最果ての地 裏口30000ヒット記念 パロディSS

必殺! 仕置鬼 しゃむてぃるさん
 

 時は太平の世、所は大江戸……

 戦乱の無い太平の世。 それでも悪事を働く者は絶えることが無かった。
 そういうやつらを始末する者達がいた。その名を『仕置鬼』
 それが誰なのか。それを知るものは天国のお釈迦様か地獄の閻魔様か。
 今も彼らは仕置きをしているのかも知れない。 そう今夜も……
 
 

 大江戸の一角、武家町にある柏木家
 さわやかな朝の空気に包まれた柏木邸に、4つの花が咲きそろう。

「耕一お兄ちゃん、いってらっしゃい」
「耕一さん……早く帰ってきて下さい」
「耕一、帰りに味噌を買うのを忘れるなよ。はい、桶」
「耕一さん、今日もしっ………………かりと働いてくださいね」
「……いってきます」

 今から仕事にも関わらず、耕一の顔にすでに疲れが見えるのは気のせいであろうか。
 
 

「柏木殿、今日は味噌ですかな」
「長瀬殿……はは、まぁそういう訳です」

 ここは耕一の勤める番屋の中。あたりじゅう味噌臭い。
 ちなみに昨日は醤油臭く、一昨日は魚臭かった。
 しかし、長瀬同心も他の数名の仕事仲間も慣れっこである。さすがに一昨日は不評気味であったが。

「それはそれとして、例の盗賊団が昨晩も出たらしいですな」
「そうですか……」

 この盗賊団は最近江戸の商店を襲い、金品を強奪している。
 しかしながら深夜に素早く盗みを行う為、手がかりすら無いのが現状である。

 だが殺人を行わず、襲う商店も黒い噂のある店のみであるため、役人も面子に関わるとは思いつつ、必死に……という訳ではないのも一因ではある。
 更に、盗んだ金の一部を町人に配布しているため、町人もあまり協力的ではないことも原因であろう。

「ま、あんまり好き勝手にやられる訳にはいきませんな」
「全くですね」
「と言う訳で柏木殿、よろしく頼みますぞ」
「は?」
「今夜の夜回りの当番ですが……」
 
 

 と言う訳で、その日の夜……
 とはいってもまだ屋台もやっているような時刻である。

「流石に晩は涼しいものだな……」

 初夏の頃とはいえ、現在の都市型気候とは大きく違う。
 特に風が運ぶ涼しさは、昼のほてりを冷ましてくれる格別さを持つ。

 そうして夜回りを行い、平穏な夜を確認していた耕一の耳に奇妙な声が聞こえる。

「…………」
「なんだ?」

 遠くであるようで、流石の耕一の耳を持ってしても良くは聞こえない。 だが女の子の声のようである。
 気になった耕一は声のする方へ駆け出していった。

 そしてその先。
 ちょっと入り組んだ、人気の無い路地の奥。

「ふえええええん」
(やはり女の子のようだな……)

 念の為、耕一は物陰から様子を伺う。

「す、すびばせーん」
(誰かに脅されているかも知れない……しかしどこかで聞いた声だな)
「ここどこでずかぁ〜、どなだかおじえてください〜」
(………………)

 耕一は聞いたことのある声……というより、話の内容で誰かを思い出す。

「よう、丸知ちゃん」
「あ……耕一さん」

 丸知はぐしぐしと袖で涙を払い、にっこりと微笑む。

「どうしたんだい? こんな夜中に一人じゃ危ないぞ」
「あ、それはですね〜、長瀬住職におつかいを頼まれたのです〜」
「それで、買えたのかい?」
「はい、買えました〜」
「で、帰れなくなった。という訳だな」
「す、すごいですねー。どうして解ったんですかー?」

 丸知はキラキラと目を輝かせ、純粋に感動している。
 耕一はちょっとだけ苦笑しつつ、回れ右をする。

「じゃ、行こうか」
「え? どこへですか?」
「丸知ちゃんの家……長瀬道場へさ」
 
 

