「HALF」 あとがき

  「HALF」をお読み頂きありがとうございました。
  この作品は元々私自身のWebページに掲載するつもりで書き始めたものなのですが、いろいろと思うところありまして今回「最果ての地」に掲載させて頂くことになりました。
  「最果ての地」に掲載させて頂くのは「初夜の翌朝」「柏木家の夫婦喧嘩」に続いて3度目ということになりますが、前の2つはくったくさんの「柏木家の夏」の後日談で三次創作とでも言うべきものであり、二次創作としてはこの「HALF」が初めてになります。
  また自身のWebページへの掲載分も含めて作品ほぼ全てが短編である私にとっては、この「HALF」は初めての中〜長編作品ということになります。
  そしてその作品は私のお気に入りキャラの一人である楓のSSとなりました。
  そこでこの作品が完成したとき、今まで書いたことのなかった「あとがき」を書いてみようと思い立ちました。
  で、何を書こうかと考えたのですが、この作品が完成するまでにはいろいろと紆余曲折がありました。
  そこで「そもそも何故私がこの作品を書こうと思ったか」という辺りについてお話したいと思います。

  コンパス社から発売されている「雫/痕 設定原画集」にはこの2作品の製作の中心である高橋・水無月両氏の各キャラクタに対するコメントが載っているのですが、そこでの楓に対する高橋さんのコメントの中にこんな一節があります

「ゲームでは攻略が簡単なので最初にクリアした人も多く、これを見てしまうと、その他のエンディングを見ても、楓のことが浮かんで後味が悪い、という意見もよく言われます」

  後味が悪いかどうかはさておき、耕一が自分ではなく姉や妹を選んでしまった場合に楓はどうするのだろうというのが気になる人は多いようです。
  これは世の中に発表されている痕のSSを漁っていると、楓Ending以外のエンディングの後の楓を描いた作品をよく見掛けるということからも容易に推測することができます。
  で、私はどうだったかと言いますと、実は私が痕を初めてやったのは昨年の3月のことなのですが、その時には上に書いたようなことは少しも感じなかったのです。
  というよりも、そもそも最初に痕をやり終えた時点では楓シナリオあるいは楓自体にあまり深い印象を持たなかったんですね。
  最初に痕をやり終えた時点での私の柏木四姉妹に対するポジションは、「4人全員に対して中立、あるいは気持ち千鶴寄り」という感じだったんです。

  ではそんな私が何故楓に深い思い入れを持つようになったかというと、そのきっかけはSS漁りでした。
  痕をやり終えてから数ヶ月後、私はSSというものの存在を知りWebでリンクをたどってはToHeartや痕のSSを読み漁っていました。
  そんな時、私は一つの作品と巡り合います。
  痕の千鶴Happy Endを前提とした長編SS…と言えばここにいらっしゃっている皆さんならピンとくると思いますが、樹さんの「凍った時」です。
  この作品は私にとってまさに衝撃でした。
  何と言ってもまずその圧倒的なまでの文書量。
  そして痕というゲームの世界観に対する掘り下げの深さ。
  それまで私が読んできたSSとはあらゆる意味で次元が異なっていました。
  夢幻の章をしばらく読んでからこれはとんでもない作品だと気付き、当時公開されていた「夢幻の章」「陽の章」「陰の章」を一旦全てダウンロードして
から週末2日間を掛けてむさぼるように読んだことを今も覚えています。
  そして、三つの章全てを読み終えた時、私の心の中には四姉妹のうちの一人が強く印象に残りました。

  楓です。

  「凍った時」のメインである千鶴ではなく、何故か楓の姿が私に強い印象を与えたのです。
  想いに応えてもらうことが出来ずに、それでも姿を消そうとした耕一を姉のために引き止めようとする楓の姿が、私には強く印象に残りました。
  そしてこれを契機に、私の心は楓へと大きく傾いていきました。
  気が付けば、楓シナリオで人の姿に戻った耕一が物言わぬ楓を抱きしめるシーンに涙し、痕のSSは楓のものを中心に漁るという風に私は変っていました。

  その後、SSを漁るだけでなく自分でも書くようになった私は「初夜の翌朝」をくったくさんに送りつけてみたり、自分で書いたSSを公開するためにWebページを開設したりするのですが、そうしているうちに私の中にある思いが徐々に浮かび上がってきました。
  それは、
「自分なりに、耕一が他の姉妹を選んでしまった場合の楓のその後を描いてみたい」
ということです。
  一般に、あるキャラクタが好きな人にとってそのキャラクタが想いに応えてもらえずに泣いている姿を描いたSSというのは読んでいて痛いものです。
  どちかといえば読みたくないものでしょう。
  しかし楓の場合、その設定ゆえにSSを漁っていると嫌でもこの手の作品にであってしまいます。
  ならばせめて、そういった状況での自分なりに納得のいく結末を自分自身で書いてしまおうと思ったわけです。
  あるいは「耕一が他の姉妹を選んでしまった時に楓はどうするのか」という問に対する自分なりの答を見つけたかったのかもしれません。
  でも、そうは思ってもすぐに書き始めるという訳にはいきませんでした。
  その時の私の頭には「凍った時」があったのです。
  「凍った時」の、あの強烈な印象に対抗できると自分なりに納得できる設定を考えなければ、とてもではないが書き出すわけにはいかなかったのです。
  その頃丁度仕事が忙しくなったこともあって、この事はしばらくの間棚上げ状態になってしまいました。
  しかし、インスピレーションはその仕事の忙しさの結果として思わぬところからやってきました。

