけど…」
「ノンノン、ダメダメ、これが結果よ。ヒロに任せたってろくな事がないってのは解ったでしょ?」
「志保、てめぇそこまで言うか?」
「当然じゃない!第一、こんな道沿いの場所だってのになんであんな山道をエッチラオッチラ来なきゃなんないのよ?バスで来た方がいいじゃない!」
「俺は山の中を歩きたかったんだ!それにあれが一番近いって聞いたんだよ!大体、道路があったってバスが通っているかどうかなんて解らないだろ?」
ブロロロロロロロ…………………
怒鳴り返した俺の横を路線バスが走っていった。
「…………………」
「……………………………………」
「…………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
痛いくらいの沈黙。
空気が真白になって、吹雪が吹いてきた(気がした)
「もぉ〜〜、いやぁ〜〜〜〜、あたし帰る!!」
「志保、落ち着いて。とりあえず泊めてくれそうなところを探しに行こう?」
「そうだよ。いまから戻っても暗くて迷っちゃうよ」
「みつかんないわよ!!こんなことになったのも全部ヒロのせいだからね!!」
切れた志保をあかりと雅史が宥め始めたけど効果はない。
志保に言われるまでもなく、俺のせいだ。あいつが先に切れたから冷めちまったけど本当のところ、一番喚きたいのは俺だ。ったく、なんでこんなことになっちまったんだよ…
約束したあかりとの旅行。
こんな情けないことになるなんて…
「もしもし?」
「え?」
いつの間にか現れた見知らぬおっさんの声で果てしなく落ち込んでいた俺の思考は中断させられた。
「もしかして、藤田浩之さんのご一行ではないですか?」
「そうですけど?」
「ああ、やっぱりそうでしたか。私は『民宿長瀬』の主人です。ようこそいらっしゃいませ」
「え?」(×4)
四人の声が重なった。
「いらっしゃいませって、やっぱりここなのか?」
どこかひょうひょうとしたおっさんは俺が指を指した廃屋を見て、ああ、と頷いて斜め向かいの空き地らしいところを指して続けた。
「宿はあちらなんです」
おっさんが指し示した方にはちょっと大きめの民家に見える建物があった。
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「でもどぉ〜して、気がつかなっかったのかしらねぇ?」
『民宿長瀬』の食堂で夕食を取りながら、志保が首を傾げている。
確かに、変だよな。
廃屋の前で途方に暮れていた俺達に声をかけてきたおっさん(民宿の名前通り長瀬と言ってた)に案内されて本当の民宿(民宿としか言いようがない民宿だった)に着いたが、どうしてわからなかったのかと言うほどすぐ斜め向かいにあった。主人の長瀬さん曰く、昔は釣り客がたくさん 来たそうだが禁漁区が拡大してしまったために、お客さんが来なくなったので規模を縮小したそうだ。
俺達が見たのは昔使っていた部分らしい。
「ねぇ、あかりはなんでだと思う?」
「この建物が気配を消していたからかなぁ?」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
あいかわらず、「あかりギャグ」はつまんねぇな。(溜息)
「ね、ねぇ。浩之はどう思う?」
「さあな。廃屋に気を取られすぎていたからだろ」
「無難すぎるわよ、ヒロ。」
「他に考えつかないだろーが。本当のことは言えないだろ?」
「本当の事って?」
「ネタが思いつかない作者(ピィィィィィィィィ!!!!!)
作中人物にあるまじき不穏当な発言がありましたので、一部割愛させていただきます
…のせいだなんてよ」
「…………そうね」
あかりも雅史もつっこまないところを見ると、わかっていたらしい。
はた迷惑な話だよな。
はぐぅっ!!
「で、でもさ、ちゃんと泊まれるところが見つかってよかったよね。ご飯も美味しいし。」
「まあな」
「なぁ〜によ、ヒロ。あんた「あかりが作ってくれた方が美味しい」なんて考えてんじゃないでしょうねぇ?」
「まあな」
「あらあら、お熱いことで。うらやましいわねぇ〜」
「まあな」
「浩之ちゃん、さっきからそればっかり」
「まあな」
「……………」
いちいち志保の言うことにつきあってられるかよ。
実のところ夏休みに入ってから、あかりは今まで以上に頻繁に俺の家に来るようになって、ほとんど「新婚さん」状態だったりする。
母さんはすでにあかりに合い鍵を渡している。「ついでに財布の紐も握って欲しいわねぇ」などと偉く気の早いこともいっていた(冗談じゃない)
今回の旅行をあかりは「新婚旅行みたい」などと言っていたし、俺とあかりの両親も何となくそんな雰囲気を感じていたらしいが、志保と雅史が急遽(かなり強引に)参加したので、いつものメンツの小旅行になっていた。
「ごちそうさまでした」
四人の声がきれいに重なって食事は終わった。
「どうもお粗末さまでした。お風呂もわいていますから、順番に入って下さいね」
どうでもいいけど、気配感じねーな。このオヤジ……