 長瀬寺……通称 長瀬道場。
 長瀬家は元々武士の出で、優れた武芸の腕を買われ、幕府の武芸の指南や商店の用心棒をしている。
 よって実際は外で働くことが多く、道場とは言っても門下生はほとんどいない。
 むしろ寺子屋として使われているのだが、先代当主と当代当主にして師範である長瀬源五郎の武道の腕が卓越していることが、道場と呼ばせている。

 また、長瀬師範の子息、長瀬住職は出家して坊主となり、実家の隣に寺を建てた。
 しかし、出家は蘭学の偽装工作であるという噂もある。

 その寺で親類である長瀬先生は寺子屋をやっていて、当主の長瀬師範は道場を開いている。
 更に寺の近くには茶屋 布蘭駆がある。
 ちなみに耕一の同僚、長瀬同心はここからすぐに家があり、無論ここの親類である。

 丸知は長瀬住職の養女であり、尼……というより女僧見習いになっている。
 

 道場の応接間……
 ここに耕一と丸知、そして長瀬住職はいた。
 玄関で帰るという耕一を長瀬住職が茶の一杯と言って、引き込んだのだ。

「柏木様、どうもすいませんでしたね」
「ありがとうございましたー」
「いやいや、それは別に構わないのですが……」

 耕一の沈黙の意味を読み取り、長瀬住職は弁護にまわる。

「いやぁ、地図は渡しておいたのですが……」
「はい、貰いましたー」
「どうやら無くしたようで……」
「はい、無くしまじだー。すびばせーん」
「まぁ無事だったし、もう少し遅ければ芹緒を迎えに行けせるつもりだったからね」

 長瀬住職はポンポンと丸知の頭をなで、なだめる。

「丸知、柏木様にお茶のお代わりを」
「あ、いやお構いなく。仕事の途中ですし」
「まぁ、あとお茶一杯ぐらい、いいでしょう? という訳だマルチ」
「はい、わかりましたー」

 ぽん、と手を合わせ、お盆を持って丸知は部屋を出ていく。
 それを見届けてから、長瀬住職は眼鏡を掛け直し耕一に向き合う。

「……事情があって、丸知は社会生活が少ないものでしてね。社会勉強なんですよ」
「なるほど」
(修行で山奥に篭ってた……ってのは無いな。まぁ養子だから孤児だったとかって所か)

 耕一が考えていた事情とは真相は全く違うのだが、耕一は納得した。

「まぁ、という訳でして……」
「全て、とはいきませんが……」
「無理は言いません」

 必要最小限の言葉で、様々な意味を含む大人の会話。
 そこに響いたのは……

「あ、熱いですぅ〜!」
「…………まぁ、成長途中という訳で」
「…………はあ」
 
 

「はい、号外! ごうが〜い!」

 翌日、朝の涼風が払われ、再び熱気が街をおおう頃。
 町の一角で20人ほどの人だかりが出来ている。その中心で声を張り上げる少女。

「大変よ〜」
「おい、志保」

 志保と呼ばれた少女は、葉っぱ瓦版の記者である。
 葉っぱ瓦版とは、この江戸において一番を誇る瓦版である。

「あら、ヒロ。 今日も仕事の途中?」
「ああ、食い扶ちが増えたからな。 その分働かねーとな」
「そのうち、もう一人ぐらい増えそうだけどね〜」
「…………うるせぇな。 で、何が大変なんだよ」
「うふふふ、知りたい?」
「なにが『知りたい?』だよ。 ガセネタばっかじゃねぇか」
「なによう、葉っぱ瓦版にいちゃもん付ける気?」

 ちなみに葉っぱ瓦版は説明の適格さも勿論秀でているのだが、白記帳一座の記事と最近始めたこみパ組による漫画が、
 更に人気を増しさせている。

「いや、葉っぱ瓦版にじゃねぇって。 おめーの記事にだっての」
「ええっ?! なにようそれぇ」

 浩之は短くため息を吐き、志保に詰め寄る。

「それじゃ、『白記帳一座 脅威の八角関係?!』はどうなったんだよ」
「それは、現在進行中なのよ」
「じゃ、『雨月山に鬼を発見』はどうなったんだ?」
「そ……それはね、追跡したけど逃げられたのよ」
「『江戸に猛獣? 悪人惨殺の怪』は?」
「えっとぉ…………」
「…………」
「な、なによ、その目は? 教えてあげないわよ!」
「あのなぁ、おめーは教えるのが仕事だろ」
「ふぅ……しょうが無いわねぇ。 じゃ、これあげるわ」

