遅れてごめんなさいの(泣)後日談
 

その1

 所は江戸。今日も明るい声が街角に響き渡る。

「さあさあ、葉っぱ瓦版よ〜」
「志保ちゃん、相変わらず元気だね」
「記事の内容も相変わらずだけどな」

 街角で葉っぱ瓦版を宣伝する志保から少し離れた屋台。
 浩之と雅史は店の前に置かれた椅子に腰掛け、饅頭をほおばっていた。

「どうしたんだい浩之、不機嫌だね?」
「見ろよ雅史」

 浩之は先ほど志保に押しつけられた瓦版を雅史に差し出す。

「こんな嘘臭ぇ記事をばら撒くなんてよ」
「えっと、どれどれ」
 
 

『今週の志保ちゃん速報』

 先日、集団廃人化という興味をそそられる……もとい、異常な事件が起った最果国の重臣橋本邸だけど、そこである日記が発見されたのよ。
 書いてあった名前より、数日前に橋本の配下なった武士だろうと推察出来たんだけど、驚愕すべきはその内容なのよねー。

 以下に内容を抜粋するわ。
 

一日目
「俺は本日より橋本様の配下になることになった。 橋本様はこの藩の重臣である。気を引き締めねばなるまい」
二日目
「橋本様にお会いし、警護等宜しくと念を押された。 しかしながら俺は緊張でまともに顔を見れなかった。 精進が足りぬと自覚」
三日目
「明日は橋本様のお屋敷に夜の警護に詰めることになった。 だが橋本邸には妙な雰囲気がある気がする、気のせいだけだろうか」
四日目
「今は毎夜の日記を書いているのだが、なんだか騒がしい。 どうやら侵入者のようだ、なればこの俺の腕も役に立つかも知れぬ」
五日目
「…………カユイ……ウマ……」


 これほど善良で職務に忠実な武士を廃人にするって、どんな妖術なのかしら?
 橋本が悪行を行っていた事は、本人の自供や証言もあり間違い無いけど、天罰にしては巻き添えが多いのはちょっとねぇ。

 全く、ひどいわよね〜。
 
 

「ふうん、なるほど」
「なるほどって雅史、怪しいと思わないのか?」
「ははっ、まあ志保ちゃんらしいんじゃない?」
「ん、まあそうだけどよ。 巻き添えでなら納得出来ねえじゃねえか、なあ」
「うーん、僕は蹴鞠だけだから良く解らないよ」
「おいおい……」

 意図してか呆ける雅史に苦笑する浩之であった。
 

 一方その頃、瑠璃子一行。
 どこかへと歩き続ける一行の最後尾、拓也は一人にやりと笑みを浮かべ呟いた。

「瑠璃子に刃を向けるものは許さん……」
 
 

その2

 最果国 裏で悪を修正してからしばらくたったある日。
 瑠璃子一行はまた次の発信源へと旅をしていた。
 当然ながら空は今日も快晴である。

「ところで、なんで毎日晴れ晴れとしているんだろうね?」
「そうよね、祐くん。 日照りになるよね、こんなに毎回だと」
「くすくす、良く届くからだと思うよ」
「それに『改』ってなんなんだろうね、祐くん」
「うーん……瑠璃子さん解る?」
「ちょっと待ってね」

 そう言って瑠璃子は祐介達に背を向け、天の彼方をぼうっと眺める。
 間があって振り返り、一言。

「開いたんだって、くすくす」
「……祐くん、何をだろうね?」
「それに『だって』って誰かに聞いたのかな……」

 その祐介達のやや後方、香奈子と瑞穂は久し振りということもあり、会話が弾んでいた。
 しかしながら分かれ道にさしかかり、香奈子はちょっとすまなそうに話し始める。

「じゃ、私はここでね」
「あ、香奈子ちゃん。 もう行っちゃうの?」

 去りかけた香奈子だったが、瑞穂の潤む瞳に動きが止まる。

「ゴメンネミズホ……じゃなくて、御免ね瑞穂。 ちょっと江戸の動きも気になるし」
「江戸でなにかあるの?」
「うん、ちょっと噂の調査をね。 別に大した事じゃないのよ」
「うむ、もうしばらくお願いするよ。太田君」
「きゃっ!」
「はい……」