  去年の夏頃、私は仕事の関係で移動のために電車に長時間乗る事が多くなりました。
  移動中は座れれば眠るのですが、時には2時間ちかくずっと立ったままということもあります。
  そこで私は携帯型CDプレーヤを買い、そんな時には長年来のファンである中島みゆきさんのCDを聞くことにしました。
  で、そのようにして聴いていたみゆきさんのアルバムのうちのかなり初期のものの中に以下のような内容の歌がありました。
 
 

    女はある日とある男と出逢う。
    間違いなく初対面。なのに妙に懐かしい。
    まるで生まれる前から知っていたような懐かしさ。
    そんなバカなはずはない、気のせいだろう。
    そう笑ってそのままその男とはそれっきり。
    そして月日は流れる。
    時に人を傷付け、時には人に傷付けられ。
    欲しい愛を誰からももらうことができず。
    そんな苦く辛い日々が続いたある日。
    女は思い出す。
    遠い日の約束。
    自分がかつて自分以外の存在だった時の約束。
    次に生まれ変わったら必ず巡り合おう。
    次に生まれてくる時は絶対に君を見つけて離さない。
    そう誓い合った相手。それこそがあの日出逢った彼だったのだ。
    探し続けた温もり。
    求め続けた優しさ。
    それを与えてくれる人と巡り合っていたのに気付けなかった。
    決して忘れてはいけなかったのに。
    決して見失ってはいけなかったのに。
    誓いを忘れて人違いばかり繰り返して大切なあの人を見失ってしまった。
    消えゆくあの人の姿。
    もはやどんなに目を凝らしても見つからない。
    私達はこのまますれ違ってしまうのだろうか。
    ならば、せめて伝えたい。
    今更遅いかもしれないけど、私はあの日の誓いを思い出したよと。
    そして、もし誓い直すことが許されるのならば、
    この次に生まれてくる時こそは、きっと。
 

  この歌のタイトルは「HALF」、1986年に発売されたアルバム「36.5℃」の収録曲です。
  この曲をこの時期に聴き直したことが私にとって天啓になりました。
  巡り合うことを誓いあっておきながらすれ違ってしまった二人。
  それは男女が逆ではあるけれども、まさに私が書きたかった耕一と楓の姿だったのです。
  「楓以外の相手を選んでしまった耕一が、死の間際に前世での約束を思い出す」
  痕SS「HALF」のキープロットはこのようにして決まりました。
  そして、キープロットが決まるとその他の基本設定は割とすぐに決まりました。
  プロット全体がほぼ固まったのは去年の9月頃だったでしょうか。
  その頃には仕事も一段落ついて時間に余裕があったので、固まったプロットを基に文章を書き始めたのですが…これが予想を遥かに越えて難航しました。
  少し書いた後悩みだしてしまって一ヶ月以上も放置してしまったり、あるいは悩んだ挙げ句に今まで書いた部分をごっそり削除してしてしまったり。
  そんなことを繰り返した結果、完成までに実に1年以上の月日が掛ってしまいました。

  それでも何とか完成までに漕ぎ着けた訳ですが、今完成したこの「HALF」を読み直してみると、正直なところこういうSSを世に発表していいのかという思いも否定できません。
  「耕一が他の姉妹を選んでしまった時に楓はどうするのか」という問に自分なりの答を出すためにこの作品を書いたのですが、結果としては楓ファンが読むと痛いSSを増やしただけなのかもしれません。
  ただ、私はこの作品を書くにあたってどれだけ痛くても自分に妥協することだけはしたくないと思っていました。そしてその点に関しては最後まで貫けたものと思っています。ですからせめてそんな私の思いだけでも読んだ方に伝わればいいなと思ってます。

  何やらやたらと長い後書きになってしまいました。以前どこかのWebページで「言いたいことは作品本文の中で書くべきで、あとがきの中であれこれと説明するようなのは駄目だ」というのを読んだ覚えがあります。こんな長い後書きを書いてしまう私は全然駄目ということになってしまいますね。
  でも最後に一言お礼の言葉を言わせてください。
  まずはいろいろな意味でこの作品を書くきっかけとなった「凍った時」の作者である樹さんに。
  その「凍った時」と同じ場所でこの作品を公開したいという私の申し出を快諾してくれたカワウソさん、及びその場所を提供してくださっているくったくさんに。
  この作品のキーとなるプロットを思い付くきっかけを与えてくれた中島みゆきさんに。
  何よりも「痕」という素晴らしい作品を生み出してくれたLeafの皆さんに。
  そしてこの作品を読んでくれた全ての方に。
  心からの感謝を込めて…。

                                                   1999.11.28未明
                                                   自室にて
                                                 木村 康浩
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