 そう言いながら志保は脇に持った紙の束から、一枚だけ差し出す。
 浩之は不満顔ながら、それを受け取る。
 しかし受け取ったら、すぐさまきびすを返す。

「じゃぁな、志保」
「ちょっとぉ、逃げる気? 待ちなさいよ〜」
「俺は忙しいんだっての」

 他の客もあり追って来れない志保を置き、浩之は仕事へ向かう。
 そして、歩きながら手にした紙を見る。

「連続盗賊団 昨晩また現る、か」
 
 

「連続盗賊団が昨晩、また現れたのですぞ!」

 場所は移り、耕一の勤める番屋。
 今、大声を張り上げているのは柳川の後任で他所から異動してきた、耕一の上司である。

「柏木殿! 昨晩は何をしていたのですか?!」
「いや、見まわりを……」
「だから昼行灯と言われるのです!」
(聞いちゃいねぇ)

 終始こんな調子であるのだが、色々と能力的にも穴があるので、部下である耕一達も色々と都合の良い部分もあるのではあるが。
 何故上司になったかは、おべんちゃらのみ……というのが耕一たちの総評である。

「さあさあさあ、盗賊団をいい加減捕まえますぞ」
「はい」
 

 やれやれといった感じの「はい」が響いた後、耕一達は各自の仕事に散る。

「ところで柏木殿」

 とりあえず自分の机に戻った耕一は、隣の長瀬同心に声を掛けられる。
 

「なんですか?」
「正直なところ、捜査の方はいかがでしょうかな」
「いやぁ、進展無しです」

 現在の進展状況は、あいかわらずといったところ。
 耕一とて、特別に情報が多い訳では無い。

「長瀬殿のほうは?」
「うむ。 商店の襲撃地点の目星が大体ですが、数カ所に絞れたのです」
「それなら……」
「という訳で、夜の見張りの分担をお願いしたいのですが……」
「……マジっすか?」
「ええ、連続ですな。ははは……」

(長瀬殿、目が笑ってない……やれってことか。はぁ……)
 
 

 その日の夕方……

「るるーららー♪」
「…………」
「丸知、芹緒、じゃぁねー」
「また明日〜」
「はいー、また明日ですー」
「……はい」

 境内の掃除をしている丸知と芹緒を、寺子屋が終わった少年達が帰路の途中、声を掛ける。

「あ、ちょっと丸知、いいかい?」
「はいー」

 長瀬住職に呼ばれ、丸知はとてとてと駆け寄る。

「実は、ちょっと買ってきて欲しいものがあるんだけどね」
「はい〜、わかりましたーっ」
「では私も……」

 丸知に同行しようとする芹緒を目配せで制し、長瀬住職は地図を丸知に渡す。

「今度は大丈夫だな」
「はいー、がんばってみますーっ」
 
 

 その夜……

「いいな! 野郎ども、殺傷はするなよ」
「「へい!」」

 どこかの廃屋の中、一本の蝋燭に映し出される10数人の黒ずくめの男達。
 そんな中、一際大きい体格を誇るのが、今声を張り上げた頭領であろう。

「俺達の理念はなんだ?」

 一歩踏み出したのは、小柄ながら精悍な雰囲気を持つ少年である。

「悪辣な商人どもを懲らしめ、貧乏人の為に働くことです」
「へっ、やっぱりお前が一番解ってるなぁ」
「へへ……おいら達の理念ですからね」
「まぁ、そうでなけれは困りますからなぁ」
「はい、腹黒屋さん。いつもおいら達、孤児を支援してもらってますしね」
「はっはっは……まぁ、利益の一部でしかありませんがな」
「ところで親方、今夜はどこへ?」

 別の男の問いに、頭領は地図を指し示す。

「ここだ……」
 
 