 突然後ろから掛けられた声に瑞穂はびっくりしていたのだが、香奈子は全く平気である。
 というより、瞳が虚空へと……それから僅かの間の後、瞬時にして何処ともなく香奈子は姿を消す。

「あれ、香奈子ちゃん?」
「ククク……こうなると可愛いものだな」

 きょろきょろと辺りを見回す瑞穂と、一人呟く拓也。
 さて、もう一方の祐介・瑠璃子・沙織であるが。

「あれ? 太田さんイっちゃったみたいだね」
「祐くん、それなんだかちょっと違うみたいだけど」
「そうだね。ソレナラカオヲ……」
(……長瀬ちゃん)

 自らもちょっとイきかける祐介だったが、瑠璃子の電波によりすぐに瞳に光を取り戻す。

「え、ああ。 ごめん瑠璃子さん」
「くすくす、飛ばしてたんだよね」
「うん、一応念の為、ね」
「念の為、だよね。 くすくす……」
「なになに、なんなの? るりるりと祐くんだけずるい〜」
「さ、沙織ちゃん、そうは言っても……」

 楽しげな沙織と困惑する祐介を尻目に、瑠璃子は今まで来た道の方、すなわち裏の方をぼうっ…と眺め呟く。

「良く届いていると思うよ。 くすくす……」
 

 その頃、最果国 裏 四戸鳥屋前……
 店の入り口前に旅の途中らしき娘が2人。

「シャイマセイラッシャイマセイラッシャイマセイラッシャイマセイラッシャイ…」
「良く出来たカラクリ丁稚ね〜」
「……本物ではないですか?」

 店の前で挨拶している丁稚……にしては一寸ガラが悪そうにも見えるが、それはその言葉通り、口以外全く微動だにしない。

「マセイラッシャイマセイラッシャイマセイラッシャイマセイラッシャイマセイ…」
「まさかあ。 こんなに微動もしないで繰り返すなんて、普通の人間には出来ないわよ」

 更には口調も全く平坦で同じであり、普通の人間に出来る芸当とは思えないのも当然だろう。

 良く喋りいかにも興味が強そうな娘の主張に、あまり喋らない方の娘は、自らの大きい二つの三つ編みを僅かに揺らし目を伏せる。

「詩子…………そうですね」
「まあ良いから入ろう? ね、茜」
「はい」
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」

 店内に入ると、なかなか盛況である。
 また丁稚の反応の早さと態度の適格さは、盛況ぶりを裏付けるものであろう。

「あら? このカラクリ丁稚はすごいわね。 本当に人間みたいよ、これ」

 詩子は対応に出た丁稚をぺしぺしと叩く。

「あまり叩かないほうがいいと思います……」
「いえ、本当に人間なんですが」
「え?  嘘? 本当?」

 その言葉に叩くのが止むかと思えばそうではなく、今度は叩く上につねったりが加わる。

「あの、お客さん痛いんですけど……」
「あはは、ちょっと確かめてみたのよ」
「…………さて、何をお探しでしょうか?」

 数発叩かれた本物の丁稚はとりあえず一呼吸置き、営業笑顔を作る。
 それに対し無口な方の娘が半歩前に出て答える。

「……地元産の蜂蜜はありますか?」
「蜂蜜ですね。 どんなのでしょうか?」
「甘くてとても幸せになれるような……」
「しあわせ…ですか?」
「はい……」

 あまりにも抽象的な表現に戸惑う丁稚を置き、茜はそのまま『ぽわ〜ん』と虚空を見上げる。
 その表情にほとんど変わりはないが、背景が桃色になって見える程の幸せな気を発している。

「…………この方大丈夫ですか?」
「たまにこうなるから、気にしないでいいわよ」
「はあ……」
「幸せってのは……まあ良いのを、ってとこかしらね」
「なるほど、良いのですか」

 えいえんのせかいにでも行ったままの娘をさておき、とりあえず合点する丁稚。

「解りました。 ではどの程度の物でしょうか?」
「とりあえずこの店にある、一番良いのをくれないかしら」
「で、では一寸お待ち下さいませ」

 丁稚は事が自らの裁量を上回ると察し、店の奥へと引っ込んで行った。
 それからしばらくして、その代わりと壮年の男性が出てきた。

「お待たせしまして申し訳有りません。 横取屋店主 科意(しない)でございます」
「あらあら、店主が出てくるとはね」
「ええもう、この店にあります最良の品を見て頂けると聞けば当然です」
「詩子」
「ん? 茜、どうしたの」
「……店主は長須さんだったと思います」