「やれやれ……もう一寸、人数いても良いような気がするな」

 同じ夜、ある商店の外。
 その商店から離れているが、入り口の見える位置の通りの角で待機する耕一。
 結局、耕一達数人のみだけで、複数の商店の見張りをすることになったのだ。
 人数的にも1箇所に付き、一人か二人しかいない。

 何故これだけかというと、耕一達の番屋のみであるからだ。
 上司に相談したところ、「確実で無ければ、他に協力要請出来ない」と一蹴されたのが理由なのだが。

「これで外れたら……っても、長瀬殿はまた頼んでくるんだろうな」

 表に見せないが、長瀬同心の捜査に掛ける執念はかなりのものである。
 ただ、それが見当違いが多いことが欠点である。

「はぁ、やれやれ……」

 耕一は涼しすぎる空気に一寸我慢しつつ、商店の方に気を配る。
 しかし事は、ここでは起こらなかったのである。

 ぴぃーーっ

「なんだ?」

 遠くであったが、間違い無く耕一達役人の使う呼子の音であった。
 耕一は音の方へ駆け出して行った。
 
 

「ちぃっ! 親方たちとはぐれちまった」

 ここは複雑に入り組んだ小道の奥。 盗賊団の一員、あの少年はここへ迷い込んでいた。
 もちろん方向音痴では無い。 手分けした耕一達の仲間に追いたてられたのだ。
 いま呼子の音が遠くで複数響いているのは、その為である。

「しっかし熱いなぁ」

 少年は頭巾を取り、額の汗をぬぐう。

「ど、どなたでずがぁー」
「うわぁっ!」

 暗闇より突然声を掛けられ、おどろく少年。
 声の主はまたまた迷いこんだマルチであった。

「あ、えっと……君は長瀬寺の丸知ちゃん?」
「はい、そうです。ところでここがどこか、ご存知ですかー?」

 全く警戒心無く近寄る丸知に、少年は戸惑う。
 しかし、逆に丸知のその様子が少年の警戒心を解く。そして……

「こっちかー?」
「ちいっ!」

 追手の声に走り去る少年。
 そして追いついたのは耕一と長瀬である。

「ん? 丸知ちゃんか」
「柏木殿!」
「長瀬殿はあいつを!」
「うむ」
「あ、耕一さん」

 にっこりと微笑む丸知に、耕一は勉めて穏やかに聞く。

「丸知ちゃん、今の人ってどんな人だった?」
 
 
 

 場所は移って、盗賊団の根城としている廃屋。

「一応、全員戻ってきたようだな」
「へい、親方」
「あ、あの親方……」
「なんだ?」

 一歩踏み出したのは、丸知と出会った少年である。

「実は……」

 少年は丸知と出会った事の顛末を語った。
 顔を見られたこと、そして丸知も自分を知っていることを。

「まずいな……」
「そうですな、腹黒屋さん……」
「おいらは自首します。もちろん親方達のことは……」
「その覚悟は嬉しいが、より確実な方法を取らねばな」
「なるほど、腹黒屋さん。 確実……ですか」

 頷きあう頭領と腹黒屋を、不安気な表情で見つめる少年。
 その背後に光がきらめいたのは、それとほぼ同時だった。
 
 

「ここか……」
 

 まだ夜も空け切れない頃。
 丸知より話を聞いた耕一は、その少年が良く見かけられる辺りで、廃屋を発見した。

 耕一は慎重に近づくが、灯りどころか物音一つしない。
 注意しつつ、屋内に踏み込んだ耕一が見たものは……

「これは…………」

 血まみれの室内。
 そして数人の切り殺された遺体だった。

「ぐ……」

 耕一はわずかに息がある者を見付け、掛け寄って抱き上げる。

「おい、しっかりしろ」
「…う…裏切られた……」
「誰にだ?」
「……親方と……腹黒屋に……だ」
「腹黒屋?」
「逃げ…ろ……まる…ち…ちゃ……ん………………」

 血塗れの手が耕一の手を握りしめる。
 年端もいかぬ少年の悲痛な叫びが耕一の心に届いた。
 だが、やがて少年の瞳からは命の輝きが失われていく。
 それっきり室内を重い沈黙が覆う。