 江戸を出発する時、茜達が聞いていた店主の名前は長須であった。
 それに対し、科意は聞かれ慣れている様子で「それはですね」と説明を始める。

「なるほど、長須さんは兄だったのね。 でもその長須さんはどうしたの?」
「つい先日、店主を辞めたんですよ」
「辞めた……ですか」
「まあ、何でも肉体労働しかやりたく無くなったようでして、裏方で力仕事をやってますよ」
「ふうん、奇特な人ねえ」
「あの……店主さん。 一つ聞いて良いですか」
「はい、なんなりと」
「ここには無表情な人が多いです……どうかしたのですか?」

 待たされている間、横目で周りを観察していた茜は率直な疑問を投げかける。
 そう言うあなたもかなり無表情ですが、と言いかけるのを科意は喉よりかなり前に抑え、質問に対して答える。

「ある御方達に改心させられ…いえ、改心した連中なんですよ」
「改心ねえ。 それだけにしては妙に力持ちね」
「ええ、更にあいつ等は四六時中働き続けてくれます。 本当に助かってますよ」
「……四六時中ですか?」
「はい、なんだか働かないと気が済まないらしくて。 前は悪行をやっていたそうですが、その償いなんでしょう」
「で、こんなに繁盛している訳ね」
「はい、勿論ながら質の方も取り揃えております」
「それで、これですか……」
「はい、今年取れました最高の蜂蜜でございます」

 科意はそう言いつつ、今の会話の間にさっきの丁稚に持ってこさせた壷を前に出す。
 ついでに小皿に少量だけ蜂蜜を分け、詩子と茜に差し出す。

「どうぞ、御確かめ下さいませ」
「ありがと」
「はい……」

 茜と詩子は味を確かめ、確かな品に納得する。

「ふうん、なるほど。 言うほどでは有るわね」
「はは、ありがとうございます」
「………………」
「茜?」

 それより無言のままの茜の様子が気にかかる。
 他人が見れば普段と全く同じ状態に見えるが、流石は親友であろう。

「やっほぉ、どうしたの〜、もしもし〜」
「…………なんでもないです」
「そう? で、どうするの?」
「これが良いです」
「え? まだ他のも確かめた方が良くない?」
「おいしいです……」

 やれやれと苦笑する詩子。
 こうと決めた茜は、てこでも動かないのを知っているからではあるが。

「では、お買い上げということですかな」
「はい……」
「じゃ、私は折原くんに届けてくるから。 御代はお願いね」
「はい」
「え? 届けるとは……」
「江戸にです」
 

 その頃、江戸……

「蜂蜜の入った瓶をどこにやったの?」
「おかしい、ここにあったはずだけどな」

 ここは江戸で一、二を争う菓子屋、尾根屋。
 将軍にも気に入られ、献上すること度々の名門である。

「はうー、浩平はあいまい過ぎだよ」
「いや、俺が思うに長森が細かすぎるんだ」
「なに訳の解らないこと言ってるんだよ……」

 そう言いつつ蜂蜜の入っている小さめ壷を探す二人であったが、なかなか見つからない。

 今いる材料庫は土蔵で、かなり大きいわりに窓は少ない。
 そのために昼間である今でもやや薄暗く冷気が漂う。
 入り口より奥へと続く壁際に設けられた棚には、ズラリと調味料や薬剤等の入った壷などがあり、ここの菓子作りの本格さを無言で物語る。

「蜂蜜無いとお菓子は作れないんだよ、浩平」
「解ってるって、だからこうして探しているんじゃないか」

 さてこの二人、折原浩平と長森瑞佳であるが、ここの菓子職人なのである。
 しかしながら、何故菓子を作成せねばならないかは別の話にゆだねることとしよう。

「もしかしたら七瀬に食われたかもな」
「食べる…って、蜂蜜は舐めるものだよ、浩平」
「いや、壷ごと頭からバリバリとな」
「七瀬さんってそんなこと出来るのっ?!」
「ああ、流石は格闘家だな」

 今はここにおらず調理場にいる七瀬ではあるが、二人が戻った時に瑞佳がこのことを話に出すのは間違いない。
 それから考えれば、浩平の顔面への正拳突きも時間の問題であろう。