 少年を抱きゆっくりと立ちあがる耕一の目には、赤い光が宿っていた。
 
 
 

 翌日午後、耕一たちの勤める番屋。
 

 とりあえず盗賊団を追い詰めたかに見えたが、結果として生きて捕まえられたのはいなかった。
 更に発見された根城らしき廃屋も、数体の遺体だけしか残ってなかった。
 それが重い空気を生み出している。 ただ一つの例外を除いて……

「さあさあ、この調子で残りも捕まえますぞ!」
(あんたは気楽でいいよ……)

 当人以外が同じ考えでいることに気付くことなく、嬉々としてハッパをかけてまわる上司。
 耕一もため息をつきつつ、仕事をする。

「ところで柏木殿」
「なんですか? 長瀬殿」
「昨晩の少女は、本当に分からなかったのですかな?」
「はぁ、なんせ暗かったですからなぁ」

 実際は覚えていたのだが、身の安全に配慮して「分からなかった」ということにしたのだ。
 勿論、長瀬住職も合意の上である。
 耕一には更に理由があったのでもあるが、その理由は語る必要は無いだろう。

「ところで、長瀬殿。 やつらの根城らしき廃屋は、どんな状況だったのでしょうか」
「ふむ、酷い有様でしてなぁ……」

 長瀬同心は状況を詳細に語る。
 しかし耕一は聞いていなかった。
 その惨状はこの目で見ていたし、もうすぐ意味が無くなるからである。
 
 
 

 その日の晩……

 ここは来須川家の屋敷。
 来須川家は商人で今や江戸一の問屋であり、その規模は一問屋の域を越えて、総合的に商売を行っている。
 それは既に政治にすら影響を持つ程である。

 その屋敷の数多い部屋の内の一室に、この家の姉妹、芹香と綾香はいた。

「じゃ、姉さんお願いね」
「………………」(こくん)

 芹香は懐から、なにやら人形を取り出す。
 その人形は頭と手足があるだけで、ただ鼻の部分が赤くて丸かった。

「ぽちっとな、なんてね」

 綾香はその人形の鼻を押す。すると人形は形を変えつつ、むくむくと大きくなる。
 そして現れたのは、もう一人の綾香だった。
 正確には人形が変化し、綾香の容姿と性格を複写したものである。

「じゃ、よろしくね」
「まかせときなさいよ」
「…………」(こくこく)

 本物の綾香は外へ駆け出し、高い塀をあっさりと飛び越えて行く。
 それからしばらくして……

「お嬢様方、お風呂の時間ですぞ」
「長瀬、言わなくてもわかってるわよ」
「…………」(こくん)
 
 

 どこかの土蔵の中か廃屋の中……
 一本のロウソクに映し出された影が4つ……

 それは耕一、
 そして端麗な容姿を持つ少女、
 柔和な顔の少年、
 さらに触覚のような髪を持った少女である。

「今回の依頼料だ」

 耕一は数枚の小判を出す。
 これは盗賊団が廃屋に運び入れた小判の内、あわてて持ち出そうとして落とした数枚である。

「相手は誰なの?」
「腹黒屋。そして、それとつるんだ盗賊団の頭領他数名」
「理由は?」
「義賊としての理念を持った者、少年と5名。 合わせて6名を惨殺した」
「それだけですか?」
「残った奴らは理念無き、欲望の塊だ。仕置しなければならない……」

 そして一人一人が一枚ずつ小判を取り、再び闇に影が解ける……
 
 

「はぁっはっは、まさか理念なんて本気で信じているヤツらが、あんなにいるとはなぁ」
「全く、愚かな連中だ」
「まったくでさぁ」

 ここは腹黒屋の屋敷。盗賊団は頭領を入れて約半数の8名になった。
 しかし、腹黒屋店主と盗賊団は気にする様子もなく酒を酌み交わしていた。

「ああいう大儀名分を掲げておけば、捕まり難いということぐらい解ってただろうにねぇ、親分」
「ああ、まぁあいつらには悪いが、これからは押しこみ強盗団に改名するか」
「まぁどちらにせよ、商売敵と偽装でその他の商店も襲ってもらわんとな」
「腹黒屋さん、あんたも悪い人だねぇ」
「お前達には負けるよ」

 酒を酌み交わし、更に赤くなった顔で頭領は話す。

「そうだな、これから寺ぁ襲わなければいけねぇからな」
「しかし、親分。 丸知って子は解らなかったと言ってるらしいですが……」
「関係ねえ。 まぁあいつらの仇打ちってところだな」
「仇討ちですかい? 単なる憂さ晴らしでしかないんでしょ?」

 笑いがその場を満たした時、飛んで来た何かが障子を破り、室内の複数ある蝋燭の火を消す。

「なんだ?」
「おい、火が消えたぞ」
「なんだなんだぁ!」

 全員が一斉に暗闇で右往左往するためか、室内は騒然となる。

「ええい落ち付け」
「しかし、火付けが……」
「煙草でいいだろ」
「へい……ってうわぁっ!」

 再び明かりが室内に戻った時、部下が目にしたのは2名の遺体だった。
 そのうち1名はその切り傷は鮮やかで、血が出ていない。
 もう一人は強度の打撲傷で、正確に後頭部を何かで強打されているようである。

「なんだぁ、押し入りか? なめやがってぇ!」

 盗賊団の頭領と残された部下5名は、何故だかずたずたになっている障子を開ける。
 そこには、男女3名が立っていた。

 一人は動きやすそうな軽装の少女。
 一人は柔和な顔立ちで舶来の蹴鞠をする少年。
 一人はぼろぼろの服をまとい、触覚のような髪型の少女だった。

「今のはお前らか?」
「そうだとしたらどうするの?」
「決まってるじゃねぇか……ぶっ殺す!」
「それは無理だね……ふっ!」

 少年は舶来蹴鞠を蹴り放つ。
 それは正確に部下の一人の顔面を捉え、派手な音と共にふっとばす。

「まぁ、一瞬だったから苦しまなかったよね」

 何故だか足元に戻ってきた舶来蹴鞠を足で押さえ、にっこりと言い放つ。
 しかし、さわやかなその表情と状況との差が、寒気を倍増させる。

「きっきっきっ、きさまぁっ!」
「五月蝿いわよっ!」

 今度は軽装の少女が、いま叫んだ部下の一人に凄まじい速さでまわし蹴りを放つ。
 しかし、距離にして2間程離れている為、当然当たらない。

「へっ……なにやって……」
「自分の状態、解って言ってる?」
「自分の……ってぇ?!」

 その胸には、横一文字の切り傷があった。
 崩れ去る雑魚の一人。

「ふふっ、冥土の土産に珍しいもの見れたでしょ?」
「かまいたち……か」
「流石は頭領、少しは解るのね」
「ならば打たせる前に切るだけだ! おめぇら!」
「へい」
「おう」
「いくぞっ!」

 頭領と部下2名は刀を抜く。

「あ、あの……」

 今まで小さくなっていた、ぼろぼろの服装の少女が呟く。

「なんだ? 命乞いなら遅ぇぞ」
「いえ、私に近づくと運が無くなりますよ……」
「何言ってやがる! まずは手前からだ!」

 そう叫び、頭領と部下2名は庭に飛び降りようとする。
 その瞬間、少女は叫ぶ。

「神様、お願い!」

 ゆらりとその少女の背後に神様が現れる。
 但し、姿はぼろぼろ、やせ衰え、到底神には見えない……けど神である。

 その神がにやりと笑みを浮かべると、頭領達は正体不明の寒気に襲われた。
 その直後……

 先頭を切った頭領が、何故だか足を滑らせて後ろに倒れる。
 その手に握られた、抜いたままの刀が振り上げられる。そこへ部下の一人が丁度突っ込んでくる。
 飛び降りた勢いのまま、刀が刺さる。

 それに気を取られたもう一人の部下は、そっちを見たまま飛び降りて行く。
 何故だか同じく足を何故か滑らせ、勢いで刀を上方に飛ばしてしまう。
 そして前方に倒れた先には、丁度頭部の位置に大きな石があった。