「しかしながら無いなぁ、何処に行ったんだろうか」
「里村さんなら探し物得意なんだけどね」
「そういえば、茜達が買出しに行ったのも蜂蜜だったな」

 先に登場していた里村茜もここの職人なのだ。
 他にも職人はいるが、それはまた後日……

「あれがあれば探さなくても良いんだが」
「そんなの無理だよ、日にちから言って最果国に到着した頃だろうし」
「まあそうだな。 しかし茜が確認しに行ったんだから良いものだろうな」

 二人は話しつつ、手や足はせわしなく動く。 瑞佳が下の段を、浩平が脚立で上の段を探し続ける。
 運動しながら舌を噛んだりすること無く普通に話すことが出来るのも、日頃の鍛錬の賜物であろう。

「そうだよね、わざわざ確認しに行ったんだもん。 良いの持って帰ってくるよね」
「ああ」
「でも、里村さんも柚木さんも大丈夫かな?」

 探し続ける二人であったが、その土蔵の入り口に影が差し……

「呼んだ? ねえ呼んだ?」
「どあっ!」
「わあっ!」

 突然に懸けられた声に驚く二人。
 しかし、瑞佳の驚きの半分くらいは、浩平が脚立から落ちかけたことによるものであろう。

「やっほお、元気?」

 ややまじまじと見つめた二人ではあったが、見なれた顔である。
 突然のことに確認が遅れたが、その姿は間違い無くここの支店の職人であり、良く遊びにくる詩子に違いない。

「……誰だ、御前」
「柚木さんじゃない。 浩平、大丈夫?」
「俺は名乗らないやつは覚えてない癖があるんだ」
「なんだよそれ〜」
「長森、長い付き合いなのにそのくらい知らなかったのか?」
「嘘だもんっ、そんな癖なんて浩平に有る訳ないもんっ」
「…………あの、お二人さん。 もう良いかしら?」
「ああ、気は済んだぞ、柚木」

 二人のやりとりに隙が無く、機を掴めなかった詩子ではあったが、すぐに立ち直りその手に持つ壷を前に出す。

「これはなんだ?」
「最果国 裏の蜂蜜よ」
「柚木、ちょっといいか?」
「なに?」
「御前がここにいるのはまだ良い、途中で折り返して来たとかあるかも知れないしな。 だがこれは何だ?」
「最果国 裏の蜂蜜だよ、浩平」

 浩平の質問に今度は瑞佳が答える。

「いや、そうでなくて……どうしてここにあるのか、なんだが」
「買って持って来たからよ」

 今度は詩子があっさりと微笑みながら答える。
 浩平は何かがずれているような気がして仕方が無いが、こうも周りの反応が普通であることにますます苦悩する。

「でも早いね柚木さん、私てっきり今頃着いたかと思ってた」
「だから何故ここに…」
「ところで最果国はどうだったの?」
「それがね、裏の店は……」

 瑞佳と詩子は無言で苦悩する浩平を置き、会話を進める。
 その間にも悩む浩平であったが、何か思いついたのかはっと顔を上げる。

「まさか電波で転送したのか?!」
「……………………」
「……………………」

 一瞬、場を沈黙が覆う。

「…………えっと、ごめんねえ柚木さん。 浩平、たまに変なこと言うから」
「ううん、気にしないから」

「俺かっ? 俺が変なのかああああああっ?!」

 絶叫する浩平。
 答えはえいえんのかなたにあるのであろう……

 その時、材料庫とは勝手口経由で直ぐの調理場……

「折原、何叫んでいるのかしら」
「みゅー」
「くすくす、今日も晴れているからね」
『良く届くの』

 今日も晴れ晴れとした、夕刻には八十点は付けられるであろう快晴であった。

「そんなオチで終わらせるなーっ!」
「折原くん、本当に大丈夫なのかしら……空に向かって叫んでいるわ」
「浩平、変なときは変なんだよ」
「そう? まあ良いわ」
「でも本当に蜂蜜、何処に行ったんだろう……」
 
 

おまけのおまけ

 江戸の某所にある店舗の奥。
 そこの廊下……

「あゆ、この蜂蜜の壷はどこから持ってきたんだ?」
「うぐぅ。 ぼく、お腹空いてたんだよ」
「関係あるかっ!」
「うぐ?」
「食うなっ!」
 

更におまけ

「私は忘れられたんですか……」
 

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