「???」

 起き上がった頭領は一瞬で残った部下をも失い、訳の解らないといった表情だったが、活を入れなおす。

「ってってって、てめぇっ!」
「私、何もしてませんけど?」
「関係ねぇ! てめぇのせいだっ!」

「なんでぇーっ」
「うるせ……」

 ぼろぼろの服の少女を切ろうと、踏み込もうとした瞬間。
 上方に飛んでいっていた刀が丁度、頭領の頭上に……

 そしてこの3人の今生のセリフは「運がねぇ……」だった。
 
 

 そして腹黒屋屋敷の前。
 深夜で人通りも全く無いこの通りに、出てくる人影一つ……

「ひぃひぃ……」

 ほうほうの体で逃げ出した店主は、玄関も開けっぱなしで走る。

「おい、どうした?」

 そこへ通りかかったのは、見まわり中らしく提灯をさげた耕一である。

「あ、これは旦那……いえ、強盗ですよ! 私の屋敷に押し入ったのです!」
「何! それで人数は?」
「3人ぐらいです。とにかく、他の役人の皆さんも呼んで……」
「そうだな、呼ぶとするか。その前に……」

 耕一はゆっくりと店主の後ろに回る。

「そ、その前に?」
「その前に……お前の仲間を呼んでこい」

 背後から心の臓を一突きにされ、声も無く崩れ去る店主。
 耕一は右手を一振りし、頭領達のところに行った店主に言う。

「ただし、出迎えは出来ないけどな」
 
 
 

 その翌日、昼下がり。
 またどこかの大通り……
 またまた人だかりと、その中心で声を張り上げる少女。

「はい、大変よー」
「おめぇはいつも大変って言ってるじゃねぇかよ」
「頑張ってるね、志保」
「ヒロ、あかり、どしたの?」
「別に。休みだからな、ぶらついてるだけだぜ」
「うん、ちょっとね……」
「あらあらぁ、何々? なにか匂うわねぇ……」
「おめぇは、いちいちうるせぇての」
「ところで志保、大変って何がなの?」

 志保は手に持つ紙の内、一枚ずつ浩之とあかりに手渡しつつ言う。

「それがね『盗賊団は最後に腹黒屋の屋敷を襲い、店主を殺害の後、同士討ちによって消滅』ってわけぇ」
「へぇ……」
「驚いた? ヒロ」
「まぁな。 だけどよ、何で同士討ちなんかしたんだ?」
「それは分からないんだけどねぇ。 ま、結局、悪人だったってことよ」
「そうなんだ……」
「あかり、残念か?」
「ううん、そんなことないよ」
「まぁ確かに当初のまま義賊だったなら、配った小判とか来たかもしれないしねぇ」
「全然そんなの欲しくないよ。 だって……」

 あかりは浩之の腕に一層よりかかり、言った。

「こういう平穏が一番だから、ね」
 
 

 場所と時は移り、夕刻、柏木邸……

「ただいまぁ」
「お帰りなさいませ」
「…………千鶴さん、梓?」

 耕一が帰宅した際に、誰かが出迎えるのはいつものことだが、今日は違う。
 千鶴と梓が玄関で三つ指立てて迎えているからだ。

「いつもいつもご苦労様です、耕一さん」
「あ……いや、別に当然ですよ」
「今日の夕食は少し豪勢にしたからな、耕一」
「おお、それは楽しみだな」
「ところで耕一さん、その、今日は……」
「ああ、給金日ですね。 勿論、この通り…」

 耕一が懐から給金を取り出したその瞬間、耕一の手からそれは消えた。
 あっけに取られる耕一。

「千鶴姉、明日は鯛にしよう」
「梓、皆の着物も忘れちゃ駄目よ」
 

 嬉しそうに屋敷の奥に入っていく千鶴と梓。

 そして、玄関に残されたのは……

「………………」

 そのまま真っ白になり動かない耕一。

「あはは……こ、耕一お兄ちゃん?」

 その隣で苦笑しなだめる初音。そして……

「耕一さん……かわいそう」

 柱の影から耕一を見つめる楓であった。

(終わり)
 
 

後日談+その他へ

目次へ